ーwaterー

あざまる

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第1章 ーオー・レーモンと隣国ー

スピカ峡谷

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「そうね、ルスティカーナ帝国に向かうのならスピカ峡谷を通るべきだわ。」
アンドレアがそう提案した。
ルスティカーナ帝国は大きな山の反面にあり、その逆の反面側にスピカ峡谷がある。
つまり、スピカ峡谷の裏側へ行けばここから最短距離でルスティカーナ帝国に到着できる、ということだった。
私もなんとなくだがその事は知っていたのでなるほど、分かったわ、と返事をした。
「スピカ峡谷にいくには船は使わなそうだな。」
「陸を伝って行った方が早いわ。」
バラードが何かをはっと思い出したようにアンドレアに言う。
「おいお前、この森の時期長なんだろ?俺達と一緒に行っていいのかよ?」
「ええ、その事なら問題ないわ。」
それは、アンドレアが私達と共に旅をする事を決めた夜のことだったそうだ。

「おばあちゃん、入るわね。」
長は昼間と同様、ツリーハウスの中で1人蝋燭を何本か立て、佇んでいた。
「……おや、アンドレアかい。何か用かね?」
長の優しい声色がツリーハウスの中に響く。
「あのね、私……」
「旅に出るのであろう?」
間髪入れずに私の行動を読む長にひどく驚く。その様子は、先程サリアの謝罪を遮った私のようだった。
長は天上に設けられた開閉式の窓の外に輝く満月を見上げた。
その月は、ルスティカーナ帝国の王族が突然この森に現れた時のような不気味なほど青白く輝いているものだった。
いいかねアンドレア、これからわしの呟くことはただの独り言だからねえ、何も言わなくていいのだからね、と前置きをしてから、月を見つめたまま言葉を紡ぐ。
「あの銀髪の娘はねえ、きっとエルザなのねえ。……何らかの魔力か大いなる力により歪められてしまった姿なのだと、わしは思うのだね……。」
長が言うことはサリアのカミングアウトと全く一致していた。
「そして…… ……娘の目は勇気と愛情に満ちていたねえ……。」
私はサリアの目の色を思い出す。
くすみの無いグリーン、嘘のない瞳ーそれは長の表現した勇気と愛情という言葉がやけにしっくりきた。
「娘の隣にいた男もまた、似たような色をしていたねえ。……でも少し違ったね……娘とは少し違う色をしていた。あれは自身の主を愛している目だったね…… ……そして、アンドレア。」
長は満月から目を逸らし細く穏やかな瞳をこちらに向けた。
「お前も今、そんな目をしているねえ。」
「!!!!」
私は心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。
「行きなさい、アンドレア。その目は、一度その色に染まってしまうとなかなか色落ちはしないもんだからねえ。」
長は愉快そうにふはは、と笑った。
「…… ……でもね、おばあちゃん……」
「ほれ何を躊躇っている、アンドレア。なにも気にする事はないからねえ。わしが死んだ後の長の座のことなら心配は要らないからねえ。」
どうして心配が要らないのか、私はすぐには思いつかなかった。
「…… もしかして、アニー……?」
私は5歳の妹のアニーの名を口にした。
長はゆっくりと頷く。
「わしが死ぬ前に、お前のような立派な護術士に育て上げるから、心配要らないよ、アンドレア。」
最後におばあちゃんは私に行ってきなさい、と言った。
私は行ってくるわ、涙声を押し殺しながらそう言って振り返らずにツリーハウスを出た。
さすがに私でも、ここまで本当のことを彼らに明かすのは恥ずかしかったので、2人には短く「妹が跡を継ぐそうよ」とだけ伝えた。
きっと、バラード、彼はサリアのことを本当に慕っているのだと思う。
私ももっと2人のことが知りたいと思った。
私の主であるサリア。姉のために人生を掛ける彼女の姿に、私も彼と同様心を打たれてしまったようだ。

3人で、肩を並べて歩く。
「そう言えば、スピカ峡谷ってどういうことろなのかしら。」
「元々の先住民はいないらしくて、今は移民どうしが寄り集まってできた街なんだってよ。俺もあんまり知らねえけど。」
「うーん、ちょっと違うわね、バラード。正確には実際にあの谷には先住民族がいたはずよ……もうきっと全員奴隷狩りにあってしまったのだろうけど。」
アンドレアとバラードもバツが悪そうに顔を顰める。
奴隷狩りー聞くだけでも目眩がしそうな単語だった。
「それってまさか……?」
「そう、ルスティカーナ帝国よ。」
アンドレアは呆れと怒りを込めた複雑な声でそう言った。
「あの国はなぁ……なんだか、考えるだけで嫌気がさすぜ……。」
バラードが雑に自分の髪をガシガシと掻く。
「そう言えば、アンドレア。先日の北の森に不法侵入者がいたって話、少し詳しく聞かせて欲しいわ。」
例の話は冒頭を少し聞いただけで、詳しくは知らなかった。
私の考える可能性はー黒いエルザ。
何かが、関係していると思った。
「あぁ、その不法侵入者ってね、ルスティカーナ帝国の王族だったのよ。」
「え?」
それは、アンドレアが嘘をつかないエルザだからとは言っても、にわかには信じられない真実だった。
「おいおい、冗談か勘違いだろ?普通に考えて、あのエレナ帝王が間違ってもそんなことするはずねえって。」
これはきっと、実際にルスティカーナ帝国に住んでいたバラードが1番身に染みてわかっている事なのだろう。
私も少し交流してわかった事だが、あの帝王はミスをミスと認めない、完全完璧主義のエルザだ。
そんなことはしないだろう、と私も思った。
「私も最初は帝王の姿に化けた陳腐な魔術師かと思っていたの。でも、王族からかんじられるのはただらぬ本物の魔力。弱い者なんて、一人もいなかった。」
アンドレアは、あ、と呟いた。
「その日はちょうど、貴方の誕生祭の日だったわよ。」
頭の中に全ての情報が駆けずり込んできた。
やっと繋がった、ピース。
黒いエルザによって襲撃された王宮ー国民は何者かの魔力によって強制的に深い眠りにつかされ、各国の来賓はー
「……転送魔法陣で、国外へ飛ばされた…… ……」
きっと、その飛ばされた場所がたまたま北の森内部だったのだろう。それでは他の来賓達もー?
「……!?……?!?!」
そう考えがまとまった時、私はとても恐ろしい事実が突きつけられていることに遅れて気がついた。
脚の力が抜け、その場に崩れた。
「お、おい?!サリア大丈夫かよ?!」
バラードはまたいつかのようにがっしりとした腕で私を支えた。
「駄目だわ…… ……もっと、もっと強くならなきゃ……今とは、比べ物にならないくらい……!」
とてつもない広大な範囲にかけた人を眠らせる魔力と同時にーあの『操作困難』と言われてきた転送魔法を自在に操ることが出来る魔術師がいるのだとしたら……。
今の私達では、到底勝てそうになかった。
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