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今はまだ友情でいい
しおりを挟む長い廊下を私の手を引きながら歩くゴールディ公爵の背中は思っていたよりも広い。
彼の背を眺めながら、歩幅を合わせてくれているのだろうなとまるで関係のないことを考えていたがこれ以上付き合わせる訳にはいかないとハッとして足を止めた。
「ゴールディ公爵閣下」
「ん?」
「ありがとうございます」
(公爵閣下……か)
ふっと笑った彼はどこか困った風にも見えて、慌てて手を離した。なのに、何故か手を取って握り直した彼はまるでお菓子を強請る子供のような表情で「友人だろ、なら僕の名を知って欲しい」と言う。
「名前……?」
「エイヴェリー、近しい人達はエイヴと呼ぶんだ」
「エイヴェリー様?」
「ふ、ぎごちない敬称はいらない」
「じゃあ、エイヴェリー?」
「まぁ、今はそれでいっか」
どちからからともなく手を堅く握る。
まるで交渉する時の握手みたいで少しおかしくなって目が合うと二人で笑った。
なんだか少し照れくさいような、くすぐったい気持ちで落ち着かない。
けれども友人というのはこういうくすぐったいものなのかもしれないと思うと嬉しくなる。
過去の汚れた自分を知っても尚、態度を変えずにいてくれるこの人がとてもありがたい存在で、それにエイヴェリーを見ているとまるで先程のことなど些細な事だと言いたげで、落ち込む隙もない。
それどころか、気が抜けたように首元のボタンを一つ開けて髪を崩した。
別に肌を露出した訳でもないのに、やけに色香が漂って目のやり場に困る。
此方の気など知らぬエイヴェリーは気怠げに壁にもたれると窓の外を指差して悪戯に笑った。
「運動はできる方?」
「どうかな、分からないわ」
「なら、僕が抱えるよ」
一階とはいえ、人を抱えて窓を飛び越えるだなんて予想外で思わず声にならない引き攣った声が漏れる。
「ひっ……!」
「ふは、色気のない反応だな」
「び、びっくりして……!」
「正面からだと周囲がうるさいだろ?逃げよう」
エイヴェリーは何処から出て来たのか、彼の付添人らしき青年といくつか言葉を交わすと裏の使用人扉から三人で出る事が出来た。
「少しお待ち下さい」
言葉通りほんの少しだけ、すぐに馬車を持って来た彼は護衛兼、侍従のティグというらしい。
「宜しくお願いします、ティグ様」
「私はただの侍従ですので、ティグとお呼び下さい」
「ティグもそう言ってるし、いいと思うよ」
「それじゃ、ティグ。ありがとう」
エイヴェリーとティグは主従関係にありながらもかなり仲睦まじく、深い仲に見えた。
遠慮のない物言いと、淡々とした口調で自由奔放なエイヴェリーを宥める彼と、それを飄々と躱わすエイヴェリーの掛け合いにとうとう声を上げて笑ってしまった。
「「?」」
「ふっ……ふふ!ごめんなさい」
何故だか呆然と此方を凝視する二人に思わずもう一度謝罪すると、笑われた事が恥ずかしかったのか少し顔の赤いエイヴェリーが「いや、全然いいんだ」と返してくれてホッとした。
「笑顔の可愛い方ですね、リベルテ様は」
「ありがとう……こんなに笑ったのは久しぶりよ。友人ってこんなにも素敵なものなのね。嬉しいわ」
今になれば分かる、私をコントロールする為に外部との仲を絶たせたことも、家族に親切だったのは疑いも持たれないようにだったということも……カルヴィンは全て自分の為に行動していたのだろうこと。
だからこそ、こんなに楽しい時間を知れて良かった。
酒を酌み交わす友人が出来てよかった。
そしてーーー
「僕も、リベルテに会えて嬉しいよ」
「リベルテ様の笑顔が見れて良かったです」
こうやって同じように目尻を下げて笑ってくれる優しいエイヴェリーが初めての友人で良かったと心底思う。
そして、彼の侍従のティグもまた親切な青年でよかったと感謝と歓喜で心がじわりと温まった。
「リベルテ、寄り道をしないか?」
「あ……家に連絡しなきゃ」
「もう君の護衛には声をかけて帰してあるよ」
「準備が良いのね、勿論それなら喜んで!」
今日はどんな初めてに出会うのだろう?
エイヴェリーが居るだけで心強く感じる。
何だって楽しめそうな気がした。
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