ロックスター⭐︎かく語りき

平明神

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eruption

introduction

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  あの日の不思議な体験の話をしよう。

 俺───不夜城弦輝と三日月聖、そして天野清音の三人は、いわゆる幼馴染という間柄だ。
 特にご近所さんという訳でもなかったが、親同士の仲が良いために、幼い頃から何かと一緒に遊ぶ機会が多かった。

 その日は家族ぐるみで遠方の高原にキャンプに来ていた。
    テントを張って定番のカレーを作って(もちろんほとんどは大人たちがやって、俺たち子供は手伝っていたつもりで邪魔をしていたのかもしれない)、食事までの時間、何をして遊ぼうかという話になった。
 小学生の一年生が三人だ。携帯ゲーム機はキャンプに相応しくないという理由で取り上げられた俺たちは、探検しようかという話になった。
 言い出しっぺは聖だ。
 実はテントの設営中からチラチラと近くの雑木林に目を遣っているのを俺は気づいていた。
    同級生の女子の中でも群を抜いて行動力のある聖は、こんな時はいつも俺たちの先頭に立って行動する。
 続いて俺、そして大人しい清音という順番になる。
 雑木林までは約二百メートル。
 危ないからあまり遠くへ行ってはいけません、という大人たちの目を盗んで、俺たち三人は一目散に駆け出した。
 三十分ほど雑木林の中を歩いたところで、もう帰ろうかというムードになりつつあった。
 林のどこかからパキッという音がしたり、鳥の羽ばたきのような音がしたりするたび、「ひゃっ」とか「ううっ」とか、小さく悲鳴じみた声を上げる。
     最初は痩せ我慢をして進んでいたが、歩いてきた距離に反比例して速度が遅くなる。いつものパターンだ。
 辺りが暗くなりはじめた。ただでさえ人の手の入っていない鬱蒼とした雑木林の中だ。闇は忍び込みやすい。
 そろそろ潮時だ。いくら小学一年生当時の俺だって、そのくらいの分別はある。

「ジリ、そろそろ戻ろうぜ」

 幾度か同じ台詞を俺は言ったが、「まだ早いよ」とか「なに。ゲンってばビビってる?」とかうそぶいていた聖も、十回目くらいで「そ、そうだね。ゲンがそこまで言うなら……」とあくまで自分から負けを認めないながらも、賛成した。
 しかし思い返せば確かに俺も、言い知れぬ不安やら恐怖のようなものを感じ取っていたのだろう。
「フフフ」と列の最後尾から小さな笑い声が聞こえてきた。
 闇に塗れつつある林の中で、それは「畏れ」を退ける鈴の音のように、静かに俺の中に染み渡った。
 清音だ。

「そうね。私もお腹が空いたし、帰りましょう。ジリちゃん」

 天野清音という少女は、この当時から他人に対して気遣いのできる娘だった。まぁこの時は多少は清音自身も空腹を感じていたのかもしれない。しかし、この台詞は間違いなく聖への帰る口実を与える援護射撃だった。
 ほとんど自己中心的な発言やわがままを言わず、控えめな態度で微笑む可憐な少女であり続けた─── 15歳であんな事件に巻き込まれるまでは。

「そうだよね、清音ちゃん! よし。カレーがアタシたちを待っている」

 そう言って負けず嫌いの聖が体を反転させた時、異変は起こった。

「……ねぇ、あれ見て二人とも」

 最初に気づいたのは清音だった。
 彼女の小さな指先が示した先には、仄かな光が瞬いていた。
 距離にして約10メートル。エメラルドグリーンとシルキーホワイトを混ぜたような光が、時に大きく、時に小さくなり収縮を繰り返し存在していた。
 ただし、その時俺たち三人に見えていたのはその燐光の暈の部分だけで、肝心の光源───光の中の中心部───は俺の胸の丈ほどの茂みに阻まれて見えなかった。
 正直、俺はその幻想的な光景に心を奪われていた。
 何秒……いや何分見入っていたかは覚えていないが、俺を正気に戻したのは右の袖をギュッと引いた感触だった。
 振り返ると、聖がいつの間にやら俺の右(しかもやや背中に隠れるようにして)立って、不安に眉根を寄せていた。

「きれい……」

 俺の左側では、清音が夢見るような表情をしていた。

「なんだろ、アレ」

 聖が俺に訊いてくるが、そんなこと俺が教えて欲しいくらいだ。

「ジリも清音もここで待ってろ。ちょっと見てくる」

「え!? あ、危ないよゲン。やめた方がいいよ。ね、清音ちゃん」

「うん。……でも、止めてもゲンちゃん行っちゃうんでしょ?」

「おう。危ないかもしれないから、二人ともちょっと待っててくれ」

 恐怖心や不安などよりも、興味や好奇心の方が勝った。いや、その光がそれらの感情を消したのだろうか。たぶん、そうだ。
 考えてみれば、未知への恐怖を吹き飛ばすような暖かさを感じさせる不思議な発光体なのだ。怪しさ満点だ。
     聖の忠告を素直に受け止めてすぐに回れ右してキャンプに帰っていれば、俺たちの運命も随分と変わっていたかもしれない。

