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第1章 禍福は糾える縄の如し
第1話 プロローグ〜白いワンピースの美少女
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篠宮祐希は20歳の大学2年生だ。
彼は受験前日にインフルエンザに罹り、40℃を超える高熱を出した。
当然受験は叶わず、やむなく一浪して今の大学に入学した運のない男だ。
幸いなことに、祐希は容姿端麗で頭脳明晰、高校でもトップ3に入る学力の持ち主だ。
そして誰とでも分け隔てなく付き合える優しい性格に加え、柔らかな物腰、爽やかな笑顔とくれば、周りの女子が放っておくはずがない。
高校の体育館裏に呼び出され「好きです、付き合って下さい」と何度も女子から告白された。
しかし、好きでもない女子と付き合う気にはなれず、「ごめんなさい」と全てお断りした。
結局、高校3年間を通じ、トキメキを覚える女性は現れず、恋愛に至ることはなかった。
そんな祐希にとって、その日の出来事は、まさに晴天の霹靂であった。
大学の最寄り駅で帰りの電車を待っていた。
ふと向かいのホームに目をやると、そこに1人の少女が立っていた。
それは息を呑むほどの清楚で可憐な美少女だった。
駅のホームの喧騒が、一瞬で遠のいたような気がした。
まるで世界に、彼女と自分しかいないような錯覚。
白いワンピース姿で、腰まで届きそうな長い黒髪を風に靡かせ、愛くるしい大きな瞳、透き通るような白い肌、そこはかとなく憂いを帯びた横顔がとても美しかった。
祐希の目は、その少女に釘付けとなった。
風で揺れる髪を抑えようと、片手で耳元を押さえる仕草が、何とも言えず絵になっていた。
祐希の視線に気づいたのか、彼女はこちらを向き目が合った。
彼女はビクリと肩を震わせると、何かに怯えるようにパッと視線を逸らした。
その瞬間、突風と共に電車が入り、彼女の姿は見えなくなった。
その間わずか15秒ほどだったが、祐希はその少女に魅了されてしまった。
今まで見たこともないほどの美少女。
まさに理想のタイプ、ストライクゾーンど真ん中だ。
祐希は、心拍数が上がり、顔が紅潮しているのに気づいた。
これが一目惚れというやつか?
彼女の姿をもう一度見てみたい……
祐希は、彼女を乗せて走り去る電車を、いつまでも目で追った。
それからの日々、祐希は駅を利用するたびに、無意識に彼女の姿を探すようになった。
だが、あの白いワンピースの少女が現れることはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから1ヶ月が過ぎたある日の夕方、大学の授業が終わり、祐希は自分が住むアパートへと向かっていた。
5月中旬に入り、これから日に日に暑くなっていく時期だ。
後方から消防車が近づき、けたたましいサイレンを鳴らしながら、祐希を追い抜いて行った。
(こんな時間に火事か……)
消防車を目で追いながら、祐希は根拠のない胸騒ぎを覚えた。
(まさか……まさかな、たまたま方向が同じだけさ……)
自分にそう言い聞かせながら、祐希はアパートへと急いだ。
しかし祐希の胸騒ぎは、現実のものとなった。
火事は祐希の住むアパートだった。
建物から火の手が上がり、もうもうと黒煙が立ち昇っていた。
何台もの消防車が、建物を遠巻きに取り囲み、消防隊員が一斉に放水していた。
「危険ですから離れて下さい、離れて下さい」
アパートの手前には規制線が張られ、近づくことは出来なかった。
どこから沸いてきたのか、大勢の野次馬が遠巻きに火事を眺めていた。
建物からはメラメラと勢いよく炎が上がり、何かが割れる音や爆発音が何度も聞こえた。
ここまで熱気が感じられるほど、火の勢いは強かった。
鼻を突くゴムやプラスチックの焦げた臭いが立ち込め、思わず口元を覆う。
パチパチと木材が爆ぜる乾いた音が、祐希の頭の中を真っ白にしていった。
祐希は燃え盛る自分のアパートを見ながら、呆然と立ち尽くすしかなかった。
喉がひりつくような焼け焦げた臭いが立ち込め、パチパチと木材が燃える乾いた音が耳に届いた。
やがて辺りが夕闇に包まれる頃、ようやく鎮火した。
