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第三章 相棒

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「さて、ブラックくんに指令を与えよう」

 大仰に腰に手を当てて彼女は僕に宣言した。

「どうやら私は虐められているようなのです」

 僕は、知っている、の意味を込めて右手を上げる。

「そう、だからこの事態を何とかしたいと思います。友人として、眷属として、従者として、騎士として、私に協力するよね?」

 それぞれの『として』で、彼女はそれっぽい真似事のポーズを取る。

「にゃ」
「同意してくれると思ってたわ。心の友よ」

『とはいえ、体育倉庫の犯人はあの黒瀬とかいう子じゃないかな? 彼を何とかすればいいのでは?』

 僕の打ち込みを見て、彼女は頷く。

「そうね、あれはどう考えても彼でしょう。でも、それだけじゃないのよ」

 僕が首を傾げると彼女は説明を続ける。

「細々とした物が無くなる、服が切られている、変な噂が流れる。数えるのも嫌になるわ」

『先生に相談したら?』

「したわよ。でも、それで無くなるようなものでもないでしょう?」

『まあ、所詮子供のやることだしね』

「そう、手を変え品を変え仕掛けてくるわ。しかも相手は複数」

『じゃあ、全員にやり返すってこと?』

「少なくとも、手出しはさせなくしたいわね。私自身は耐えられるけど、いつまでも続くと――」

 彼女の顔が露骨に曇る。言わなくてもわかった。彼女のお祖母ちゃんが心配するから、だ。

『了解。ではブラック大佐は貴方のご命令に従い調査に赴きます』

「――ありがとう」

 僕はPCのある机からぴょんと飛び降りる。

「でも、危険だったらちゃんと逃げてね」

 その声色には本気で心配する何かが含まれていた。この身体はアイスのもの――ひいては飼い主のものだ。僕は大きく伸びをしてから頷いた。







「発見」

 学校の玄関先――彼女の隠された靴を僕は咥えて現れる。

「今日もありがとう、ブラック」

 地味な嫌がらせは続いている。今日は靴を隠されたのだが、僕があっさりと見つけて運んできたのだが――。

「首謀者は?」

 その言葉に僕は首を横に振る。犯人グループは流動的で、毎日日替わりなのだ。特定の誰かをあげつらってもあまり意味がないと思われた。

「とはいえ、毎日ブラックに頼るわけにもいかないしね。早く解決させたいけど……それともやっぱり、これが『いじめ』ってやつなのかしら」

 いじめとは空気だ、なんてテレビのコメンテーターが言っていたのを思い出すが、確かにそうなのかもしれないと思ってきていた。特に理由はない。だけど、その空気が出来てしまえばいじめをする理由になる。
 まるで卵が先か、鶏が先か。つまり、『実行犯』はいるが『犯人』がいない、禅問答のようなものだと思う。解決しないのだ。このままでは、永遠に。
 唯一の救いといえば、彼女が明るいことだ。

「そんな顔しなくても大丈夫」

 彼女は心配を他所に、僕に微笑みかける。

「友達がいるんだから、大丈夫よ」

 友達。その言葉に僕の胸は熱くなる。多分それは、いつもより、僕を覆う毛が多いからだと思う。

「だめだよ。猫を中に入れたら」
「あ、山田さん。こんにちは」

 玄関で僕らが話していると、通りかかった用務員の山田さんが話しかけてきた。

「ごめんなさい。この子、私のことが好きみたいで寄ってくるんです」
「にゃ!?」

 ね? と彼女は僕にウインクする。

「う、にゃ~ん」

 仕方ない。ここは演技のため、満更でもなさそうな鳴き声を返す。

「……しょうがないなあ。内緒だよ?」

「ありがとうございます!」「にゃ!」

 息の合った声で返し、僕らは玄関を出ようとした時だった。

「――何してるんですか?」

 野太く冷たい声が彼の背後から響いた。

「……あの、ちょっとした立ち話で」

 山田さんが答えている間に僕はもう下駄箱の中に素早く隠れている。

「……犬吠埼、用が無いなら帰りなさい」
「……はい」

 隠れてしまったのでもう見えないが、彼女の足音が遠ざかる。僕は身を隠したまま成り行きを見守る。彼女がいなくなったと思われた時――

「いい気なもんだな」

 その言葉と同時に『ガツッ』という音がする。

「や、止めてください……」
「あ? 仕事をサボった罰だ。つーか、お前落合先生が居なくなったからって良い気になるなよ?」
「良い気だなんでそんな……」
「いいか? お前がしっかり仕事をしないから俺らはお前を指導してやってたんだ。いいから、しっかりやれ――わかったな?」
「……は、い」

 ドスドスと大きな足音を立て、去っていく音がすると僕は下駄箱から滑るように出る。

「……にゃん」

 僕は呆然と立ち尽くす山田さんの足に擦り寄る。彼はゆっくりとしゃがんで、僕の頭を優しく撫でた。その顔は――右頬が、まるで殴られたように赤く腫れあがってた。
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