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1 デミヒューマン
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不死のクラゲ、というものがこの世には存在するらしい。
刺胞動物門、ヒドロ虫綱、花クラゲ目、ベニクラゲモドキ科、ベニクラゲ属、ベニクラゲ。これはネットからの受け売り。風鈴みたいで可愛い、これはわたしの見たままの印象。
最近、このクラゲが不老不死であるメカニズムを解明した誰かがノーベル賞を受賞していた気がするけれど、クラゲのように日々をふらふら漂っているわたしの頭には「不老はまだしも、不死になるのはいやだなあ」とニュースを横目にうっすらと考えた記憶しか残っていない。
わたしは自分の「生」というものに価値ある輝きを感じない。きらきらした他人の生も眩しく感じてしまう。そして、死ぬのも人並みに怖い。だから、どうせ生きなければならないなら、わたしはせめて美しく生きて、身も心も穢れのないまま幕を引きたいと思っている。美しい生き方、というのは人それぞれの感覚だけれど、わたしにとって美しい生き方というのは、孤独に体を蝕まれながらも一人で生き、他人に全く干渉せず迷惑をかけないという生き方である。同時に、この考えは思い上がっていて、理想にすぎない机上の空論だとも思う。実際その美しい生き方や、ついでに言えば美しい容姿もわたしには縁遠い。
わたしが不老不死を嫌うのは、例えばクラゲのようにわずかばかりの本能を発揮して地球のサイクルに組み込まれながら慎ましく命を燃やすのならまだしも、わたしたち傍若無人な人間どもが終わりのない生を享受するなんて不自然で美しく思えないからだ、などと人に言うと、わたしとの間に見えないし触れない壁を召喚されてしまうから口には出さないようにしている。気の置けない友達と話していて、葬式の話から飛躍して死についての話題が出た時にこの話をしてみたことがあるけれど、「じゃあつまり、できるだけ早く死にたいってこと?」と言われてしまった。「長く生きたくない」ということと「早く死にたい」ということは似ているようで全然違う。外出したくない気分だからといって、何もしたくない気分というわけではないのと同じ感覚だ。でも、その時は確かそれを説明するのも面倒で「まあ長生きはあんまりしたくないね」と答えた気がする。
わたしだって、やりたいことをやれないうちに後悔の中死にたいわけではない。ただ、楽しくもなく簡単でもないこの世を永遠に生きるというのは、終わりのないマラソンを強要されているようにしか思えない。生は楽しい、そう思う人だけが長生きしたいと願うはずであって、わたしにとって不老不死とはほとんど拷問に近い。
我に返り、こんなことを考えている場合ではないことを思い出す。シンクには今朝の食事の残骸がそのままにしてあるし、ベランダには服が干しっぱなしだし、今日は寝坊してしまったからパジャマだって万年床の上に脱ぎ散らかしてある。
どれから手を付けようかと役に立たない脳みそを回していると、見慣れた名前から着信があった。マイク付きイヤホンを携帯電話に差し込み、電話を取る。
「もしもし」
「もしもし、仕事お疲れさま。もう家?」
「うん、たった今帰ったとこ」
彼はSNSで知り合った自称大学生の「うみゆり」。
自称、というのは、彼が大学生である証拠を何も見せてもらったことがないだけで、わたしがそれを疑っているわけではない。彼の本名は私も聞かないし彼も言わないから知らない。便宜上、彼がSNS上で使用しているハンドルネームから取って「ゆりくん」と呼んでいる。年はわたしの五つ下らしい。これも自称だけれど。
「いま何やってたの」
「今ね、しなきゃいけない家事が多すぎて途方に暮れてた」
「だめじゃん」
「だめなんだよね」
そよ風でも吹くように、どうでもいい会話が小気味よく流れていく。
「ゆりくんはなにしてたの」
「今日はサークルやってた。途中で帰ったけどね。それで今帰り着いたところ。疲れた」
彼は大学の演劇サークルに入っているらしい。穏やかで、夜の水平線のような彼に演技などできるのだろうか、などと失礼なことをわたしは密かに思っていた。
「それより家事やんなくていいの」
「あ、そうだった」
「どうせ何から手を付けるか決められないんでしょ」
「そうなんです」
「じゃあとりあえず洗い物からやろう」
「はあい」
わたしは、仕事から帰ってくるなり彼と電話をすることが日課のようになっていた。毎日電話をしようと二人で決めたわけではないし、ましてやわたしたちは交際すらしていない。だから、毎日当たり前のように電話をしていても、お互いに何も連絡がない時は電話をしないものとして暗黙の了解ができているし、わたしたちは気分で相手からの連絡を無視することもあった。それはお互い信頼していることの証拠だと思う。彼は山口に住んでいてわたしは東京住み、会ったこともないけれど、なあなあに、自然に遠距離恋愛のような形になっていた。彼がどう思っているのかは分からないけれど、わたしはこの希薄な関係を気に入っている。もし彼から交際を持ち掛けられても嫌だというわけではない。いや、きっとわたしは快諾すると思う。でも、今のこの関係が永遠に変わらず続くとしても、何の不満もないことは確かだった。
順序立てて何かを行うのが苦手なわたしのために彼が命じた最初の任務、洗い物に取り掛かる。大抵の面倒な物事は始めるまでが億劫なだけだ。始めてしまえば早いもので、朝使った食器の二つや三つは数分で洗い終わってしまった。洗い物をしている間も、ジャージのポケットに入った携帯電話はゆりくんと繋がっていて、彼はずっと黙っている。沈黙は気まずさを伴うことが多いけれど、ゆりくん相手に気まずさを感じることはなかった。用事もないのに毎日のように電話をしてお互い黙ったまま何時間も過ごすのは、もしかすると無意識に感じる寂しさを電子空間上で一緒に過ごすことで紛らわせているのかもしれない。通話料金が無料で済む方法がある時代に感謝しながら、ゆりくんがまるで部屋の中にいるかのように話しかけた。
「洗い物終わったよ」
「まだ指令が必要ですかね」
「お願いします教官」
「あと何が残ってるの」
「あとね、洗濯物の取り込みと、服の洗濯。今日はご飯買ってきたから作らなくていい」
「じゃあ服を洗濯して、洗濯機回したら干してるの取り込もうか。ご飯って何買ったの」
「そうめん。今年初そうめんだよ。あとサラダ」
「え、俺と同じじゃん。俺はサラダじゃなくてチキンだけど。肉も食べなよ」
「野菜も食べなよ」
「……ここは引き分けということで手を打とう」
