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プロローグ
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襲ってきたのは、四つの不可思議な軌道を描く球体だった。
一つ一つが野球ボールくらいの大きさの癖に、それらは蛇行し、旋回し、時には曲がり、時には真っ直ぐ、実に不規則な動きを繰り返して一人の少年へと向かう。
「………………チッ!」
口汚く舌打ちした彼を、しかし誰が責められると言うのか。
彼に迫るのは、文字通りの“魔弾”だ。一つ一つが魔力で形成された球体であり、しかも一発でも直撃すれば高層ビルをも半壊させる威力がある。 さらには動きが不規則な為に回避は不能。確かに撃ってる本人には良いかもしれないが、相対する敵からすれば堪ったものではなかった。
ーーーどうする?
少年は逡巡する。
それは一息にも満たない刹那の時。されど彼からすれば、心臓が止まるほどの長い時間に感じられた。
四つの砲撃への答えは彼の行動によって示された。
「ラァァァァァァァァァ!!」
裂帛の気合いと共に放たれたのは拳だ。
彼は迫る四つの魔弾に対して、己の両の拳で遮二無二迎撃する事を選んだのだ。 愚策も愚策。あまりに失策である。
先程も述べた通り、迫る四つの魔弾は一撃でも喰らえば高層ビルを容易に半壊させる魔の一撃だ。 そんなモノに対して拳で迎撃すれば、稚児でも結果は分かろうと言うもの。あと数秒もすれば、彼の身体はグチャグチに弾け飛ぶだろう。無様なスクラップの完成である。
そう、普通の拳なら。
高層ビルをも一撃で半壊させる魔の砲弾四つ。 ああ、確かにそれは凄まじい攻撃なのだろう。だが、対する少年の拳も尋常ではあり得ない。
何せ彼の拳は未だに健在だ。無論、迫る魔弾を全てその拳で撃ち落としたのに、である。
歯には歯を。
目には目を。
なればこその、“魔”には“魔”を。
先程の攻防は、明かしてしまえばそれだけのことだ。特段珍しい事でもないのである。 魔力で形成した砲弾を敵が撃ってきたように、彼もまた己の拳に魔力を鎧わせたという、それだけの出来事。
“彼”と“彼の敵”の“世界”における、極めて常識な魔法原則。
人は産まれ持って、魔法を使用する為の特殊な器官ーーー魔蔵を持つ。魔蔵の形、大きさ、脈動の速さなどの特徴は人によって個人差が別れ、当然ながら人によって扱える魔法の種類も異なる。
収束、放出、拡散、貫通、吸着、固定、拘束、切断………etc。
兎に角、それらの所謂“魔法特徴”と呼ばれるモノは人によって異なるのである。
彼が扱うは収束。
人体の一箇所に魔力を集め、ソレを鎧わせることによって盾に。もしくは鎧わせたソレを振るうことによって鈍器に。または爆散させることによってジェット機に、或いは範囲こそ狭いものの、相手に向かって爆散させることで火炎放射器のような使用も出来る。
極めて汎用性の高い魔法特徴と言えるだろう。 少なくとも、己の知己である“拡散”よりは使い道が多い筈だと彼は自負していた。
故にこそ、彼と相対する敵の魔法特徴が重要であるのだが………。
「…………………」
彼は無言で己の敵を睨んだ。
少年の前に、十分な距離を保って立つのは一人の少女だった。 凡そ、人と戦うには向かなそうな、華奢な幼い女である。
彼女は少年のソレと比べて異様に細い腕を無造作に振り上げている。
その腕が、少年には死刑囚を待つ無慈悲なギロチンにさえ思われた。
そもそも、少年は知っていたのだ。
己と相対する敵ーーー戦闘や喧嘩には凡そ向かなそうなこの少女と己に広がる、彼我の絶対的な実力差を。
少女がもしも本気ならば、今頃少年は塵一つ残ってはいまい。 なにせ彼女の魔法特徴は“放出”。 離れた者には当然、また近づいた者にさえも己の全身から魔力を一気に放出する事により、無差別な攻撃が可能。という超絶的な才能だ。
無論、相性の差もある。
