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トリスタンは魔法が使えません。

どんなに虚勢を張っても、手に持つ鉄屑では悪魔を倒す事も追い出す事も、難しい事はトリスタン自身がよく分かっていました。おそらく目の前の悪魔もそれに気づいているでしょう。
不利なのはトリスタンとアステリアなのに悪魔は攻撃を仕掛けるのでもなく、ゆっくりと目を閉じ、何かを思案し始めたのです。

~アデルが考え事をし出したら、騒いではいけない~

アステリアも身体に染み付いた暗黙のルールを守るように自然と息を殺しました。

隙だらけのようで1歩でも動けば殺られてしまうのではというピリついた張りつめた空気を醸し出していたのです。


「あ~やっぱ人間界って面白れぇなァ。」


再びアデルが目を開くとそのルビー色の真っ赤な瞳はトリスタンを捕らえていました。
アステリアは嫌な予感がしてなりません。

「なァ?俺、そこの出来損ないのクズを連れて帰んなきゃいけないんだよ。どいてくんね?」
「それは無理なお願いです。連れて行かせる訳にはいきません。」
「だよね~!言うと思った!でも、ぶっちゃけソレの生死ってどうでもいいんだよ。手足がなかろうが、顔から下がなかろうが。」
「綺麗な状態で連れて帰れない程度の実力しかないのですか?」

言葉で挑発しながらも、トリスタンはアデルが直接攻撃に入らないよう、アステリアの前を動きませんでした。

「だって君が庇っちゃうじゃん。君は殺したくないもぉん。俺、君を気に入っちゃったさ。」
「それはどうも。」
「だからさ、俺とゲームしない?」
「は?」
「もし俺に勝てたら、そのクズの事は諦めるよ。」
「………ゲームとは?」

悪魔の提案する賭け事を受けてはいけない。99%と悪魔に有利な賭け事ゲームになるからです。
頭では分かっているものの、トリスタンは不利な現状からの打開策が見いだせていませんでした。

アデルは記憶を辿るように指を動かし始めます。

「君は言ったよね?“自分の命が大切”だって。生に執着があるんだ。」
「生に執着がない人がいるんですか?」

そうトリスタンが答えた瞬間、アデルは右手を横に振り払い、その僅かな風は黒い刃となってトリスタンとアステリアに向かって飛んで来ました。

「つッツ!」
「ほらね。生に執着があるって言うわりに、今君はそのクズを身をていして庇ってるじゃん。先に殺られてもおかしくないのに…それって矛盾してるよねェ。」
「…………。」

黒い刃はトリスタンの肩をかすめましたが、トリスタンはその場を一歩も動いていません。

「そのクズへの恋心でないとすれば、君を動かしてるものってなんだろうね?忠誠心…なんてしっかりしたものじゃないね。もっと不安定で…汚いもの……」

アデルのルビー色の瞳がより輝きを放ちました。
条件反射なのか、その瞳からトリスタンは慌てて視線を反らしてしまったのです。

「やっぱ“いる”んだね、大切な人が!」

アハハハッツとアデルは声を荒げて笑いました。
トリスタンは自分の犯したミスを後悔するように平然を装いました。

「ゲームに何の関係があるのです?」
「否定しないのなら、認めたも同じたよ?」
「……………。」
「ゲームは簡単。互いに探し物をしようよ。」
「探し物?」

アデルはそう言うと上着ををベリッとはぐと心臓部が露になり、そこから紋様が浮かび上がってきました。
契約の紋様。
アデルは誰かと契約を結んでいたのです。

「俺は君の大事な物を、君は俺の契約者を探して、早く見つけた人の勝ち。君が勝てば素直に帰ってあげる。いいゲームでしょ?」
「それで俺が負けたらどうなりますか…」
「その時はそのクズを連れて帰るよ。でも、その前に……」

醜く美しく歪んだアデルの笑みにその場が凍りつきます。


「君の大事な物、目の前でぐッちゃぐちゃにしてやんね。」


その言葉には1つの嘘も偽りも含まれてはいませんでした。
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