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第3章 雪は溶けて、消える
第26話 醜態
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春の祭りの中、皇帝は央麒殿で退屈していた。
各種催し物が開かれていて、それを見て褒美をやるのも皇帝の勤めであった。
しかし妃嬪たちの媚びるようなあるいは責めるような視線がうっとうしかった。
雪英も見かけた。
ずいぶんとやつれてしまっていた。
その姿にも、皇帝の心は動かなかった。
あれは凜凜をぶって傷付けた女だ。その記憶だけが残っていた。
雪英も皇帝に見られることを大して期待はしていないようだった。
最初に出会ったときはあんなにも自信満々に振る舞い、迎え入れていたというのに。
不意に、凜凜の嘆きが思い出された。
雪英の元を訪ねてくれと泣いた凜凜。
――今、央賢妃の元を訪ねて、それが凜凜の口添えだと聞いたなら、央賢妃はどう思うだろうか。
そんな意地の悪い考えが頭をもたげた。
さすがにそれをする気にはなれず、皇帝は終わった演目に手を叩いてやると、側の宦官に褒美の金銀を指図した。
雪英は春の祭りに出て、一瞬ほっとした。
相変わらず皇帝は妃嬪達には興味を示していない。
雪英にも一瞬目を留めただけですぐに催しに目を戻した。
自分は他の妃嬪たちと同じ、十把一絡げ、相手にされぬ存在なのだ。
そう思うとむしろ気が楽になった。
しかし、すぐに雪英の耳は周囲の声を聞き取った。
「ほら、央賢妃よ」
「あの方のところの宮女が……皇帝陛下の寵を……」
「どんな手を使ったのかしら」
「でも、ずいぶんと顔色がお悪いわね」
「やっぱり宮女に頭を越されて、気を病んだという噂は本当みたいね」
どこからともなく聞こえてくる口がさのない言葉に、雪英の腹には鉛がたまっていくようだった。
隣の古堂が何か言いたげに身じろぎするのを、雪英は目で制した。
皇帝の前で騒ぎを起こしたくはなかった。
「その宮女だって……あなたご覧になったことがある?」
「あら、玄冬殿に籠もってるって聞いたけれど……あなた見たことあるの?」
「たまたま夜にお役目があってその帰り道に歩いているのをちらと見たのよ」
「へえ……」
「無理して着飾っちゃいたけど、なんてことはない地味な子だったわ。どうやって陛下をたぶらかしたのかしら」
「よっぽどあっちのほうが上手なんじゃない?」
「あらやだ……」
クスクスと笑い合う声に、雪英は気付けば立ち上がっていた。
「央賢妃様!」
古堂が小声で諌めてくるが、止まれない。
「お前たちに! 凜凜の何がわかる!」
悲鳴のような叫びに場はしんと静まり返った。
古堂が慌てて雪英を抱き留める。
「央賢妃様、なりません! なりません!」
皇帝はその叫びに振り返った。
見れば、半狂乱の相で雪英が近くの女官を怒鳴りつけていた。
ただ凜凜という言葉が聞こえた気がして、皇帝は顔をしかめる。
――やはり位階を早くに授けなくては。
皇帝はひっそりとそう思い、雪英からすぐに視線をそらした。
騒ぎの中心の央賢妃がどう思われようと、皇帝にはどうでもよいことだった。
騒ぎはすぐにさざ波のように引いていった。
古堂達に引きずられるようにして、雪英はその場を辞した。
各種催し物が開かれていて、それを見て褒美をやるのも皇帝の勤めであった。
しかし妃嬪たちの媚びるようなあるいは責めるような視線がうっとうしかった。
雪英も見かけた。
ずいぶんとやつれてしまっていた。
その姿にも、皇帝の心は動かなかった。
あれは凜凜をぶって傷付けた女だ。その記憶だけが残っていた。
雪英も皇帝に見られることを大して期待はしていないようだった。
最初に出会ったときはあんなにも自信満々に振る舞い、迎え入れていたというのに。
不意に、凜凜の嘆きが思い出された。
雪英の元を訪ねてくれと泣いた凜凜。
――今、央賢妃の元を訪ねて、それが凜凜の口添えだと聞いたなら、央賢妃はどう思うだろうか。
そんな意地の悪い考えが頭をもたげた。
さすがにそれをする気にはなれず、皇帝は終わった演目に手を叩いてやると、側の宦官に褒美の金銀を指図した。
雪英は春の祭りに出て、一瞬ほっとした。
相変わらず皇帝は妃嬪達には興味を示していない。
雪英にも一瞬目を留めただけですぐに催しに目を戻した。
自分は他の妃嬪たちと同じ、十把一絡げ、相手にされぬ存在なのだ。
そう思うとむしろ気が楽になった。
しかし、すぐに雪英の耳は周囲の声を聞き取った。
「ほら、央賢妃よ」
「あの方のところの宮女が……皇帝陛下の寵を……」
「どんな手を使ったのかしら」
「でも、ずいぶんと顔色がお悪いわね」
「やっぱり宮女に頭を越されて、気を病んだという噂は本当みたいね」
どこからともなく聞こえてくる口がさのない言葉に、雪英の腹には鉛がたまっていくようだった。
隣の古堂が何か言いたげに身じろぎするのを、雪英は目で制した。
皇帝の前で騒ぎを起こしたくはなかった。
「その宮女だって……あなたご覧になったことがある?」
「あら、玄冬殿に籠もってるって聞いたけれど……あなた見たことあるの?」
「たまたま夜にお役目があってその帰り道に歩いているのをちらと見たのよ」
「へえ……」
「無理して着飾っちゃいたけど、なんてことはない地味な子だったわ。どうやって陛下をたぶらかしたのかしら」
「よっぽどあっちのほうが上手なんじゃない?」
「あらやだ……」
クスクスと笑い合う声に、雪英は気付けば立ち上がっていた。
「央賢妃様!」
古堂が小声で諌めてくるが、止まれない。
「お前たちに! 凜凜の何がわかる!」
悲鳴のような叫びに場はしんと静まり返った。
古堂が慌てて雪英を抱き留める。
「央賢妃様、なりません! なりません!」
皇帝はその叫びに振り返った。
見れば、半狂乱の相で雪英が近くの女官を怒鳴りつけていた。
ただ凜凜という言葉が聞こえた気がして、皇帝は顔をしかめる。
――やはり位階を早くに授けなくては。
皇帝はひっそりとそう思い、雪英からすぐに視線をそらした。
騒ぎの中心の央賢妃がどう思われようと、皇帝にはどうでもよいことだった。
騒ぎはすぐにさざ波のように引いていった。
古堂達に引きずられるようにして、雪英はその場を辞した。
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