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身の程知らずの模擬品
しおりを挟む近頃、社交界の貴婦人達の間では「身の程知らずの模擬品」が噂になっている。
綺麗に染め上げた赤髪は確かに艶やかで美しいが、どれ程立ち振る舞いや容姿を真似てもリベルテにはなれない。
けれども身の程知らずだと噂される理由はそれだけでは無かった。
「いやですわ、揶揄わないで下さい」
「ほんとだよ、レビア嬢は美しくなった」
「そんな、わたしなんてまだ……」
「いいや……可愛いよ」
そう言いながらも視線はレビアの胸元ばかりをみる子息。
緩んだ表情は紳士とはとても言えない。
近頃のレビアは、リベルテが着ないだろうギリギリ着ていると言った方が形容し易い胸元の大きく開いたドレスを着て男達を侍らせている。
立ち振る舞いはリベルテそのものとなり、言動や装いはまるで高級娼婦のようだった。
その所為で、貴婦人達からは身の程知らずな模擬品だと揶揄され冷ややかな視線を浴びている。
そして、そんな噂を聞きつけてとあるパーティに珍しく一人で参加した者が居る。
エイヴェリー・ゴールディ公爵だったーー。
(あぁ、あれが噂の模擬品か……)
エイヴェリーにしてみれば、レビアの何処がリベルテに似ているのかは分からなかったが何かの意図があって彼女を模擬し男遊びをするのか、それともただのリベルテへの憧れなのかを確かめる必要があった。
実際に、最近ではリベルテだと見間違えて彼女まで不名誉な噂を流される事まで出てきた。
リベルテを守る為に、彼女に振りかかる全ての火の粉はどんなに小さくても振り払っておきたい。
「あっ……、すみません」
態とらしい仕草でぶつかって来たレビアは一見リベルテのように堂々と振る舞ったが、エイヴェリーから見れば全く似ても似つかない。
あからさまに似せているという違和感だけを感じるレビアの仕草と、狂気的にも見える容姿の追いかけ方に妙な気持ち悪さを感じた。
「いえ、お気になさらず」
「少しお酒がかかったのでは……?」
ハンカチを取り出すレビアの手首を拒絶するように掴む。
少し驚いたように目を見開いたレビアは噂どおりの身の程知らずのようで、すっかり拒絶されることが無いと勘違いをしている風だった。
「はぁ……、大したことでありません」
「そんな!申し訳ないです!休憩室へ……っ」
「結構です。今日は顔を出しにきただけですので」
「あっ、ゴールディ公爵閣下……!!」
やけに懸命なレビアに不快感を隠せそうにないエイヴェリーは素早く彼女の元から立ち去るが、レビアは俯き下唇を噛み震えていた。
(せっかくのチャンスだったのに!これじゃあ……)
そこに現れたのはカルヴィンで、彼女はぱぁっと表情を輝かせた後、気まずそうに俯いた。
「レビア、どうだ?」
「その……、まだ何も……」
「接触は出来たようだな?」
「はい、必ずやり遂げます」
「いい子だ、ご褒美は期待していろ」
レビアを社交界で目立つ存在にし、リベルテをきっと親友だとは思っていないだろうエイヴェリーを誘惑させる。
それがカルヴィンの考えた、レビアへの「お願い事」だった。
エイヴェリーを誘惑し、陥落させ、そんな彼を親友として快く応援するリベルテに彼はまた落胆するだろう。
万が一リベルテがエイヴェリーに恋愛感情を抱いていたとしても問題ない。
自分の模擬品にまんまと陥落したエイヴェリーにがっかりして、きっとリベルテは二度と振り向かないからだ。
届かぬもどかしさから、模擬品を抱くカルヴィンだからこそ思い浮かんだことだが、彼はレビアを作り上げた自分にとても満足している。
そんな二人の様子を遠目から見て、やはり違和感を拭えないエイヴェリーはやはり調べる必要があるだろうと考えを固めた。
(ただの尊敬や、行きすぎた憧れではないな)
「ティグ、少し調べてくれないか?」
「勿論です。エイヴ様くれぐれもお気をつけて」
「ああ……」
社交界の噂などはあまり好きでは無いが、あの不自然な令嬢とカルヴィンの貼り付けた笑顔を見ていると「身の程知らずの模擬品」という言葉がやはりぴったりと浮かんだ。
「少し、気分転換をしようか」
「またシャンドラ邸ですね?」
「ふ、今日は珍しい宝石があるんだ」
「リベルテ様は宝石に興味を持たないのでは?」
「いいんだ」
近頃はすっかりと何を贈っても警戒心のない笑顔で喜んでくれるようになったリベルテを思い浮かべた。
(やっぱり君の情熱的な赤が恋しいよ)
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