遠距離を最も得意分野とする少女に対して、少年は殆ど遠距離の敵に対しての手段を持たず、また彼我の距離が遠い所から戦闘が始まってしまったという事実。 確かにそれもまた、少年を窮地に追い込んでいる要因だろう。
だが違う。
相性差云々以前にーーーそも、絶対的に地力となる魔力に差があり過ぎる。
例えればモンスターマシン級の車と軽自動車でエンジン比べをするようなモノだ。 なにせ彼女が本気を出せば先程の魔弾など千や万の量を一気に放つ事も可能なのである。
はっきり言って、少年に勝ちの目はない。
なのに、
少年の目は死んでいなかった。
それどころか、憎悪という炎を己の双眸にありありと浮かばせて、少年は少女を力一杯睨んでいる。
何者をも焼き尽くすような、この世の怒りをすべて乗せたが如き憤怒の眼窩。睨まれれば、蛙どころか常人さえも呼吸が止まってしまうことは確かだった。
だが、ソレに対する少女は、
「………………」
無。
どこまでも無だった。
まるで、常に此処ではない浮世を見ているかのように焦点の定まらない両の瞳。 真っ黒い眼窩は、何も映らない漆黒そのものである。
そんな様に少年は再び激昂する。
「………テメェ。俺を侮辱するのも大概にしやがれ」
地を這うような声で言う。
その声音は、沸点さえ軽く超越し、臨界点すら突破した少年の憤りそのものだった。
「そうかよ。俺の怒りなんてタカが知れてると、俺の憤りなんて関心も興味もないと……お前はそう言うのかよ」
怒る。怒る。怒る。
「………ああわかったぜ。 いいさ、もうそれなら。 分からせてやるよ。俺の怒りを! 俺の復讐を! お前の“チャチ”な魔力で!防げるもんなら防いでみろよォォォォォォ!!」
刹那、全身に魔力を迸らせて少年は駆けた。 それに呼応するかのように、少女の周囲一帯にも魔力の渦が出来上がる。
暴力、暴走、暴風。
少女を中心に渦巻く魔力は、正しく自然災害におけるタイフーンのそれだ。触れれば当然タダでは済まないし、巻き込まれれば最後命が失われることとなる。
立ちはだかるは神の業。
自然災害さえも己の魔力のみで産み出せてしまう少女は、最早天災以外のナニモノでもあるまい。
突破? 不可能だ。神の業に人が挑んで勝てる道理など存在しない。
逃亡? それさえ不可能だ。 巻き起こってしまった災害は、最早此処ら一帯を食い散らかすまで止まりはしまい。ならば人の鈍重さで生き残るのは有り得ない。
なら、少年の選択はーーー
「だったら! 人のまま神を越えれば良いんだろ!」
傲慢なる突貫だった。
己の全身に八割の魔力を鎧わせ、残りの二割を足下で爆散させてただただ突貫する。
「ォォォォォォ! この程度の障壁で!この程度の魔力で! 俺が止まるかよォ!」
こうして、少年は無謀にも突撃を選んだ。
確かに、戦士の選択としては悪くないのかもしれない。 なにせ、少女と対する時点で少年は詰んでいる。 だったら、この選択に否を唱える者は居ないはずだ。
どころか、見る者が見れば金賞だと褒め称えるかもしれない。
しかし。
だけれど。
それでも。
「ーーーー退屈だなぁ」
何処からともなく、陽気な声が響いた。 同時、水風船が割れるような音と共に、幾つもの水滴が大地を汚した。
無論、その水は命の色をしていたが。
□
そこで、少女は目が覚めた。
目蓋を開けると、まず第一に窓から入る太陽の陽光。 そして白い飾り気のない天井ときて、殺風景な部屋へと視線が移る。
特段、少女はミニマリストというわけではない。わけではないが、その部屋は少々殺風景に過ぎて、嫌な夢の後だと少女を憂鬱な気分にさせてしまっていた。
まあそれも、少女が“この世界”の勝手を理解していないが故に、一般的な家具や娯楽具が分からなかった為なのだが……。
「………そろそろ買い物でもしようかなぁ………」
言葉とは裏腹に、その言葉は何処となく重く沈んでいた。
やる気が起きない。
無理もない。
此処は少女が産まれ、生きた世界とは全く違う世界ーーー所謂“異世界”というやつだ。 此処では今まで少女が培ってきたあらゆる思想、常識、基準が通用しない。 しかも、当然だがこの世界では少女の知己は一切存在しないのだ。これでストレスが溜まらないなら、ソイツは余程の非人間か自殺志願者だろう。と少女は思う。
