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存在しないものの模造品
しおりを挟む私との約束などとうに忘れてしまっているのだろう。
怒りに満ちた表情で妻のエリシアさんの手を引いて会場を出てしまったカルヴィンを目だけで追う。
容姿や立ち振る舞いへのこだわりがより一層強い人だと言うのは思っていたことだったが、何故か知りもしないリベルテという御令嬢に私が憧れていると噂になっていることは少し気になっていた。
社交界に出るようになって、ようやく最近知った。
カルヴィンが本当に愛してる人の存在。
ならばどうしてその方を捨ててまでエリシアさんを選んだのだろう?
ただ、これだけは言えることは私は全てを知ってもなおカルヴィンが大好きで仕方がないということだけは言える。
ああして簡単に取り乱してしまうエリシアさんも、そんなエリシアさんにあっさり負けてしまったリベルテさんもきっと私の深い愛の元では敵わないのだと自己完結して、エメラルドグリーンのドレスの裾を上げて出口へと背筋を伸ばして歩いた。
けれど、確かにリベルテさんは美しかった。
(背筋は伸ばしたまま)
(もっと優雅に……)
(けど、どこか大胆だった……)
目に焼きついて離れない彼女の姿を思い浮かべて、カルヴィンの望むものに近づけようと修正する。
「リビア、何してるんだ?」
「あ……カルヴィン、今馬車に戻ろうと」
会場を出て少したった所でカルヴィンが戻って来て偶然会った。
いつもなら私が先に気付くのに、リベルテさんに近づくことに集中していて彼に気付けなかった。
(リベルテさんってこんな話し方じゃなくてもっと棘のある……)
「帰るとこよ、カルヴィン」
「……来い。それからこれからは私をカルと呼べ」
「ええ、そうするわ」
少し乱暴に詰め込まれたのは彼の馬車で、どうやらエリシアさんとは別々に帰る予定だったようだ。
(私との今夜の約束、覚えてくれてたのかな……)
乗り込むなり、私の赤く染めた髪を愛おしげに撫でた後にまるで憎んでいるかのように激しく組み敷いた。
「かっ……カル!」
「声が違う、静かに……」
「んっ」
彼のハンカチを詰め込まれた口は痛かったけれど、うわ言のように何度も「リベルテ」と呼ぶカルヴィンに心が一番痛かった。
「お前は私のだ」
「私のものだ、ぜんぶ」
「だからちゃんといい子でいろ」
(私に、言ってるのよね……?)
やけに胸が騒ついた。
正直、無理だと思った。
カルヴィンの好みに合わせることができても、私はリベルテさんを知らない。
どうやって彼を愛したのか、どうやって微笑みかけたのか……
それにあんなにも美しくて強い女性をどうやって真似ろと言うのか、彼女には決してなれないと分かってしまったのにーーー。
カルヴィンのリベルテ
もういない彼女を再現する私は存在しない者の模造品だ。
それでもこの不安定な人を、私の初めての人を、手放したくないと強く思った。
(私のよ、大丈夫、できるわ)
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