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第2章 石の花
第22話 春の祭りを待ち
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「い、要りません!」
凛凛は慌てて位階を拒んだ。
「そうは言ってもな、その内、子が出来るかもしれぬのだ。その時、母親に位階がないとなれば、その子が困る」
「子……?」
凜凜は考えもしなかったというようにその言葉をつぶやいた。
皇帝は苦笑いをする。
「皇帝と閨を共にして子を望まないなど、いささか不敬であるぞ、凜凜」
冗談めかして皇帝はそう言った。
「…………」
自分が皇帝の子を、王子か公主を産むなど、考えたこともなかった。
当然それを望まれての行為だというのに。
思えば凜凜のような下っ端の宮女が皇帝の閨に出入りして、他の者達から少しも苦言を聞かないのは、皇帝が他の妃嬪を一切、相手にしていないからであろう。
皇帝の世継ぎが産まれてこないなどということになれば、後宮も、その外も、混乱が起こるのは間違いない。
そんな皇帝が唯一手をつけているのだ、宮女であろうと望みを託される立場になっていてもおかしくはない。
まさか当の本人からも望まれているとまでは思いもしなかったが。
「だからお前に位階は贈る。それは決めていた」
「……それでしたら春の祭りが過ぎてからにしていただきとうございます」
凜凜はやっとの思いでそう言った。
「……は、初めての春の祭りです。ずっと楽しみにしていました……。私は……一介の宮女として楽しませていただきとうございます」
「そうか、わかった」
皇帝はすんなりとうなずいた。
気付けばこうやって、お互いの落とし所をつけるのも、だいぶ上手くなってきていた。
まるで本当に夫婦のようではないかと、凜凜は複雑な気持ちになる。
そんな関係になることを凜凜は望んではいなかったのに。
しかし、雪英の父、央角星は凜凜が皇帝の寵愛を受けるようになったことをむしろ喜んだようだった。
央角星から凜凜へ大量の服飾品が届けられた。
いつぞや、皇帝が言ったように、央賢妃が寵愛を受けるのも、央賢妃の手の者が寵愛を受けるのも、一部の人にとってはあまりかわりはないらしい。
この男達にとってはそうなのだ、と凜凜はぶつけどころのない憎しみや怒りを募らせた。
いっそ央角星が娘が蔑ろにされたと怒って凜凜を呼び戻すような男であればよかったのに、と凜凜は思わずにはいられなかった。
それから二人は二、三の言葉を交わすと、いつもと同じ夜を過ごした。
もう房事で泣きべそをかく凜凜はどこにもいない。
一冬経ってその行為にもすっかり慣れてしまった。
ただいつまでも、たとえば瞼を閉じたとき、その裏には雪英の顔が刻み込まれていた。
その雪英の顔は泣いていたり怒っていたりした。
そしてひどくやつれていた。
最近の雪英の顔を凜凜は知らない。
あたたかくなってきたというのに、伏せる時間が多いとは聞いていた。
凜凜はひたすらに心を痛めたが、もはや彼女に打つ手はなかった。
凛凛は慌てて位階を拒んだ。
「そうは言ってもな、その内、子が出来るかもしれぬのだ。その時、母親に位階がないとなれば、その子が困る」
「子……?」
凜凜は考えもしなかったというようにその言葉をつぶやいた。
皇帝は苦笑いをする。
「皇帝と閨を共にして子を望まないなど、いささか不敬であるぞ、凜凜」
冗談めかして皇帝はそう言った。
「…………」
自分が皇帝の子を、王子か公主を産むなど、考えたこともなかった。
当然それを望まれての行為だというのに。
思えば凜凜のような下っ端の宮女が皇帝の閨に出入りして、他の者達から少しも苦言を聞かないのは、皇帝が他の妃嬪を一切、相手にしていないからであろう。
皇帝の世継ぎが産まれてこないなどということになれば、後宮も、その外も、混乱が起こるのは間違いない。
そんな皇帝が唯一手をつけているのだ、宮女であろうと望みを託される立場になっていてもおかしくはない。
まさか当の本人からも望まれているとまでは思いもしなかったが。
「だからお前に位階は贈る。それは決めていた」
「……それでしたら春の祭りが過ぎてからにしていただきとうございます」
凜凜はやっとの思いでそう言った。
「……は、初めての春の祭りです。ずっと楽しみにしていました……。私は……一介の宮女として楽しませていただきとうございます」
「そうか、わかった」
皇帝はすんなりとうなずいた。
気付けばこうやって、お互いの落とし所をつけるのも、だいぶ上手くなってきていた。
まるで本当に夫婦のようではないかと、凜凜は複雑な気持ちになる。
そんな関係になることを凜凜は望んではいなかったのに。
しかし、雪英の父、央角星は凜凜が皇帝の寵愛を受けるようになったことをむしろ喜んだようだった。
央角星から凜凜へ大量の服飾品が届けられた。
いつぞや、皇帝が言ったように、央賢妃が寵愛を受けるのも、央賢妃の手の者が寵愛を受けるのも、一部の人にとってはあまりかわりはないらしい。
この男達にとってはそうなのだ、と凜凜はぶつけどころのない憎しみや怒りを募らせた。
いっそ央角星が娘が蔑ろにされたと怒って凜凜を呼び戻すような男であればよかったのに、と凜凜は思わずにはいられなかった。
それから二人は二、三の言葉を交わすと、いつもと同じ夜を過ごした。
もう房事で泣きべそをかく凜凜はどこにもいない。
一冬経ってその行為にもすっかり慣れてしまった。
ただいつまでも、たとえば瞼を閉じたとき、その裏には雪英の顔が刻み込まれていた。
その雪英の顔は泣いていたり怒っていたりした。
そしてひどくやつれていた。
最近の雪英の顔を凜凜は知らない。
あたたかくなってきたというのに、伏せる時間が多いとは聞いていた。
凜凜はひたすらに心を痛めたが、もはや彼女に打つ手はなかった。
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