取り敢えず洗面台に向かい、己の長い銀髪を櫛で梳きつつ、少女は鏡に向かって思考を纏めていた。 そもそも、何故己がこんな世界に来たのか。その全ての原因は、
「………やぁ。 準備は上々かいレディ?朗報を持ってきたよ」
いきなり今現れ、陽気な声で少女に接する幼い少年にあった。
艶のある黒髪の少年だった。見た目の年齢は十二歳くらいで、しかもその中でも小柄に位置する部類であろう。 女子と見紛うほどの綺麗な童顔に、黒曜石のような瞳を携えた少年はしかし、左側の瞳を銀色の眼帯で隠していた。 しかもどういうわけか、少年には両腕がない。 おかげでいつも床にスレそうな程の長い袖の黒衣を着て、袖だけを宙に踊らせている。胴体を何重にも重厚な鎖で縛られている様は、痛々しいはずなのに何処か道化のような滑稽さを思わせた。
自らを“審判役”と名乗るこの少年は、本人の弁が正しければこの異世界への招待者の役回りをしているのだという。
かくいう少女もまた、“少し他とは勝手が違う”ものの、この少年によって招待された客の一人だ。
「……………結構」
少女は唐突に現れた少年にも慣れた様子で、短く切って捨てた。
こんなにも素気無い反応は予想していなかったのか、それともわざとか、少年はそんな少女を見て思わずズッコケた。 生来のオーバーリアクションである。
「オイオイオイ! こんなにもいたいけな少年が朗報!朗報!って走って来たんだよぉ? 普通はなぁに?って聞いてあげるのが淑女魂ってモノじゃあないの!? ねぇ! ねぇってば!!」
長い袖をヒラヒラと少女の眼前で揺らす様は、正しく親の関心を引きたいとせがむ幼児そのものだ。
だが、対する少女の反応は実に冷たいものだった。 寧ろ、己の朝の手入れを邪魔する者を睥睨さえしていた。
「イヤ。 だって貴方の朗報って……ロクなモノだった試しがないよ? わかってる?」
ある時は戦闘狂の凶暴な女が来たと言い、その人の視界に入らないように逃げ回った。
ある時は玩具作りが趣味の変態が来たと言い、これもまた逃げ回った。
ある時はなんかよく分からないけどとんでもないギャップ野郎が来たと言い、これもまたやはり逃げ回った。
そんな逃げ回るばかりの己の人生を振り返って、少女は非難するように少年を見つめた。 此処に来てかれこれ一週間近く。 この少年の持ってくる“朗報”は少女にとって厄災の報らせなのであった。
「ちぇ、なにさなにさ。良いもん良いもん。ノリの悪い女の子はモテないんだぞ! ただでさえ胸がないのに、君はノリの良さ以外でどうやって男をGET!するつもりなのさ!?」
「一つ良いことを教えてあげよう。童顔少年」
完全に拗ねた様子の少年に、少女は我が意を得たりと指を一本立てた。当然、やたらと発音の良いGET!は無視である。
「世の中一番男性にモテるのはCだと判明した。 つまりこれは私の時代なの。私こそが需要なの。 私は最早世の中の女性の理想像となってしまったのよ!」
「な、なんだってーーー!?」
両手、正確には両袖を大きく広げて驚愕を露にする少年。 彼は今の言葉に酷く胸を撃たれたようで、目に見えて憔悴の色を瞳に映していた。
対して少女の方は何処か誇らしげ。 先程立てた人差し指に中指も加え、勝利のVサインである。
「そ、そんな馬鹿な……漢は何時だって巨砲主義だって……ロマンに生きる生物だって……信じてたのに!」
「そういう貴方はドッチ派?」
「……え? ボク? ……ああ、ボクは超絶貧乳派だよ? だって実際、アレって脂肪なわけでしょ? ……ちょっとボクは受け付けられないかなぁ……」
そう堂々と胸を張って言う美少年は、どうやら自分が自らの口で墓穴を掘っているとは露とも知らないらしい。
そんな彼を目の前に、優しい優しい少女はガッツポーズを作っていってあげる。無慈悲な勝利台詞を。
「なら、私の勝ちね」
何処となく勝ち誇り、微笑さえも浮かべて言って見せた。 対して少年は己で掘った墓穴に気づいたらしく、しまった!?と頭を抱え、終いには逃走した。
