吸血公爵の激昂と花嫁

新月蕾

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吸血鬼に嫁いだ王女

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 夜、広いベッドの上に男女が座っている。
 男は銀の髪に赤に近い茶色い目をしている。顔は青白い。
 女は金の緩やかな髪に、青い目をしていた。女の顔も白いが、美しい作りをしていた。
 ふたりは、どこか緊張したように夜着で向かい合っていた。

 自分が先に口を開くべきだ。
 男はそう思ったが、相手の素性を思うとなかなか踏ん切りがつかなかった。

 やがて女が首筋にかかる金の髪をかき上げた。
「……どうぞ、お食べになってください」
 おずおずと差し出された女の細く白い首。
 どうしようもなく食欲をそそるそこに、男は思わず口を開いた。
 そうするともう止まることはできなかった。
 女の肩に手を置き、体を固定し、やけに鋭い八重歯をそこに突きたてる。
「っ……」
 女は走った痛みに体を揺らす。
 そして男は思いきり血を吸い込もうとして……。

「……駄目だこんなの!」

 あまりの怒りに男は怒鳴り声を上げ、女は呆然と身をすくめるのだった。

「貴様、健康には気を遣っているのか!? 何だこの血の味は!!」
「は、はい……?」
 男の怒りに女は目を白黒させた。

 男の名前はヴァシレ。このフローリ国の公爵にして、吸血鬼に先祖帰りした男である。
 一方、怒鳴られ震えている女の名前はエヴァ。フローリ王家の姫にして、ヴァシレに差し出された生贄である。
 フローリ国の王族は、遠い先祖に吸血鬼を持つ、とまことしやかに囁かれている。
 事実無根であると言い切っているフローリ王家だったが、二十年前、困った存在が現れた。
 それが吸血鬼の力を持って生まれてきたヴァシレであった。
 十代前の王家から独立したヴァシレはまぎれもなくフローリ王家の血を引いている。
 そう、フローリ王家が吸血鬼の血を引いているというのは本当の話だったのだ。
 しかしそれは過去のことで、吸血鬼の力は長らく失われていた。
 それが突然、公爵家に吸血鬼が生まれてしまった。
 フローリ王家は困惑した。
 そして王家に連なるヴァシレの正体を隠すため、フローリ国王はヴァシレと同じ年齢の自分の娘の降嫁を決めた。
 他人ではなく娘を嫁がせれば、その秘密は内々で守られると考えたのだった。

 そのエヴァとヴァシレの盛大な結婚式の終わった初夜。
 少し疲れた体を引きずって、寝室に入り、意を決して、首筋を晒したエヴァを待っていたのはヴァシレからの激しい叱咤であった。
「健康……ですか……?」
 エヴァはきょとんと首をかしげる。
「そうだ! くっ、この血ときたら砂糖の味しかしない……! 甘ったるすぎる……! 野菜は! 肉は!」
「野菜は苦くて嫌いです。お肉は胃もたれします。お菓子が最高です」
 エヴァは当たり前のようにそう言った。
「なんということだ、嘆かわしい……我が花嫁が、王家の花が、こんな偏食家だなんて……」
 ヴァシレは顔を覆ってしまった。
「げ、元気を出してください?」
 どこか間の抜けたエヴァの言葉にヴァシレはがっくりと肩を下げる。
「信じられない……王家は何を考えているんだ」
「きっと悪いことの後にはいいことがありますよ」
「ああ、そうだな……」
 ヴァシレは力なくうなだれた。
「ああ、血に飢えた俺を癒やしてくれるはずの花嫁が……こんな……こんな……」
「あらあら」
 ヴァシレがうなだれるのをエヴァは困ったように見ていた。
 ヴァシレはそのままベッドに潜り込んだ。
「俺はもう寝る……」
「ええっ!」
 今夜は初夜だ。
 エヴァはそのつもりで覚悟を決めてきたが、ヴァシレはエヴァのその困惑には耳を貸さず、本当に寝息を立て始めた。
「……そんなあ」
 エヴァは悲しそうにそうつぶやいた。
 しばらくヴァシレが起きて来やしないかと思って待っていたが、ヴァシレはピクリともしなかった。