アパートは全焼し、祐希の私物も家財も全て灰となった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
住処を失い、茫然自失となった祐希だが、同じ大学の友人「小島健太郎」に事情を話し、その夜は彼のアパートに厄介になることとなった。
「コジケン、世話になるが宜しく頼む」
「おう、気にすんなって。俺とお前の中じゃないか。
しかし、まさかお前のアパートが火事とはなぁ…」
「……ああ、本当にそのまさかだよ」
祐希は、まだ現実を受け入れられずにいた。
「まあ、あまり気を落とすなよ。
その内きっといいこともあるさ」
コジケンは、祐希の肩をポンポンと叩いた。
「コジケン、お前って意外といいやつだなぁ」
「祐希、その意外とって言うの余計だぞ」
コジケンは、顔をクシャクシャにして笑った。
「とにかく、今日はゆっくり寝て体を休めろ。
これからどうするか、明日起きてからゆっくり考えればいいさ」
「……それもそうだな」
その夜、祐希は夢を見た。
駅のホームで見たあの美少女が夢に登場し、微笑みながら祐希を手招きする夢だ。
彼女のもとへ向かおうとするが、隣のホームへ向かう階段が見つからない。
直線距離で20メートルほどの距離にいる、彼女のもとへ向かおうと必死にもがくが、もがけばもがくほど遠くなるという変な夢だ。
目を覚ますと、コジケンが心配そうに祐希の顔を覗き込んでいた。
「お前、うなされてたぞ。火事のこと、よっぽどショックだったんだな」
そう言うとコジケンは、一人でうなずいていた。
布団から這い出して、着替えていると母親から着信があった。
親には昨日既にアパートが火事で焼けて、友人宅に泊めてもらうことを伝えてあるのだ。
「もしもし祐希、大丈夫かい?」
「あぁ、母さん、おはよう」
「おはよう、昨日は眠れたかい?」
「うん、変な夢見てさ、うなされてたって、コジケンに言われたけど、熟睡はできたよ」
「変な夢って…、やっぱり火事のことがショックだったのかしらねぇ。
ところで祐希、部屋探し始めるんでしょ」
「うん、午後にでも駅前の不動産屋を覗いてみようかなって思っていたところさ」
「そうだね、できるだけ早く部屋決めて、小島さんに迷惑にならないようにしなきゃね。
あっ、父さんが電話代われって言ってるから代わるよ」
脳裏に心配そうな父親の顔が浮かんだ。
「祐希……お前大変だったなぁ……」
「うん、まさか自分のアパートが火事になるなんて、思っても見なかったからね……」
「そうだなぁ……
でも火事が夜中でなくて、良かったなぁ。
もし夜中だったら、熟睡してて逃げ遅れたかもしれないな……
だから今回のことは不幸中の幸いだったと考えるんだぞ」
後で聞いた話だが、火災の原因は漏電だった。
今思えば、築40年以上経つ古いアパートだったから、あり得ない話ではない。
父の言う通り火災が深夜でなかったのが、本当に不幸中の幸いだったかもしれない。
「そうだね、俺、逆に運が良かったと思うことにするよ」
「うんうん、そう思った方がいいぞ。
ところで火災保険は下りると思うが、新しい部屋の敷金とか前家賃とか、何かと金がいるだろうから、とりあえず先に送るな」
父親は祐希の口座に30万ほど送金してくれると言った。
「父さん、ありがとう」
幸いにもキャッシュカードとスマホは手元にあるので、何とか生活していける。
「ところで祐希、明日奈さんがお前の大学の近くでアパート経営してるって知ってるか?」
明日奈は、祐希の7つ年上の兄である大希の嫁だった。
だったと言う過去形なのには理由がある。
それは結婚式当日の朝、大希が交通事故に遭い亡くなってしまったからだ。
青信号に変わり横断歩道を渡り始めた小学生が、信号無視で突っ込んできた車に跳ねられそうだったのを、その場に居合わせた大希が、咄嗟に助けて自分が車にはねられてしまったのだ。
明日奈は、花嫁になる前に未亡人となってしまうという、不幸な境遇の女性だ。
「えっ、それ初耳だけど」
「父さんも最近聞いたばかりなんだが、大希の遺した保険金を注ぎ込んでアパート経営しているそうだ」
「へ~、あの明日奈さんがね~」
