眠る騎士は眠り姫たちのキスで目を覚ます。1

三宅 大和

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ホームルームの最中、俺はあることだけを考えていた。無論アシアのことである。
アシアとはもうしばらく会えないと思っていただけに、同じ学校に通っていると知った時の衝撃は強かった。しかも、こちらではアシアは同級生ではなく、一つ上の先輩にあたるらしい。
しかし、それが問題だ。二年生との面識が無い俺が、二年の教室に入って、こっちでなんと呼ばれているのかも分からない先輩を探すわけだから。
せめて名前だけでも分かれば良いのだが・・・
いや、待てよ。名前が分からないなら聞けばいいじゃないか。先生に。
とにかく、これが終わったらもう一度さっきの実習教室へ言ってみよう。運が良ければ誰か先生がいるかもしれない。それに、その隣の教室は絵画部の部室でもある。油絵が飾られていたんだし、絵画部で会えるかもしれない。
でも、いたとしてどうする?この場合俺は、どのように名前を聞き出せば良いのだろうか。『あの人、なんて名前なんですか?』じゃ、不自然だ。もっと自然な感じで、先生がポロっと口にしてしまうような感じの状況にもっていく方法は無いだろうか・・・
「・・・つや君。」
 例えば、生徒を自慢したい気持ちにさせるとか、誰かの自慢をする時、その人の名前を会話の中に入れる気がする。
「敦也君。」
「あ。」
「あ。じゃないよ。何回呼んだと思ってるの。自分の世界に入りすぎ。」
 腕を組んだ詞弥が、椅子に座る俺を覗き込むようにして見て言った。
「すまない。」
 周りのざわつきからして、ホームルームはいつの間にか終わっていたみたいだ。
「何考えてたの?」
 アシアのこと・・・とはさすがに言えない。たとえ詞弥がアシアと同じ境遇の者であったとしても、それを話すことはできない。それを知るということは、同時に俺がそいつとキスしたことも知れてしまうのだから。それで二人が出会ってしまった時には・・・修羅場の完成だ。
 俺は黒板の右端に書かれた『金』という文字を目にする。
「休日どう過ごそうかな・・・って。」
「テスト勉強じゃないの?」
「え?」
「さっきのホームルームでも言ってたでしょ。聞いてなかったの?」
「聞いていなかった・・・」
「昨日から部活動も停止だから、今日はもう帰りましょ。」
 なんと、部活ができないのか。詞弥が言うには、放課後は実習棟にすら入れないそうなので。残念だが、この件は少し保留になりそうだ。
 ―その日の帰り道でのことである。
「敦也君。明日暇?」
「この土日はテスト勉強が・・・」
「それは全然問題無いの。その話だから。」
 と言うとあれか、勉強会のお誘いか。
「勉強会しない?私の家で・・・」
 ほらやっぱり・・・って、詞弥の家!?
「そんなに驚いた?」
「前の俺はよく行ってたのか?」
「私の家?小6まではよく。でもそれ以降はこれが初めてだと思う。」
「良いのか、そんなところに行って。」
「良いんだよ、誰もいないし・・・」
 えっ、今なんと?
「悪い、今のもっかい言ってもらってもいいか?」
「家には誰もいない・・・」
 詞弥の顔がみるみる赤くなっていく。
「いや、別に、そう言う意味、じゃないからねっ。」
「分かってる、そんな気は全く無いから安心しろっ。」
「それはそれで・・・」
「ん?」
「いや、なんでも無い。じゃあ、明日は朝から勉強ね。」
「分かったよ。」
 それだけ約束して、その日は別れた。

「ただいま。」
「おかえり、あなた。ご飯にします?お風呂にします?それとも・・・ア・タ・シ?」
「じゃあご飯で。」
「なんでやねーん!」
 ツッコミ・オブ・関西である。
「再婚の相手が欲しいからって、毎回俺で練習するのはやめてくれ・・・ってか、何だその格好は・・・」
 俺が見たのはショックなことに四十二歳の裸エプロンであった。息子として、マジで恥ずかしいから今すぐやめてくれ。仮に再婚したとして、そんな場面が訪れることはまず無いから心配しなくていい。
「若いんは顔だけやないんやから。ほら、この肌、このライン!」
 自信満々に見せつけてくる。もう限界だ。110に電話してもいいか?「家に帰ったら、半裸の母が待ち構えていました。」って。まあ、まともに取り合ってくれないだろうが・・・
「安心しい。この下にちゃんと下着は着けてるから。」
 エプロンをくわっと持ち上げる。なんだその勝負する気満々の下着は。
「何も変わんねえよ。俺のあんたに対する不安と不満は未だ健在だ。」
 そろそろいい加減にしてくれ、相手にするのが面倒くさい。そんなんだからいつまで経ってもシングルマザーなんだよ。もっとこう、歳に見合った良さっていうか・・・なんかあるだろ。少なくとも、それで寄ってくるのはエロジジイだけだ。
「俺、部屋行くから・・・」
「ちょっと敦也、待ってえや・・・」
 俺は一度も振り返ることなく、二階の自室に入り、念には念をと鍵を閉めた。
 この後結局、夕飯を食べに一階に降りたが、その頃にはさすがに反省していたらしく。母は長袖長ズボンで、露出量はさっきとほぼ真逆になっていた。
 それと、晩御飯だが、二日連続の肉じゃがではなく、代わりにハートマークの入ったオムレツがやって来た。レパートリー豊富で何よりだ。考えは毎回同じだが・・・
 午後十時半―
色々と疲れた。