 ヴァシレは日光が平気である。
 ニンニクも食べるし、十字架も持ち歩いているし、鏡にだって映る。
 胸に杭を打ち込んだことはないが、それはさすがに死ぬはずだ。
 ヴァシレが人間と違うのは吸血衝動があること、目が赤に近いこと、そして八重歯が尖っていること。
 そのくらいである。
 吸血衝動にしても我慢しようと思えばできるし、血を飲まなければ死ぬというわけではない。
 だから、ずっと我慢して生きてきた。
 しかし王家からエヴァが差し出され、そのエヴァが血を飲んでも良いと体を差し出してきたとき、ヴァシレの胸中に湧き上がってきたのは複雑な思いだった。
 これまで我慢してきたことが許される喜びと、今までの我慢がないがしろにされたかのような憤り。
 同時に抱きながらも、健気に身を差し出してくるエヴァを拒むことなどできなかった、はずだった。
 しかし、まさか不味ふみであるという理由でそれを拒んでしまうことになるとは。

「……少し、言い過ぎたか」
 目を覚まして傍らの妻の目に涙の痕が浮かんでいるのを認めて、ヴァシレは少し反省した。
「それはそれとして、お菓子しか食べないなどという食生活は認めんからな……花嫁殿……」
 ヴァシレはそうつぶやくと、寝台から降りた。

「ん……」
 エヴァは目覚めて、絶望に包まれた。
 夫となったはずのヴァシレの姿がどこにもない。
 自分は昨夜の一件で捨てられてしまったのだろうか?
 愕然と寝台の上で震えていると、エヴァの気配を敏感に察知した侍女が寝室に入ってきた。
「おはようございます、奥様、お着替えを手伝わせていただきます」
「お、お願いするわ」
 奥様、その言葉にエヴァはホッとする。
 自分はまだヴァシレの奥様なのだ。よかった。
 侍女の手を借り、着替える。
「朝食の準備が整っています」
「あ……」
 エヴァは朝はパンを一欠片と果物しか食べない。
 それだけでお腹いっぱいになってしまうのだ。
 それを告げようとしたが、有無を言わせず侍女はエヴァを食堂へと連れ出した。

 食堂には腕まくりをしたヴァシレがいた。
 何故腕をまくっているのだろう? エヴァはきょとんとする。
 侍女が去って行く。
 食堂には給仕をしてくれる者が不在であった。
 混乱するエヴァにヴァシレが声をかけた。
「おはようございます、エヴァ姫」
「あ、どうか、エヴァ、とお呼びください……旦那様」
「そうですか、俺もヴァシレで構いません」
「あの、そうかしこまらなくて大丈夫です。その、昨夜のように、素直にお話ししてくださいませ」
「わかりました。あなたもどうぞ、気さくにお話しください。では……これを食べていただきます」
 ドン、とエヴァの席に置かれたのは皿いっぱいの野菜スープだった。
 エヴァは顔をしかめた。
「や、野菜は苦手で……」
「俺の妻となったからには食べてもらう」
「……そ、そんな」
「美味しい血にするために、何よりあなた自身の健康のために、食生活を改善して参りましょう」
「うう……」
 顔をしかめて、エヴァは野菜スープと向き合う。
 恐る恐るスプーンでスープごと野菜をすくい上げ、口に運んでいく。
「…………えいっ」
 エヴァは思い切って口の中に野菜を放り込んだ。
「…………あれ?」
 しばらく咀嚼し飲み込んで、エヴァはきょとんとする。
「おいしい……?」
「……エヴァ、君が野菜を嫌いになったのはいくつのときだ」
 淡々とヴァシレが問いかける。
「物心ついた頃……?」
「その後、野菜を食べたことは?」
「ない……かも……」
「そうだろうとも。大人になれば味覚は変わるものだ」
「そういうものですか……」
「フローリ王家はずいぶんと君を甘やかしていたようだ」
 どこか怒りの混じった声に、恥じるようにエヴァはうつむいた。
「……はい」
 エヴァに怒ったわけではなかったのだが、言い訳になりそうでヴァシレはそれを告げなかった。
「これからは偏食は許さんからそのつもりでいろ。その代わり、美味しいものを食べさせてやる」
「はい、ありがとうございます」
 エヴァは頭を下げた。
 野菜は食べられるようになったが、量がいきなり食べられるようになるわけではない。
 スープ一杯とパンを一欠片でエヴァは食事を終えた。
 そんなエヴァをヴァシレはじっと見つめていた。

