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脱獄

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静寂が部屋の中を支配していた。硝煙に反応して空気清浄システムが作動し始める。ビービーという無機質な機械音だけが部屋の中に響く。幾分か経った後に、部屋の煙が換気口から抜けていくと、そこには男たちの死体が転がっていた。ある者は体の一部を引き裂かれており、また別の者は顔面を踏みつぶされていた。また、青年は拘束具が取り付けられて垂直に立たされていたまま、首を前のめりに垂れていた。彼の身体の至る所には無数の弾痕が刻まれており、夥しい量の出血が見て取れた。そんな静寂な空間で、白衣を着た金髪の一人の男が咳込みながら立ち上がる。

「いやー。間一髪だったわ。あと1秒遅れてたら蜂の巣だった」

男は独り言を漏らしながら、拘束具に取り付けられている青年の前に立つ。

「うわー。僕の身体、めちゃくちゃにされてるじゃん。結構気に入っていたのに。でも、この金髪の男の身体も馴染むし、まあいいか」

そういうと、ミズハはかつての自分の身体の弾痕に触れて、傷の度合いを確める。

「もうだめそうだな。まあ、そろそろリミットが来てたし、残念だけどこの身体ともおさらばしますか」

踏ん切りがついたところで、かつての自分の身体に背を向けて、ミズハは部屋の入口に向かう。スキップをしながら歩いていくミズハの足が何かにつまずく。彼は目を向けると、右足が男の手に掴まれていた。その手は弱々しく、もはやミズハが振りほどくのに造作もいらないほどだった。しかし、ミズハはそうすることはせず、足を止めてその手の主に向き直り声をかける。

「ナルクサ様。まだご存命だったんですね。僕思い切り、突き刺したんですけど」

「フ、、、フォ。な、生意気なこと、、、ぬかしおる、わ。こ、、ち、、とら呼、、吸するのがやっ、、とじゃわ」

ナルクサは、吐血しながら言葉を漏らす。死神に見初められた老人は、それでも言葉を紡ぐ。

「お主、何、、が目的、、、じゃ?」

「ナルクサ様、僕は、世界を変えたいんですよ。自分の手でね」

そう言って、金髪の男はナルクサの前にかがみこむと、笑顔になった。

「この、、悪、、」

ナルクサは最後の言葉をすべて口にすることなく息絶えた。その姿を確認すると、ミズハは自身の足を掴んでいる手を優しくほどき、今死に絶えた男たちに向かって両手を合わせて頭を下げる。一通りお祈りを済ませると、他の死に絶えた男たちにも優しく触れた後に、ミズハは入口から通用口に出た。通用口は一本道になっており、両側に等間隔で松明が掲げられているため、歩くのには困らなかった。ほのかな光源が照らす道を100メートルほど進んだ。十字路になっている部分に差し掛かったときに、けたたましくサイレンが鳴り響いた。彼は歩みを止めて、サイレンに耳を傾ける。

「緊急事態発生、緊急事態発生。被験者番号10423が脱走した模様。繰り返す。被験者番号10423が脱走した模様。既に、当職員に転移した形跡が見られるため、疑いがある者を見つけた場合には射殺せよ。また、容疑者がカプセルを所持している場合にとざされて、カプセルの回収を最優先に努めよ」

サイレンを聞いたミズハは、笑顔を浮かべて呟く。

「そう言えば、傷跡消すの忘れてきちゃった。でも、これもまたスリルがあっていいか」

ミズハは、白衣のポケットからカプセルを持ち出す。

「1、2、3、個か。一人3個まで所有しているわけだね。そう言えば、ナルクサ様も、一人2、3回使ったら廃人コースになるみたいなこと言っていたっけ」

カプセルを再び白衣のポケットの中に戻すと、十字路のうち来た道ともう一つの道を除く2つの道がシャッターで閉ざされていた。

「色々考えているうちに、逃げ道塞がれちゃっているよ」

独り言をつぶやきながらも、彼はワクワクを止めることが出来なかった。そして、彼は十字路のうち未だシャッターが下りていない方の道を軽快な足取りで進み始めた。それが明らかな罠だと知りながら。




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