朝から詞弥とは喧嘩し、クラスメイトの名前を覚えるのに必死になり、よく分からないままに油で自画像を描き、家に着くなり半裸エプロンの母の相手をさせられた。とんでもなく濃い一日だ。こういう日に小学校の作文の宿題が出れば、軽く十枚は埋めれただろう。
 そんなどうでも良いことを考えながら、俺はベッドの上で目を閉じていた。
 そう言えば、今日はそんなことよりもっと凄いことがあった。実習室の優秀作品の中に、アシアの自画像が混ざっていた。名前が書いてあったとかいうわけではないので、まだ確定したわけではないのだが、俺の目がくみ取った視覚情報からすれば、おそらくアシア本人で間違いない。
 何とかしてアシアとの接触を果たしたいのだが、それをするには、詞弥とアシアが出会ってしまうという可能性を忘れてはいけない。ここに来るため何をしたのか。ここに来て最初に何をしていたのか。それがそれぞれに知られた瞬間、修羅場への一本道が確定する。
 世界は違えど俺は二人の女性を愛してしまった。しかも今となってはその二人が同じ世界に存在していたことも知る。完全に二股だ。こっちでは詞弥、あっちではアシア。そういう風にできれば良いのだが、さすがにそうはいかないだろう・・・
今そんなことを考えたところで打開策が見つかるはずもなく、一旦諦めが付いた俺は、何も考えずにただ眠ることだけを考えて、結局遅くまで眠れなかった・・・

 ふと、誰かの声が聞こえた。
「・・・敦也君。」
 敦也・・・俺のことか。
 どこを見ても真っ暗で、人なんていない。
「敦也君。朝ですよ~」
 朝・・・っあ。目が開いていないからか。
 乾ききる前のボンドを引き剥がすように下瞼と上瞼を引き剥がした。っあ、光が・・・
「やっと起きたね。」
 やがて白いモヤが晴れていき・・・
「あっ、どうして・・・」
 今俺が寝ている真上から、詞弥が覗き込むようにして見ていた。
「やっと起きた。これで起きなかったら水でも掛けようかと思ってたんだけど・・・」
 俺は酔っ払いか・・・
「どうしてここに居る?」
 そう聞くのが当然である。
「迎えに来たんだよ。」
「なんの・・・ああ、勉強会か。」
「そう。」
「今何時だ?」
「五時。」
「そうか・・・っえ、五時!?」
 確かに朝からとは言っていたが、いくらなんでも早すぎるだろ。大体・・・
「どうやって入った。母親も涼也も起きていないんだろ。」
「うん、皆んな寝てるよ。だから・・・」
 詞弥は金属の塊を指でくるくる回していた・・・
「それって!?」
「そう、合鍵。敦也君ママが昨日くれたの。夜這いでもなんでもしちゃっていいからって・・・」
あのエセ二十代め・・・ん?これ褒め言葉じゃね。
「それはそうと、さすがに五時は早くないか?」
 俺は起き上がりながら言った。
「勉強は朝早くのほうが身につきやすいんだよ。」
「さいですか。」
 まあ、今更出直して来いと言っても無駄だろうから、俺は洋服の入ったタンスを開き、着替えを取り出し・・・
「あ、詞弥。廊下に出てろ。」
「え?」
「いたいなら良いけどさ・・・」
 俺は服を脱い・・・
「あああっ、ごめんすぐに出るからっ・・・」
 ガチャ・・・バタンッ・・・
 詞弥は慌てて出ていった。
 俺はパンツ以外全て脱ぎ捨て、代わりにジーパンと長袖、そしてフードを着て(ここまで一分)、
「もう良いぞ。」
 ベルトを閉めながら声を掛けた。
 たった今このやり取りにデジャブを感じた。今日は朝からデジャブが多い。
「お邪魔しま~す・・・」
 ゆっくりドアを開けて入ってきた詞弥は、(さっきはバタバタしていて気付かなかったので、)記憶を失くして以降初めての私服姿だった。
白のタートルネックに、ショートデニム、黒のニーハイソックス。そして上からグレーのカーディガンを羽織っていた。
「あんまりジロジロ見ないでよ。」
「あ、悪い・・・つい見とれた。」
「あ、やっぱり、いい・・・かも。」
「あ・・・」
 どう答えるべきなんだこれは。もう一度見つめればいいのか?いやそれはなんか違うだろう。
「・・・」
「・・・」
「そ、そろそろ行くか・・・詞弥の家・・・」
 気まずい感じに耐えかねた俺は、そう言って話をそらした。
「・・・あ、うん。そうだね。」
 歯切れの悪い会話だ・・・
 そんなことを思いながら、俺は提出課題と筆記用具だけ用意して、詞弥と部屋を出た。途中、気まずさ晴らしに母と涼也を大声で呼び起こし、およそ帰るであろう時間だけ言い残し、家を出た。
 外はまだ暗かった、十一月後半のこの時間はどっちかというと夜だった。
 家を出てからも外を歩くのはほんの二十秒弱で、すぐに詞弥が住む信濃家へ到着。
「苗字で読んだら口聞かないからね。」
家の表札を見つけた俺に、詞弥は言った。
「もうさすがに詞弥で慣れた。」
再開してから今まで、何度口や頭の中でそう呼んだか分からない。
「ほら、遠慮無く入って。誰もいないから・・・」
 詞弥がそう言うだけでドキドキしてしまう、俺であった。言った本人も顔を赤くしている。大丈夫かこれ。勉強どころじゃなくなる気がする。
 「ほら。」と詞弥にもう一度言われ、仕方なく足を踏み込んだ。
女子と二人っきりの一日が始まる―

「勉強ったって、どこでするんだ?リビングか?」
 今は詞弥の家族も居ないし、その可能性が高い。
「私の部屋・・・」
「えっ?」
 俺の予測は的外れだった。まさか彼女の家で二人っきりと思いきや、もう一段上の彼女の部屋で二人っきりになるとは・・・いきなり勉強どころじゃない。いったい詞弥は何を考えているんだ?
