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第39話 クレア・サーヴィス
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夕食の席にはクレア嬢も同席する予定であったが、ダイニングホールに彼女の姿はなかった。
相変わらず可哀想なくらい汗をかいているサーヴィス公爵にベアトリクスは声をかけた。
「サーヴィス公爵閣下、クレア嬢は?」
「部屋で反省させております……姫殿下に直接謝罪をしろと言ったのですが、首を縦に振りませんで……」
「あらあら」
ベアトリクスはあくまで穏やかな笑顔を作る。
「謝罪はなくとも構いません。クレア嬢とふたりで話がしたいのです。……夕食の後では遅いですね。明日の朝食の後にでも、席を設けていただけませんか?」
「……は、はい。姫殿下のお望みであれば」
サーヴィス公爵の顔は心労に苛まれていた。
今なおクレア嬢に謝罪の意思がないというのなら、語り合うことに意味があるのだろうか?
ランドルフはベアトリクスの隣で夕食の海老料理を口に運びながら、疑問に感じたが、何も口を挟むことはなかった。
「是非、お願いしますね」
ベアトリクスは微笑んだ。
サーヴィス公爵が食事を一口含むごとに謝罪の言葉を口にするなんとも居心地の悪い夕食が終わった。
部屋に引っ込みベアトリクスはベッドに倒れ込んだ。
「ふう……もう眠いわね。おやすみなさい、ランドルフ」
「はい、おやすみなさいませ、姫様」
夜は更けていく。
ランドルフは外を見た。
遠くにかすかな灯火が見えるばかりの、暗く静謐な夜だった。
朝食をとったベアトリクスは応接室に通された。
そこにはツンとした表情のクレア・サーヴィスが無理矢理着せられたのだろう正装で待っていた。
「クレア、ベアトリクス姫殿下に謝罪しなさい」
「…………」
「大丈夫ですわ、サーヴィス公爵閣下。……閣下、ランドルフ、二人で話がしたいの、席を外していただける?」
サーヴィス公爵は部屋を見渡した。
部屋にはクレアが投げつけることを警戒したのか、ティーカップすらなかった。
「承知しました。失礼致します」
「……し、失礼します」
ランドルフに促され、サーヴィス公爵は応接室を何度も振り返りながら、退室した。
「クレア嬢、改めましてごきげんよう。わたくしの名前はベアトリクス。ローレンス国王陛下の従妹にして、アルフレッド王太子殿下の姉です。この度はローレンス国王陛下の王命にて王都より参りました。どうぞ、よろしくお願いします」
ベアトリクスは深々と頭を下げた。
頭を上げるとクレア・サーヴィスは心底困惑した顔でベアトリクスを見つめていた。
「……どうして? どうして、お姫様なのに、この国で3番目に偉い人なのに、あなた、そんなに丁寧なの?」
困惑を隠しきれないクレア嬢はそう疑問を素直に口にした。
ベアトリクスは微笑んだ。
「それは、人はひとりでは生きていけないからです。私は今後の人生であなたに助けていただかなければならない日が来るかも知れません。そう言うときに、乱暴な態度や横柄な態度を取っていては、あなたは私を助けてはくれないでしょう?」
「……そうかも」
「だから、私は丁寧にあろうとしているのです。……それが成り立たない相手も多くいますけれどね」
サラやランドルフの前では気が抜けてしまい、ちっとも丁寧な態度にはなれない。
国王であるローレンスにだって、たびたび彼には失礼な態度を取ってしまう。
それは身内だからだ。そしてこの子も身内になるかも知れない。
しかし、それは今から見極めることだ。
「クレア嬢、お聞かせ願えますか? あなたは幼いかも知れないけれど、私の知る11歳は幼くとも分別があります。考えもなしに客人を罵るような愚かさを……私はあなたが持っているとは思えません」
「…………」
「何かしらのお考えがあるのなら、それを聞かせていただければ、私があなたを助けられるかも知れません」
「……変な人」
クレアはそう言いつつも、表情を和らげていた。
「……失礼なことを言えば、この婚約がなくなると思ったの」
まあ、そのようなところだろう。
予想の範疇の言葉にベアトリクスはただ微笑む。
「お嫌ですか、王太子殿下との婚姻は」
「……だって、だって、知らない方との結婚だなんて……。それもそれが王太子殿下なんて私……私、務まらないわ」
クレアの目には涙が浮かんでいた。
「……怖いの。怖いんです」
クレアはそう言って俯いた。
ベアトリクスはクレアの頬に手を伸ばした。
クレアがビクリと跳ねる。
ベアトリクスはゆっくりとクレアの顔を上向かせた。
二人の目が合う。
「あなたのお気持ちはよく分かりました。クレア嬢」
「……姫殿下」
「私は国王陛下に王太子殿下の妃を見定めてこいと言われてここに来ています。ですから、あなたとの婚姻をどうするか、私の報告一つで決めることができます……あなたが心の底から望むなら、この婚姻をなかったことにもできます」
「…………」
「私に一言、おっしゃってくれれば、それを叶えます。あなたが嫌だというのなら、あなたが断りたいというのなら、この婚姻はなかったことにいたしましょう。私があなたをふさわしいと思わなかった。そういうことにできます……どうされますか、クレア・サーヴィス」
ベアトリクスはまっすぐクレアを見つめた。
相変わらず可哀想なくらい汗をかいているサーヴィス公爵にベアトリクスは声をかけた。
「サーヴィス公爵閣下、クレア嬢は?」
「部屋で反省させております……姫殿下に直接謝罪をしろと言ったのですが、首を縦に振りませんで……」
「あらあら」
ベアトリクスはあくまで穏やかな笑顔を作る。
「謝罪はなくとも構いません。クレア嬢とふたりで話がしたいのです。……夕食の後では遅いですね。明日の朝食の後にでも、席を設けていただけませんか?」
「……は、はい。姫殿下のお望みであれば」
サーヴィス公爵の顔は心労に苛まれていた。
今なおクレア嬢に謝罪の意思がないというのなら、語り合うことに意味があるのだろうか?
