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嵐の前の非日常を生きています
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治薬院ではいつものように助手が数人で複数の生薬を組み合わせて漢方薬を作ったり、生薬を管理・整理したり忙しく動いている。雨の多くなるこの季節は生薬の管理は難しく、普段の作業よりも手間がかかる。
秀鈴も助手の1人として、粉末にする散剤を作ったり、それを練り固めて丸剤を作ったりと忙しく働いていた。こうして手を動かしていないと落ち着かないからだ。
取り憑かれたあの日から秀鈴は照陽王の命でこの治薬院に住み込みで働くことになった。それは秀鈴の安全を守るため仕方がないが、水晶宮にも帰れないわ鄭妃にも会えないわと不自由さを強いられていた。
「 秀鈴さん。体調はもういいの? 」
隣で作業していた亮が細い目を細めて優しく笑みながら気遣ってくれる。
「 はい 大丈夫ですよ 」
秀鈴も笑って亮に答える。心停止呼吸停止のあんな大変な状況に陥った彼は、自分がそんなことになったことも覚えていない。だから、そんなに穏やかに秀鈴を心配できるのだ。
反対に秀鈴はあの何とも言えない闇に囚われる感覚をついさっき体験したように覚えているから、顔では笑っていても今までのように心から笑ったりできない。
( 人はお化けとか宇宙人エイリアンとか未確認なものに恐怖を感じるから )
亮が心配するから、自分から離れた隙にそっとため息をつく。
未だにあの時のことを思い出すと冷や汗が出たり動悸がしたりする。死んだら元の世界に戻れるんじゃないかと思っていたから『死』に無頓着だったが、実際に身に降りかかってくると死にたくないとやっぱり思うものだと気付いた。
「 何を考えている? 手を休めてはいけない 」
秀鈴が手を止めてぼんやりしていると、背後から厳しい声が飛ぶ。
「 宋先生 」
「 外で煎じ薬を作ってきなさい 」
ふり返ると宋先生が書物を片手に立っていて、秀鈴の顔を見もせずに冷たく作業を命令する。彼の秀鈴に対する態度は相変わらず厳しく冷たい。でも、今の秀鈴にはそれが有難く思った。
「 先生、どうして私なんでしょう・・・ 」
あの日の夜、秀鈴は宋先生に連れられ治薬院に帰ってきた。
ふらふらになっていた秀鈴は、光偉に背負われ治薬院の作業場横の部屋の寝台に寝かしつけられた。
心配気に秀鈴を見ている光偉を無理矢理に帰らせた後、宋先生は治療と称し秀鈴の側に付き添ってくれていた。
照陽王は秀鈴が想像していたよりも遥かに強大な力を持つ異能者で、あの『式神』の使い手である『巫覡』も彼には及ばないが異能を持つものらしい。
「 はじめは、おまえそのものが巫覡なのかと思った。だから陛下の命で、おまえをここに置いていた 」
要するに宋先生は、秀鈴を見張っていたのだ。
「 おまえは何の能力も才能もなく外見も良くも悪くもない。目立つようなところは一つもないのに・・・ 」
「 ・・・ 」
いつものことなので、ツッコミを入れる気も起こらない。
「 不思議なことに、人心を引きつける何かがお前にはある。だから、良からぬモノまで引きつけてしまうのかもしれない 」
宋先生は色白くすらりとした指を自分の顎に当て、考え込むように視線を遠くに向ける。
「 じゃあ、『巫覡』とはなんですか? 」
「 『巫覡』とは・・・ 」
宋先生は『巫覡』について知り得ることを秀鈴でもわかるように、簡単に教えてくれた。
照陽王がいう『巫覡』というのは、今の世では存在しないものと思われた一族で、昔この世界を統一した 王 青陽の頃に存在した〝神に仕え神の声を聞くもの″ のことだ。
時代が流れ現代では『巫覡』の存在は伝説でしかなく、世間一般には忘れ去られた存在になっていた。
「 もう、休むがいい。ここにいればあれはお前に近づくことはできないから 」