 俺は詞弥の案内で階段を上り、そして二階の上がってすぐの部屋に通された。
 通された部屋は、女の子の部屋って感じで、ベッドにはランドセルサイズのうさぎのぬいぐるみが置いてあり、それに抱きつくように一回り小さい猫のぬいぐるみが・・・今動いた。
棚に少女漫画が並んでいたりするのも実に女の子らしい。タイトルが目に入る度、立場上恥ずかしくなってくる。
部屋全体は綺麗にに整頓されていて、どっかのお姫様の部屋とは大違いだ。
っと、そういう環境なのだが、今非常に居心地が悪い。
先程、詞弥が飲み物を持ってくると言って下に降りていったのだが、帰ってきた時どう対応しようかとか考えていると、どうにも落ち着かない。いっそ目の前に見える窓から逃げ出してやりたい。そんなことすら思ってしまう。
どうにか気を紛らわそうとキョロキョロと部屋を見ていたところ、俺はベッドの下に何かを見つけてしまった。初めはそっとしておこうと思ったが、そういえば昨日の朝、詞弥は俺(六年前の)がベッドの下に隠していた物を部屋に入るなり物色していた。その時の借りを返してもらおうじゃないか・・・
俺はベッドの下に手を伸ばした。女子にとってのエロ本的存在ってなんだ。BLか?
よし、掴んだ。俺は掴んだ本状の物を自分の方へ寄せた・・・その瞬間。
コンコンコン・・・
 ノックが鳴り、扉が開く。
「おまたせ。」
 詞弥はトレーにオレンジジュースっぽい液体の入ったグラス二本とスナック菓子のはいった木製の皿を載せて持って来た。
そして、
「今何か隠した?」
 俺がさっきの本を持った手を後ろに隠したのをいち早く察知した。
「いや、何も?」
「嘘だ。」
 詞弥はトレーを机に置くなりこっちに迫って来た。
「出しなさい。」
「な、何を・・・」
「とぼけても無駄よ。」
ついに手がまわり、さすがにごまかしきれなくなったので諦めて机の上に出した。
「・・・あ、それって!?」
 詞弥は両手で顔を抑えた。
「ほんと気にしてるんだな。」
 その表紙には『胸を大きくする方法100』と書かれていた。
「あれ、なんか付箋が・・・」
俺はつい、そのページを開いた・・・
「ストップ!」
詞弥がそう言ったが時すでに遅し。
目的のページが顔を見せた。
『その50 彼氏に胸をもんでもらう』
「詞弥・・・」
「だから駄目って・・・」
「ここに呼んだのって本当はこれの・・・」
「だから違うんだって。」
「じゃあ、なんでここにだけ付箋が・・・」
「これね、サブタイトルはこんなんだけど、自分でもできるって書いてあるでしょ、ほら、ここ。で、継続させるために忘れないように付箋を貼ったの。」
「じゃあそういうことで。」
「だから、本当なんだってば。」
 だいたい、ベッド下のものについてはあまり追求してはいけないよな。俺も嫌だった。
「分かった、信じるよ。」
「お願いします。」
「ただ・・・」
「ん?」
「今度揉んで欲しくなったら言ってくれ。」
 急に詞弥の顔が真っ赤になる。
「敦也君の馬鹿ぁぁ!」
 その本で顔面を殴られた。あ、今なんか記憶が・・・
高校・・・いや違うな。多分それは中学校時代の記憶だ。
ある暑い夏の朝―
俺の一日は、登校を拒否する詞弥を無理やり連れ出すことから始まった。
「ほっといてよ!」
「そういうわけにも行かないだろ。」
 拒む理由はというと、その日の午後のプール授業。それ以上は言わなくても分かることだ。
「だって、前の授業の時に一年ぶりに水着を着たら、小六の時に板だった娘も皆んな膨らんでて、気付いたら板は私だけで、しかも、男子たちからは変に期待されてたみたいでプールサイドに上がった瞬間皆んなすごくがっかりしてたし・・・」
確かに・・・小学校の時から詞弥は男子生徒注目の的だった。勉強もできたし、顔も可愛く、背も少し高め。胸以外は完璧だった・・・ということに気付いたのがこの前の授業である。
「敦也もそう思ったんでしょ?」
「俺は別に嫌いじゃないぞ・・・貧乳。」
「貧乳言うな!私が嫌なの。」
 俺はこの時若かった。だから今思えば馬鹿なことをこの時言ってしまった。
「胸って揉まれたら大きくなるって聞いたことあるぞ。」
「え、それってどういう・・・」
「いや、俺達今付き合ってるだろ?」
 はっと気付いた詞弥の顔が赤くなる。
「だから俺ぶぐぅぁあっ!?」
 カバンで殴られた。
「ばっかじゃないの・・・敦也のばーか、ばーか。」
そう言って詞弥は家を飛び出していった。無論、学校へ行ったのである―
そうか。あの時もこんなふうに殴られたんだった・・・
「なあ、詞弥。」
 俺は『胸を大きくする方法100』で殴られた部分を擦りながら聞いた。
「前にもこんなことあったよな。中学一年の夏のプール授業の・・・」
「え・・・思い出したの?」
 やや嬉しいという感じの表情で、俺に迫る。
「殴られて思い出した・・・」
「・・・じゃあ、もう一回・・・」
 詞弥が例の本を握る。
「やめてくれ。さっきのは殴られた時の記憶だったから思い出しただけで、殴って記憶が戻るというのは違う。」
第一俺の身が持たない。いったい何回殴られればいいんだ。逆にそれで記憶を失くしそうだ。
「残念。いい手だと思ったのに・・・」
 お前は昭和人か。テレビの接続が悪かったら叩くのか?