何も考えず、思いついたことを思いついた端から言葉にしていく。空中に浮かぶ言葉を適当に取って、電波に乗せてゆりくんに投げ、ゆりくんがこちらに言葉を投げ返す形の無いキャッチボール。この時間がわたしの癒しとなっている。煩わしい人間どもとの関係に悩まなくていい時間は、何よりの至福だと思えた。元々人間嫌いというか、人間関係に相当のストレスを感じるわたしがわざわざゆりくんと連絡先を交換したのも、彼と話すときだけは不思議と肩の力が抜け、埃まみれでよそ行き用にごてごて着飾ったはりぼてのわたしを引っ張り出してくる必要がなかったからだ。わたしは「海優梨」という本名でSNSに登録していて、ゆりくんに「うみゆりって、同じ名前ですね」と話しかけられたのが知り合うきっかけだった。この名前は本名だということ、読みは「うみゆり」ではなく「みゆり」であることを伝えると「え、それって本名なんですか?いい名前だとは思いますけど、SNSで本名を明かすのはやめたほうがいいですよ」と忠告された。最初はお節介で過干渉で面倒な人なのかな、返事しなかったほうが良かったかな、運命とか言われてつきまとわれないかな、などと色々な後悔をしたけれど、SNS上で会話するうち、ゆりくんとの会話が心地よいものだと感じ始め、わたしの方から連絡先を聞いた。もちろん用心深い彼は連絡先など教えてくれなかったが、わたしが一方的に連絡先を送り、連絡ください、と添えると、不用心すぎますよとまたしてもお叱りの言葉と、連絡先をプレゼントしてくれた。今思えば、知り合って間もない、顔も素性も分からない人によく連絡先なんか送ったものだと思う。しかも、普段は連絡先を聞かれることがあっても、闘牛士も顔負けの回避術で鼻息の荒い雄牛達をうまくあしらってきたわたしが、自ら連絡先を送ったのだ。あれは本当に軽率だったけど、直感の勝利だったと言うほかない。たぶんこの先、二度とやることは無いだろう。
どちらが健康的な食生活をしているかについて、討論の結果は引き分けだというゆりくんの提案を受け、わたしは対戦相手兼審判として判決を下す。
「しょうがないなあ、ここはとりあえず引き分けにしておいてあげよう」
「はいはい。洗濯がんばって」
くすくす笑うゆりくんの声援を受けて、次々に洗濯物を仕分けていく。ネットに入れるもの、入れないもの、色落ちするもの、縮むもの、と分別し、まとめて洗うものを洗濯槽に放り込み、洗剤と柔軟剤を入れる。洗濯機のスイッチを入れて、三十リットルコースで洗濯を始める。今度はベランダに向かい、干してあったシャツや下着を取り込んでいく。自分でもなかなかいい手際だと思う。やろうと思えば家政婦としてもやれるんじゃないか、などと甘ったるい称賛を心の中で自分に送る。その間、彼とわたしは沈黙で会話している。繋がった電話の向こうで人が生活しているという感覚があるだけで、わたしは無意識下の寂しさを溶かすことができる。それが一時のごまかしであったとしても、わたしは構わない。静寂のやり取りを繰り返しながら一通りの家事を終え、わたしはようやく夕飯にありついた。
「じゃあご飯食べるね。お風呂あがったらまた電話する」
「わかった。後でね」
電話を切り、ふわふわしたパステルの電脳空間からモノトーンの現実に引き戻される。さっきまで暖かいような気がしていた部屋は蒸していて、実際は不快な湿気がこもっていた。わたしは吐息の玉をぽんと肺から吐き出し、コンビニで買ったそうめんとサラダを袋から取り出して、パックに入ったまま割り箸で食べ始めた。コンビニの食事というのは、味そのものはけしてまずくないのに、どこかこう味気ない気がするのはなぜだろう。まるで職場の人たちみたいだ、などと考えて苦笑する。今のは意地悪さが滲み出た良い例えだったと自分を褒めたい。
電話を切って、話す人もいなければテレビも付けていないので、そうめんとサラダくらいはすぐに食べ終わってしまった。ごちそうさま、と心の中でつぶやいて手を合わせ、ゴミを袋に放り込む。がさ、と乾いた音が部屋に響く。今の音とわたしの心と比べて、どちらの方がかさついているだろうか。わたしはかさついているというより凪いでいるといった方が正確かもしれないけれど。
さて、と一息ついて、脱衣所に向かう。蛇のように脱皮をしている気分で、服と一緒によそ行きに武装した心を脱ぎ、けして広くない浴室でシャワーを浴びる。最初は冷たかった水がだんだんと温かくなっていく。丁度いい温度の飛沫がわたしを包むと、凝り固まった体がほぐれ、張り詰めていた心を溶かしていく。武装されたわたしの表面がチョコレートのように溶けて排水溝に流れていき、下から柔らかい本当の私が姿を現した。
クラゲという生き物は本当にわたしの特徴を詰め込んだような生き物で、生態を詳しく研究しただとか、飼育した経験があるわけでもないのに心を惹かれてたまらない。ふらふら波に流されて遊泳するところ、ちまちまとプランクトンばかり食べてこじんまり暮らしているらしいところ、ちょっとの衝撃ですぐバラバラになってしまうところ、全部同じだ。ただ、わたしとクラゲの間にはひとつ決定的な違いがある。わたしは悩み、考え、葛藤して、日々擦れていく心の摩擦に苦しみながら生きているが、クラゲは意思も感情もなく本能のままにふらふら漂っている。いや、もしかしたら人間には測りえないところで何か考えているのかもしれないけれど、少なくとも人間社会につきまとう悩みとは無縁だろう。まさかクラゲ同士が必要もないのにお互いを虐げあって蹴落としあったり、自分の餌の取れなさに落ち込んで数日落ち込んだりするようなことはないはずだ。本当に羨ましい。別にわたしが荒んだ競争社会に個を殺されて毎日死にたいと考えているわけではないけれど、感情が無い、ということにはやはり憧れてしまう。つらい感情を無くすことができれば、生きるということがどんなに簡単になるだろうか。
武装した外骨格を溶かす禊のシャワーを終えて、仰々しく憂いのある溜め息をつきながら部屋に戻ると、ゆりくんから携帯電話にメッセージが来ていた。どうやら今日は本当に疲れていたようで、「ごめん先に寝るね、眠くて眠くて……」と表示されていた。わたしは「オッケー、お疲れさま。おやすみ」とだけ送っておいた。いつもこんなものだ。仲良く話しているかと思えば、突然どちらかの気分で連絡が途絶えたりもするし、それをお互いなんとも思っていない。この希薄な距離感が心地いい。時間を見るとまだ二一時を回ったばかりで、この時間に眠いなんてどれだけハードな練習をしているんだと思ったが、そういえば彼には夜更かし癖があることを思い出した。