「うえーん! お前なんて、お前なんて!女性がみんな巨乳の世界に送ってやるからなぁ! 幼稚園児も小学生も例外なくみんな爆乳なんだぞ!! 覚えてろぉぉぉぉぉぉ!!!!」
そう絶叫し、開いたままのドアから逃走する様は、正しく負け犬の遠吠えというに相応しいのであった。
女性は洗面台で一人笑みを濃くし、安堵の溜息を吐こうと
「………で、茶番はこの位で良い?」
して、諦めのモノに変わった。
幾らこんなナリをしていても、この美少年は年相応の人間ではない。いや、そも人間かどうかも怪しい魔人である。
そんな人に対して、“常人である”少女が太刀打ちできるわけもなく、ならば当然今までの舌戦は少女が勝ったのではない。 少年が勝たせてくれたのだ。それならばさっさと用件だけ話すことも出来たであろうにーーー存外、少年はこういう悪ふざけが好きなのだから始末に負えない。
「はぁ、聞けば良いんでしょ?」
少女が溜息と共に肩を竦めると、少年はそうこなくっちゃ!と笑ってみせた。本当にあどけない笑みだ。
「では朗報を伝えよう。 喜べ少女。とうとう君が“シンデレラ”になる時が来た!」
そうオーバーな仕草で言い放つと、両手がないためだろうが、彼は口でパチパチパチ!と拍手の真似をした。ついで終いには恭しく一礼までしてみせる。
しかしソレを受ける少女の表情もまた、先程までとは打って変わっていた。
さっきまでが何処か飾った笑みや口調だったのに対し、今度は純粋に喜色の色を強くしている。
「……へぇ。でもまあ“魔法だけ掛けてもらって、待ち惚け状態”だったもんねえ?」
少女が強く詰問すると、少年が滅多に見せない苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……それは本当に、真剣に此方の落ち度だよ。 ボクの目測違いだ。まさかこんなにも“堕ちるのが遅い”とは思わなかった」
そうどこか本当に、本当に苦々しげに言うと、少年はついですぐさま頭を振った。
「まあ、そんなことはどうでも良い。問題は今だ。 良いかいレディ? 時間は有限だ。当然だけど、“時間がくればシンデレラは帰らないといけない”。
だからこそ、さっさと行きなさい。それとも、素っぴんのまま“王子”の下へ行くのは恥ずかしいかい? ならば僭越ながら、このボクがやってあげるけど?」
不敵に笑って言う少年に対して、少女の方もやはり不敵に応じた。
「そんな両腕で化粧が出来るなら、貴方には審判役よりも曲芸師が似合いだよ」
その言葉を最後に、少女は踊るような歩調の軽さで飛び出していく。 まるでスキップする童子のような愛らしさで。
その背中を見つめ、少年はボソリと呟いた。
「“靴くらいは残してきなよ?”シンデレラ□□□□。ーーーいや、今はミラだったね。
まあとにかく、君に武運があることを祈るよ!!」
両手のない少年の胡散臭い祈りは、幸か不幸か少女ミラには聞こえなかった。
□
神崎優也視点
初めは順調だったんだ。
“魔法”ってもんがあるこの世界で、俺は偶然にも凄まじい才能を持った少女に出会った。 しかも偶然は重なるもので、彼女は俺と同じ地球人でしかも同年代だ。
地球人に魔力を生成する器官ーーー即ち魔蔵が宿るのは珍しいらしく、しかも同年代ともなれば奇跡に等しい。
それに少女にはえも言えぬ魅力があった。 超絶的な才能を持ちながらも慈愛のような優しさを持ち、星のような輝きを常に身に纏う少女。 どこか吸い寄せられるような光を放ち、故に誰からも好かれる天稟を預かった彼女。
そして、引き寄せられるのは俺も例外じゃなかった。
ああ認めよう。 恥ずかしいが、俺こと神崎優也は彼女を好いている。
だから助けたいと思った。
少しでも彼女が楽になればと、日々邁進した。その願いが叶ったのか、はたまた彼女の気まぐれだったのか、初めはずっと隣だったんだ。
ーーー相棒、と呼んでも良かったと思う。
あの時は順調だった。