「じゃあ、他の手試してみようか。」
 詞弥はなんでもなさそうな鼻歌を口ずさみながら、引き出しの中からピンクのフォルダーを取り出し、机の上にそれを置いて、自分は俺の横に座った。
「ん?次の手って・・・」
「写真だよ。」
 フォルダーの表紙には『私と敦也の物語』。
「痛いぞ、お前。」
 そういえば、ここでは俺は呼び捨てなんだな。
「なあ、さっき記憶が蘇った時、一つ気になることがあって・・・」
「どうしたの?」
「中学一年の時、詞弥は俺のこと呼び捨てにしていた。このフォルダーもそうだ。」
 何か理由でもあるのか。そんな気がして聞いた。
「う~ん・・・イマイチ覚えてないな・・・」
「そうか。」
「思い出したらまた話すよ。それよりほら、このアルバム見よっ。」
「ああ、そうだな。」
 俺はフォルダーを開いた。
「これ・・・」
「そう。私達の物語はここから始まったの。」
 なんだその言い方は。
 写真に映るのは、俺の母親と、おそらく詞弥の母親であろう人物。その二人が抱きかかえているのが、当時赤ん坊だった俺と詞弥。
「こんな時から・・・」
 というか、十五年前からほとんど変わらない自分の親もまた衝撃的だ。
「見て、これ。」
 詞弥がページをめくる。
「実は敦也君の初めてはこの時にもらっちゃってるんだよね・・・」
 そこに写っていたのは、赤子にしてキスを交わす、と言うよりはキスをさせられた俺達だった。両母に言ってやりたかった。俺らはお人形じゃあありませんよ・・・
 ってことは・・・おい、待てよ。
俺達がキスをすることが何を意味するのか・・・それを俺は忘れていない。嫌ほど承知している。
つまり、俺はこの瞬間から、夢の中へ・・・しかし、アシアとのキスは六年前と一昨日の二回だけのはず・・・
ということはまさか―
「敦也君、大丈夫?」
「・・・ああ、大丈夫だ。」
「なあ、一昨日の夕方、俺達が再会した時、夢か現実かって話しただろう。」
「あ~。敦也君、こっちに居る間はこっちが現実だって言ってくれたんだよね。」
「ああ、でも今気が変わった。」
「それって・・・」
 詞弥はあの時と同じ暗い顔をした。
「俺やっぱ・・・こっちが現実だと思う。」
「え?」
 予想が外れた間抜けな顔で詞弥はそう発した。
「だから気が変わって、こっちが現実な気がしたんだよ。」
「えっ、どうして。あの時は必死に否定していたくせに・・・」
 詞弥はおそらく世界を移動するトリガーがキスだと言うことにはまだ気付いていない。こっちでのキスが先だったと言ったところで意味が分からないだろう。だからといって、そのことについて説明をすれば、アシアの存在に気付いてしまう。俺がある意味二股を掛けていることにも・・・
「写真を見て気が変わったんだよ。」
 全く理由になっていなかったが、詞弥は「嬉しい。」と一言ってなぜか納得した。
 今度もしアシアに会った時、この事実をどう説明しようか・・・きっとショックだろう。今まで現実だと思ってきたのが全て夢だったと言われるのだから・・・むしろ言わない方がいいんじゃないだろうか・・・
「ほら、他の写真も見てみて。色々思い出せるかも知れないでしょ。」
 それはまた今度考えればいいか。第一、どっちが最初か分かっただけで、その現象の起こる理由については何一つ分かっていない。問題はまだ解決されていないのだ。
「敦也君?」
「・・・ああ。」
 まずはこっちの記憶を取り戻さないことにはどうにもならない。
 俺は詞弥に言われるがままにページをめくり、そして写真一つ一つの説明を聞いた。現実と知ったからか、その写真一枚一枚が懐かしく感じた。
 そうやって、忘れた思い出に浸っていると、気付いた時には窓の外は明るく、人の話声や車や自転車の走る音など、随分と賑やかになっている。
 それもそのはず、俺のスマホの画面には『11:30』と表示されていた。
「もう五時間も経ったのか。」
「えっ、ほんとだ。」
 話に夢中になっていたとはいえ、時間が経つのは早い。
「昼飯、どうするんだ?」
「それなら任せて、最初から作るつもりだったから。敦也君、私が弁当を作ってきた時、いつも喜んでいたんだよ。」
「それは、期待だな。何か思い出すかも知れない。」
「ほんとにそうかも知れないよ。」
アシアにも手作り料理を振る舞ってもらったことはあるが、あまりいい思い出では無い。
「じゃあ、作ってくるね。」
 そう言って、詞弥は部屋を出ていった。またも俺は取り残される。
 ・・・
「あっ。まだ一回も勉強して無い・・・」
 俺は持ってきていたいつものリュックサックから、提出物と筆箱を取り出した。

コンコンコン・・・
「あー敦也君、ドア開けて。」