明日奈とは兄の結婚前に何度か会ったことがあるが、自分から進んで何かを始めるようなタイプの女性には見えなかったが……
「電話して空き部屋がないか聞いてみるが、もし入居可能だったら明日奈さんから祐希に電話してもらうよう頼んでみるからな」
そう言って父は義姉の携帯番号を教えてくれた。
「うん、わかった、父さんありがとう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の夕方、祐希のスマホが鳴った。
見ると、それは義姉の明日奈からだった。
結婚式当日に未亡人となった明日奈だが、先に入籍を済ませていたことから、兄が亡くなってからも篠宮姓を名乗っているのだ。
あの事故から既に4年近く経つが、今では共通の話題もなく、その後一度も義姉とは連絡を取っていなかった。
「義姉さん、ご無沙汰してます」
「祐希くん、お久しぶり。
アパートが火事になったってお義父さんから聞いたわよ、大変だったわね」
「はい……部屋も私物も全部燃えちゃいました」
「本当に大変な目に遭ったわねぇ……
それでね祐希くん、もしよかったら、私のシェアハウスに住まない?」
「シェアハウス……ですか?」
父親からはアパートと聞いていたが、どうやら明日奈の経営してるのはシェアハウスらしい。
「ええ、実は私、お兄さんの遺した保険金でシェアハウスを建てたの。
祐希くんの大学にも近いし、通いやすいと思うけど、もし良かったらどうかしら」
「えっ、それって、ルームシェアみたいな感じですか?」
「う~ん、ルームシェアとはちょっと違うかなぁ。
1人1部屋でリビングとかお風呂とか、トイレも共用なの。
うちのシェアハウスは、広くて設備も良いから意外と人気あるのよ」
「へ~、そうなんですか」
「ええ、今1部屋だけ空きがあるから……
祐希くん、明日にでもシェアハウス、見に来ない?」
シェアハウスは、祐希が元住んでいた街と反対方向にある柏琳台駅から徒歩8分だそうだ。
祐希は明日の午後4時に見に行くと、明日奈と約束した。
「祐希くんのスマホにシェアハウスの地図データ送っておくね」
「義姉さんありがとうございます。
それじゃ明日伺います」
「うん、待ってるね」
電話を切ってからすぐに、祐希のスマホに地図データが送られてきた。
シェアハウスの名称は「ヴィーナス・ラウンジ」というらしい。
彼は受験前日にインフルエンザに罹り、40℃を超える高熱を出した。
当然受験は叶わず、やむなく一浪して今の大学に入学した運のない男だ。
幸いなことに、祐希は容姿端麗で頭脳明晰、高校でもトップ3に入る学力の持ち主だ。
そして誰とでも分け隔てなく付き合える優しい性格に加え、柔らかな物腰、爽やかな笑顔とくれば、周りの女子が放っておくはずがない。
高校の体育館裏に呼び出され「好きです、付き合って下さい」と何度も女子から告白された。
しかし、好きでもない女子と付き合う気にはなれず、「ごめんなさい」と全てお断りした。
結局、高校3年間を通じ、トキメキを覚える女性は現れず、恋愛に至ることはなかった。
そんな祐希にとって、その日の出来事は、まさに晴天の霹靂であった。
大学の最寄り駅で帰りの電車を待っていた。
ふと向かいのホームに目をやると、そこに1人の少女が立っていた。
それは息を呑むほどの清楚で可憐な美少女だった。
駅のホームの喧騒が、一瞬で遠のいたような気がした。
まるで世界に、彼女と自分しかいないような錯覚。
白いワンピース姿で、腰まで届きそうな長い黒髪を風に靡かせ、愛くるしい大きな瞳、透き通るような白い肌、そこはかとなく憂いを帯びた横顔がとても美しかった。
祐希の目は、その少女に釘付けとなった。
風で揺れる髪を抑えようと、片手で耳元を押さえる仕草が、何とも言えず絵になっていた。
祐希の視線に気づいたのか、彼女はこちらを向き目が合った。
彼女はビクリと肩を震わせると、何かに怯えるようにパッと視線を逸らした。
その瞬間、突風と共に電車が入り、彼女の姿は見えなくなった。
その間わずか15秒ほどだったが、祐希はその少女に魅了されてしまった。
今まで見たこともないほどの美少女。
まさに理想のタイプ、ストライクゾーンど真ん中だ。
祐希は、心拍数が上がり、顔が紅潮しているのに気づいた。
これが一目惚れというやつか?