「ゲンちゃんが行くなら私も行くよ」

「⁉︎  清音ちゃん、ちょっと……」

 当然のように俺の後を附いてくる清音と、置いてけぼりはごめんとばかりに必死に歩き出した聖。
 茂みを掻き分けようとしたが枝が硬く、俺一人では歯が立たない。三人で協力して何とか茂みを抜けると、眼前には信じられない光景が在った。
 呆然とそれを見ている俺たち。
 口火を切ったのはやはり聖だった。

「何だろう、アレ」

 つい先ほども同じ質問をされた。前回は全容がわからないので聞こえないふりをしたが、その光源であるそれを視ても正確な答えは見つからなかった。
 強いていうならば、

「妖精?」

 小学一年生の少ないボキャブラリーの中では、そうとしか形容しようがなかったが、尋常ならざる存在だという認識は拭いさることが出来なかった。
 光球は強弱の発光をまるで胎動のように繰り返しながら、地表から少しだけ宙に浮いていた。
 光球の中には人形のような『何か』がいた。まるで波間にたゆたうように、四肢を投げ出した体勢で。
 最初は発光機能の付いた人形を木の枝から吊り下げているのかと思った。
 しかし近づいてよく観察してみると、吊り下げられている筈の糸などが見当たらない。しかも人形(?)の体は薄く透け通っていて、微かに後ろの風景が見えていた。さらに信じられない事に、胸部が上下動していた。

「呼吸しているのかな?」

 清音も同じことに気づいたようだ。

「っていうことはやっぱり……生き物?」

 容姿はまるきり人間の女性そのものだった。衣類は全く身につけておらず、全裸だった。
 凝視していた俺を、左右にいた清音と聖が白い眼で視ていたのは記憶違いであってほしい。
 とにかく、大人の女性そのものだった。授業で使う三十センチ定規の半分くらいの大きさと、ウェーブのかかったライトグリーンの髪の毛。スルーセントの肢体。なにより宙に浮いているという奇想天外な点を除いては……。
 あまりにも不可思議な光景に、もっと顔を近づけようとしたら───

 やおらに、妖精(仮)の瞼が開いた。

 妖精(仮)は頭をぐるりと巡らし、俺たち三人を見た。
 認識していた。明らかに意思のようなもの、またはどの程度かは分からないが、知能を感じさせる瞳だった。
 続いて光る小人は、緩やかに俺たちの目線の高さまで上昇し、清音、俺、聖の前まで順に移動。やがて少し距離をとって浮遊しつつ、何かしら考えるような素振りを見せた。
 その間俺たち三人は口を動かすことはおろか、瞬きひとつできなかった。
 しばらく立ち尽くしている俺たちを『観察』していた小人は一つ頷くと、やにわに大きく手を広げた。
 そしてそれは起こった。
 妖精らしきものを包み込んでいた光が、ひときわ大きな輝きを放ち、周囲を、俺の視界全てを光で覆い尽くした。
 光の奔流に俺の体が呑み込まれる時、その光は俺の体を通り抜けた気がした。
 あまりの眩しさに眼を閉じ、再び瞼を開いたときには全てが終わっていた。
 音はなかった。小人が移動するときも、光が爆ぜたときも、全くの無音の中で行われた。
 林の中は静寂で包まれていた。やがて思い出したかのように、野鳥の鳴き声や葉擦れの音が戻ってきていた。
 辺りはすっかり闇の中だった。

「帰らなきゃ……」

 誰かが言った。もしかしたらつぶやいたのは俺だったかもしれない。



 その後のことはよく憶えていない。
 念のため持っていた懐中電灯を頼りにテントまで戻ると、当然親たちに烈火のごとく怒られた。 
 しかし、林の中での不思議な出来事については、俺も清音も聖も決して口外しなかった。これは三人だけの秘密だ。口にしなくても俺たちはそう思っていたし、奇妙なことに、あんな爆発のようなはげしい光を大人たちは気づいていないようだった。

―――――――――――――――――――――

 それからしばらくは、三人で会うたびにあの時の不思議な『冒険』の話で盛り上がった。
 ただそれも、小学校の中等年になるくらいまでだった。

    少しずつ話題から風化していき、そして俺は忘れていった。

──────to be continued

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