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第6話 おしまいの声

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 その夜も、アランはミリアの寝室に現れた。
「……あの」
「どうしました」
 アランが寝台に乗ったところで、ミリアは声をかけた。
「キャンジェル伯爵からお叱りを受けました」
「それは……すまない」
 アランはどうするべきか一瞬、迷って頭を下げた。
「いえ、あの……それで、その……」
 ミリアは伯爵に言われて気になっていたことをどう口にすべきか迷った。
「……私に、見惚れていたというのは本当ですか?」
 アランの顔に動揺が走った。
 今までミリアを抱くときですら、淡々とこなしてきていた男の顔に初めて憎しみや怒り以外の感情が灯った。
 ミリアはどこかで安心した。
「本当、なのですね……?」
「……お、俺は」
 アランは狼狽を隠せぬ様子で口ごもった。
「本当なのなら、わ、私は……」
「違う!」
 アランの大声に、ミリアは驚きに肩をふるわせながら、隣室に届いているのではないかと心配した。
「……違う。そんなことはない。あっていいはずがない」
 アランの拒絶はミリアの胸を締め付けた。
 たとえ本当でも、この人はそう言うしかないだろう。
「……たとえ本当でもあの男にお膳立てされたそれを俺が受け入れられるわけもない……」
 アランは声を絞り出した。
 ミリアはその頬に手を当てて、初めてアランに自分から口付けた。
「…………!」
 アランが目を見開く。
 ミリアはそのままアランの上にしなだれかかった。
 ミリアが積極的な態度を見せるのはこれが初めてだった。
 ミリアの手がアランの服の上を撫でていく。
 誰かに見られたときに仕事中だと言い張るための、侍従の制服。
 コートを脱いで、薄着になった上半身。
 たくましい胸板を撫で、筋肉のついた腹筋をなぞる。
「アラン……」
 初めてミリアはアランの名前を呼んだ。
 しかしアランはその声にハッと目を見開いた。
「駄目だ!」
 アランはミリアを突き飛ばした。
「きゃっ」
 ミリアはベッドに転がった。
「あ……も、申し訳ありません。大丈夫ですか?」
「平気」
 ミリアは小さく笑った。
「平気だから……ねえ、アラン……」
 ミリアはアランを迎え入れるように手を広げた。
 アランの目が逡巡しているのがわかる。
 アランの手が宙に迷い、ミリアに触れそうになる。
 しかしその手は途中で止まった。
「……駄目だ」
 きっぱりとそう言うと、アランはいつも通りの冷たい手付きでミリアに触れてきた。
 ミリアは痛む胸を隠しながら体をその手に預けた。
 いつものように慣れきった隘路への侵入が始まった頃、低いうめき声のようなものが聞こえてきた。
 ミリアは耳を澄ました。隣室から聞こえているような気がした。
「アラン!」
 切迫したミリアの声に、アランは動きを止めた。
「は、伯爵が……」
 そこでアランにもようやくその声が聞こえた。
 慌てて服装を整え、アランは隣室に飛び込んでいった。
 ミリアは体を起こして緩慢に着替えを始めた。
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