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第3章 雪は溶けて、消える
第27話 春の初めに
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思っていたより早くに雪英が玄冬殿に帰ってきたので、凜凜は慌てて庭の軒下に隠れた。
皇帝の寵を受けていると評判の人間がこんなところに隠れていると思うと、自分でもいくらかおかしな気分になった。
幼い頃に央家で雪英とかくれんぼうをした記憶が甦る。
かわりばんこに鬼になった。雪英は隠れるのが上手かった。凜凜は同じところにばかり隠れて雪英につまらないと怒られた。雪英と違って、凜凜が入って許されるところは限られていたから、しょうがなかったのだ。
雪英は遠目に見てもぐったりしているように見えた。
古堂や宦官達にほとんど引きずられるようにして部屋に連れて行かれていた。
――お労しい……。
凜凜の心は痛んだ。
雪英の部屋の戸が閉じる音を聞いて、凜凜は慌てて自分の部屋に戻った。
「古堂様と話がしたいから、央賢妃様がいないところでお伝えしてくれる? 私が寝ていたら起こしてちょうだい」
自分の部屋付の宮女にそう頼む。どうやら今夜ばかりは皇帝からのお呼び出しもなさそうだ。凜凜は着替えて寝台に潜り込んだ。
――雪英様に何があったのだろう。しばらくぶりの外出で気分が悪くなっただけならいいのだけれど……。
凜凜は心痛でなかなか寝付けなかった。そうしているうちに古堂が部屋を訪ねてきた。
「古堂様」
「お待たせ、凜凜」
そう言って微笑む古堂の顔にはずいぶんとしわが刻まれていた。
――古堂様も年を取られた。
凜凜の胸は妙にざわついた。
「……雪英様はどうされたのですか……?」
「久しぶりの外出で少し外の気に当てられただけ。大丈夫よ。それより何か用があるのじゃなくて。あなたが私をわざわざ呼び出すのは珍しいものね」
「……陛下が私に位階を授けると……」
「そう……」
古堂の表情が翳った。さすがにそれを雪英の耳に入れないのは無理があるだろう。
はたして雪英はどう思うのか。凜凜はそれを思ってうつむいた。
「……やっぱり、私おことわりした方が……」
「もらっておいた方がいいわ。央賢妃様のためにも」
「そう、なのでしょうか……」
「一介の宮女などが陛下の寵をと言われないためにもね……」
「……古堂様、やっぱり何かありましたか?」
「あなたが気にすることではありません」
古堂はやけにきっぱりとそう言った。そして話を切り替えた。
「ああ、そうだ、宮女に出店の食事を届けるよう頼んだのだけど……」
「あ、はい、おいしくいただきました。ありがとうございました」
「どういたしまして」
古堂はしばらく凜凜の顔を眺めていた。
「あの……古堂様?」
「……どうして、こうなってしまったのかしらね」
そう言うと古堂は凜凜の髪を撫でた。
皇帝の元に呼ばれるようになってから、油をつけてつやめくようになった髪がさらさらと古堂の手からこぼれ落ちていった。
「…………」
凜凜はうつむく。
あの日、医局で皇帝と出会いさえしなければ、こうはならなかっただろうか。
雪英を傷付けることも、なかったのだろうか。
じんわりと凜凜の目に涙が浮かんだ。
古堂はそれを拭ってやると、部屋を出ていった。
春の夜の独り寝は、まだ冷えた。
皇帝の寵を受けていると評判の人間がこんなところに隠れていると思うと、自分でもいくらかおかしな気分になった。
幼い頃に央家で雪英とかくれんぼうをした記憶が甦る。
かわりばんこに鬼になった。雪英は隠れるのが上手かった。凜凜は同じところにばかり隠れて雪英につまらないと怒られた。雪英と違って、凜凜が入って許されるところは限られていたから、しょうがなかったのだ。
雪英は遠目に見てもぐったりしているように見えた。
古堂や宦官達にほとんど引きずられるようにして部屋に連れて行かれていた。
――お労しい……。
凜凜の心は痛んだ。
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「古堂様と話がしたいから、央賢妃様がいないところでお伝えしてくれる? 私が寝ていたら起こしてちょうだい」
自分の部屋付の宮女にそう頼む。どうやら今夜ばかりは皇帝からのお呼び出しもなさそうだ。凜凜は着替えて寝台に潜り込んだ。
――雪英様に何があったのだろう。しばらくぶりの外出で気分が悪くなっただけならいいのだけれど……。
凜凜は心痛でなかなか寝付けなかった。そうしているうちに古堂が部屋を訪ねてきた。
「古堂様」
「お待たせ、凜凜」
そう言って微笑む古堂の顔にはずいぶんとしわが刻まれていた。
――古堂様も年を取られた。
凜凜の胸は妙にざわついた。
「……雪英様はどうされたのですか……?」
「久しぶりの外出で少し外の気に当てられただけ。大丈夫よ。それより何か用があるのじゃなくて。あなたが私をわざわざ呼び出すのは珍しいものね」
「……陛下が私に位階を授けると……」
「そう……」
古堂の表情が翳った。さすがにそれを雪英の耳に入れないのは無理があるだろう。
はたして雪英はどう思うのか。凜凜はそれを思ってうつむいた。
「……やっぱり、私おことわりした方が……」
「もらっておいた方がいいわ。央賢妃様のためにも」
「そう、なのでしょうか……」
「一介の宮女などが陛下の寵をと言われないためにもね……」
「……古堂様、やっぱり何かありましたか?」
「あなたが気にすることではありません」
古堂はやけにきっぱりとそう言った。そして話を切り替えた。
「ああ、そうだ、宮女に出店の食事を届けるよう頼んだのだけど……」
「あ、はい、おいしくいただきました。ありがとうございました」
「どういたしまして」
古堂はしばらく凜凜の顔を眺めていた。
「あの……古堂様?」
「……どうして、こうなってしまったのかしらね」
そう言うと古堂は凜凜の髪を撫でた。
皇帝の元に呼ばれるようになってから、油をつけてつやめくようになった髪がさらさらと古堂の手からこぼれ落ちていった。
「…………」
凜凜はうつむく。
あの日、医局で皇帝と出会いさえしなければ、こうはならなかっただろうか。
雪英を傷付けることも、なかったのだろうか。
じんわりと凜凜の目に涙が浮かんだ。
古堂はそれを拭ってやると、部屋を出ていった。
春の夜の独り寝は、まだ冷えた。
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