そう言いながら、白くすらりとした手を秀鈴のおデコに乗せる。彼の手の平は冷たく、肉体的にも精神的にも疲れ切っていた秀鈴を癒し瞬く間に眠りに誘うのだった。
秀鈴も助手の1人として、粉末にする散剤を作ったり、それを練り固めて丸剤を作ったりと忙しく働いていた。こうして手を動かしていないと落ち着かないからだ。
取り憑かれたあの日から秀鈴は照陽王の命でこの治薬院に住み込みで働くことになった。それは秀鈴の安全を守るため仕方がないが、水晶宮にも帰れないわ鄭妃にも会えないわと不自由さを強いられていた。
「 秀鈴さん。体調はもういいの? 」
隣で作業していた亮が細い目を細めて優しく笑みながら気遣ってくれる。
「 はい 大丈夫ですよ 」
秀鈴も笑って亮に答える。心停止呼吸停止のあんな大変な状況に陥った彼は、自分がそんなことになったことも覚えていない。だから、そんなに穏やかに秀鈴を心配できるのだ。
反対に秀鈴はあの何とも言えない闇に囚われる感覚をついさっき体験したように覚えているから、顔では笑っていても今までのように心から笑ったりできない。
( 人はお化けとか宇宙人エイリアンとか未確認なものに恐怖を感じるから )
亮が心配するから、自分から離れた隙にそっとため息をつく。
未だにあの時のことを思い出すと冷や汗が出たり動悸がしたりする。死んだら元の世界に戻れるんじゃないかと思っていたから『死』に無頓着だったが、実際に身に降りかかってくると死にたくないとやっぱり思うものだと気付いた。
「 何を考えている? 手を休めてはいけない 」
秀鈴が手を止めてぼんやりしていると、背後から厳しい声が飛ぶ。
「 宋先生 」
「 外で煎じ薬を作ってきなさい 」
ふり返ると宋先生が書物を片手に立っていて、秀鈴の顔を見もせずに冷たく作業を命令する。彼の秀鈴に対する態度は相変わらず厳しく冷たい。でも、今の秀鈴にはそれが有難く思った。
「 先生、どうして私なんでしょう・・・ 」
あの日の夜、秀鈴は宋先生に連れられ治薬院に帰ってきた。
ふらふらになっていた秀鈴は、光偉に背負われ治薬院の作業場横の部屋の寝台に寝かしつけられた。
心配気に秀鈴を見ている光偉を無理矢理に帰らせた後、宋先生は治療と称し秀鈴の側に付き添ってくれていた。
照陽王は秀鈴が想像していたよりも遥かに強大な力を持つ異能者で、あの『式神』の使い手である『巫覡』も彼には及ばないが異能を持つものらしい。
「 はじめは、おまえそのものが巫覡なのかと思った。だから陛下の命で、おまえをここに置いていた 」
要するに宋先生は、秀鈴を見張っていたのだ。
「 おまえは何の能力も才能もなく外見も良くも悪くもない。目立つようなところは一つもないのに・・・ 」
「 ・・・ 」
いつものことなので、ツッコミを入れる気も起こらない。
「 不思議なことに、人心を引きつける何かがお前にはある。だから、良からぬモノまで引きつけてしまうのかもしれない 」
宋先生は色白くすらりとした指を自分の顎に当て、考え込むように視線を遠くに向ける。
「 じゃあ、『巫覡』とはなんですか? 」
「 『巫覡』とは・・・ 」
宋先生は『巫覡』について知り得ることを秀鈴でもわかるように、簡単に教えてくれた。
照陽王がいう『巫覡』というのは、今の世では存在しないものと思われた一族で、昔この世界を統一した 王 青陽の頃に存在した〝神に仕え神の声を聞くもの″ のことだ。
時代が流れ現代では『巫覡』の存在は伝説でしかなく、世間一般には忘れ去られた存在になっていた。
「 もう、休むがいい。ここにいればあれはお前に近づくことはできないから 」
そう言いながら、白くすらりとした手を秀鈴のおデコに乗せる。彼の手の平は冷たく、肉体的にも精神的にも疲れ切っていた秀鈴を癒し瞬く間に眠りに誘うのだった。
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