まだ連絡先を交換していない頃、わたしが休日に映画を一晩中見て感想をSNSに垂れ流すことがあった。その時はもう朝に近い時間だったのに、「それは見たけどあんまり好きじゃなかった」だの、「それは気になってた」だの、感想を投稿してからすぐにゆりくんからメッセージが飛んできた。一通り映画の感想を語り合った後、こんな夜中に何をしているのか聞いたところ「インターネットサーフィン」としか返ってこなかったのが印象深くて、記憶に残っている。これのためだけに大学の講義は午後からしか入れていないらしい。彼は何日かに一度生活リズムを戻すために、徹夜で大学に行って帰宅早々床につくという荒業を行っている、と欠伸交じりに教えてくれたことがある。眠いと言ったのは、今日がその調整日だったからだろう。
ドライヤーで髪を乾かし、テレビをつける。つけたテレビを見ずに、音声をBGMがわりにしてSNSにアクセスする。わたしの趣味と言える趣味はこれしかない。
ただ、本当にこの時間を趣味と言えるか怪しいほど、SNSを眺めるときのわたしの気持ちは殺伐としている。流れていくディナーの写真や海でカップルが記念撮影をしている写真、いわゆる「幸せな写真」を見て羨ましく思い、羨望を打ち消すためにそれを平凡だ凡庸だと見下して鼻で笑う。わたしは、こういった「普通の幸せ」を経験したことがない。ただ、それは他人に責任を求められるものでもなく、自分から交友関係を出来るだけ少なくしようと努め、避けられる人間関係は全て避けているから享受できないのだということも分かっている。今の自分の生活が、わたしが見下しているその「普通の幸せ」以下の生活であることを棚に上げていることも自覚している。だからこそ、わたしは偉そうなわたしに嫌悪感を抱く。でも、これは自分の心をごまかすための防衛手段になっていてやめることができない。わたしにとってSNSとは、今の生活がどれだけ味気ないものかということを自覚しないように、何とか日々をごまかすためのツールなのである。
その「幸せな写真」の中には職場の同僚もいて、例によってみんな普通の人たちだ。普通で、普通にいい人たち。でも、やっぱりわたしは自ら距離を置いているから、彼らに馴染めてはいない。SNSで話題になって糾弾されているような、典型的なパワハラ上司や嫌な同僚はいないし、基本的にいつも平和にやっている。でも、根本的なわたしの価値観と周りの価値観のずれが、数学で言う「ねじれ」のように永遠に交わらず、それが違和感や居心地の悪さとなってわたしの胸にしこりを残していく。
そういえば今日も、わたしがねじれていることを思い知った日だった。
仕事中、「午前中にホームページデザインのレイアウトの修正を終わらせる」というメモを付箋に書いて自分のパソコンに貼っていたのだけれど、メモをしたこと自体やそれをパソコンに貼っていることを忘れてホームページのテキスト編集をやってしまい、上司の鈴木主任に呆れ交じりに叱られた。鈴木主任は必要以上に人を攻撃したりネチネチ責め立てたりする人ではないから、当たり前のことしか言わない。そもそもこれに関しては全面的にわたしが悪いから、叱られたことについてはどうこう思う思わない以前の話なのだけれど、ただ「なんで目の前にメモを貼ってあるのに忘れるんだ」とため息交じりに言われたことがずっと頭に残っている。
わたしはよくこのミスをする。主任が呆れ気味だったのもこのせいだ。
メモをしたときは確実に忘れないようにしようと意気込んでいるし、付箋も分かるところに貼っているのに、他の作業や思考を挟むとすぐに忘れてしまう。見えるところに置いているものが、作業中は作業に没頭して視界に入らない。入社して三年にもなるのに、こういった初歩的以前のミスをやってしまう。わたしだって、「なんで目の前にメモを貼ってあるのに忘れるんだ」と毎度のごとく思い、頬の内側を噛むという甘すぎる罰を自分に課す。致命的なミスはまだしていないとはいえ、未だにこんなところでつまずいているわたしを解雇しない会社に感謝したい。
これだけにとどまらず、お昼になっても居心地の悪さは続く。皆が昼食休憩を取るか取らないかという時間に同僚の高木美恵から声をかけられた。
「今日も一人で食べるの、海優梨さん?」
普段彼女は秦というわたしの名字を呼ぶくせに、わたしを責めたり咎めたりする気持ちがあるとき、こうやって名前で呼ぶ。棘がある口調ではないからもしかすると無意識なのかもしれないけれど、何となくわたしはわざとやっているのではないかという気がしていた。こうしているときの高木さんの目は、爬虫類のように瞳孔が開いている。これはさすがに無意識だろう。
「ごめん」
内心は勘弁してくれと舌を鳴らしつつ、情けない声で謝罪する。謝ったわたしはわたしの何が悪くて何に謝罪しているのか全然わからないのだが、高木さんが勝手にわたしの悪いところを探し出して謝罪の理由を当てはめてくれるだろう。顔は無表情のままだが、心の中では高木さんを親の仇のように睨みつけていた。
「別に怒ってるわけじゃないし、いいのよ。ただ、今日もお昼ご飯一人で食べるのかなって」
いらいらしているんだろうな、という表情の高木さんに、隣に立っておろおろしていた橋田百合子が加勢する。
「秦さん、あの、ほんと、無理に一緒にってわけじゃないから……」
橋田さんはいかにもか弱い女の子といった雰囲気の女性で、いつ見てもおどおどしている気がする。何故か高木さんと行動を共にしているところをかなりの高頻度で見かけるが、この二人は仲がいいわけではなく、いびつな関係なのではないかとわたしは邪推している。高木さんは社内で特に激しい言動はないし、これといって問題を起こしたこともない。ただ、常に私が正しいのよと言わんばかりの自信たっぷりの言動で、わたしにはそれがプライドの高さを表しているように思える。仕事は人より少しできるくらいで、よく言えば気配り、悪く言えば媚び売りが上手な人だ。上司からの信頼も厚い。上司と大きな仕事の話をするとき、自分は上司から信頼を得て大きな仕事を任されているんですよ、とでも誇るように声が大きくなっていることに、本人は気づいているのだろうか。
つまり、穿った見方をしていることは重々承知だけれど、高木さんは自分をより良く見せるために自分より立場や能力が下だと思う人間と一緒に行動していて、橋田さんはそれに気づきつつも拒否する勇気や理由がないだけ、もしくはそもそも思惑に気づかない鈍感な人なのではないかということだ。そう思いつつも、こんなことを考える意地の悪い自分にため息が出る。どろどろした人間関係がもつれていく小説をわたしに書かせたら、きっと下手な小説家が書くより凄まじい人間関係を描きだすことができるだろう。
こうやって高木さんがわたしに声をかけてきた原因は、この部署内の特殊な昼食事情にある。部署内の女性社員は少なく、みんな一緒に昼食に出かけているのだ。わたしはそれを知りながらも、この部署に異動してきてから、毎日気配を殺してそそくさと一人で昼食に向かっている。社会人にもなって毎日一緒に食事をするのが暗黙の了解になっているなんて、仲が良いだとかそんな領域を超えて狂っていると思うのはわたしだけなのだろうか。わたしは、虫が群れて餌を食べているみたいで気持ち悪いとさえ思う。
