元カレの今カノは聖女様

abang

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ヒガン監獄、最下層 百一階。

小さな灯りひとつのほぼ真っ暗なこの牢獄の上百階には多くの極悪人が監修されている。


王宮のゲートを使って百一階に現れた王妃に向かって叫んだ聖女セリエの声が響いた。


「王妃様!一体どういうつもりですか!?」



「それはこっちの台詞よセリエ……貴女には本当に騙されたわ。てっきり貞淑な妻となるだろう、清らかな娘だと思い込んでしまったもの」




「私は!ルシアンの為に……」


「自分の為にでしょう。私もそうだったから分かるわセリエ、息子の為夫の為と言いながら自分が一番賢いかのように傲慢に振る舞っていた」



「なら分かるでしょう!私は失敗する訳にはいかない!聖女なのです!!」



王妃は言葉の通じない者と会話をしている気分だった。



「……いらしたのですね、王妃殿下」


「イブリア……」


イブリアの気まずそうな表情に自嘲する王妃。

(気まずそうね。当たり前よね……)



「聖女様に話があって参りましたが、お取込み中でしたら結構……」



「いいえ、私が伝えに来た事はすぐに済むわ」




「王妃様……お願いします!理解して下さるのは貴女だけなの、助けて下さい……っ」


(この後に及んで呆れたわね……)

セリエが王妃に縋る様子を見るイブリアはその様子にほとほと呆れた。




「セリエ……王妃わたし公女イブリア、高貴な女達はみな高貴である為に努力し、多くの傷を負っている。人のものを欲しがるだけの貴女は精々三流女優ね。今でなくてもいつかこうなったわ」



「……私が、三流女優ですって?皆に愛される聖女なのに……っ」



「イブリア、色々と悪かったわね……その、ありがとう」


「王妃殿下、いいえ。貴女を憎めなかった理由がわかりました。私に母はもう居ませんがどこか……重ねて母のように思っていたのでしょう」

それは、王妃の教育が行き過ぎていたとはいえ節々に見せるイブリアへの愛情から感じ取っていたものだった。


執着とも取れた王妃のイブリアへの感情は、王妃の不器用さだったのかもしれないと今なら思えた。

(上手く愛せない人だから……)


身分と権力の為に国王に嫁いだと思われている王妃が実は常に国王を想っている事を知っていたからこそ気付いたことだった。



国王すら気付いていないが、今でも王妃は国王に片想いをしている。

彼の隣に居る為に高貴な王妃殿下で居続けようと、有能な良き母でいようとする王妃をイブリアは嫌いではなかった。


(だからこそ、ルシアンの事もとても愛していた。唯一の愛の結晶なのだと嬉しそうに笑ったまだ少し若い王妃殿下を薄ら覚えているもの)




「イブリア……」



イブリアはセリエに向き直って問いかけた。


「セリエさん、何故私だったのですか?」


「は?そんな事を態々聞きに来たの!?」



(こっちが本来の姿なのね)

「私は、幼い頃から国を良くしようと誓い合った友を失ったわ。偶然ではなく、貴女は面識もない私だけを標的にしたのが引っかかっていたの」



「ハッ!理由なんてありませんわ、公女。ただ貴女が私の持つべきものを全部持っていたから取り返しただけよ」


「……そう、


安心したように言うイブリアに、王妃も、セリエも驚く。


(怒る所じゃないの?この女ほんと分かんないわ)



「もし、私やバロウズの失墜を狙う何者かの差し金なら……完璧にしなければならないから聞いただけよ」



イブリアの冷酷な瞳に顔面を蒼白にしたセリエの様子にふと笑った王妃は先に戻る様子だった。


「私は先に失礼するわ、イブリア……後は頼んだわよ」


「……王妃殿下は」


「私は、無期限の謹慎よ。何も変わらないように見えて、私の政治的な発言権は無くなったという事よ」



「そうですか」


「かえって良かったの、母として妻として普通に尽くしてみるわ」


(貴女のおかげでそう思う事ができたのよ、イブリア)


母を重ねたと言ってくれたイブリア、どれだけ引き離してもディートリヒと結ばれたイブリア、幸せそうな彼女の表情は王妃に何故か安心感を与えた。

こうなって初めて、本当に欲しかったのは何だったのかを思い知った。

自分が思っていた以上に自分を理解してくれていたイブリアはもうすっかり大人の女性となっている。


(憎まないで居てくれてありがとう)



「陛下も……死ぬまでには愛してくれるわきっと」



そう言って笑った王妃の笑顔は美しくて、キラキラ輝いていた。


セリエはふと何とも言い難い気分になる。


聖女の魅了の力など比にはならない、イブリアという人間性。



(こうやって、皆を笑顔にするのね)



先程見せた、誰も近づけさせない程の威圧感は正にバロウズの威厳、気品、全てを引き継ぐカリスマ性でもあると感じた。




魅了を打ち破ってまでもイブリアに拘る、セオドアやティアード、レイノルド……そしてルシアン


愛してやまないと誰が見てもわかるディートリヒも、この国の一部の者達も皆なぜ彼女ではないとダメなのかを思い知らされたようだった。


「そんなの……勝てないじゃない。魅了なんて力、こんな奴の前じゃ意味がない」




「何を言っているか分からないけれど、もう用は済んだので失礼するわ」

 

淡い桃色が目の前を通り過ぎて、イブリアの姿勢の良い背中が離れて行く。


甘くい香りが鼻を掠めると、今度は少し爽やかな香りがして眩しい光を放つと彼女を迎えに来たディートリヒが見たことのないような柔らかく蕩ける微笑みでイブリアを抱きしめて「無事で何よりです」と彼女の髪を撫でた。



セリエは羨ましくて、もどかしかった。


「あんたを……っ!!」


「呪ってやる」と言いたかった。


言い終わる前にディートリヒの星空のような瞳と目が合うと、一瞬にしてセリエの声は出なくなる。



"誰にも傷つけさせない"


口の動きだけだったが、確かにそう言ったディートリヒの殺気に震えてもう何も言えなかった。






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