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第一章「諸民族のサラダボウル」
第五話「冷飯を食う意味」
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デューク・ジョンソン(仮名)、今年27歳。できることは呼吸と逃げることとおもらしです。
自分が追われていた理由を理解すればするほど、これまでの自分は恵まれていたのだと思わざるを得ない。
今いるのはアジト生活のように必ず毎日三食出ていた環境ではない。
この諸民族でぎゅうぎゅうになったボウルには、決まって表層に野菜で彩られたサラダが詰まっており、サラダで隠れて見えない下層に昆虫や魚介類がある。
土から成る作物を摂ることを草食、魚や昆虫食を肉食とし、前者は世の弱肉強食の理を超越した階級と呼ばれる『ブルジョワ』。後者は未だ本能から抜け出すことのできない穢れ多き獣『プロレタリア』と呼ばれた。それがこの国に定められた食事による階級制度である。
今この街を見渡しても、建物の上階で食事を嗜むブルジョワは決まって野菜と思われるヒラヒラしたものを食べ、工事をする大柄な動物は昆虫の詰まったビンを腰に携えている。
自分の知る限りでは出生に関わらず階級は選択制だが、そんな制度あるだけで効力のない常備薬のようなものだ。
「お前たちは肉を食べたいと思わないのか?好きなときに起きて、好きなときに好きなだけ好きなものを食べたいと」
[はははは。こいつイっちまってんな]
細っちい野菜を間食にしている輩に訴えかけても、まるで自分が異常者のような扱いをされる。これが肉を食った奴の末路というものか。
試しに周辺のやつの食生活を見てやろうと、目に入った本当に食べること以外はご法度のような食事処に入る。何でもいいと言うと差し出されたのは、野菜しかない「冷めた」シチュー。ここは冷めていようが早いのが売りなのか?
しかし隣の客のシチューを見ると湯気が立っている。
「ああすまん、気がつかなかった」「いい、いい、たかがシチューの温度ぐらい」
シチューを呷って一気に飲み干そうとする。あれ、このシチュー魚入ってたっけ。そう思うくらいには溜飲が下がらない。
居心地の悪いこの店から逃げ出したくて、端銭を机に置き去りにして去っていく。
おかしいおかしいおかしい。俺は間違いなくこの世界から迫害されている!
まぁ、とっくに分かっている。分かっているとも。おかしいのは俺の方なんだと!
デューク・ジョンソン(仮名)、今年27歳。俺には温かい食事を食べる権利もありません。
ジャックの家に戻り吹っ切れてのたうち回っていると、当然ながら勝己に冷ややかな目で見られる。
〔(鳥獣戯画…?)〕
買い物袋を漁り、買ってきたローションのラベルを丁重に剥がしたのち口に含む勝己を見て、思わず動きを止めて制止に入る。
「やめお前何やってるやめろ」
〔そう慌てんなって、そんなに俺の口つけた酒が嫌かよ〕
コップに注いだと思えばジャックの書斎机にも置きやがった。そしてジャックもそれをノールックで飲みやがった。
「あ、あたまおかしい」
〔こいつに言われると滑稽だな〕
なぁ、先代のお偉いさんは、肉は駄目だが「酒」は階級に影響しないようにしたんだ。この意味がわかるか。と問われ、自分の父さんもやっぱり例に違わずアル中なんだな、と思うしかなかった。
『さあ、そろそろお遊戯も終わりだ』
『お前にはこれから「次期議長強化月間」を行う』
お前に次期議長になってもらうんだ。というジャックの迷いのない大きな瞳に見つめられると、自分の弱々しい心が見透かされてしまうのではないかと思った。
勝己が我関せずの顔でソファに持たれかけ途方に暮れていることが、自分の次期議長としての信頼性を表している。
『私は毎日朝刊で情勢のあらましを知り、情報局から個人的に送られてくる統計を見て、この国の法律と向き合っている』
『お前は情報局に何の情報を求める?』
既に自分でいっぱいいっぱいな男が、有象無象のために何の情報を求めるかなんて、想像に容易いはずがない。
第一分かったとて、読解力が乏しかった。
「出る、せい、なんたらってやつと」
『出生率か』
「正しい…"肉"」
『…』
何を求めているかなんて知ったかぶりだ。それらの文字列をかつての居場所で見つけただけなんだから。
ー
自分が幽閉されていた地下があった民家は、取り壊しの最中で瓦礫のオブジェが沢山床に転がっていた。
そこが政治犯のアジトだとしても、帰りたいと思う帰巣本能を否定することも、抑えることもしなかった。
こんなに穴だらけだったのなら、自分はすぐに逃げ出せたかもしれないし、外の世界に興味を持たずにはいられなかったかもしれない。少なくとも、10数年を孤独に過ごさなくたって良かったのに。
地下の小さなお仕置き用みたいな檻を見て、懐かしさと体だけ成長してしまったやるせなさを感じる。もう戻ろうとしてもここに入れる大きさではないのだ。
そういえば、檻はいつも鍵をつけられていなかった。だから、なんだ。もう考えないようにしよう。
檻の上に貼られた、かつて自分が穴が空くほど見ていた紙も変わらずそこにあった。「純食料(正肉換算)で求める1人当たりの平均供給数量」という文字の書かれた何か。
それを今見て思う。
食料って、正しい肉って、なんだ?
