死の商人

もも

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第一章「諸民族のサラダボウル」

第二話「夜霧」

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目覚めればそこは洋室で、起き上がることも目を擦ることも出来ないでいると、デュークはベッドに四肢を固定されていることに気づいた。

「ここは…」

『起きたか』

「俺は無罪なんだ!」「聞いてくれ!」

『物証は?』

腹を空かせたような狼はベッドの傍の椅子に座り、果物ナイフで器用に林檎の皮を剥いている。

首を痛めながら狼の顔を見ても、デュークが知る顔ではなかった。口を開けたときに牙を伸ばしているのが見える。

「お前…整容してないのか」

我が国は憲法で歯や爪、角が厚み5mm以下にならないようにする整容義務が定まれている。逃げようにもベッドで遣る瀬なく身を捩るしかできない。

『怖がってんの?』

「…」

核心を突かれて青ざめるデューク。

『てめぇのせいで、過失運転になって俺の車と人生に傷が付いたんだけど』『どうしてくれんだよ』

狼は椅子から立ち上がりデュークの顔を覗き込む。シーツに果物ナイフを置かれ、半ば脅しのような状況になっている。

『お前今いくら賞金かかってると思ってんの』『400万ウィート』『危うく400万を120万の愛車で轢くところだったぜ』

命の危機はなくとも身の安全が脅かされていることには変わりない。

「(万が一縛られた時の脱出法を試すしかない)」

自ら四肢をあり得ない方向に折って粉砕し、縄から足を外す。
異様な音に気づいた狼は逃げようとするデュークに覆い被さり、ベッドに縫い付け、捕食しようと牙のある口を開く。
シーツの上の果物ナイフを手に取るデューク。

二匹はしばらく動かなくなった。脱力した狼の身体が重くのし掛かると、ナイフを握る手に生温かい液が伝う。

彼が知る限りはこれが初めての殺害である。

デュークは四肢が使い物にならなくなりつつも、この場を後にしようと窓から身を乗り出した。
窓から下のごみ収集所が小さく見える。ここは二階建てのアパートであった。

下のごみ袋の山が柔らかいことを祈って、窓から全身を投げた。
偶然にも枯れ葉の袋がクッション材になり、無傷で落下することに成功する。

行く宛もないウサギは近くのレンガ造りのガス貯蓄所に寄りかかる。

〔ジャック〕

「ひっ」

〔この名前で呼ぶのは私だけだろう〕

そこにいたのは表情ひとつ変えない別の狼だった。

「グ、グレゴリウス…」

グレゴリウスが口の中を見せるように下を向くと眼光が見え、狼の着ぐるみを着ていると分かる。
デュークが尻餅をつく。

〔オスに二言はなしだろう〕〔私の元へ帰っておいで、ジャック〕

「…」

眼前に迫るグレゴリウス。

「その」

尻餅をつきながら片手を上げ、グレゴリウスの手に持たれている銃を指差す。

〔これかい?〕〔危ないから、強く握ってはいけないよ〕

床に投げられた銃を拾う。躊躇いなく銃口をグレゴリウスの方へ構える。

〔ジャック…それは玩具じゃないんだよ?〕

両手を広げるグレゴリウスの背後の火気厳禁の張り紙が目に入り、デュークは銃をおろして駆け出した。

「どおりでガス臭いと思った!」

ガス貯蓄所を離れ通路へ千鳥足で駆け抜ける。追いかけられていないか確認しようにも、後ろを振り替える余裕もなかった。
暫くして道に倒れ込む形で後ろを向く。グレゴリウスが自分以外と話す所を見たことがないデュークは、誰もいない通路を見て幻を見たかのような気分に襲われた。

気づくと街に霧が濃く立ち込めており、視界と共に意識も霞んでいった。
路頭に迷うデュークは、目先にobed食事と描かれた荷台を見つけお腹をさする。
より近づくと先客が見えたが、霧で姿はよく見えない。

[鯛を売った金でエビを買うやつなんてあんたぐらいだよ]

『富裕層は金の使い方に困らないのさ』

デュークは「富裕層」という言葉を聞いて立ち去ろうとする。

『おい』

背後から声がする。
振り替えるとそこには暗闇の中の葉巻の火だけが見えた。

『言っておくが』『私は護身用品やら弾薬しか買わないのでね』

日が出てきて微かに霧が晴れていく。毛針の形状を捉えてハリネズミと認識した次に、その正体が会食にいたハリネズミであり、二代目自然委員会議議長である「ジャック・フォン・ヨハンソン」であることを覚った。

『一服どうだ』

「吸ったことがない」

ジャックは溜息をつく。デュークは齢25を超えているし、そこそこ荒くれ者として育ってきたと思っていたからだ。

「お前は社交性を身につけなさい」

デュークにもう一本の葉巻を渡し、マッチで火をつける。
まだ薄暗い黎明の街に二つの小さな明かりが灯る。

デュークはジャックの真似をして吸ってみせると、煙で見事に噎せた。

『お前がケージ牢獄にいる間に肉食動物による抵抗運動が起こった』「それ以来草食との間に軋轢が生じている」「その名もフライシュナハト食肉の夜

1956年3月10日未明に各地で発生したプロレタリアートによるブルジョワジーの殺害。追い剥ぎ、食肉が相次いだと言う。

『日時でわかる通り、『ゴリウス事件』が触発した事件だろう』

細道に日が差してくる。

『3月10日、及び2月29日は厄日だ』
『その日は必ずコンクレンツィア食うか食われるかの競争が起こる』
『周期的な満月が狼を凶暴化させると言うように、何らかの集団が裏でスィズエド集会を開いているに違いない』

デュークは葉巻をシャボン玉で遊ぶかのように持ちながら、いい加減に知識人の話を聞いていた。

『2+2は』

「…5!」「これがどうしたんだよ」

『パンがしばらく食べられないってことさ』

ジャックが葉巻の火を消す。

「どうして俺を早く探さなかった」

グレゴリウスに監禁されていた幼少期からケージ牢獄に入れられていた青年期、現在に至るまで長年思い続けていた疑念だった。

いや、かといって世間で俺が何と呼ばれていたかはまざまざと知っている。毎朝唯一自分に渡される情報源だった、まだインクの滲む「新聞」にこう書かれていた。
〔売国奴の息子、ようやくアジトから巣立ちする〕

背を向けながら片手を掲げるジャック。

『やはり家で口直しするに限る』

ジャックはその場を去り、1匹になる。
デュークは最後の晩餐を不味い煙にするまいと、憚ることなく彼の跡をつけていった
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