 詞弥が一階から上がってきた。
 立ち上がりドアノブにてを掛ける。
「はい。」
「ありがとう。持ってきたよ。」
「悪いな。」
「いえいえ。」
 にしても、豪盛な昼食だな。さっきのトレー一枚が一人い分で、今詞弥はトレー二枚持ち・・・
「重っ・・・」
「すまん、貰うよ。」
 二枚とも受け取り、机の上に載せた。
 向かい合わせで座るのかと思いきや、窮屈ながら隣合わせで座った。
「食いづらいな・・・」
「でもこっちの方がいい。」
 そうっすね・・・
「それにしても凄いな、このクオリティといい、種類といい・・・」
 白米にタクワン、サラダ、味噌汁があって真ん中にはとんかつ。和食屋さんの定食じゃないか。
「まあ食べてみてよ。」
「いただいます。」
「どうぞ召し上がれ。」
 切り分けられたとんかつの一切れを口に運ぶ。噛んだ瞬間、サクッと音が鳴った。
「うまい。」
「良かった・・・まあ、大したことはしてないんだけどね。」
「昼からこの種類作るってだけで結構すごいよ。」
「お嫁に欲しくなった?」
「・・・ゴホッ、ゴホッ。」
「だいじょうぶ?」
「いきなり変なこと言うなよ。」
「ふふっ・・・」
 詞弥はイタヅラっぽく笑った。
俺は最後に味噌汁を飲み干して、完食した。
「ごちそうさまでした。」
「お粗末さまです。」
 ちなみに詞弥は自分の取り分を既に食べ終えていた。
「じゃあ、下げてくるね。」
「あ、なんか悪いな、俺が持っていくよ。」
 詞弥からトレーを取り上げ、
「あ、ありがとう。」
「どこに持ってけばいい?」
「降りてすぐ右のドアに台所があるから、そこの流しに置いといて。」
「了解。」
 俺は部屋を後にし、階段を降り、開けっぱになったドアからキッチンに入り、言われたように、流しにそれらを置いた。それから足元をうろちょろするのがいたので捕まえた。
「戻ったぞ。」
 俺は真っ白な毛玉を抱きかかえながら、扉を開けた。
「おかえり、って、ミルキィ・・・」
 ミルキィか、確かにミルキィって色をしているな・・・
「詞弥も猫飼ってたんだな。」
「うん。敦也君も飼ってたよね。確か黒猫ヤマ・・・」
「ああ、飼ってるよ。それよりさあ、」
 俺は机の上の提出物を指差した。
「・・・っあ。そうだ忘れてた!」
 五時間前までそのつもりでこの家に来ていたのに、今となってはすっかり忘れられていた。
 詞弥はバタバタと教科書やらノートの用意をし出した。
 俺は抱きかかえていたミルキィを床に戻し、さっきの位置まで戻って座り込んだ。
しばらくして。詞弥も俺の横に座る。
「何度も言うが、狭い・・・」
「さっきから思ってたんだけど、それって、私が太ってるって言いたいの?」
「ああ、もういいよ。」
 仕方なくこのまま始めることになった。
「敦也君、何が分からないとかある?」
「各教科の範囲が分からない。」
「ほんとだ、分からないね。」
「共感してどうするんだよ・・・」
「ちょっとそこのカバン取って。」
「ああ、これか?」
 俺は猫耳の生えたリュックサックを詞弥に手渡した。
「うん、ありがとう。」
 何なんだその耳は・・・と聞きたくもなったが、ろくな答えが返ってきそうもないので辞めた。
「よし、あった。」
 詞弥はその中のクリアファイルから一枚のわら半紙を取り出し、読み上げた。
「なるほど。やっぱり現社以外は余裕だな。」
「えっ、分かっちゃうの?」
「向こうでも同じ内容の勉強してたから・・・むしろ向こうの方が範囲的に進んでるし・・・」
「ちぇっ。教えれると思ったのに・・・」
 詞弥は少し残念そうだった。
「だが、現代社会に関しては、こっちとあっちでは全然内容が違ってて、一から覚えなおさなきゃならない・・・」
「現社は私も苦手だから・・・」
「教科書とノートで勉強するしか無いか・・・」
「ごめんね。」
「いいって。俺を気にするより自分の勉強をしろよ。」
「私、こう見えて現社以外は結構点数高くて、総合的に言ったら、学年でも五位には入ってるんだよ。」
 偏差値五十も無い学校だけどな・・・
昨日の登校時、インターネットでバンドの検索をしていた時に判明したことだ。それ以降、俺は自分が成績トップであることにあまり誇りを感じなくなった。
「よし、じゃあちゃっちゃと提出物だけでも終わらせるか・・・」
そうして、午後一時二分。ようやくテスト勉強を初めた俺達だったが、初めた時間が遅かったこともあってその日はなんとなくダラダラと過ごしてしまい・・・
午後六時―
「明日もやるか?勉強会。」
 詞弥の家の玄関、俺は靴を履いて、いつでも出れる準備をしていた。
「えっと・・・明日は別の勉強会が入ってて・・・」
 バイトの掛け持ちみたいに言うな。