自分が追われていた理由を理解すればするほど、これまでの自分は恵まれていたのだと思わざるを得ない。
今いるのはアジト生活のように必ず毎日三食出ていた環境ではない。
この諸民族でぎゅうぎゅうになったボウルには、決まって表層に野菜で彩られたサラダが詰まっており、サラダで隠れて見えない下層に昆虫や魚介類がある。
土から成る作物を摂ることを草食、魚や昆虫食を肉食とし、前者は世の弱肉強食の理を超越した階級と呼ばれる『ブルジョワ』。後者は未だ本能から抜け出すことのできない穢れ多き獣『プロレタリア』と呼ばれた。それがこの国に定められた食事による階級制度である。
今この街を見渡しても、建物の上階で食事を嗜むブルジョワは決まって野菜と思われるヒラヒラしたものを食べ、工事をする大柄な動物は昆虫の詰まったビンを腰に携えている。
自分の知る限りでは出生に関わらず階級は選択制だが、そんな制度あるだけで効力のない常備薬のようなものだ。
「お前たちは肉を食べたいと思わないのか?好きなときに起きて、好きなときに好きなだけ好きなものを食べたいと」
[はははは。こいつイっちまってんな]
細っちい野菜を間食にしている輩に訴えかけても、まるで自分が異常者のような扱いをされる。これが肉を食った奴の末路というものか。
試しに周辺のやつの食生活を見てやろうと、目に入った本当に食べること以外はご法度のような食事処に入る。何でもいいと言うと差し出されたのは、野菜しかない「冷めた」シチュー。ここは冷めていようが早いのが売りなのか?
しかし隣の客のシチューを見ると湯気が立っている。
「ああすまん、気がつかなかった」「いい、いい、たかがシチューの温度ぐらい」
シチューを呷って一気に飲み干そうとする。あれ、このシチュー魚入ってたっけ。そう思うくらいには溜飲が下がらない。
居心地の悪いこの店から逃げ出したくて、端銭を机に置き去りにして去っていく。
おかしいおかしいおかしい。俺は間違いなくこの世界から迫害されている!
まぁ、とっくに分かっている。分かっているとも。おかしいのは俺の方なんだと!
デューク・ジョンソン(仮名)、今年27歳。俺には温かい食事を食べる権利もありません。
ジャックの家に戻り吹っ切れてのたうち回っていると、当然ながら勝己に冷ややかな目で見られる。
〔(鳥獣戯画…?)〕
買い物袋を漁り、買ってきたローションのラベルを丁重に剥がしたのち口に含む勝己を見て、思わず動きを止めて制止に入る。
「やめお前何やってるやめろ」
〔そう慌てんなって、そんなに俺の口つけた酒が嫌かよ〕
コップに注いだと思えばジャックの書斎机にも置きやがった。そしてジャックもそれをノールックで飲みやがった。
「あ、あたまおかしい」
〔こいつに言われると滑稽だな〕
なぁ、先代のお偉いさんは、肉は駄目だが「酒」は階級に影響しないようにしたんだ。この意味がわかるか。と問われ、自分の父さんもやっぱり例に違わずアル中なんだな、と思うしかなかった。
『さあ、そろそろお遊戯も終わりだ』
『お前にはこれから「次期議長強化月間」を行う』
お前に次期議長になってもらうんだ。というジャックの迷いのない大きな瞳に見つめられると、自分の弱々しい心が見透かされてしまうのではないかと思った。
勝己が我関せずの顔でソファに持たれかけ途方に暮れていることが、自分の次期議長としての信頼性を表している。
『私は毎日朝刊で情勢のあらましを知り、情報局から個人的に送られてくる統計を見て、この国の法律と向き合っている』
『お前は情報局に何の情報を求める?』
既に自分でいっぱいいっぱいな男が、有象無象のために何の情報を求めるかなんて、想像に容易いはずがない。
第一分かったとて、読解力が乏しかった。
「出る、せい、なんたらってやつと」
『出生率か』
「正しい…"肉"」
『…』
何を求めているかなんて知ったかぶりだ。それらの文字列をかつての居場所で見つけただけなんだから。
ー
自分が幽閉されていた地下があった民家は、取り壊しの最中で瓦礫のオブジェが沢山床に転がっていた。
そこが政治犯のアジトだとしても、帰りたいと思う帰巣本能を否定することも、抑えることもしなかった。
こんなに穴だらけだったのなら、自分はすぐに逃げ出せたかもしれないし、外の世界に興味を持たずにはいられなかったかもしれない。少なくとも、10数年を孤独に過ごさなくたって良かったのに。
地下の小さなお仕置き用みたいな檻を見て、懐かしさと体だけ成長してしまったやるせなさを感じる。もう戻ろうとしてもここに入れる大きさではないのだ。
そういえば、檻はいつも鍵をつけられていなかった。だから、なんだ。もう考えないようにしよう。
檻の上に貼られた、かつて自分が穴が空くほど見ていた紙も変わらずそこにあった。「純食料(正肉換算)で求める1人当たりの平均供給数量」という文字の書かれた何か。
それを今見て思う。
食料って、正しい肉って、なんだ?
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