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第3章 雪は溶けて、消える
第25話 春がくる
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春の祭りは盛大に開かれた。
あちこちから爆竹の音が聞こえてくる。
代わり映えのしない後宮において、数少ない羽目を外せる時間である。
この日ばかりは宮女たちも、ある程度好き勝手にすることが許されていた。
そんな中、凜凜は今日も玄冬殿の私室に籠もって、刺繍をしていた。
手慰みに、そのくらいしかすることがなかった。
凜凜にはいくら学ぼうと詩作の才能はなかったし、楽器を弾くような雪英に聞こえるかもしれないことは言語道断だった。だから皇帝に下賜された楽器を玄冬殿に持ち込みもしていなかった。
凜凜は最近、皇帝の閨で皇帝から琵琶を習い、弾けるようになっていた。
これがただ普通に習ったものであったなら、雪英と演奏でもして楽しめただろうに、と凜凜は口惜しく思った。
雪英は楽器も上手かった。花嫁修業として腕を磨いていた。
つたない凜凜の演奏にころころと笑い転げる雪英の姿が目に浮かぶようだった。
「り、凜凜様」
祭りに遊びに出掛けていたはずの宮女がひょっこりと顔を見せた。
「……どうしたの?」
凜凜は声をこわばらせて、尋ねる。
まさか皇帝からの呼び出しだろうか。だとしたら今日ばかりは断固として拒絶しなくてはならない。
「あの、これ……古堂様が凜凜様に差し入れをするようにと……」
そう言って宮女が差し出してきたのはおいしそうな点心だった。
「まあ……ああ、出店が出ているのね」
今日は後宮の中に出店が出ている。
それを買ってきてくれたようだ。
「ありがとう、置いていって」
「はい」
「そういえば、央賢妃様はもうお出かけになられた?」
「はい」
「そう、ありがとう」
「では、失礼します」
宮女はそれを置くと去って行った。
凜凜は一つを口に運んだ。肉汁が口の中に弾けて、おいしかった。
「…………」
雪英が留守にしているのなら、玄冬殿の中を出歩いても問題あるまい。
凜凜はふらりと立ち上がった。
とはいえ、玄冬殿に今さら見るべきところもなかった。
何人かの居残りのものと行き会う度、彼らは凜凜に深々と頭を下げた。
おかしな気持ちになる。
自分は未だ身分としてはただの宮女だというのに、皇帝に呼び出されているというだけで、下にも置かれぬ扱いを受ける。
それほどまでに、後宮において皇帝とは絶対だった。
「あ……」
凜凜はふらふらと歩き回り、庭に至っていた。
冬の前、凜凜が水をやっていた赤い花が咲いていた。
雪英が玄冬殿に来たときに、好きだと言っていた花だった。
「……今年も、咲いたのね」
凜凜はしばしその花を見つめていた。
その顔には小さな微笑みが浮かんでいたが、本人もそれに気付いてはいなかった。
あちこちから爆竹の音が聞こえてくる。
代わり映えのしない後宮において、数少ない羽目を外せる時間である。
この日ばかりは宮女たちも、ある程度好き勝手にすることが許されていた。
そんな中、凜凜は今日も玄冬殿の私室に籠もって、刺繍をしていた。
手慰みに、そのくらいしかすることがなかった。
凜凜にはいくら学ぼうと詩作の才能はなかったし、楽器を弾くような雪英に聞こえるかもしれないことは言語道断だった。だから皇帝に下賜された楽器を玄冬殿に持ち込みもしていなかった。
凜凜は最近、皇帝の閨で皇帝から琵琶を習い、弾けるようになっていた。
これがただ普通に習ったものであったなら、雪英と演奏でもして楽しめただろうに、と凜凜は口惜しく思った。
雪英は楽器も上手かった。花嫁修業として腕を磨いていた。
つたない凜凜の演奏にころころと笑い転げる雪英の姿が目に浮かぶようだった。
「り、凜凜様」
祭りに遊びに出掛けていたはずの宮女がひょっこりと顔を見せた。
「……どうしたの?」
凜凜は声をこわばらせて、尋ねる。
まさか皇帝からの呼び出しだろうか。だとしたら今日ばかりは断固として拒絶しなくてはならない。
「あの、これ……古堂様が凜凜様に差し入れをするようにと……」
そう言って宮女が差し出してきたのはおいしそうな点心だった。
「まあ……ああ、出店が出ているのね」
今日は後宮の中に出店が出ている。
それを買ってきてくれたようだ。
「ありがとう、置いていって」
「はい」
「そういえば、央賢妃様はもうお出かけになられた?」
「はい」
「そう、ありがとう」
「では、失礼します」
宮女はそれを置くと去って行った。
凜凜は一つを口に運んだ。肉汁が口の中に弾けて、おいしかった。
「…………」
雪英が留守にしているのなら、玄冬殿の中を出歩いても問題あるまい。
凜凜はふらりと立ち上がった。
とはいえ、玄冬殿に今さら見るべきところもなかった。
何人かの居残りのものと行き会う度、彼らは凜凜に深々と頭を下げた。
おかしな気持ちになる。
自分は未だ身分としてはただの宮女だというのに、皇帝に呼び出されているというだけで、下にも置かれぬ扱いを受ける。
それほどまでに、後宮において皇帝とは絶対だった。
「あ……」
凜凜はふらふらと歩き回り、庭に至っていた。
冬の前、凜凜が水をやっていた赤い花が咲いていた。
雪英が玄冬殿に来たときに、好きだと言っていた花だった。
「……今年も、咲いたのね」
凜凜はしばしその花を見つめていた。
その顔には小さな微笑みが浮かんでいたが、本人もそれに気付いてはいなかった。
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