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1サビ(Amane)
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「それで、全員集まったけどこれから何
するんや?」
四人がけの席に移動した俺達はそれぞ
れ違う味のパスタを頼んだ。注文を取っ
てくれたウエイトレスが厨房に向かって
いったタイミングでさっそく本題に入ろ
うとした。
「そう焦んなや。まずは俺と真琴が天音
ちゃんと親睦を深めるのが先やろ。」
おい、さらっと呼び捨てにしたが天音
が名前呼びを許したのは多分雛森に対し
てだけであってそこにお前は含まれてな
いと思うぞ。
当の天音はというと、グラスの中の氷
にストローで息を吹きかけて、あれは多
分穴を開けようとしているのだろう。光
也の名前呼びには全くの無関心だった。
「天音って日比谷くんとは幼馴染なんだ
よね?」
その様子を退屈していると取ったの
か、雛森は天音に唐突なパスを回した。
「うん・・・っていうか元カレ?」
そしてあろうことか天音はそのパスか
ら丸腰の俺に向かって見事なボレーシュ
ートを決めてみせた。
一瞬時が止まったかと思った。氷を貫
通させた天音の息がスーッと涼しい音を
立て始める。自分の口が開きっぱなしに
なっているのに気付き、唇を噛みしめる
と、今度は妙な視線が俺に集まってくる
のを感じた。
「昔の話や、今は関係ない。」
本当にもう昔の話。
天音をここに連れて来たのは元カノとよ
りを戻そうとかそんな不順な理由じゃな
くて、ただ純粋にキーボーディストとし
て起用したいと思えたのが彼女だっただ
けなのだ。
「賢一、俺そんな話聞いてへんぞ。」
テーブルに身を乗り出した光也が驚愕
の眼差しで俺を見ていた。
まあそんなことを真剣に話したところ
で、みんなの目には元カレのあがきにし
か見えないだろう。だったらいっそ黙っ
ていようと思っただけのことだ。
「言ったらややこしくなるやろ。」
「ああ、ややこしなってるで、今。」
光也の隣にいる雛森なんて白い眼をし
ていた。俺はその流れで真横の天音を睨
んだ。なぜか言った本人の天音だけが一
人置いてかれたような素っ頓狂な顔をし
ていた。
ああ、天音は知らないのだ。バンド内
においての色恋沙汰が解散を招くほど危
険性を秘めているということを。
「天音、今からピアノ弾けるか?」
天音が振り向く。首を横に傾け目をパ
チクリさせた。
「ピアノがあるんなら弾けるけど・・・
なんで?」
「理由は後や。とりあえずそこにあるオ
ルガン借りて、なんでもいいから一曲弾
いてくれ、頼むから。」
このままだと、二人の視線が俺の顔に風
穴を空けそうだ。ソファー席の奥側に座
っていた俺は、通路側に座る天音を押し
出しながら自分も通路に立った。
「ちょっと店員に許可取ってくる。」
光也と雛森の呆れ顔を見ないように、
遠い目をしながらカウンターの方へ歩き
始めた。店長っぽい女性スタッフを見つ
けて、何の躊躇いもなく声をかけた自分
の行動力に、自分でも驚いた。
『店内BGMを切って、代わりに自分の
友だちのピアノライブを始めさせて欲し
い。』
そんな、営業妨害と言われてもおかし
くないようなことを、今の俺は平気な顔
をして言っているのだから。
いや、厳密に言うと俺は平気な顔など
していなかった。焦りまくって、さぞ見
苦しい表情をしていたことだろう。
とはいえ、今の状況って、ただ『バン
ドメンバーの一人と昔付き合っていたこ
とが他のメンバーにバレた』というだけ
で、それは別に罪に問われるようなこと
でもない。最悪、バンドが解散になるく
らいの事。
でも、まさに俺が怖かったのはそれだ
った。ようやくメンバーが揃って、やっ
とバンド活動が出来る。今までいろんな
物に手を付けては放しを繰り返してきた
俺だが、フラフラするのはもうやめて、
もうこの一本道に賭けてやろうと、どこ
かで思っていたのかもしれない。
