【完結】後宮、路傍の石物語

新月蕾

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第4章 赤く咲く花

第42話 激情

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 その日の凜凜は、昼間から造花を作っていた。
 冬になれば多くの花が枯れる。
 二人の子供の廟が寂しくならないように、その手は絶え間なく動き、布を花へと仕立て直していた。
 皇帝は後宮の宮女達に命じて造花を大量に用意させていたが、もちろん凜凜の造花も飾るつもりであった。
「……そう根を詰めては体に障るぞ」
 皇帝にそう声をかけられても、凜凜は曖昧に微笑んでその手を止めようとはしなかった。
 たくさんの布の花に包まれた凜凜は、幸せそうに笑っていた。
「陛下」
 凜凜は作った花の一つを皇帝に差し出した。
 皇帝はそれを受け取った。
「うむ」
 布の花は綺麗に咲いていた。
 皇帝は凜凜に頼み込み、一輪、自分の房に飾ることにした。

 夜、いつものように添い寝をしていると、珍しく凜凜の方から皇帝の頬に触れてきた。
「……どうした?」
 頬に触れる手を握り締めながら、皇帝は凜凜の目を見る。
「……そろそろ、痛みも引きました。だから……その……」
 どこか恥じらうように、凜凜はそう言った。
 皇帝は目を見開いた。
 当たり前のことではあるが、凜凜から皇帝を求めてくることなど一度もなかった。
 雪英への遠慮もあっただろう。
 しかし雪英はもういない。
 いなくなった後は、子が出来たし、子が流れてからは安静にさせていた。
 だから、これは初めてのことだった。
「……張貴妃、焦っているか? 子を亡くして……次の子を早くと思っているのなら、それは要らぬ焦りだ。私はお前以外に心を動かすことはない。……もしお前に子が産まれなくとも、お前を手放しはしない。優秀な弟がいるから、少なくとも私は世継ぎの心配はあまりしていない」
「……そういうことでは、ございません」
 凜凜は柔らかく微笑んだ。
「……あなたの熱が、ほしいのです。今夜はやけに冷えるから」
「……痛かったら、遠慮せずに言うこと、よいな?」
 皇帝はそう言うと、凜凜の上に覆いかぶさった。
「はい、陛下」
 凜凜は皇帝の首の後ろに手を回した。
 ふたりはしばらく無言でただ抱き合っていた。
 互いの熱が互いの体を温めた。
 皇帝は凜凜の体をまさぐった。いつもより優しく柔らかく。
 壊れやすい玻璃にでも触れるように、恐る恐る凜凜を撫でる手に、凜凜は少し笑った。
「陛下、大丈夫ですわ」
「うん……しかし、万が一があってはならぬから」
 そう言って、皇帝は優しく優しく凜凜を抱いた。
 凜凜はその感触に思い出す。初めて体を暴かれ泣いた夜を。
 痛みをこらえて帰った道のりとそこに積もり、汚れていく雪を。
 皇帝からもらった伽羅、それを焚きしめた人形は、今も隣の部屋の戸棚の奥にしまわれている。
 詩作を習った、楽器を習った、いずれも最後までろくにうまくはならなかった。
 刺繍を刺した。あの花の刺繍を、皇帝は今も大事に取っているのだろうか?
 雪英の苦しむ顔。くしゃくしゃになった六花の手巾。
 泣き喚く凜凜をただ何も言わずに眺めていた皇帝。
 凍えるばかりの春の祭り、ほしくもなかった位階、雪英の父の失脚。
 やがて子が宿った。皇帝が自分を選んだことを恨みはしたけれど、子までは憎くはなかった。思えば、自分が皇帝を恨んでいたから、あの子は生まれて来られなかったのかもしれない。そんなどうしようもないことを、思った。
 雪英が死んで、古堂達が後宮を去った。子供も失い、凜凜の後ろ盾はもう皇帝しかいなくなった。
 失ったもののことを忘れて、穏やかな幸せを享受する。
 そういう生き方を選べる自分だったら幸せだっただろうか。
 今、自分を愛してくれる人を、愛することができればよかったのだろうか。
 けれども凜凜はずっと同じ人のことを愛し続けた。
 失ったことはもちろんとても悲しかったけれど、子供が無事に生まれたとしても、もしかしたら愛することはできなかったかもしれない。
 そう思うほどに凜凜にとって大切なのはたったひとりだった。
 その大切なたった一人が望んだ愛を、凜凜が奪い、今も手にしている。
 ――ああ、それが一番許せないのかもしれない。
 凜凜はようやくそれに気付いた。
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