 でもそうか・・・それなら仕方ないな。
「分かった。なら明日は一人で集中してるよ。」
「その方が覚えられそうだね。」
「確かにな・・・」
勉強会などと言うが、本当に勉強する奴なんてそうそう居ない。大抵の奴はテスト前に遊ぶ為に、名目上勉強会と言っているだけだ。
「じゃあ、今日はありがとうな。」
「どういたしまして・・・っあ、ちょっと待って。」
「うん?」
言うなり詞弥は階段を駆け上がり、ほんの十秒くらいで戻ってくると、
「はい、これ。」
 そう言ってさっきのアルバムを差し出した。
「いつでも見て思い出せるように・・・」
「あ、サンキューな。」
 俺はそれを受け取り、信濃宅に別れを告げた・・・
 と、言っても、自分の家の玄関から、横を見るといつでも見えるのだが・・・
 自分の家のをドアを・・・あ、開かない。鍵か。
 俺は両手をポケットに突っ込む。
・・・あ、持ってくるの忘れてた。
まあインターホンを押せば誰かは来るはずだ。
ピーンポーン・・・
・・・
ピンポーン・・・
・・・
あ、まずいな・・・
俺は家族に連絡しようとスマホを取り出した。画面を見るとメッセージが来ていた。詳細を見る。
『母さん:今日詞弥ちゃんのお母さんから連絡があってね、今、夫婦で(あ~羨まし。)旅行らしくて、明日の晩まで帰ってこうへんらしいんよ。やから女の子一人は危ないから、朝まで敦也は向こうの家おってやってー(*^^*)敦也がおらんから、母さんらは早めに寝まーす♪』
マジか・・・
 途中に僻みが混ざっていたとか絵文字が・・・とかもあるが、内容にツッコミどころが多過ぎる。
テスト前だから詞弥を旅行に連れて行かないのには納得だが、それなら、詞弥を荒川宅で預かればいいはずだ、なんだって俺が信濃宅で詞弥と二人になるんだ。多分詞弥の母親も俺の母親とグルだ。これは俺と詞弥の仲をもっと近づけようとしての策略なのだろう。いや、そうだとしか考えられない。そもそも赤子の俺達をキスさせた人達なんだから・・・
罠だとは分かっているが、しかし他に行く宛が無い。俺の母親って結構賢いのかもな。上手いこと退路を絶たれた。
それと、夜中の住まいに、女の子一人とメスの猫一匹というのは確かに危ない気がする。まあ、寝込みを襲われればどのみち変わりないが・・・
仕方ない、今日のところは母親達の手のひらで踊ってやるか。ただし、母親たちが世に言う不純異性行為とやらを期待しているのなら、残念ながらそれは叶わぬ願いだ。俺は理性の塊だ。
 俺は徒歩二十秒の道を歩き、信濃宅への再入場を試みた。
 ピーンポーン・・・
 音からしばらくして、
『・・・あ、敦也君?どうしたの?忘れ物?』
 おそらくこのカメラから見えているのだろう。
「あ、あのさあ。ちょっと話があるから入れてくれないか?」
『・・・え~っと、うん分かった。ちょっと待ってて。』
 会話が途切れ、代わりに詞弥が走って来る音が聴こえる。
 ガチャ・・ガチャ・・
 二つ分の鍵が外れる音がしてから、扉が開く。
「どうぞ入って。」
「お邪魔します・・・とりあえず説明させてくれ。」
「いいけど・・・」
「俺、鍵を家の中に忘れて来てて、帰ったら鍵が閉まっていたから母親に電話しようとしたんだけど・・・」
 俺はポケットからスマホを取り出した。
「こんな文章が母親から・・・」
 さっきのメッセージを詞弥に見せる。
「なになに・・・」
 しばらくして、文面を読み終えた詞弥は「なるほどね・・・」と少し考えた後、
「よし、今日は泊めてあげる。」
「・・・いいのか?」
「うん、全然かまわないよ。」
 えらく簡単に決まったな。まあ、野宿は回避できたし良かったけど・・・
「じゃあ、一回外に出て待ってて。スマホでGOサイン送るから。」
「は?」
「いいから出て。」
 いったい今度はなんなんだ・・・
 結局外に出された俺は、五分くらいその場で待った。暇だったのでスマホをいじっていると画面上に『詞弥:GO!!』と表示された。
 やっとか・・・
 俺はドアの持ち手に手を掛けた。
 いったい何の準備を・・・
「おかえりなさい、あなた。」
「え・・・?」
 なんだこのデジャブ感は。
「ご飯にします?お風呂にします?それとも・・・わわ、わ・・・わっち?」
ここは遊郭かよ。
「誰に吹き込まれた?」
 俺の脳には一人浮かんでいるが。
「・・・敦也のお母さん。」
 やっぱり俺の母親は馬鹿だ。それも折り紙付きの・・・
「ってことは詞弥、今着てるのって・・・」
 確かに詞弥は、エプロン姿だった・・・が、
「良かった・・・服は着ていたか。」
 安堵の声が漏れる。
「脱ごうか迷ったんだけど・・・」
 迷ったのか!?