だからどうしても手放したくなかっ
た。少し大げさな口ぶりかもしれない
が、それくらいの衝動でなきゃ、素人が
何の前触れもなく、喫茶店でゲリラライ
ブ(演奏するのは俺じゃないが)の許可
取りを始めるなんて暴挙には出ないだろ
う。
まあ、そんな店の利益どころか営業妨
害にもなり得る提案を快く受け入れるほ
ど、考えなしの経営者もいない。「あの
オルガンは飾りです。」の一言で俺は追
い返された。
メンバーのもとへ戻る足取りが重い。
戻って、なんて言い訳すれば良いんだろ
う。
ソファーに座ったら全てが終わる。そ
んな予感から、次第に自分の歩幅が狭く
なっていくのが分かった。
いまさら寄りを戻す気なんてない。
俺が天音をバンドに誘ったのは、ただ
純粋に、ピアニストとしての才能に可能
性を感じたからだ。
それを今ここで証明してやろうと思っ
たが、どうやらそれは叶わないみたい
だ。
俺の牛歩ももう限界みたいだ。もうす
ぐ席に着く。
分かってもらえないかもしれないが、
言えることは言っておこう。そして、も
ういっそ、天音の居場所だけでも残して
やろう。そう決心した矢先だった・・・
慌てて取り乱した俺を皮肉るように、
忙しなく弾む鍵盤の音が聴こえてきた。
事の発端はあんただというのに、まるで
他人事を遠くから笑っているかのような
能天気な演奏。
そうだった、寿天音とはそういう奴だ
った。許可取りなんて必要なかった。そ
んなことをしなくても、彼女なら何の躊
躇いもなく軽くやってみせる。
俺がソファーに座る頃には、光也も雛
森も、もう俺とのことはすっかり忘れ
て、もはや俺が戻ってきたことすら気づ
いていないようで、ソファーの背もたれ
から身を乗り出して、部屋の奥で不思議
な音を奏でる少年みたいな少女に夢中に
なっていた。
いや、二人だけじゃない。あたりを見
渡すと、この店にいる客はみんな、揃っ
て同じ方向を見ていた。そういえば、い
つの間にか店内BGMの音もしなくなっ
ている。
つい口元が緩む。
なあ、天音。よりにもよって、なんで
その曲なん?
だって、その曲って・・・
するんや?」
四人がけの席に移動した俺達はそれぞ
れ違う味のパスタを頼んだ。注文を取っ
てくれたウエイトレスが厨房に向かって
いったタイミングでさっそく本題に入ろ
うとした。
「そう焦んなや。まずは俺と真琴が天音
ちゃんと親睦を深めるのが先やろ。」
おい、さらっと呼び捨てにしたが天音
が名前呼びを許したのは多分雛森に対し
てだけであってそこにお前は含まれてな
いと思うぞ。
当の天音はというと、グラスの中の氷
にストローで息を吹きかけて、あれは多
分穴を開けようとしているのだろう。光
也の名前呼びには全くの無関心だった。
「天音って日比谷くんとは幼馴染なんだ
よね?」
その様子を退屈していると取ったの
か、雛森は天音に唐突なパスを回した。
「うん・・・っていうか元カレ?」
そしてあろうことか天音はそのパスか
ら丸腰の俺に向かって見事なボレーシュ
ートを決めてみせた。
一瞬時が止まったかと思った。氷を貫
通させた天音の息がスーッと涼しい音を
立て始める。自分の口が開きっぱなしに
なっているのに気付き、唇を噛みしめる
と、今度は妙な視線が俺に集まってくる
のを感じた。
「昔の話や、今は関係ない。」
本当にもう昔の話。
天音をここに連れて来たのは元カノとよ
りを戻そうとかそんな不順な理由じゃな
くて、ただ純粋にキーボーディストとし
て起用したいと思えたのが彼女だっただ
けなのだ。
「賢一、俺そんな話聞いてへんぞ。」
テーブルに身を乗り出した光也が驚愕
の眼差しで俺を見ていた。
まあそんなことを真剣に話したところ
で、みんなの目には元カレのあがきにし
か見えないだろう。だったらいっそ黙っ
ていようと思っただけのことだ。
「言ったらややこしくなるやろ。」
「ああ、ややこしなってるで、今。」
光也の隣にいる雛森なんて白い眼をし
ていた。俺はその流れで真横の天音を睨
んだ。なぜか言った本人の天音だけが一
