聖女候補の姫君は初恋の騎士に純潔を奪われたい

新月蕾

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第22話 身を清めて

「お背中流します……」

 ベアトリクスは楽しそうにそう言って、ランドルフの背中を布で拭く。

「広いわね、ランドルフ殿の背中は……たくましくて……大きくて……頼りになる……」
「あ、ありがとうございます。恐縮です」

 ランドルフはピンと背筋を伸ばしながらベアトリクスのなすがままになる。
 股間の肉棒は再び元気を取り戻しつつあったが、それを言い出すのもはばかれた。
 あまりにベアトリクスが楽しそうだったのと、時間の問題があった。

「でも、あの、姫様? 急ぎませんと今日のお昼はアルフレッド殿下とご一緒するのですし……」
「まだ時間はあるわ」
「ええ、でも、ほら、姫様は髪を乾かしませんと……」
「あ」

 ベアトリクスの手が硬直する。

「ご、ごめんなさい、ランドルフ殿! 後はご自分で!」
「はい」

 苦笑しながらランドルフは体を拭く。
 ベアトリクスがその隣で大慌てで体を清める。

「……それにしても、ここはずいぶんと広いですね」
「幼い頃、母と二人で入りました。……母も父と入ったとか」
「な、なるほど……」

 男と女のことである。それはもちろん自分たちと同じようなことをしたのだろう。
 ランドルフはなんだか落ち着かない気持ちになった。
 この国では死んだ者は天の国から愛する者を見守ってくれているという。
 これも見守られているのだろうか。ベアトリクスの両親から見て、自分はどのような男だろうか。
 ランドルフは少しだけ思い悩んだ。

「ランドルフ殿のご両親はご健在?」
「はい。自分の親のことをそういうのはこそばゆいですが、仲睦まじい夫婦です」
「……お目にかかってみたい……ヘッドリー領……ランドルフ殿の故郷に行ってみたい……」
「……そういえば、現国王陛下の母君のお輿入れの際は、我がヘッドリー家で一晩お泊まりになったそうです」
「あら、そうなの」
「自分はまだ生まれていませんでしたが……父が言うにはそれはもう、盛大な祝祭を持って迎え入れたとか」
「……なら、もしわたくしが他国に嫁ぐなら、ヘッドリー領を通れるかもしれないわね……」
「……そう、ですね」

 ランドルフの胸は痛んだ。
 そこに自分はいられるだろうか? ベアトリクスの愛人になった自分はどこまで彼女といられるのだろうか?

「まあ、何もかもローレンス国王陛下のご結婚が先ですけどね」

 ベアトリクスはからっと笑ってみせた。

「……はい」

 それならば国王は結婚などしなければ良いのに。ランドルフはそう思ってしまった。
 国家の安寧を祈るべき一人の国民としてあるまじき事を願ってしまった。

「……そういえば」
「はい?」
「あ、いえ。なんでもありません」

 ランドルフはサラに言われたことが気にかかっていた。
 王はベアトリクスの事を看過しない、黄色い小鳥が招待をする、だったか。

 ベアトリクスからもサラからも続報はない。
 もしかしたらあれはサラの思い過ごしだったのではないか? ランドルフはそう考えるまでになっていた。

「……ほら、手が止まっていますよ」
「あ、はい」

 泡を洗い流す。
 湯船にはそう長く浸かっていられない。

 ふたりは浴場を後にした。



「お姉様! ランドルフ殿!」

 勉強帰りのアルフレッドは二人を見て嬉しそうに走り寄ってきた。

「最近、お二人ご一緒していることが多いですね!」

 離宮ではすでにランドルフがベアトリクスとただならぬ関係になったと言うことは噂になっていた。
 おそらくアルフレッドの耳にも入ってしまっているだろう。
 しかしアルフレッドはそれをおくびにも出さない。

 その姿にベアトリクスは胸を痛める。
 元はと言えばアルフレッドを守るために始めたことだったはずだ。
 それが、アルフレッドに気を遣わせてしまっている。
 これが自分のやるべき事だろうか?

 そんな迷いは、ランドルフとともに過ごす甘美な時には忘れ去ってしまうのだから都合の良いことだ。
 ベアトリクスの心中には少しずつ罪悪感と嫌悪感が芽生えつつあった。

「……お姉様?」

 気遣わしそうにアルフレッドがベアトリクスの顔を見上げる。

「ああ、ごめんなさい。すこしぼうっとしていました、ほら鳥の鳴き声がするでしょう。どういう鳥かしら」
「きっと黒い小鳥ですよ。僕こないだ見ました」
「黒い小鳥……」

 ベアトリクスの胸がざわついた。
 サラが、言っていた。王が黒い小鳥を寄越したと。

「はい。勉強をしていたら窓辺にやってきました」
「今日はどんなお勉強を?」
「神についてです。神がこの国に与えてくださった恩恵……かつての聖女様について……」

 聖女。その単語にベアトリクスはギクリとする。
 できればアルフレッドには自分が聖女候補であることを知られたくはなかった。

 そんな話をしている内に昼食の間に着いた。
 各々の席に腰掛けながら、アルフレッドが小首をかしげる。

「伯母様も聖女だったのですよね?」
「……ええ」

 アルフレッドは伯母のことをよく知らない。
 物心ついた時には伯母は聖女として神殿に行って、王宮にはいなかった。

「……お姉様も聖女になるのですか?」

 幼い王子の顔は不安げに揺らいでいた。

「……どうでしょう」

 ならない、とベアトリクスは断言できなかった。
 そうすれば何故かと問われる。問われては答えなければならない。
 己の浅ましさを。ランドルフとの関係を。それは、いやだった。

「お食事中に失礼いたします」
「叔父上」

 ヘッドリー宰相閣下が、離宮に入ってきた。
 約束もなく彼が来ることに、ベアトリクスは身構えた。

「アルフレッド殿下、ベアトリクス姫殿下、お二人に国王ローレンス陛下からの書状を持って参りました」

 恭しく差し出された二枚の紙を、ベアトリクスは絶望にも似た思いで見つめた。
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