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第一話
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それは、新年に入って二日目の出来事だった。
「だれじゃ、こんなところに鏡もちを置いたのは!」
家の玄関先の方から怒鳴り声が聞こえてきた。声の主は俺の祖父、未田 長寿だ。2階の自分の部屋で寝ていた俺は、その騒音で目が覚めた。
「いったい何の騒ぎだぁ?」
髪の毛に手串を軽く通しベッドから出ると、体を冷たい空気が襲った。吐く息が白く濁る。ジャージだけではこの寒さは厳しい。すかさず勉強机の椅子に掛けてあるジャンパーを羽織り、防寒体勢を整える。部屋を出て急な階段を下りると、玄関先に30センチメートルぐらいの鏡餅が置いてあり、それを運ぼうとする祖父の姿があった。
「ミカンも乗せずにこんなところに置きおって……」祖父は、そう言葉を吐き捨て、巨大な鏡餅を居間へと運んでいく。鏡餅が気になった俺は、祖父に話しかけた。
「じいさん、それ、餅だろ。食うのか?」
「なんじゃ、永久。今日は早いな。餅は食べ物じゃからな。早く食わんとな」
別に機嫌が悪いわけではなさそうだ。ひとまず、おおごとじゃなくて良かったと、ホッと心を落ち着かせる。それにしても、お供え用の餅にあんな大きなものはなかったはずだが、いったい誰が持ってきたものなのだろうか。
突然祖父が騒ぎ出した。「んんっ! なんじゃこりゃっ!」
「どうした、じいさん?」俺は祖父にゆっくりと近づいた。
よく見ると、祖父の持っていた餅はドロドロに溶けていた。その溶けた餅は、祖父の体をゆっくりと侵食していく。その白いドロドロとした液状の物体は、はまるで、スライムのようだった。
「永久! た、助けてくれぇ……」祖父は、必死で声を上げるが、その時の俺は恐怖でいっぱいだった。頭では助けようとしているのだが、体は近づいてくる祖父から、遠ざかるように逃げていた。
侵食の速度が上がる。たちまち祖父の体は真っ白な餅になってしまった。
その時、奥の寝室の部屋の戸が開いた。母親の和香子が廊下にゆっくりと姿を現す。「ねえ、いったい何の騒ぎ?」と、眠そうな顔で話す。次の瞬間、異様な光景を目の当たりにし、目を丸くして立ち尽くした。その後に、父親の平男が「休みぐらい静かにしてくれないか」と、不機嫌そうな顔で廊下に出てくる。「な……なんだこの白いのは!?」と、父が叫ぶ。恐怖でひきつった顔で、慌てて母をかばうように両腕を広げた。
──伝えなければならない。その姿をしたものが祖父だという事を……。
俺は、「それは、じいさんだよ!」と、一言声をかける。だが父は、「ば……馬鹿なことを言うな! け……警察に連絡しろ……」と、俺の言うことなど聞きもしない。
祖父を取り込んだ白い物体は、両腕を大きく広げてゆっくりと、父と母に襲いかかる。
「く……くるなあ!」父は、足を滑らせ、その場に倒れる。そして母は、「いやあああ!」と叫び、頭を抱えながら下を向いてしゃがみ込んだ。
「駄目だ! 逃げないと!」
俺の声は、パニック状態の父と母にはおそらく届いていない。どうにかしてやりたいが、俺はそこへ近づくことができない。本能がそれを拒否してしまっているのだ。
白い物体は、父と母の体を侵食していく。祖父を取り込んで体積が多くなったせいか、取り込む速度は倍増していた。あっという間に白い物体が3体に増えてしまった。かろうじて人間の形をしているが、家族の面影はない。まるで亡者のようにうごめく人形だ。
「な……なんなんだよ……これ……」俺は何もできず、父と母が襲われる様子をただ見ていることしかできなかった。
いったいこの白いスライムは何なんだ! 餅なのか、スライムなのか、それとも別の何かなのか! なぜ俺の家族が襲われなきゃいけないんだ!