いつもお昼どきに部屋から姿を消すわたしをランチに連行するため、この二人が代表で誘いに来たといったところか。たぶん高木さんが「今日こそは秦さんも連れてくるね」などと言い出したんだろうな、と思った。
わたしは、よほど気を許した相手でないと一緒に食事をするのも落ち着かない。だからいつも誘われないうちに抜け出しているのだが、今日は対策がされてあったようで、まだ昼食の時間にならないうちに捕まえられてしまった。どうもわたしがいつもそそくさと消えてお昼を食べていることを、この人たちには協調性がないと思われているようだ。いや、もしかしたら世間一般では本当にわたしみたいな人を協調性がないと呼んでいるのかもしれない。
なんで心身ともに休める時間であるはずのお昼にわざわざ心をすり減らして愛想笑いをしながら食事しなきゃいけないんだ、と内心悪態をつきながら、決心を固めてひきつった愛想笑いを浮かべ、マニュアルをなぞるように謝罪する。
「わたし食べるのが本当に遅くて迷惑とかかけちゃうし、そっちが気にしなくてもわたしが申し訳ないから一人で食べてるだけだよ。ごめんね本当、今日は行くよ」
食べるのが遅いのは半分嘘で半分本当だ。誰かが目の前にいると、会話を繋がなければ、相槌を打たなければ、などと考えてしまって食事が一向に進まない。
「そうなのね。みんな、食べるのが遅いとか全然気にしないから大丈夫よ。どこ行く?」
「ごめんね、どこでもいいよ。いつも一人で勝手に食べちゃってるし、そんなわたしが文句なんか言う権利ないし」
愛想笑いをしながら人に合わせるモードに気持ちを切り替えすぎて、卑屈な言い方になってしまった。高木さんは片眉をぴくりと動かして、でも平坦なままの口調で言った。
「あの、さっきも言ったけど怒ってるわけじゃないからね。ただ、皆で食べてるの知ってるでしょう?秦さんいつもすぐ消えちゃうから、もしかしたらわたし達のこと嫌いなのかなって心配になっちゃって」
続けて橋田さんもフォローに入る。
「うん。秦さんごめんね、責めたりとかそういうつもりじゃなかったんだけど」
じゃあどういうつもりなの、などと反射的に言いそうになる自分の意地悪さにも呆れる。おとなしい橋田さん相手だとつい反論しそうになる自分のいやらしさも浮き彫りになり、気分は最悪だった。真水の中に黒の絵の具を一滴垂らしたような、もやもやとした重い濁りが胸の内に広がっていく。胸焼けのような不快感を抑えつつ、機械のように「いいのいいの、こっちもごめんね、じゃあどうしようか」などと話しながら部屋を出る。適当に相槌を打ちながら、クラスをまとめる委員長でもあるまいし、高木さんはもっと人に対して不干渉になってもいいんじゃない、などと脳内でぶつぶつ文句を言っていた。
こうやって人間関係で悩んでいるとき、普段家で考える死や人生などの哲学的なテーマ、わたしの人生に対する斜に構えた考えとは真逆の、いかにも人間らしく泥くさい悩みで頭を抱えている自分に段々笑いが込み上げてくる。わたしは人とは違うことに苦しみながらも自分は違うんだと悦に浸り、他の人間を全て見下すような不遜な心持ちでいるのに、実際に他人と触れ合うと、どうでもいいと思っていたはずの人たちに心を大きく動かされるし、大いに悩みもする。ニヒル気取りが聞いて呆れる悩みようだ。
大学時代、同じゼミに所属していた原口くんの口癖は、「海優梨ちゃんは人間じゃないからなあ」だった。デザインとかアートとか、そういった種類の学部だったから変な人はたくさんいたけれど、原口くんに言わせれば、わたしはそういう「変な人」とも少し違うらしい。そういえば、他の「変な人」とどう違うのかは聞いたことがなかった。原口くんから見て、わたしはどう変だったのだろう。
こういった人間くさい悩みを抱えているとき、わたしはよく彼の口癖を思い出す。そして、原口くん、わたしちゃんと人間してるよ、とにやにやしながらその言葉を脳内で反芻する。
わたしは人間じゃないからなあ。
そうすると、わたしが人とうまく馴染めなかったり、ミスをしてしまったりする現実は何も変わらないのに、なんだかその振る舞いや気持ちの全てを許された気になるのだった。
今日のことを回想し、「わたしは人間じゃないからなあ」を頭の中で繰り返していると、段々と穏やかな気持ちになってきた。心から毒が抜け、流れるSNSの画面を無心で見つめていると、突然携帯が着信を知らせた。
母親だ。月一回の定例報告の時間らしい。もう何度ついたかわからないため息をこぼしながら、電話を取る。
「もしもし」
「もしもし、海優梨?今月はどうだった?」
「あのね。毎回言ってるけど、どうもなにも普通だって」
「普通って言ったって、嫌なこととか理不尽なこととか、いっぱいあるでしょう」
「それを普通って言うんでしょ。お母さん心配しすぎだって。異動してから毎月かけてきてるじゃん」
「そうは言っても、大事な一人娘が入社早々異動なんて、親からすれば心配にもなるわよ」
その心配が重くてうんざりなんだよね、とはさすがに言えなかった。そして、母親からかかってくる電話にうんざりする原因はこれだけではなく、それが話題に上らないうちに早々に電話を切ってしまおうと考えていた矢先、その話が持ち出された。
「ところで、いい人とかまだ見つかんないの」
くらくらと眩暈がする。これが怒りなのか悲しみなのか面倒くさいと思う気持ちなのかは分からなかった。わたしは、この話を何度繰り返せばいいのだろうか。
「だから、それも何回も言ってる。会社にそんな人いないし、躍起になって探そうって気もないって」
「でも女の子が二十代も中ごろになって彼氏の一人もいないのは」
「人の勝手でしょ」
つい語気が荒くなってしまった。彼氏がいないというだけでこんなに心配して干渉してくる親に対して、わたしは結婚願望が皆無だ、などと正直に言えるはずもなく、わたしはいつも人の勝手でしょ、と逃げるのがお決まりになっている。
「とにかく、仕事にかかりっきりでチャンスを逃すようなことしちゃダメよ」
「はいはい。じゃあね」
母からの返事が来るか来ないかというタイミングで電話を切った。今日一番深く長いため息をつく。この地獄の定例報告は、わたしが部署を異動になってから毎月続いている。もう異動になってから半年も過ぎているから今月はかかってこないかな、と思った月も、当たり前のように電話はかかってきた。それからも電話は毎月かかってきて、これで記念すべき十回目だ。母の過保護は筋金入りらしい。
こんな風に、親が信じるわたしの幸せとわたしの信じるわたしの幸せに食い違いが生じた時にも、わたしは自分のねじれを実感する。そして、そんな自分を甘やかすために、声には出さず口だけをその形に動かしてもそもそと呟くのだった。