彼女の姿をもう一度見てみたい……
祐希は、彼女を乗せて走り去る電車を、いつまでも目で追った。
それからの日々、祐希は駅を利用するたびに、無意識に彼女の姿を探すようになった。
だが、あの白いワンピースの少女が現れることはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから1ヶ月が過ぎたある日の夕方、大学の授業が終わり、祐希は自分が住むアパートへと向かっていた。
5月中旬に入り、これから日に日に暑くなっていく時期だ。
後方から消防車が近づき、けたたましいサイレンを鳴らしながら、祐希を追い抜いて行った。
(こんな時間に火事か……)
消防車を目で追いながら、祐希は根拠のない胸騒ぎを覚えた。
(まさか……まさかな、たまたま方向が同じだけさ……)
自分にそう言い聞かせながら、祐希はアパートへと急いだ。
しかし祐希の胸騒ぎは、現実のものとなった。
火事は祐希の住むアパートだった。
建物から火の手が上がり、もうもうと黒煙が立ち昇っていた。
何台もの消防車が、建物を遠巻きに取り囲み、消防隊員が一斉に放水していた。
「危険ですから離れて下さい、離れて下さい」
アパートの手前には規制線が張られ、近づくことは出来なかった。
どこから沸いてきたのか、大勢の野次馬が遠巻きに火事を眺めていた。
建物からはメラメラと勢いよく炎が上がり、何かが割れる音や爆発音が何度も聞こえた。
ここまで熱気が感じられるほど、火の勢いは強かった。
鼻を突くゴムやプラスチックの焦げた臭いが立ち込め、思わず口元を覆う。
パチパチと木材が爆ぜる乾いた音が、祐希の頭の中を真っ白にしていった。
祐希は燃え盛る自分のアパートを見ながら、呆然と立ち尽くすしかなかった。
喉がひりつくような焼け焦げた臭いが立ち込め、パチパチと木材が燃える乾いた音が耳に届いた。
やがて辺りが夕闇に包まれる頃、ようやく鎮火した。
アパートは全焼し、祐希の私物も家財も全て灰となった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
住処を失い、茫然自失となった祐希だが、同じ大学の友人「小島健太郎」に事情を話し、その夜は彼のアパートに厄介になることとなった。
「コジケン、世話になるが宜しく頼む」
「おう、気にすんなって。俺とお前の中じゃないか。
しかし、まさかお前のアパートが火事とはなぁ…」
「……ああ、本当にそのまさかだよ」
祐希は、まだ現実を受け入れられずにいた。
「まあ、あまり気を落とすなよ。
その内きっといいこともあるさ」
コジケンは、祐希の肩をポンポンと叩いた。
「コジケン、お前って意外といいやつだなぁ」
「祐希、その意外とって言うの余計だぞ」
コジケンは、顔をクシャクシャにして笑った。
「とにかく、今日はゆっくり寝て体を休めろ。
これからどうするか、明日起きてからゆっくり考えればいいさ」
「……それもそうだな」
その夜、祐希は夢を見た。
駅のホームで見たあの美少女が夢に登場し、微笑みながら祐希を手招きする夢だ。
彼女のもとへ向かおうとするが、隣のホームへ向かう階段が見つからない。
直線距離で20メートルほどの距離にいる、彼女のもとへ向かおうと必死にもがくが、もがけばもがくほど遠くなるという変な夢だ。
目を覚ますと、コジケンが心配そうに祐希の顔を覗き込んでいた。
「お前、うなされてたぞ。火事のこと、よっぽどショックだったんだな」
そう言うとコジケンは、一人でうなずいていた。
布団から這い出して、着替えていると母親から着信があった。
親には昨日既にアパートが火事で焼けて、友人宅に泊めてもらうことを伝えてあるのだ。
「もしもし祐希、大丈夫かい?」
「あぁ、母さん、おはよう」
「おはよう、昨日は眠れたかい?」
「うん、変な夢見てさ、うなされてたって、コジケンに言われたけど、熟睡はできたよ」
「変な夢って…、やっぱり火事のことがショックだったのかしらねぇ。
ところで祐希、部屋探し始めるんでしょ」
「うん、午後にでも駅前の不動産屋を覗いてみようかなって思っていたところさ」
「そうだね、できるだけ早く部屋決めて、小島さんに迷惑にならないようにしなきゃね。
