銀晶心話-ギンショウシンワ-

琴花翠音

文字の大きさ
2 / 18

活気溢れる街の陰

しおりを挟む
 世界でも有数の商業港街みなとまち──リ=ハティア。市場で売り出されている野菜、果物、魚介…全てが新鮮なもので、どれも食欲をそそる輝きがある。店員も元気に呼び込みをし、何を買うか迷っている客も、それはそれは楽しそうだった。
 街全体が活気溢れる明るい街…しかしそんな街でも、一箇所だけ、非常に静かな場所があった。街の中央市場から数キロほど離れた、周りに他の住宅も無い辺鄙な場所に、大きな屋敷が一際目立って建っている。
 この屋敷が、リ=ハティアの領主・ハーティア家の家。近くを通る婦人たちは、その屋敷を見ては、何かコソコソと話している。

『ここの跡継ぎは大丈夫なのかしらねぇ…』
『ご主人が亡くなって再婚した方も、最近になってどこかへ蒸発したとか言うじゃない…』
『聞くところによれば、ご婦人も一緒にいなくなったとか…』
『残されたのは娘たちだけなんでしょう?』
『あの二人で言ったら、普通に考えて、確実に姉の方だろう』
『でもお姉さんの方は体が…』
『そうなると妹か…』
『妹…って、あの"硝氷しょうひょうのリディル"だろ? あんな冷徹な奴が領主とか、俺はごめんだね』
『確かに…街の雰囲気が悪くなる。ここは無理にでも姉のラテュルになってもらうしかないだろうな。 聞くところによれば、婚約も決めているそうじゃないか』
『…! ちょっと…!リディルが…』

 コソコソと話していた者たちが一斉に視線を向けた先には、首の辺りで切られた柔らかい髪を無造作に揺らした女性が立っている。女性は鋭い視線で、屋敷前で集まっている人々を見ると、短く言葉をかけた。

「…何か用?」

 たったそれだけの言葉だが、彼女の凛とした声音に、思わずその場にいる人間が皆、背筋を伸ばした。その様子を見た女性──リディルは、何も返してこない人々を横目に通り過ぎようとした。
 しかし、我に返った一人が突然、リディルに対して怒りをあらわにした。それに続き、次々と彼女に対する不満が爆発した。

「な…何なんだその態度は! 何も無ければ民衆を放置か!?」
「そ、そうよ! 気になるのであれば、ちゃんと最後まで気にかけなさいよ!」
「お前がそんなだから、両親共にいなくなったんじゃねえのか!」
「あんたなんかには絶対領主になって欲しくないわ!」

 口々に彼女を追い込もうと罵声を浴びせる人々。それでもリディルは、全く動じない様子でその言葉を聞いていた。

「…言いたいことは、それだけ?」
「なっ…!」
「あんたたちが私のことをどう思っているのかは、前から変わらないってこともわかったし、今度は私から、あんたたちにとって"嬉しい知らせ"を伝えるわ」
「っ…?」
「明日から旅に出るから、しばらくこの街には帰って来ないわ」
「!?…旅!?」
「そ、旅。私を見ることがなくなるからいいでしょう?」
「あぁ、清々するな! 明日が待ち遠しいな!」
「…それだけ。もういいでしょ?」

 そう言ってリディルは、再び家の門をくぐろうとしたが、ちょうどその時、ある一人の言葉にリディルは返した。

「これでラテュルが領主になるのも確実になったわね!」
「…何を言っているの? 旅は私だけじゃなくて、ラテュルも一緒に行くと本人が言っているわよ?」
「…えっ…それってどういう…」

 リディルの言葉に驚いた人々は目を丸くし、詳しく聞き出そうとしたところ、リディルはすでに門をくぐり、屋敷へ向かって歩いて行ってしまった。

「…母さんも探さないといけないけど…私のを探しに行くのよ…」

 誰に言うでもなく、リディルは一人呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

合成師

あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。 そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

処理中です...