わたしは人間じゃないからなあ。
刺胞動物門、ヒドロ虫綱、花クラゲ目、ベニクラゲモドキ科、ベニクラゲ属、ベニクラゲ。これはネットからの受け売り。風鈴みたいで可愛い、これはわたしの見たままの印象。
最近、このクラゲが不老不死であるメカニズムを解明した誰かがノーベル賞を受賞していた気がするけれど、クラゲのように日々をふらふら漂っているわたしの頭には「不老はまだしも、不死になるのはいやだなあ」とニュースを横目にうっすらと考えた記憶しか残っていない。
わたしは自分の「生」というものに価値ある輝きを感じない。きらきらした他人の生も眩しく感じてしまう。そして、死ぬのも人並みに怖い。だから、どうせ生きなければならないなら、わたしはせめて美しく生きて、身も心も穢れのないまま幕を引きたいと思っている。美しい生き方、というのは人それぞれの感覚だけれど、わたしにとって美しい生き方というのは、孤独に体を蝕まれながらも一人で生き、他人に全く干渉せず迷惑をかけないという生き方である。同時に、この考えは思い上がっていて、理想にすぎない机上の空論だとも思う。実際その美しい生き方や、ついでに言えば美しい容姿もわたしには縁遠い。
わたしが不老不死を嫌うのは、例えばクラゲのようにわずかばかりの本能を発揮して地球のサイクルに組み込まれながら慎ましく命を燃やすのならまだしも、わたしたち傍若無人な人間どもが終わりのない生を享受するなんて不自然で美しく思えないからだ、などと人に言うと、わたしとの間に見えないし触れない壁を召喚されてしまうから口には出さないようにしている。気の置けない友達と話していて、葬式の話から飛躍して死についての話題が出た時にこの話をしてみたことがあるけれど、「じゃあつまり、できるだけ早く死にたいってこと?」と言われてしまった。「長く生きたくない」ということと「早く死にたい」ということは似ているようで全然違う。外出したくない気分だからといって、何もしたくない気分というわけではないのと同じ感覚だ。でも、その時は確かそれを説明するのも面倒で「まあ長生きはあんまりしたくないね」と答えた気がする。
わたしだって、やりたいことをやれないうちに後悔の中死にたいわけではない。ただ、楽しくもなく簡単でもないこの世を永遠に生きるというのは、終わりのないマラソンを強要されているようにしか思えない。生は楽しい、そう思う人だけが長生きしたいと願うはずであって、わたしにとって不老不死とはほとんど拷問に近い。
我に返り、こんなことを考えている場合ではないことを思い出す。シンクには今朝の食事の残骸がそのままにしてあるし、ベランダには服が干しっぱなしだし、今日は寝坊してしまったからパジャマだって万年床の上に脱ぎ散らかしてある。
どれから手を付けようかと役に立たない脳みそを回していると、見慣れた名前から着信があった。マイク付きイヤホンを携帯電話に差し込み、電話を取る。
「もしもし」
「もしもし、仕事お疲れさま。もう家?」
「うん、たった今帰ったとこ」
彼はSNSで知り合った自称大学生の「うみゆり」。
自称、というのは、彼が大学生である証拠を何も見せてもらったことがないだけで、わたしがそれを疑っているわけではない。彼の本名は私も聞かないし彼も言わないから知らない。便宜上、彼がSNS上で使用しているハンドルネームから取って「ゆりくん」と呼んでいる。年はわたしの五つ下らしい。これも自称だけれど。
「いま何やってたの」
「今ね、しなきゃいけない家事が多すぎて途方に暮れてた」
「だめじゃん」
「だめなんだよね」
そよ風でも吹くように、どうでもいい会話が小気味よく流れていく。
「ゆりくんはなにしてたの」
「今日はサークルやってた。途中で帰ったけどね。それで今帰り着いたところ。疲れた」
彼は大学の演劇サークルに入っているらしい。穏やかで、夜の水平線のような彼に演技などできるのだろうか、などと失礼なことをわたしは密かに思っていた。
「それより家事やんなくていいの」
「あ、そうだった」
「どうせ何から手を付けるか決められないんでしょ」
「そうなんです」
「じゃあとりあえず洗い物からやろう」
「はあい」
わたしは、仕事から帰ってくるなり彼と電話をすることが日課のようになっていた。毎日電話をしようと二人で決めたわけではないし、ましてやわたしたちは交際すらしていない。だから、毎日当たり前のように電話をしていても、お互いに何も連絡がない時は電話をしないものとして暗黙の了解ができているし、わたしたちは気分で相手からの連絡を無視することもあった。それはお互い信頼していることの証拠だと思う。彼は山口に住んでいてわたしは東京住み、会ったこともないけれど、なあなあに、自然に遠距離恋愛のような形になっていた。彼がどう思っているのかは分からないけれど、わたしはこの希薄な関係を気に入っている。もし彼から交際を持ち掛けられても嫌だというわけではない。いや、きっとわたしは快諾すると思う。でも、今のこの関係が永遠に変わらず続くとしても、何の不満もないことは確かだった。
順序立てて何かを行うのが苦手なわたしのために彼が命じた最初の任務、洗い物に取り掛かる。大抵の面倒な物事は始めるまでが億劫なだけだ。始めてしまえば早いもので、朝使った食器の二つや三つは数分で洗い終わってしまった。洗い物をしている間も、ジャージのポケットに入った携帯電話はゆりくんと繋がっていて、彼はずっと黙っている。沈黙は気まずさを伴うことが多いけれど、ゆりくん相手に気まずさを感じることはなかった。用事もないのに毎日のように電話をしてお互い黙ったまま何時間も過ごすのは、もしかすると無意識に感じる寂しさを電子空間上で一緒に過ごすことで紛らわせているのかもしれない。通話料金が無料で済む方法がある時代に感謝しながら、ゆりくんがまるで部屋の中にいるかのように話しかけた。
「洗い物終わったよ」
「まだ指令が必要ですかね」
「お願いします教官」
「あと何が残ってるの」
「あとね、洗濯物の取り込みと、服の洗濯。今日はご飯買ってきたから作らなくていい」
「じゃあ服を洗濯して、洗濯機回したら干してるの取り込もうか。ご飯って何買ったの」
「そうめん。今年初そうめんだよ。あとサラダ」
「え、俺と同じじゃん。俺はサラダじゃなくてチキンだけど。肉も食べなよ」
「野菜も食べなよ」
「……ここは引き分けということで手を打とう」
