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第一章 開業 異世界民泊
怪しいエルフの開業依頼
しおりを挟む「信じて頂けましたか?」
エルフ耳の男はそれこそありとあらゆる『魔法』を俺の前で披露した。その一つでいまこの邸宅には灯りが点いている。
男は頭にはシルクハット、その下には黄色と赤のモザイクカラーのサイケな服、まるでピエロのような出で立ちで、今この邸宅の広い居間で所々剥げた畳に座って向かい合っている。
天井近くを浮遊する光の玉を眺め俺はそれでも如何わしいものを見るような目つきで男に視線を移した。
「いやあ、懐かしいですねえ」
俺の訝しむような目線を受けてもなおエルフ耳は飄々と答える。
「えーと、ペリント、さん? 何が懐かしいの?」
「ドリスコルの方が通りがいいのでそちらで構いませんよ? ああ、懐かしいというのはですね、再訪だからです」
「再訪?」
「はい。栄太郎様の代に一度お邪魔しております。いやあ、生き写しですね。貴方様がその血を引かれる親族だということはすぐにわかりました」
「はぁ」
エルフの知り合いがいるなどと祖母から聞いたことはないが、祖父の代ということは祖母も会ったことがある、ということだろうか?
「ちなみに聞くけどあんた、何歳?」
「200歳になります」
笑顔を崩さずに彼はそう答え、俺は答えに窮した。
「……ちょっと、考えを整理させてくれる?」
「どうぞどうぞ、ご随意に」
やってきたエルフ耳の男は何処から取り出したのかペットボトルの蓋を開けて勝手に茶を飲んでいる。
「あ、外の自販機でシルフに買ってきて貰いました。いいですよね、伊右衛門」
訊ねてもいないことまで答えなくていいし、如何わしさが増すばかりである。
「……手品だとかそういうことはこの際置いとくとして、目的は?」
俺はそう質問した。
「あんたが何者か、ただのコスプレイヤーで俺を騙そうとしている詐欺師なのか、そういうことは一旦全部置く。その上で、何の用だ?」
疑念は隠さず伝える。その方が後々の円滑な議論に繋がると経験が言っていた。大抵の詐欺師は『疑ってますよ』と伝えれば笑顔で否定した後ゆっくりと辞していくものだからだ。
それにこんな如何わしい詐欺師がいるとして、その目的が何なのかとっとと知っておきたいという興味もあった。
「お話が早くて助かります。希望は一つだけです。この場所を『簡易宿泊所』として使わせて頂きたいのです」
「はい? 何それは……ここをホテルみたいに使いたいってこと? 新しく建物立てるとか、地上げ的な……」
「いえ、今は割とぴったりの言葉があると聞きました。『民泊』というのですか? それです」
民泊、ニュースとかではよく聞く単語だ。勿論意味は知っている。住居として使っている場所に旅行者を泊まらせるという、あれだ。
「伸介様にはこの宿泊所の管理だけお願いして後は私たちが斡旋した異世界旅行者達を置いて頂ければいいのです。特に何を用意して頂く必要もございません。彼らが勝手に観光して帰っていくまでの寝床があればよいのです。それで報酬をお支払いします。どうでしょう? なかなか良い話だと思うのですが」
「いくつも突っ込みたいが……異世界?」
「はい。ほら、私エルフですが、一般的なファンタジー的な種族全般全部いる例のあれです。今は空前の異世界訪問ブームでして、地球からやって来るお客様も後を絶たないのですが、それならうちらも行ってみようと。それで私、そういったご希望者達のために随分昔からコーディネーターとして活動させて頂いている次第です」
「随分昔、ねえ……」
200歳だとか抜かすエルフの昔の基準が分からないが、明治大正あたりから既に活動していたのかもしれないと思うと中々興味深い話である。
「栄太郎様にも良くして頂きまして、ご存命の時には同じく異世界からのお客様を泊まらせて頂いておりました」
「え、まじで?」
「はい。ですがご病気になりそれも難しく……それでここは閉鎖せざるを得なくなったのです」
そんな話は初耳だった。いや、まだ詐欺の可能性も残っている。軽々に信用してはならない。
「ばあちゃんはそんなこと言ってなかったぞ?」
「ご契約に含まれますからね。当事者以外に教えてはならない、と。違反したら罰則がありますから。あ、ご心配なく。このお話を断られても何かしようとかそういうことはありませんから。ちょっと記憶を無くして頂くくらいで」
「いや、それも十分怖ええよ? で、何でまた、ここに?」
「状況が変わったとおばあ様――ふじ子様から連絡がございました。また宿泊施設をなるかもしれない、と。ただ自分はもういないだろうから、孫の伸介に宜しく、と」
そういうと彼は一通の便せんを取り出した。その白い封書には見たこともない複雑な文様が刻まれている。
「この便せんで投函すると我々のいる異世界に届くようになっております。どうぞ、中をお確かめを」
そう言われ俺は中身を取り出しそこに書かれた文章を見た。――懐かしい、ばあちゃんの字だ。ドリスコルの言ったとおりの文章がそこに書かれている。そして――。
――追伸 我が孫、伸介へ。
結婚資金の足しにしなさい。
それだけが書かれていた。ぶっきらぼうなばあちゃんらしい。
「――話は分かった」
「おお! ご理解が早くて助かります」
「違う、ばあちゃんを信用しただけだ」
もっとストレートな遺産相続はなかったものか、と嘆息するが、恐らく状況が許さなかったのかもしれない。親戚筋は魔物だらけだ。こんな一等地をわざわざ俺に継がせることにも問題があったに違いない。とはいえ、だ。
「で――民泊、だっけ? どうすんの?」
「はい。報酬はですね――」
そこからの話は早かったので割愛する。どうせ誰も興味はないだろうし。
結論からいえば結構なお値段だった。少なくとも俺が会社勤めをする必要が無くなるくらいには。
「会話は翻訳の魔術具をご用意しているのでご安心を。興味があればどうぞ色々お話になるとよいかと」
「いや、それはいいけど、問題起こしたときはどうすんだ? お前みたいに魔法とか使えるんだろ? それで……」
「大丈夫です。こちらで厳選した、問題のない方だけを斡旋しますので。面接などもして結構厳しいのですよ。メンバーズじゃないと出来ないことなので。ちなみにある程度の知識も与えてありますから生活も大丈夫でしょう」
「……本当だろうなあ?」
「それはもう、私を信用して頂くしかないですねえ」
まるで張り付いたような笑顔を崩さない男をみてこちらは不安しかないが、今更NOと言える雰囲気でもなかった。
「電気ガス水道は期日までに引いとく。掃除も終わらせとく。俺は――本当に貸すだけでいいんだな?」
「はい!」
不安しかなかったがばあちゃんの遺言を履行しないわけにはいかなかった。いや、履行しなくてもよかったのかもしれないが――やっぱり俺に、それは無理だ。
物語の中だけの存在、そんな奴らを相手にして果たしてどうなるかなんてただの氏がない中年作家には分かりようもなかったのだから。
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