 それからというもの、エヴァの食生活は改善されていった。
 お肉はなるべく脂っこくない赤身肉。
 お菓子は午後のお茶の時間だけ。
 三食少しずつでいいから食べる。
 そういうことを繰り返していった。
 そしてエヴァの食事は用事で無理な時を除き、すべてヴァシレが作って給仕までしてくれた。
 元々ヴァシレは食事を人に見られるのが嫌いで、使用人たちには給仕をさせず、一人でとっていたのだという。
 ヴァシレは人間の食事は自分の食事ではないような気がしていて人に見られるのが嫌いだったのだ。

 その食生活を続けるうちに、エヴァの真っ白だった顔色はどんどんと血色がよくなっていった。

 一ヶ月ほど経った頃、エヴァはずっと気になっていたことを、
「あの、旦那様は……その、料理作るの大変じゃありませんか?」
「趣味だ」
「あ、趣味なんですか」
「……血が飲めなかった分、自分が美味しいと感じられるものを探していたら趣味になった」
「そう、ですか」
「だから気にするな」
「……えっと、あの、旦那様」
「なんだ」
「わ、私も料理、やってみたいです」
「…………」
 ヴァシレはエヴァとの一ヶ月間を思い出す。
 エヴァは、お世辞にもしっかりした人間とは言いがたかった。
 よく転ぶし、手先も不器用だし、おっちょこちょいだ。
 そんな彼女に料理をさせるなど、考えただけでもぞっとしない。
「…………本気か」
 長い沈黙の後、ヴァシレはそう言った。
「だ、旦那様といっしょに料理してみたいです……」
 恥じらいながらそう言うエヴァを見て、ヴァシレの心は初めての方向に動いた。
 鼓動が高鳴り、顔が赤らむ。
「わ、わかった」
 うなずいた声は動揺にブレていた。
「やったあ」
 エヴァは花が綻ぶような笑顔を見せた。
「…………」
 ヴァシレはその顔をじっと見つめた。
 思えば自分たちは夫婦になったのだった。
 エヴァの血の味から感じる不健康さがあまりにも心配すぎて、それどころではなかった。
 そんなことを、今更のように思い出した。
 そんなヴァシレの気も知らずエヴァは嬉しそうに笑っていた。
「……はあ」
 ヴァシレは小さくため息をついた。

 その日からエヴァとヴァシレはいっしょに厨房に立つようになった。

「違う、エヴァ、包丁を使うとき、切るものをそう手をペタッと広げて押さえるな」
「はい」
「駄目だ。もう包丁は持つな。葉野菜を千切っていろ」
「は、はい!」
「危ない! 火にかけた鍋は熱いのだ。触るな。気を付けろ」
「ごめんなさい……」
 料理などしたことのないエヴァの危なっかしさにハラハラさせられた。
 なんとかいちばん最初の食事を作るのには普段の三倍もの時間がかかった。
 それでもエヴァは辞めるとは言い出さなかった。
 三倍もの時間がかかるから、その分、早起きをするようにした。
 何があっても夫と一緒に料理をしようとした。
 どうせすぐ音を上げるだろうと思っていたエヴァの根性にヴァシレは密かに感嘆した。

 そんな妻の姿を眺めながら、ヴァシレはエヴァに声をかけた。
「……エヴァ」
「はい、ヴァシレ様」
 焼き上がった肉料理に拙い手でソースをかけながら、エヴァが微笑む。
「……明日は菓子でも作ろうか」
「まあ!」
 エヴァは青い目を瞳を輝かせた。
 今までお茶の時間のお菓子はヴァシレではなくメイドたちが用意してくれたものだった。
「ヴァシレ様はお菓子も作れるのですね! 素敵です!」
「う、うん……」
 本当はお菓子のような甘い物はヴァシレが好きなものではない。
 だからそう上手くもない。
 しかしエヴァが嫁いでからは、メイドたちにこっそり指南を受けて、簡単なものなら作れるようになっていた。
「楽しみです!」
 エヴァの笑顔に、ヴァシレも思わず微笑んでいた。