何も考えず、思いついたことを思いついた端から言葉にしていく。空中に浮かぶ言葉を適当に取って、電波に乗せてゆりくんに投げ、ゆりくんがこちらに言葉を投げ返す形の無いキャッチボール。この時間がわたしの癒しとなっている。煩わしい人間どもとの関係に悩まなくていい時間は、何よりの至福だと思えた。元々人間嫌いというか、人間関係に相当のストレスを感じるわたしがわざわざゆりくんと連絡先を交換したのも、彼と話すときだけは不思議と肩の力が抜け、埃まみれでよそ行き用にごてごて着飾ったはりぼてのわたしを引っ張り出してくる必要がなかったからだ。わたしは「海優梨」という本名でSNSに登録していて、ゆりくんに「うみゆりって、同じ名前ですね」と話しかけられたのが知り合うきっかけだった。この名前は本名だということ、読みは「うみゆり」ではなく「みゆり」であることを伝えると「え、それって本名なんですか?いい名前だとは思いますけど、SNSで本名を明かすのはやめたほうがいいですよ」と忠告された。最初はお節介で過干渉で面倒な人なのかな、返事しなかったほうが良かったかな、運命とか言われてつきまとわれないかな、などと色々な後悔をしたけれど、SNS上で会話するうち、ゆりくんとの会話が心地よいものだと感じ始め、わたしの方から連絡先を聞いた。もちろん用心深い彼は連絡先など教えてくれなかったが、わたしが一方的に連絡先を送り、連絡ください、と添えると、不用心すぎますよとまたしてもお叱りの言葉と、連絡先をプレゼントしてくれた。今思えば、知り合って間もない、顔も素性も分からない人によく連絡先なんか送ったものだと思う。しかも、普段は連絡先を聞かれることがあっても、闘牛士も顔負けの回避術で鼻息の荒い雄牛達をうまくあしらってきたわたしが、自ら連絡先を送ったのだ。あれは本当に軽率だったけど、直感の勝利だったと言うほかない。たぶんこの先、二度とやることは無いだろう。
どちらが健康的な食生活をしているかについて、討論の結果は引き分けだというゆりくんの提案を受け、わたしは対戦相手兼審判として判決を下す。
「しょうがないなあ、ここはとりあえず引き分けにしておいてあげよう」
「はいはい。洗濯がんばって」
くすくす笑うゆりくんの声援を受けて、次々に洗濯物を仕分けていく。ネットに入れるもの、入れないもの、色落ちするもの、縮むもの、と分別し、まとめて洗うものを洗濯槽に放り込み、洗剤と柔軟剤を入れる。洗濯機のスイッチを入れて、三十リットルコースで洗濯を始める。今度はベランダに向かい、干してあったシャツや下着を取り込んでいく。自分でもなかなかいい手際だと思う。やろうと思えば家政婦としてもやれるんじゃないか、などと甘ったるい称賛を心の中で自分に送る。その間、彼とわたしは沈黙で会話している。繋がった電話の向こうで人が生活しているという感覚があるだけで、わたしは無意識下の寂しさを溶かすことができる。それが一時のごまかしであったとしても、わたしは構わない。静寂のやり取りを繰り返しながら一通りの家事を終え、わたしはようやく夕飯にありついた。
「じゃあご飯食べるね。お風呂あがったらまた電話する」
「わかった。後でね」
電話を切り、ふわふわしたパステルの電脳空間からモノトーンの現実に引き戻される。さっきまで暖かいような気がしていた部屋は蒸していて、実際は不快な湿気がこもっていた。わたしは吐息の玉をぽんと肺から吐き出し、コンビニで買ったそうめんとサラダを袋から取り出して、パックに入ったまま割り箸で食べ始めた。コンビニの食事というのは、味そのものはけしてまずくないのに、どこかこう味気ない気がするのはなぜだろう。まるで職場の人たちみたいだ、などと考えて苦笑する。今のは意地悪さが滲み出た良い例えだったと自分を褒めたい。
電話を切って、話す人もいなければテレビも付けていないので、そうめんとサラダくらいはすぐに食べ終わってしまった。ごちそうさま、と心の中でつぶやいて手を合わせ、ゴミを袋に放り込む。がさ、と乾いた音が部屋に響く。今の音とわたしの心と比べて、どちらの方がかさついているだろうか。わたしはかさついているというより凪いでいるといった方が正確かもしれないけれど。
さて、と一息ついて、脱衣所に向かう。蛇のように脱皮をしている気分で、服と一緒によそ行きに武装した心を脱ぎ、けして広くない浴室でシャワーを浴びる。最初は冷たかった水がだんだんと温かくなっていく。丁度いい温度の飛沫がわたしを包むと、凝り固まった体がほぐれ、張り詰めていた心を溶かしていく。武装されたわたしの表面がチョコレートのように溶けて排水溝に流れていき、下から柔らかい本当の私が姿を現した。
クラゲという生き物は本当にわたしの特徴を詰め込んだような生き物で、生態を詳しく研究しただとか、飼育した経験があるわけでもないのに心を惹かれてたまらない。ふらふら波に流されて遊泳するところ、ちまちまとプランクトンばかり食べてこじんまり暮らしているらしいところ、ちょっとの衝撃ですぐバラバラになってしまうところ、全部同じだ。ただ、わたしとクラゲの間にはひとつ決定的な違いがある。わたしは悩み、考え、葛藤して、日々擦れていく心の摩擦に苦しみながら生きているが、クラゲは意思も感情もなく本能のままにふらふら漂っている。いや、もしかしたら人間には測りえないところで何か考えているのかもしれないけれど、少なくとも人間社会につきまとう悩みとは無縁だろう。まさかクラゲ同士が必要もないのにお互いを虐げあって蹴落としあったり、自分の餌の取れなさに落ち込んで数日落ち込んだりするようなことはないはずだ。本当に羨ましい。別にわたしが荒んだ競争社会に個を殺されて毎日死にたいと考えているわけではないけれど、感情が無い、ということにはやはり憧れてしまう。つらい感情を無くすことができれば、生きるということがどんなに簡単になるだろうか。
武装した外骨格を溶かす禊のシャワーを終えて、仰々しく憂いのある溜め息をつきながら部屋に戻ると、ゆりくんから携帯電話にメッセージが来ていた。どうやら今日は本当に疲れていたようで、「ごめん先に寝るね、眠くて眠くて……」と表示されていた。わたしは「オッケー、お疲れさま。おやすみ」とだけ送っておいた。いつもこんなものだ。仲良く話しているかと思えば、突然どちらかの気分で連絡が途絶えたりもするし、それをお互いなんとも思っていない。この希薄な距離感が心地いい。時間を見るとまだ二一時を回ったばかりで、この時間に眠いなんてどれだけハードな練習をしているんだと思ったが、そういえば彼には夜更かし癖があることを思い出した。
まだ連絡先を交換していない頃、わたしが休日に映画を一晩中見て感想をSNSに垂れ流すことがあった。その時はもう朝に近い時間だったのに、「それは見たけどあんまり好きじゃなかった」だの、「それは気になってた」だの、感想を投稿してからすぐにゆりくんからメッセージが飛んできた。一通り映画の感想を語り合った後、こんな夜中に何をしているのか聞いたところ「インターネットサーフィン」としか返ってこなかったのが印象深くて、記憶に残っている。これのためだけに大学の講義は午後からしか入れていないらしい。彼は何日かに一度生活リズムを戻すために、徹夜で大学に行って帰宅早々床につくという荒業を行っている、と欠伸交じりに教えてくれたことがある。眠いと言ったのは、今日がその調整日だったからだろう。