人置いてかれたような素っ頓狂な顔をし
ていた。
ああ、天音は知らないのだ。バンド内
においての色恋沙汰が解散を招くほど危
険性を秘めているということを。
「天音、今からピアノ弾けるか?」
天音が振り向く。首を横に傾け目をパ
チクリさせた。
「ピアノがあるんなら弾けるけど・・・
なんで?」
「理由は後や。とりあえずそこにあるオ
ルガン借りて、なんでもいいから一曲弾
いてくれ、頼むから。」
このままだと、二人の視線が俺の顔に風
穴を空けそうだ。ソファー席の奥側に座
っていた俺は、通路側に座る天音を押し
出しながら自分も通路に立った。
「ちょっと店員に許可取ってくる。」
光也と雛森の呆れ顔を見ないように、
遠い目をしながらカウンターの方へ歩き
始めた。店長っぽい女性スタッフを見つ
けて、何の躊躇いもなく声をかけた自分
の行動力に、自分でも驚いた。
『店内BGMを切って、代わりに自分の
友だちのピアノライブを始めさせて欲し
い。』
そんな、営業妨害と言われてもおかし
くないようなことを、今の俺は平気な顔
をして言っているのだから。
いや、厳密に言うと俺は平気な顔など
していなかった。焦りまくって、さぞ見
苦しい表情をしていたことだろう。
とはいえ、今の状況って、ただ『バン
ドメンバーの一人と昔付き合っていたこ
とが他のメンバーにバレた』というだけ
で、それは別に罪に問われるようなこと
でもない。最悪、バンドが解散になるく
らいの事。
でも、まさに俺が怖かったのはそれだ
った。ようやくメンバーが揃って、やっ
とバンド活動が出来る。今までいろんな
物に手を付けては放しを繰り返してきた
俺だが、フラフラするのはもうやめて、
もうこの一本道に賭けてやろうと、どこ
かで思っていたのかもしれない。
だからどうしても手放したくなかっ
た。少し大げさな口ぶりかもしれない
が、それくらいの衝動でなきゃ、素人が
何の前触れもなく、喫茶店でゲリラライ
ブ(演奏するのは俺じゃないが)の許可
取りを始めるなんて暴挙には出ないだろ
う。
まあ、そんな店の利益どころか営業妨
害にもなり得る提案を快く受け入れるほ
ど、考えなしの経営者もいない。「あの
オルガンは飾りです。」の一言で俺は追
い返された。
メンバーのもとへ戻る足取りが重い。
戻って、なんて言い訳すれば良いんだろ
う。
ソファーに座ったら全てが終わる。そ
んな予感から、次第に自分の歩幅が狭く
なっていくのが分かった。
いまさら寄りを戻す気なんてない。
俺が天音をバンドに誘ったのは、ただ
純粋に、ピアニストとしての才能に可能
性を感じたからだ。
それを今ここで証明してやろうと思っ
たが、どうやらそれは叶わないみたい
だ。
俺の牛歩ももう限界みたいだ。もうす
ぐ席に着く。
分かってもらえないかもしれないが、
言えることは言っておこう。そして、も
ういっそ、天音の居場所だけでも残して
やろう。そう決心した矢先だった・・・
慌てて取り乱した俺を皮肉るように、
忙しなく弾む鍵盤の音が聴こえてきた。
事の発端はあんただというのに、まるで
他人事を遠くから笑っているかのような
能天気な演奏。
そうだった、寿天音とはそういう奴だ
った。許可取りなんて必要なかった。そ
んなことをしなくても、彼女なら何の躊
躇いもなく軽くやってみせる。
俺がソファーに座る頃には、光也も雛
森も、もう俺とのことはすっかり忘れ
て、もはや俺が戻ってきたことすら気づ
いていないようで、ソファーの背もたれ
から身を乗り出して、部屋の奥で不思議
な音を奏でる少年みたいな少女に夢中に
なっていた。
いや、二人だけじゃない。あたりを見
渡すと、この店にいる客はみんな、揃っ
て同じ方向を見ていた。そういえば、い
つの間にか店内BGMの音もしなくなっ
ている。
つい口元が緩む。
なあ、天音。よりにもよって、なんで
その曲なん?
だって、その曲って・・・
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