そんな考えが頭の中をぐるぐると駆け巡る。
2階から降りてくる足音が聞こえてきた。その音を聞いて俺は我に返った。降りてきたのは妹の小粒だ。ピンクのパジャマ姿の似合うかわいい妹だ。
だが、この状況を妹にどう説明すればいいのか思い浮かばない。幸い、白い物体となった親たちは人型になりきっていないので、まだ動きが鈍い。俺は一旦、この場を離れることを考えた。
「小粒、早く降りろ! 逃げるぞ!」妹に手を振り、逃げるように促す。
「なあに、お兄ちゃん……あれ、この白いお化け……何!?」妹が白い物体に気付いた。
「いいから早く!」
俺と妹は、玄関にあった靴を持ち、そのまま玄関の鍵を開けて裸足のまま家の外に脱出した。
「だれじゃ、こんなところに鏡もちを置いたのは!」
家の玄関先の方から怒鳴り声が聞こえてきた。声の主は俺の祖父、未田 長寿だ。2階の自分の部屋で寝ていた俺は、その騒音で目が覚めた。
「いったい何の騒ぎだぁ?」
髪の毛に手串を軽く通しベッドから出ると、体を冷たい空気が襲った。吐く息が白く濁る。ジャージだけではこの寒さは厳しい。すかさず勉強机の椅子に掛けてあるジャンパーを羽織り、防寒体勢を整える。部屋を出て急な階段を下りると、玄関先に30センチメートルぐらいの鏡餅が置いてあり、それを運ぼうとする祖父の姿があった。
「ミカンも乗せずにこんなところに置きおって……」祖父は、そう言葉を吐き捨て、巨大な鏡餅を居間へと運んでいく。鏡餅が気になった俺は、祖父に話しかけた。
「じいさん、それ、餅だろ。食うのか?」
「なんじゃ、永久。今日は早いな。餅は食べ物じゃからな。早く食わんとな」
別に機嫌が悪いわけではなさそうだ。ひとまず、おおごとじゃなくて良かったと、ホッと心を落ち着かせる。それにしても、お供え用の餅にあんな大きなものはなかったはずだが、いったい誰が持ってきたものなのだろうか。
突然祖父が騒ぎ出した。「んんっ! なんじゃこりゃっ!」
「どうした、じいさん?」俺は祖父にゆっくりと近づいた。
よく見ると、祖父の持っていた餅はドロドロに溶けていた。その溶けた餅は、祖父の体をゆっくりと侵食していく。その白いドロドロとした液状の物体は、はまるで、スライムのようだった。
「永久! た、助けてくれぇ……」祖父は、必死で声を上げるが、その時の俺は恐怖でいっぱいだった。頭では助けようとしているのだが、体は近づいてくる祖父から、遠ざかるように逃げていた。
侵食の速度が上がる。たちまち祖父の体は真っ白な餅になってしまった。
その時、奥の寝室の部屋の戸が開いた。母親の和香子が廊下にゆっくりと姿を現す。「ねえ、いったい何の騒ぎ?」と、眠そうな顔で話す。次の瞬間、異様な光景を目の当たりにし、目を丸くして立ち尽くした。その後に、父親の平男が「休みぐらい静かにしてくれないか」と、不機嫌そうな顔で廊下に出てくる。「な……なんだこの白いのは!?」と、父が叫ぶ。恐怖でひきつった顔で、慌てて母をかばうように両腕を広げた。
──伝えなければならない。その姿をしたものが祖父だという事を……。
俺は、「それは、じいさんだよ!」と、一言声をかける。だが父は、「ば……馬鹿なことを言うな! け……警察に連絡しろ……」と、俺の言うことなど聞きもしない。
祖父を取り込んだ白い物体は、両腕を大きく広げてゆっくりと、父と母に襲いかかる。
「く……くるなあ!」父は、足を滑らせ、その場に倒れる。そして母は、「いやあああ!」と叫び、頭を抱えながら下を向いてしゃがみ込んだ。
「駄目だ! 逃げないと!」
俺の声は、パニック状態の父と母にはおそらく届いていない。どうにかしてやりたいが、俺はそこへ近づくことができない。本能がそれを拒否してしまっているのだ。
白い物体は、父と母の体を侵食していく。祖父を取り込んで体積が多くなったせいか、取り込む速度は倍増していた。あっという間に白い物体が3体に増えてしまった。かろうじて人間の形をしているが、家族の面影はない。まるで亡者のようにうごめく人形だ。
「な……なんなんだよ……これ……」俺は何もできず、父と母が襲われる様子をただ見ていることしかできなかった。
いったいこの白いスライムは何なんだ! 餅なのか、スライムなのか、それとも別の何かなのか! なぜ俺の家族が襲われなきゃいけないんだ!
そんな考えが頭の中をぐるぐると駆け巡る。
2階から降りてくる足音が聞こえてきた。その音を聞いて俺は我に返った。降りてきたのは妹の小粒だ。ピンクのパジャマ姿の似合うかわいい妹だ。
だが、この状況を妹にどう説明すればいいのか思い浮かばない。幸い、白い物体となった親たちは人型になりきっていないので、まだ動きが鈍い。俺は一旦、この場を離れることを考えた。
「小粒、早く降りろ! 逃げるぞ!」妹に手を振り、逃げるように促す。
「なあに、お兄ちゃん……あれ、この白いお化け……何!?」妹が白い物体に気付いた。
「いいから早く!」
俺と妹は、玄関にあった靴を持ち、そのまま玄関の鍵を開けて裸足のまま家の外に脱出した。
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