ドライヤーで髪を乾かし、テレビをつける。つけたテレビを見ずに、音声をBGMがわりにしてSNSにアクセスする。わたしの趣味と言える趣味はこれしかない。
ただ、本当にこの時間を趣味と言えるか怪しいほど、SNSを眺めるときのわたしの気持ちは殺伐としている。流れていくディナーの写真や海でカップルが記念撮影をしている写真、いわゆる「幸せな写真」を見て羨ましく思い、羨望を打ち消すためにそれを平凡だ凡庸だと見下して鼻で笑う。わたしは、こういった「普通の幸せ」を経験したことがない。ただ、それは他人に責任を求められるものでもなく、自分から交友関係を出来るだけ少なくしようと努め、避けられる人間関係は全て避けているから享受できないのだということも分かっている。今の自分の生活が、わたしが見下しているその「普通の幸せ」以下の生活であることを棚に上げていることも自覚している。だからこそ、わたしは偉そうなわたしに嫌悪感を抱く。でも、これは自分の心をごまかすための防衛手段になっていてやめることができない。わたしにとってSNSとは、今の生活がどれだけ味気ないものかということを自覚しないように、何とか日々をごまかすためのツールなのである。
その「幸せな写真」の中には職場の同僚もいて、例によってみんな普通の人たちだ。普通で、普通にいい人たち。でも、やっぱりわたしは自ら距離を置いているから、彼らに馴染めてはいない。SNSで話題になって糾弾されているような、典型的なパワハラ上司や嫌な同僚はいないし、基本的にいつも平和にやっている。でも、根本的なわたしの価値観と周りの価値観のずれが、数学で言う「ねじれ」のように永遠に交わらず、それが違和感や居心地の悪さとなってわたしの胸にしこりを残していく。
そういえば今日も、わたしがねじれていることを思い知った日だった。
仕事中、「午前中にホームページデザインのレイアウトの修正を終わらせる」というメモを付箋に書いて自分のパソコンに貼っていたのだけれど、メモをしたこと自体やそれをパソコンに貼っていることを忘れてホームページのテキスト編集をやってしまい、上司の鈴木主任に呆れ交じりに叱られた。鈴木主任は必要以上に人を攻撃したりネチネチ責め立てたりする人ではないから、当たり前のことしか言わない。そもそもこれに関しては全面的にわたしが悪いから、叱られたことについてはどうこう思う思わない以前の話なのだけれど、ただ「なんで目の前にメモを貼ってあるのに忘れるんだ」とため息交じりに言われたことがずっと頭に残っている。
わたしはよくこのミスをする。主任が呆れ気味だったのもこのせいだ。
メモをしたときは確実に忘れないようにしようと意気込んでいるし、付箋も分かるところに貼っているのに、他の作業や思考を挟むとすぐに忘れてしまう。見えるところに置いているものが、作業中は作業に没頭して視界に入らない。入社して三年にもなるのに、こういった初歩的以前のミスをやってしまう。わたしだって、「なんで目の前にメモを貼ってあるのに忘れるんだ」と毎度のごとく思い、頬の内側を噛むという甘すぎる罰を自分に課す。致命的なミスはまだしていないとはいえ、未だにこんなところでつまずいているわたしを解雇しない会社に感謝したい。
これだけにとどまらず、お昼になっても居心地の悪さは続く。皆が昼食休憩を取るか取らないかという時間に同僚の高木美恵から声をかけられた。
「今日も一人で食べるの、海優梨さん?」
普段彼女は秦というわたしの名字を呼ぶくせに、わたしを責めたり咎めたりする気持ちがあるとき、こうやって名前で呼ぶ。棘がある口調ではないからもしかすると無意識なのかもしれないけれど、何となくわたしはわざとやっているのではないかという気がしていた。こうしているときの高木さんの目は、爬虫類のように瞳孔が開いている。これはさすがに無意識だろう。
「ごめん」
内心は勘弁してくれと舌を鳴らしつつ、情けない声で謝罪する。謝ったわたしはわたしの何が悪くて何に謝罪しているのか全然わからないのだが、高木さんが勝手にわたしの悪いところを探し出して謝罪の理由を当てはめてくれるだろう。顔は無表情のままだが、心の中では高木さんを親の仇のように睨みつけていた。
「別に怒ってるわけじゃないし、いいのよ。ただ、今日もお昼ご飯一人で食べるのかなって」
いらいらしているんだろうな、という表情の高木さんに、隣に立っておろおろしていた橋田百合子が加勢する。
「秦さん、あの、ほんと、無理に一緒にってわけじゃないから……」
橋田さんはいかにもか弱い女の子といった雰囲気の女性で、いつ見てもおどおどしている気がする。何故か高木さんと行動を共にしているところをかなりの高頻度で見かけるが、この二人は仲がいいわけではなく、いびつな関係なのではないかとわたしは邪推している。高木さんは社内で特に激しい言動はないし、これといって問題を起こしたこともない。ただ、常に私が正しいのよと言わんばかりの自信たっぷりの言動で、わたしにはそれがプライドの高さを表しているように思える。仕事は人より少しできるくらいで、よく言えば気配り、悪く言えば媚び売りが上手な人だ。上司からの信頼も厚い。上司と大きな仕事の話をするとき、自分は上司から信頼を得て大きな仕事を任されているんですよ、とでも誇るように声が大きくなっていることに、本人は気づいているのだろうか。
つまり、穿った見方をしていることは重々承知だけれど、高木さんは自分をより良く見せるために自分より立場や能力が下だと思う人間と一緒に行動していて、橋田さんはそれに気づきつつも拒否する勇気や理由がないだけ、もしくはそもそも思惑に気づかない鈍感な人なのではないかということだ。そう思いつつも、こんなことを考える意地の悪い自分にため息が出る。どろどろした人間関係がもつれていく小説をわたしに書かせたら、きっと下手な小説家が書くより凄まじい人間関係を描きだすことができるだろう。
こうやって高木さんがわたしに声をかけてきた原因は、この部署内の特殊な昼食事情にある。部署内の女性社員は少なく、みんな一緒に昼食に出かけているのだ。わたしはそれを知りながらも、この部署に異動してきてから、毎日気配を殺してそそくさと一人で昼食に向かっている。社会人にもなって毎日一緒に食事をするのが暗黙の了解になっているなんて、仲が良いだとかそんな領域を超えて狂っていると思うのはわたしだけなのだろうか。わたしは、虫が群れて餌を食べているみたいで気持ち悪いとさえ思う。