ランドルフはベアトリクスの隣で夕食の海老料理を口に運びながら、疑問に感じたが、何も口を挟むことはなかった。
「是非、お願いしますね」
ベアトリクスは微笑んだ。
サーヴィス公爵が食事を一口含むごとに謝罪の言葉を口にするなんとも居心地の悪い夕食が終わった。
部屋に引っ込みベアトリクスはベッドに倒れ込んだ。
「ふう……もう眠いわね。おやすみなさい、ランドルフ」
「はい、おやすみなさいませ、姫様」
夜は更けていく。
ランドルフは外を見た。
遠くにかすかな灯火が見えるばかりの、暗く静謐な夜だった。
朝食をとったベアトリクスは応接室に通された。
そこにはツンとした表情のクレア・サーヴィスが無理矢理着せられたのだろう正装で待っていた。
「クレア、ベアトリクス姫殿下に謝罪しなさい」
「…………」
「大丈夫ですわ、サーヴィス公爵閣下。……閣下、ランドルフ、二人で話がしたいの、席を外していただける?」
サーヴィス公爵は部屋を見渡した。
部屋にはクレアが投げつけることを警戒したのか、ティーカップすらなかった。
「承知しました。失礼致します」
「……し、失礼します」
ランドルフに促され、サーヴィス公爵は応接室を何度も振り返りながら、退室した。
「クレア嬢、改めましてごきげんよう。わたくしの名前はベアトリクス。ローレンス国王陛下の従妹にして、アルフレッド王太子殿下の姉です。この度はローレンス国王陛下の王命にて王都より参りました。どうぞ、よろしくお願いします」
ベアトリクスは深々と頭を下げた。
頭を上げるとクレア・サーヴィスは心底困惑した顔でベアトリクスを見つめていた。
「……どうして? どうして、お姫様なのに、この国で3番目に偉い人なのに、あなた、そんなに丁寧なの?」
困惑を隠しきれないクレア嬢はそう疑問を素直に口にした。
ベアトリクスは微笑んだ。
「それは、人はひとりでは生きていけないからです。私は今後の人生であなたに助けていただかなければならない日が来るかも知れません。そう言うときに、乱暴な態度や横柄な態度を取っていては、あなたは私を助けてはくれないでしょう?」
「……そうかも」
「だから、私は丁寧にあろうとしているのです。……それが成り立たない相手も多くいますけれどね」
サラやランドルフの前では気が抜けてしまい、ちっとも丁寧な態度にはなれない。
国王であるローレンスにだって、たびたび彼には失礼な態度を取ってしまう。
それは身内だからだ。そしてこの子も身内になるかも知れない。
しかし、それは今から見極めることだ。
「クレア嬢、お聞かせ願えますか? あなたは幼いかも知れないけれど、私の知る11歳は幼くとも分別があります。考えもなしに客人を罵るような愚かさを……私はあなたが持っているとは思えません」
「…………」
「何かしらのお考えがあるのなら、それを聞かせていただければ、私があなたを助けられるかも知れません」
「……変な人」
クレアはそう言いつつも、表情を和らげていた。
「……失礼なことを言えば、この婚約がなくなると思ったの」
まあ、そのようなところだろう。
予想の範疇の言葉にベアトリクスはただ微笑む。
「お嫌ですか、王太子殿下との婚姻は」
「……だって、だって、知らない方との結婚だなんて……。それもそれが王太子殿下なんて私……私、務まらないわ」
クレアの目には涙が浮かんでいた。
「……怖いの。怖いんです」
クレアはそう言って俯いた。
ベアトリクスはクレアの頬に手を伸ばした。
クレアがビクリと跳ねる。
ベアトリクスはゆっくりとクレアの顔を上向かせた。
二人の目が合う。
「あなたのお気持ちはよく分かりました。クレア嬢」
「……姫殿下」
「私は国王陛下に王太子殿下の妃を見定めてこいと言われてここに来ています。ですから、あなたとの婚姻をどうするか、私の報告一つで決めることができます……あなたが心の底から望むなら、この婚姻をなかったことにもできます」
「…………」
「私に一言、おっしゃってくれれば、それを叶えます。あなたが嫌だというのなら、あなたが断りたいというのなら、この婚姻はなかったことにいたしましょう。私があなたをふさわしいと思わなかった。そういうことにできます……どうされますか、クレア・サーヴィス」
ベアトリクスはまっすぐクレアを見つめた。
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