聖女候補の姫君は初恋の騎士に純潔を奪われたい

新月蕾

文字の大きさ
40 / 45

第40話 少女の迷い

しおりを挟む
「…………」

 クレアはまたうつむこうとしたが、ベアトリクスの頬に添えた手がそれを許さなかった。

「……今、答えを出さなくても良いです、クレア嬢。明日まで時間はあります。あなたが迷うなら滞在日数も増やしましょう。ただ、目をそらさないで、クレア嬢。あなたに突きつけられている決断は、逃げても、いつか、また、あなたに突きつけられます。時間をかけても良い。どうか、決断をしてください」
「ベアトリクス様……」

 クレアはそらしていた目をベアトリクスにぶつけた。
 ベアトリクスは微笑みで答えた。

「大丈夫。ここでのことはよそには漏らしません」
「時間を、ください」
「分かりました」

 ベアトリクスは頷いた。



「仔細は省きますがサーヴィス領滞在を長引かせるかもしれません……ヘッドリー領滞在が短くなるかも、ごめんなさいね、ランドルフ」
「いえ、姫様の思いのままに」

 ランドルフは微笑み、話を続けた。

「クレア嬢との話し合いは首尾よく行きましたか?」
「伝えるべきは伝えました。あとは彼女次第です……ああ、でも、そうだ。ランドルフ、頼みがあります」

 ベアトリクスは小さく微笑んだ。



 クレア・サーヴィスはサーヴィス家の庭を歩いていた。隣には侍女が着いている。
 空を見上げてはため息をつき、地面を見下ろしてはため息をついた。

 2年前に母が死んだ。父は泣きながら後添えをもらうつもりはない。だからサーヴィス家を継いでくれとクレアに頭を下げた。
 いつも甘いくらいに優しい父から頼み事をされたのは初めてだった。

 だからクレアはそれを受け入れた。
 2人の妹はまだまだ幼い。クレアが継ぐしかない。それは分かっていた。
 母が死んだと言うことは年の近い父だっていつ死んでもおかしくないのだから。

 クレアには万が一父が死んだときの後ろ盾がなかった。
 だから、クレアの婚約者は権力のある家の次男坊三男坊を中心に探されていた。
 クレアはそれを受け入れた。
 別に好きな人がいるわけでもない。
 家のためになる人と結婚できるならそれが一番だ。

 しかし、まさかそれが王太子になるなんて、クレアは思いもしなかった。

 アルフレッドとの婚姻の話が出たときさすがにクレアは戸惑った。
 確かに王太子は国王ローレンスの息子ではない。従弟だ。
 ローレンスに子供ができれば、アルフレッドの地位は不安定な物になるだろう。

 それでも王族だ。サーヴィス公爵家にとって願ってもいない大物ではあった。
 だけどクレアには不安があった。
 自信が王族の婚約者になる不安があった。
 仮にローレンスに子供ができなかった場合、クレアは王太子妃になる。

 サーヴィス家は妹たちが継ぐだろう。
 妹たちのことは心配していない。幼くとも優秀な妹たちだ。
 結婚相手さえ見極めれば何とでもなる。

 だからクレアが心配しているのは自分のことだった。
 自分なんかに、この田舎者貴族に、王太子殿下の妃が務まるのか?
 務まる気が、しなかった。

 憂鬱な思いは同じ所ばかりをグルグル回った。
 そうしている間に前方に1人の男の姿が見えた。
 ランドルフ・ヘッドリー。ベアトリクスが連れてきた護衛騎士で、ベアトリクスの間違いなく愛人か何かに当たる男。
 国王公認で夫婦と同格の扱いをされている男。

「……ランドルフ・ヘッドリー」

 ヘッドリー領は近隣だ。ヘッドリー辺境伯のことは耳にしている。
 辺境伯自身ならまだしも、その三男坊にもなれば、サーヴィス公爵の後継ぎであるクレアよりは微妙に身分は下だ。

「どうも、改めてご挨拶にうかがいました。クレア嬢」
「……あちらで、お話ししましょう」

 ガゼボを示したクレアにランドルフは恭しく礼をした。



「ベアトリクス姫殿下に言われて、アルフレッド殿下の話をしにきました」
「なるほど」
「自分は王宮で姫殿下の護衛をしつつ、アルフレッド殿下に剣の稽古を付けております。姉君である姫殿下ご本人がお話されるよりは、まだ客観的にものが見れるだろうとの仰せです」
「…………」

 クレアはランドルフの真っ直ぐな瞳から目をそらし、ガゼボの外を眺めた。
 夏のクレマチスが咲き誇っていた。
 白く主張するクレマチスを目に焼き付けながら、クレアは口を開いた。

「……アルフレッド殿下のお姿はどのようなものかしら?」
「お姿、ですか」

 ランドルフは最初に聞かれるのがそれだとは思っていなかったのだろう。
 少し困った顔をした。

「ベアトリクス様のお顔を少し丸くして、柔和にしたお顔をしています。背丈はまだこのくらいですが」

 ランドルフは立ち上がって自分の胸の下辺りを示す。

「従兄であられるローレンス陛下はそれなりに背が高いので将来的にはもっと伸びるかも知れませんね」

 ランドルフはローレンスの背を思い浮かべる。
 自分よりは低いが、そこそこ背は高かった。

「ええと、体つきは華奢ですが、最近剣の稽古を始めたので徐々に筋肉がつきつつあります」
「そうですか……お人柄は?」
「とても朗らかで、お優しく、そして……凜々しい方です。自分の立場をよく理解されていて、今回のベアトリクス姫殿下の旅においても自分のためのことだとよく理解されています。……賢い方です」
「……いわ」
「はい?」
「釣り合わないわー!」

 クレア・サーヴィスは瞳に涙を浮かべて泣き叫んだ。

「く、クレア嬢?」

 ランドルフは自分は何か間違えたのだろうかと顔を引きつらせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...