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第2章 石の花
第9話 訪れ
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「凜凜、凜凜、このお人形、飽きたからあげるわ」
そう言って雪英が凜凜に人形を手渡した。
「わあ、ありがとうございます、雪英様、よろしいのですか……こんなに綺麗な……」
「いいのよ」
凜凜は、色とりどりの刺繍の施された着物を着た公主様の人形をぎゅっと握り締めた。
伽羅の香りが焚きしめられていて、綺麗なだけでなくいい香りがした。
「新しいお人形があるから、それはもう要らないの」
そう言って雪英が取り出した人形は、確かに凜凜の手の中にあるものより、色鮮やかだった。
それでも凜凜にとって与えられた人形は宝物のようだったし、他の同じ年頃の下女には羨ましがられた。
凜凜は万が一にも盗まれたりしないように肌身離さずその人形を持っていなければいけなかった。
もうあれを欲しがるような子供はいないし、伽羅の香りはすっかり薄れてしまったけれど、凜凜の枕の下には未だにあの人形が置かれている。
◇◇◇
雪英の部屋に入ってきた皇帝はあの日の彼とそう変わりはなかった。
ただ寒いからだろう、交領の上に袍を着ていた。
相変わらずうっすらと口元に笑みを浮かべている。
しかし凜凜はその顔を一瞬、目に収めたきりで、慌てて頭を下げた。
許可があるまで顔を上げるなど不敬にもほどがあった。
「お邪魔する」
「ようこそ、おいでくださいました。央角星が娘、央雪英です。後宮では央賢妃の名をいただいております」
雪英の声は凛としていて、凜凜の心に誇らしさが満ちる。
ああ、これが私達の主だ、と胸を張りたい気分だった。
「うむ、賢妃、食事は要らない」
「は、はい」
雪英の声に震えと高揚が混じる。
「ああ、お前達、顔を上げてよい」
凜凜達宮女に皇帝がそう声をかける。
ゆっくりと凜凜達は顔を上げた。
ほう……と誰からともなくため息が盛れる。
こうして間近で見る皇帝は確かにため息が漏れるほどに美しかった。
「ああ、凜凜、いたか」
「…………っ」
凜凜は喉で息を呑んだ。
自分の名など、この人が覚えてくれているとは思っていなかった。
受け答えの仕方をすっかり忘却し、凜凜はただただ頭を下げた。
雪英が目の端で少し顔を歪めた。
そんな凜凜の前に、皇帝はすっと近寄った。
まるで凜凜と正面から向き直るかのごとき体勢。
凜凜は戸惑い、視線を惑わす。
「央賢妃、今宵はこの宮女を借りにきた」
場の空気が一気に冷えた。
冬の寒さのせいではない。
人心が一気に冷えていくのを感じた。
凜凜はつま先から頭の上まで、一気に体が冷えていくのを感じた。
そう言って雪英が凜凜に人形を手渡した。
「わあ、ありがとうございます、雪英様、よろしいのですか……こんなに綺麗な……」
「いいのよ」
凜凜は、色とりどりの刺繍の施された着物を着た公主様の人形をぎゅっと握り締めた。
伽羅の香りが焚きしめられていて、綺麗なだけでなくいい香りがした。
「新しいお人形があるから、それはもう要らないの」
そう言って雪英が取り出した人形は、確かに凜凜の手の中にあるものより、色鮮やかだった。
それでも凜凜にとって与えられた人形は宝物のようだったし、他の同じ年頃の下女には羨ましがられた。
凜凜は万が一にも盗まれたりしないように肌身離さずその人形を持っていなければいけなかった。
もうあれを欲しがるような子供はいないし、伽羅の香りはすっかり薄れてしまったけれど、凜凜の枕の下には未だにあの人形が置かれている。
◇◇◇
雪英の部屋に入ってきた皇帝はあの日の彼とそう変わりはなかった。
ただ寒いからだろう、交領の上に袍を着ていた。
相変わらずうっすらと口元に笑みを浮かべている。
しかし凜凜はその顔を一瞬、目に収めたきりで、慌てて頭を下げた。
許可があるまで顔を上げるなど不敬にもほどがあった。
「お邪魔する」
「ようこそ、おいでくださいました。央角星が娘、央雪英です。後宮では央賢妃の名をいただいております」
雪英の声は凛としていて、凜凜の心に誇らしさが満ちる。
ああ、これが私達の主だ、と胸を張りたい気分だった。
「うむ、賢妃、食事は要らない」
「は、はい」
雪英の声に震えと高揚が混じる。
「ああ、お前達、顔を上げてよい」
凜凜達宮女に皇帝がそう声をかける。
ゆっくりと凜凜達は顔を上げた。
ほう……と誰からともなくため息が盛れる。
こうして間近で見る皇帝は確かにため息が漏れるほどに美しかった。
「ああ、凜凜、いたか」
「…………っ」
凜凜は喉で息を呑んだ。
自分の名など、この人が覚えてくれているとは思っていなかった。
受け答えの仕方をすっかり忘却し、凜凜はただただ頭を下げた。
雪英が目の端で少し顔を歪めた。
そんな凜凜の前に、皇帝はすっと近寄った。
まるで凜凜と正面から向き直るかのごとき体勢。
凜凜は戸惑い、視線を惑わす。
「央賢妃、今宵はこの宮女を借りにきた」
場の空気が一気に冷えた。
冬の寒さのせいではない。
人心が一気に冷えていくのを感じた。
凜凜はつま先から頭の上まで、一気に体が冷えていくのを感じた。
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