「ここがなあ・・・」
 胸に手を当てる。そこだけなのか?つまりそこさえあればやっていたのか。
「で、どうなの?」
「何が?」
「ご飯かお風呂かわた・・・」
「ご飯で。」
「即答!?」
「俺はどこに行ってればいい?」
「もう少し構ってくれてもいいじゃない。新妻だよ、JK の新妻姿だよ。どうして興味無いの?」
 誰だ、俺が新妻好きだとかいうデマを流したのは。俺は四十代の新妻にもJK の新妻にも興味は無い。
「じゃあもう彼女でいいから。ただの彼女としてでいいから・・・」
 いよいよそんなことをいい出した。あーもう分かった。俺が折れるよ。
 俺は床に座り込んだ詞弥のそばまで行き手を差し出した。
「じゃあ、とりあえず案内してくれ。」
「敦也君・・・」
「ほら。」
「うん。」
 手を掴んだ詞弥を引き上げる。
「こっちだよ。」
 そう言った詞弥によって、俺は二階ではなく一階のリビングに通された。

「そういえばさあ。」
「何?」
「詞弥のところには母親からメールとか着てないのか?」
 晩飯の肉じゃがを口に放り込む。
「さっきエプロン着てた時に着たんだけど・・・」
 それであんな時間が経ったのか。
「見る?」
「・・・見てみたい気もする。」
「じゃあ、」
 そう言って、スマホの画面を俺に向けた。
『お母さん:ママ、しーちゃんを夜中に一人にするのは心配やったから、愛しの彼を呼んでおきましたー。ちゃんともてなしてあげるのよ(^_^)v』
 なんというか・・・最近の母は若いな。
 ピロン・・・
 音とともに新しいメッセージが表示された。
『お母さん:今頃敦也君と二人きり?エッチなことしてもママは怒らへんからね(*゜∀゜)』
「・・・」
「・・・」
 当然のごとく気まずくなる。
 俺は今更のように目の前の肉じゃがと、隣のエプロン姿を交互に見る。
「・・・いや、別にそこまでは考えてなかったから・・・ちょっと雰囲気を味わいたかっただけだから。」
 詞弥が必死で弁解する。
「・・・」
「・・・あっ、そういえば敦也君、着替え持ってきてる・・・って、閉め出されてたんだったね・・・」
 そういえばそうだ。着替えのこととかすっかり忘れていた。あの若作りババアめ、追い出すにしてもそういう必需品ぐらいは持たせてからにしろよ。
「あっ、私のは貸さないからね!」
「借りねえよ!馬鹿かお前は。」
「逆ならありだけど、さすがに男の子が女モノの下着っていうのはちょっと・・・」
 逆もありでは無いだろ、少女漫画の読み過ぎだ。てか、着ねえよ!
「お父さんのならあるけど・・・」
「いや、いい。今日はどこにも出歩いてないし汗もかいてないからこのままで大丈夫だ。」
「じゃあ、着替えはそのままにして、風呂だけ入ったら?」
「そうだな。使わしてもらうわ。」
「もう湯船も溜まってると思うから、先に入っちゃって。」
「じゃあ、遠慮無く・・・」
結局場所を知らない俺は詞弥に連れられて脱衣所まで行き、
「あとでバスタオル置きに来るね。」と言って詞弥が去っていったの確認してから衣服を脱ぎ、そしてそれをそばにある棚にたたんで置いてから、風呂に入った。
まったく、濃い一日だ。休む暇が無い。記憶を取り戻すだけでも結構な苦労なのに、周りがどんどんん苦労を増やしてくる。六年前の俺も毎日こんな感じに過ごしていたのだろうか・・・それともたまたま今が忙しいだけなのか・・・今の俺は後者であって欲しいと願わんばかりだ。
ゆっくり考え事をできるのは入浴中だけで、この時間だけは唯一落ち着ける。
ガチャ・・・
 誰かが脱衣場に入ってきた。詞弥がバスタオルを持ってきてくれたのだろう。しかし、実はそうではなかった。
ガラガラ・・・
 それは、脱衣所の扉が鳴らす音ではなく、風呂の扉が鳴らす音だった。
 そしてその瞬間、俺は唯一無二だった、リラックスタイムを失う。
「敦也君、背中を流しに来たよ。」
「し、詞弥!?」
 扉の前に立っていたのはバスタオル一枚だけを身にまとった少女の姿だった。
 俺は慌てて湯船の中で三角座りをした。
母親の毒にやられたのか?いや、違う。これは新妻プロジェク第三弾だ。俺の母親すらやらなかったことを、詞弥はやってのけた・・・と、感心している場合じゃない。
「なに考えてるんだ詞弥。お前、さっきそこまでは考えてないって言ってただろ。」
「あ、それとは全く関係無くて・・・敦也君、今日の朝言ってたじゃない。私の胸揉むって・・・」
「いや、あれは話の流れでつい・・・」
「でも、男に二言は無いんでしょ?」
 無いんでしょ。って言われてもそんなもの俺は知らない。誰だよそんな言葉考えたやつ。
「だからって風呂で・・・しかもタオル一枚でする必要ないだろ。」