 その夜、ヴァシレとエヴァは同じベッドの上にいた。
 初夜未遂以来、ふたりは同じベッドで寝ていたが、血を吸うことも、行為を交すこともなかった。
「……あ、あのヴァシレ様」
 もじもじしながらエヴァがヴァシレに声をかける。
「……どうした」
 エヴァの緊張が移ったように、ヴァシレの声は硬かった。
「あの、その……血を、吸っていただけませんか……?」
 エヴァは首筋を見せながらそう言った。
 ヴァシレが初日につけた傷痕はもう消えていた。
「何?」
 ヴァシレは意外な言葉に赤茶色の目を見開いた。
「あ、あの、食生活もだいぶ改善されましたし、私の血も……少しは美味しくなってるんじゃないかなって……」
「…………」
 ヴァシレはしばらく黙っていた。
 しかし、やがてエヴァに背を向けてベッドに潜り込んでしまった。
「あ……」
 エヴァは傷付いたような声を思わず漏らす。
 しかし慌てて、かぶりを振った。
「わ、わかりました。ご、ごめんなさい……」
 エヴァもヴァシレにならってベッドに潜り込む。
 エヴァは胸が痛かった。
 お互いが背を向けたまま、夜は更けていった。

 翌朝、ヴァシレといっしょに作った野菜スープとパン、それに卵料理の朝食をとったエヴァは浮かない顔だった。
 昨夜のヴァシレの態度が気にかかっていた。
 ヴァシレとは打ち解けてきたような気がしていたけれど、それは気のせいだったのだろうか。
 エヴァは夫婦らしからぬ自分たちの関係に改めて気付いて、うつむいた。
 自分は妻らしいことを何一つ出来ていない。
 それが寂しく、辛かった。
「……菓子を作りに厨房に行くぞ」
「は、はい!」
 ヴァシレの声にエヴァは立ち上がる。

 厨房にはすでにメイドたちが材料を用意してくれていた。
 小麦粉、砂糖、バターに卵。それからジャム。
「何を作るのですか?」
「今日は簡単なクッキーだ」
「まあ! クッキー! 大好物です!」
 エヴァの顔が輝いた。
「そうか」
 エヴァの顔がまぶしくて、思わずヴァシレは目をそらした。
 その態度にエヴァは昨夜のヴァシレのことが思い出されて、胸の痛みがぶり返した。

「…………」
「…………」
 包丁を使わない比較的安全な調理工程だというのに、ふたりは黙々と料理をしていた。
 どこかぎくしゃくした空気が流れているのはお互い気付いていたが、どうすることもできなかった。
「……後は焼き上がるのを待つだけだ。焼き上がりを見るのはメイドたちに任せよう。昼食にするぞ」
「は、はい……」
 気まずい雰囲気のまま食堂に戻る。
 昼食は作り置きのスコーンにジャムを塗ったものだった。
 それを食べ終えて、エヴァは意を決してもう一度口を開いた。
「……あの、ヴァシレ様」
「なんだ」
「……どうしても吸ってもらえないのでしょうか、血」
「……それは、それは普通の夫婦ではない」
「え……?」
「そんなものは、普通の夫婦じゃないだろう……」
 ヴァシレの声は暗かった。
「最初は……初めて血が吸えることに心躍らせていた部分もあった。しかし、それは……そんな関係は普通の夫婦じゃない」
 ヴァシレはかたくなにそう言った。
「……それはいやだ。それに、君の白い首をもう傷付けたくはない……いやなんだ」
「ヴァシレ様……」
「普通がいい。普通でいい。血なんて、吸えなくていい」
「……いっしょに厨房に立つ私達のどこが普通の夫婦でしょうか」
 エヴァはそう言い切った。
「そ、それは……」
 ヴァシレは言葉に詰まった。
 エヴァが言葉を続けた。
「わ、私達、もう普通の貴族の夫婦なんかじゃまったくありませんわ。ヴァシレ様は料理がお上手だし、私は下手くそだけれど、王族の娘が厨房に立つだなんておかしいもの。でも、私、それをいやだなんて思いません。楽しいです。好きです。素敵な時間だと思います」
 エヴァの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「ヴァ、ヴァシレ様は……いっしょにお料理する時間もいやでしたか……?」
「い、いやじゃない。それは、いやじゃない。楽しい。君と料理をするのは楽しいよ、エヴァ」
「……だったら、よいではないですか。普通じゃなくてもよいではないですか。私達……私達が夫婦なら、それでよいではないですか」
 ポロポロと涙を流しながら、エヴァはそう訴えかけた。
「……いっしょに、お料理をして、私はいっしょに作ったお菓子を食べて、ヴァシレ様は私の血を吸って……それで、よいではないですか……。それではだめですか……?」
「エヴァ……」
「わ、私といっしょに……美味しいものを食べましょう? 普通じゃなくてもいいから、ヴァシレ様が美味しいと思えるものを……食べましょう?」
 そう言い終えると、エヴァは立ち上がった。
「クッキーの焼き加減を見てきます!」
「あ、俺も行く」
 厨房に走り出そうとするエヴァをヴァシレは慌てて追いかけた。
 そしてエヴァはあまりに急いだせいだろう、足がもつれた。
「エヴァ!」
 ヴァシレが慌ててエヴァの体を抱き留める。
「あ……」
 エヴァがどこか感慨深い声を漏らす。
「……初めてですね、ヴァシレ様が私を抱き締めてくれたのは」
「こ、これは事故だ」
 ヴァシレはしどろもどろにそう言った。
「ヴァシレ様は私を抱き締めたくはない?」
「い、いや、そんなことはない。そのようなことはない……」
 言葉通りヴァシレはなかなかエヴァを手放さなかった。
「あ、あのヴァシレ様……?」
「いいのか、エヴァ」
「はい?」
「無理をしていないか? 痛みを我慢しようとはしていないか?」
 その言葉にエヴァはヴァシレが何の話をしているのか気付く。
「……していません。あなたにこの身すべてを捧げると、それは夫婦になることが決まってからずっと決心していましたもの」
「……そうか」
「あなたが、好き」
 エヴァのまっすぐな言葉にヴァシレは頬を赤く染めた。
「嫁ぐ相手が好きな人でよかった。私の血を吸うのが、好きな人でよかった」
「……いただきます」
 ヴァシレは意を決してそう言った。
 エヴァのドレスは首元が四角く露出していて、血を吸うのにはもってこいの形状だった。
 ヴァシレの八重歯がエヴァの首元に突き刺さる。
「あ……」
 どこか恍惚が混じった声をエヴァが漏らす。
 ヴァシレは味を堪能するために目を閉じて、血を吸い出した。
「ごく……ごく……」
「ヴァシレ、さま……」
 体をヴァシレに預け、エヴァはうっとりと天井を見上げる。
 しばらくの間、ヴァシレはエヴァの血を吸っていた。