いつもお昼どきに部屋から姿を消すわたしをランチに連行するため、この二人が代表で誘いに来たといったところか。たぶん高木さんが「今日こそは秦さんも連れてくるね」などと言い出したんだろうな、と思った。
わたしは、よほど気を許した相手でないと一緒に食事をするのも落ち着かない。だからいつも誘われないうちに抜け出しているのだが、今日は対策がされてあったようで、まだ昼食の時間にならないうちに捕まえられてしまった。どうもわたしがいつもそそくさと消えてお昼を食べていることを、この人たちには協調性がないと思われているようだ。いや、もしかしたら世間一般では本当にわたしみたいな人を協調性がないと呼んでいるのかもしれない。
なんで心身ともに休める時間であるはずのお昼にわざわざ心をすり減らして愛想笑いをしながら食事しなきゃいけないんだ、と内心悪態をつきながら、決心を固めてひきつった愛想笑いを浮かべ、マニュアルをなぞるように謝罪する。
「わたし食べるのが本当に遅くて迷惑とかかけちゃうし、そっちが気にしなくてもわたしが申し訳ないから一人で食べてるだけだよ。ごめんね本当、今日は行くよ」
食べるのが遅いのは半分嘘で半分本当だ。誰かが目の前にいると、会話を繋がなければ、相槌を打たなければ、などと考えてしまって食事が一向に進まない。
「そうなのね。みんな、食べるのが遅いとか全然気にしないから大丈夫よ。どこ行く?」
「ごめんね、どこでもいいよ。いつも一人で勝手に食べちゃってるし、そんなわたしが文句なんか言う権利ないし」
愛想笑いをしながら人に合わせるモードに気持ちを切り替えすぎて、卑屈な言い方になってしまった。高木さんは片眉をぴくりと動かして、でも平坦なままの口調で言った。
「あの、さっきも言ったけど怒ってるわけじゃないからね。ただ、皆で食べてるの知ってるでしょう?秦さんいつもすぐ消えちゃうから、もしかしたらわたし達のこと嫌いなのかなって心配になっちゃって」
続けて橋田さんもフォローに入る。
「うん。秦さんごめんね、責めたりとかそういうつもりじゃなかったんだけど」
じゃあどういうつもりなの、などと反射的に言いそうになる自分の意地悪さにも呆れる。おとなしい橋田さん相手だとつい反論しそうになる自分のいやらしさも浮き彫りになり、気分は最悪だった。真水の中に黒の絵の具を一滴垂らしたような、もやもやとした重い濁りが胸の内に広がっていく。胸焼けのような不快感を抑えつつ、機械のように「いいのいいの、こっちもごめんね、じゃあどうしようか」などと話しながら部屋を出る。適当に相槌を打ちながら、クラスをまとめる委員長でもあるまいし、高木さんはもっと人に対して不干渉になってもいいんじゃない、などと脳内でぶつぶつ文句を言っていた。
こうやって人間関係で悩んでいるとき、普段家で考える死や人生などの哲学的なテーマ、わたしの人生に対する斜に構えた考えとは真逆の、いかにも人間らしく泥くさい悩みで頭を抱えている自分に段々笑いが込み上げてくる。わたしは人とは違うことに苦しみながらも自分は違うんだと悦に浸り、他の人間を全て見下すような不遜な心持ちでいるのに、実際に他人と触れ合うと、どうでもいいと思っていたはずの人たちに心を大きく動かされるし、大いに悩みもする。ニヒル気取りが聞いて呆れる悩みようだ。
大学時代、同じゼミに所属していた原口くんの口癖は、「海優梨ちゃんは人間じゃないからなあ」だった。デザインとかアートとか、そういった種類の学部だったから変な人はたくさんいたけれど、原口くんに言わせれば、わたしはそういう「変な人」とも少し違うらしい。そういえば、他の「変な人」とどう違うのかは聞いたことがなかった。原口くんから見て、わたしはどう変だったのだろう。
こういった人間くさい悩みを抱えているとき、わたしはよく彼の口癖を思い出す。そして、原口くん、わたしちゃんと人間してるよ、とにやにやしながらその言葉を脳内で反芻する。
わたしは人間じゃないからなあ。
そうすると、わたしが人とうまく馴染めなかったり、ミスをしてしまったりする現実は何も変わらないのに、なんだかその振る舞いや気持ちの全てを許された気になるのだった。
今日のことを回想し、「わたしは人間じゃないからなあ」を頭の中で繰り返していると、段々と穏やかな気持ちになってきた。心から毒が抜け、流れるSNSの画面を無心で見つめていると、突然携帯が着信を知らせた。
母親だ。月一回の定例報告の時間らしい。もう何度ついたかわからないため息をこぼしながら、電話を取る。
「もしもし」
「もしもし、海優梨?今月はどうだった?」
「あのね。毎回言ってるけど、どうもなにも普通だって」
「普通って言ったって、嫌なこととか理不尽なこととか、いっぱいあるでしょう」
「それを普通って言うんでしょ。お母さん心配しすぎだって。異動してから毎月かけてきてるじゃん」
「そうは言っても、大事な一人娘が入社早々異動なんて、親からすれば心配にもなるわよ」
その心配が重くてうんざりなんだよね、とはさすがに言えなかった。そして、母親からかかってくる電話にうんざりする原因はこれだけではなく、それが話題に上らないうちに早々に電話を切ってしまおうと考えていた矢先、その話が持ち出された。
「ところで、いい人とかまだ見つかんないの」
くらくらと眩暈がする。これが怒りなのか悲しみなのか面倒くさいと思う気持ちなのかは分からなかった。わたしは、この話を何度繰り返せばいいのだろうか。
「だから、それも何回も言ってる。会社にそんな人いないし、躍起になって探そうって気もないって」
「でも女の子が二十代も中ごろになって彼氏の一人もいないのは」
「人の勝手でしょ」
つい語気が荒くなってしまった。彼氏がいないというだけでこんなに心配して干渉してくる親に対して、わたしは結婚願望が皆無だ、などと正直に言えるはずもなく、わたしはいつも人の勝手でしょ、と逃げるのがお決まりになっている。
「とにかく、仕事にかかりっきりでチャンスを逃すようなことしちゃダメよ」
「はいはい。じゃあね」
母からの返事が来るか来ないかというタイミングで電話を切った。今日一番深く長いため息をつく。この地獄の定例報告は、わたしが部署を異動になってから毎月続いている。もう異動になってから半年も過ぎているから今月はかかってこないかな、と思った月も、当たり前のように電話はかかってきた。それからも電話は毎月かかってきて、これで記念すべき十回目だ。母の過保護は筋金入りらしい。
こんな風に、親が信じるわたしの幸せとわたしの信じるわたしの幸せに食い違いが生じた時にも、わたしは自分のねじれを実感する。そして、そんな自分を甘やかすために、声には出さず口だけをその形に動かしてもそもそと呟くのだった。
わたしは人間じゃないからなあ。
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