あっ、父さんが電話代われって言ってるから代わるよ」
脳裏に心配そうな父親の顔が浮かんだ。
「祐希……お前大変だったなぁ……」
「うん、まさか自分のアパートが火事になるなんて、思っても見なかったからね……」
「そうだなぁ……
でも火事が夜中でなくて、良かったなぁ。
もし夜中だったら、熟睡してて逃げ遅れたかもしれないな……
だから今回のことは不幸中の幸いだったと考えるんだぞ」
後で聞いた話だが、火災の原因は漏電だった。
今思えば、築40年以上経つ古いアパートだったから、あり得ない話ではない。
父の言う通り火災が深夜でなかったのが、本当に不幸中の幸いだったかもしれない。
「そうだね、俺、逆に運が良かったと思うことにするよ」
「うんうん、そう思った方がいいぞ。
ところで火災保険は下りると思うが、新しい部屋の敷金とか前家賃とか、何かと金がいるだろうから、とりあえず先に送るな」
父親は祐希の口座に30万ほど送金してくれると言った。
「父さん、ありがとう」
幸いにもキャッシュカードとスマホは手元にあるので、何とか生活していける。
「ところで祐希、明日奈さんがお前の大学の近くでアパート経営してるって知ってるか?」
明日奈は、祐希の7つ年上の兄である大希の嫁だった。
だったと言う過去形なのには理由がある。
それは結婚式当日の朝、大希が交通事故に遭い亡くなってしまったからだ。
青信号に変わり横断歩道を渡り始めた小学生が、信号無視で突っ込んできた車に跳ねられそうだったのを、その場に居合わせた大希が、咄嗟に助けて自分が車にはねられてしまったのだ。
明日奈は、花嫁になる前に未亡人となってしまうという、不幸な境遇の女性だ。
「えっ、それ初耳だけど」
「父さんも最近聞いたばかりなんだが、大希の遺した保険金を注ぎ込んでアパート経営しているそうだ」
「へ~、あの明日奈さんがね~」
明日奈とは兄の結婚前に何度か会ったことがあるが、自分から進んで何かを始めるようなタイプの女性には見えなかったが……
「電話して空き部屋がないか聞いてみるが、もし入居可能だったら明日奈さんから祐希に電話してもらうよう頼んでみるからな」
そう言って父は義姉の携帯番号を教えてくれた。
「うん、わかった、父さんありがとう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の夕方、祐希のスマホが鳴った。
見ると、それは義姉の明日奈からだった。
結婚式当日に未亡人となった明日奈だが、先に入籍を済ませていたことから、兄が亡くなってからも篠宮姓を名乗っているのだ。
あの事故から既に4年近く経つが、今では共通の話題もなく、その後一度も義姉とは連絡を取っていなかった。
「義姉さん、ご無沙汰してます」
「祐希くん、お久しぶり。
アパートが火事になったってお義父さんから聞いたわよ、大変だったわね」
「はい……部屋も私物も全部燃えちゃいました」
「本当に大変な目に遭ったわねぇ……
それでね祐希くん、もしよかったら、私のシェアハウスに住まない?」
「シェアハウス……ですか?」
父親からはアパートと聞いていたが、どうやら明日奈の経営してるのはシェアハウスらしい。
「ええ、実は私、お兄さんの遺した保険金でシェアハウスを建てたの。
祐希くんの大学にも近いし、通いやすいと思うけど、もし良かったらどうかしら」
「えっ、それって、ルームシェアみたいな感じですか?」
「う~ん、ルームシェアとはちょっと違うかなぁ。
1人1部屋でリビングとかお風呂とか、トイレも共用なの。
うちのシェアハウスは、広くて設備も良いから意外と人気あるのよ」
「へ~、そうなんですか」
「ええ、今1部屋だけ空きがあるから……
祐希くん、明日にでもシェアハウス、見に来ない?」
シェアハウスは、祐希が元住んでいた街と反対方向にある柏琳台駅から徒歩8分だそうだ。
祐希は明日の午後4時に見に行くと、明日奈と約束した。
「祐希くんのスマホにシェアハウスの地図データ送っておくね」
「義姉さんありがとうございます。
それじゃ明日伺います」
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