 服越しでも・・・
「敦也君、あなた女の子の胸を舐めてるわ。」
 その言い方だと、俺が変態みたいだぞ。
「ただ揉むだけじゃ駄目なの。あのね、バストアップのためには乳腺の発達が重要になってくるの。それで乳腺を発達させるのには女性ホルモンの分泌が必要なの。だから・・・そう、興奮する方がよりいいってこと。」
 とんでもないことをすらっと言う。でも、なんか言ってることは正しい気がする。気にしているだけに色々調べてそうだもんな・・・
「第一、俺はやるつもりがない。」
「いや、やらざるを得ないのよ。一昨日の朝、学校に行く途中、敦也君は私の胸を侮辱したでしょ。」
 あ、まだ覚えていたのか。てっきり忘れているものかと・・・
「だがあの時お前は、俺の足を踏みつけた。それであいこだろ。」
「足の傷は消えても心の傷は消えないんだよ。」
「それを言われると・・・」
「そら、気に食わないから俺が大きくしてやるみたいな気持ちで。」
 ある意味名言だな。世の巨乳好き男子達に聞かせてやりたいね。
「あー分かったよ。やるよ、やればいいんだろ。」
「よし。じゃあ。」
 ザブーン・・・
「詞弥!?」
 詞弥がそのまま湯船に飛び込んで来た。
「温めた方が効果があるの。」
「じゃあ俺が外側で・・・」
「それじゃあ体勢がきついでしょ。いいじゃない別に、付き合って四年だよ。私達。」
「はあ・・・分かった・・・じゃあ後ろ向きになれ。」
「確かに。その方がやりやすいね。よく分かっているじゃない。」
 別にそういう意味で言ったわけじゃないんだが・・・直視したくなかったからなんだけど・・・まあ、いいか。
「それで、どうすればいいんだ?」
 胸を揉むったって、適当にすればいいわけではないだろ。
「まずは、全体的にほぐす。」
「あ、ああ・・・じゃあ・・・」
 俺は詞弥の白い肌とバスタオルの間にある薄い隙間に手を差し込んだ。指先にもちっとした肌の感触。そのまま下へと手を移動させ・・・
「・・・んあっ。」
「バカッ、変な声出すなよ。」
「だって今、先に当たったんだもん。」
 いきなり刺激が強い。最後まで耐えられる気がしなくなってきた。
「揉むぞ。」
「優しくね・・・」
 本当に無いな・・・揉むと分かるが、肋骨の感触が分かるくらい薄い。確かにこれは気にするわな。だがそれ以上に今気になるのは・・・
「おい詞弥、頼むから喘ぐな。」
「そう言われても・・・」
「じゃあ、やり方だけ全部教えて俺の耳塞げ。」
「分かった。」
 一通りの流れを聞き、詞弥が俺の耳を抑えて再スタート。
 目をつぶり、耳も塞がった状態になった俺は、もう無敵だった・・・
一通りのマッサージを終えると、詞弥の方からギブアップした。
なんだろう・・・視覚と聴覚が遮断されてからというもの、全くムラムラしなくなった。何をもんでいるのかすら分からなってきて、途中からはただの作業だった。なんか損したような気分だが、まあこれで、無事風呂から上がれるということで、結果オーライだ。
見ていないし、聴いてもいないので、目の前の少女が息切れしながらヘトヘトになっている理由も分からないまま、俺は体を洗うように借りていたタオルを腰に巻き付け、湯船から上がった。
「のぼせて倒れるなよ。」
「・・・あ、うん~だいじょうぶ~」
 大丈夫じゃないな。
 俺は後ろに向き直り、
「ほら、掴まれ。」
「うん・・・」
 詞弥を湯船から引き上げ・・・その際、詞弥のバスタオルが脱げるという、記憶状初のラッキースケベを体験し、それでも気を取り直して風呂の外まで運び出した。
 詞弥はクラクラしているせいか、裸を見られたことについてはノーコメントだった。
 俺はあらかじめ詞弥が用意していたバスタオルを詞弥の方に掛け。
 もう一枚のバスタオルを風呂の中に持って入り、体を拭いてそれを腰に巻いて、風呂の外に戻り、昨日から使い回しの衣服を着て、詞弥と脱衣所を後にした。
 もうこんなことは懲り懲りだ・・・
―それから三十分後、リビングのソファーでくつろいでいた俺の前に、詞弥が湯気を発しながら登場した。比喩では無い。
この時間からすると、もう一度風呂に入り直したのであろう。
「無事に帰って・・・」
 おれがセリフを言いきる前に、詞弥はその場に倒れ込んだ。全く、世話のかかるお嬢様だ。
 俺は詞弥を、本来の詞弥なら喜んでいたであろうお姫様抱っこで(身長の割に軽・・・と言うのは考えないでおこう)二階の詞弥の部屋まで運び、寝かした。
 ・・・あ、意識が。
 そして、疲労が溜まっていたのか、俺もその場に突っ伏した。
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