「……どう、でした?」
 吸血による疲労感で、エヴァはヴァシレに支えられて私室に戻った。
 ソファにかけながら、エヴァは訊ねる。
 その手前のテーブルには焼き上がったクッキーが置いてある。
「美味しかった。甘く蕩けるようだった」
「え、ええと、お菓子は以前より控えていたはずですが……」
「そういう意味ではなく……あまりに甘美だった。天にも昇る心地で……ああ、美味しかった」
「そうでしたか、それならよかった」
 エヴァはふんわりと微笑んだ。
 ヴァシレはクッキーを手に取り、エヴァに差し出した。
「……お食べ」
「はい、いただきます」
 ヴァシレの手から食べるのは、はしたない気がしたけれど、エヴァは素直にクッキーを口にした。
「ん、美味しい……」
 エヴァは頬を綻ばせた。
 ヴァシレはその笑顔を見て微笑んだ。
 そしてエヴァがクッキーを嚥下すると、さっきまで動いていた頬に触れた。
「ヴァシレ様?」
「エヴァ」
 ヴァシレはエヴァの唇に唇を近付けた。
「あ……」
 エヴァは頬を赤らめながら目を閉じた。
 結婚式での誓いの口付け以来の口付けをふたりは交わした。
 唇を離しながら、ヴァシレは口を開いた。
「……初夜に、怒鳴りつけたりしてすまなかった。……怒りもあったが、君の健康が心配だったんだ」
「大丈夫です。わかっていますから」
 エヴァはヴァシレに寄りかかりながら微笑んだ。
「なあ、エヴァ」
「はい」
「……初夜のやり直しをさせてもらえるか?」
「はい、もちろんです」
 微笑んだエヴァの体をヴァシレは抱き上げた。
「あ、あれ?」
「どうした、やり直しだ」
「あ、あの、まだお昼です……」
「今夜の夕食は作ってもらえるよう頼んでおいた」
「えっと、で、でも、お昼です。初夜なら夜でないと……あ、あの……」
 ヴァシレは腕の中のエヴァを覗き込んだ。
「いやか?」
「う、いやじゃない、です……でも、まだ、明るい……」
 ブツブツと何やら口の中でそう言っているエヴァを無視してヴァシレはエヴァをふたりの寝室にいざなった。
 優しくベッドに横たえられて、エヴァは思わず目を閉じる。
 閉じられた瞼に口付けを落とすと、ヴァシレはエヴァの体に手を伸ばした。
 そしてふたりは甘く蕩けるような初夜の続きを始めるのだった。
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