「栄光魔法少女」とか「星光の破滅者」とか「覇王」とか謳われる彼女の隣に並び立てるのは、嬉しかったし、誇りでもあった。……いや、違うな。誇りとか、嬉しいとかじゃなくて、今考えると俺は彼女が好きだったんだ。好いていたから一緒に居たかったんだ。
俺は才能が凄まじくて優しい魔法少女だから好いたんじゃない。
俺は彼女が柑菜絢だったからこそ、好きになったんだ。
ああけれど、何時しか俺の隣には彼女が立っていなかった。 彼女の隣に立ったのは新しく出来た“トモダチ”。
気づけば彼女“達”は一切邪魔の入れぬ、非の打ち所がないコンビへと成長していて、周りの目も“彼女を見る目”から“彼女達を見る目”に変わっていた。
そうなると、当然俺はお払い箱だった。 大した才能もなく、戦闘センスも言うほど。当然、次第に周りは俺を忘れていった。
初めは彼女達。
ついで同僚の仕事仲間。
最後には上司や部下といった浅い関係の人達に至るまで、
「……どうしてこうなった」
俺を“ないもの”として認識した。
彼ら彼女らは俺をまるで透明人間かのように扱い、俺を無視するようになった。 そうすると俺は孤独だ。何しろ俺はずっと天涯孤独だったから。
一人の公園で項垂れる。
もうダメだった。
理屈は分からないが、足下から消えていく感覚が確かにあった。
「…………消えたくない」
消えたくない消えたくない消えたくない。
死ぬのはまだ良い。 死ぬのは生命がそこで終わると言うだけのこと。少なくとも周りの知己や友人から一時でも悲しんでもらえるから。
でも消えるのはイヤだ。
だってこのまま消えてしまえば、俺はこの世界から忘却されてしまう気がしたから。
冷や汗が滝のように流れ出す。はげし 呼吸を整えようとすれば、急に転んだ。それも不可解に。
不思議に思って足下を見やると、
「………下半身が………ない!?」
驚愕する。
今まで当たり前にあった人体の部位が消えていた。 まるで初めからそんなモノなどなかったように、綺麗サッパリなくなっている。勿論血もない。
なんで?
どうして?
どうなった!?
色々な疑問が俺の頭を錯綜し、しかしその何れも必要ないと切って捨てた。
思う事はただ一つ。
消えたくない。
「こんな所で訳も分からず消えるなんて、真っ平だ!」
力一杯握りしめた拳を地面に叩きつけ、ただ叫ぶ。
イヤだった。
誰にも知られず、誰にも認められず、己の命が亡くなっていくなんて。 訳も分からずこのまま消えていくなんて。
そんな孤独、耐えられない。
そんな喪失、耐えられない。
だから言おう。何度でも。
「俺は………こんな所で、消えたくない!」
そうして、力一杯叫んだ声は、
「ーーーー承知したよ」
誰かに、確かに届いたように思えた。
「“異邦”へようこそ。さぁ、“彼方”へと至る為、精々頑張っておくれよ」
耳朶を打つのは、胡散臭くも妙に高い少年の声。
瞬間、俺の視界一杯を光が差した。
一つ一つが野球ボールくらいの大きさの癖に、それらは蛇行し、旋回し、時には曲がり、時には真っ直ぐ、実に不規則な動きを繰り返して一人の少年へと向かう。
「………………チッ!」
口汚く舌打ちした彼を、しかし誰が責められると言うのか。
彼に迫るのは、文字通りの“魔弾”だ。一つ一つが魔力で形成された球体であり、しかも一発でも直撃すれば高層ビルをも半壊させる威力がある。 さらには動きが不規則な為に回避は不能。確かに撃ってる本人には良いかもしれないが、相対する敵からすれば堪ったものではなかった。
ーーーどうする?
少年は逡巡する。
それは一息にも満たない刹那の時。されど彼からすれば、心臓が止まるほどの長い時間に感じられた。
四つの砲撃への答えは彼の行動によって示された。
「ラァァァァァァァァァ!!」
裂帛の気合いと共に放たれたのは拳だ。
彼は迫る四つの魔弾に対して、己の両の拳で遮二無二迎撃する事を選んだのだ。 愚策も愚策。あまりに失策である。
先程も述べた通り、迫る四つの魔弾は一撃でも喰らえば高層ビルを容易に半壊させる魔の一撃だ。 そんなモノに対して拳で迎撃すれば、稚児でも結果は分かろうと言うもの。あと数秒もすれば、彼の身体はグチャグチに弾け飛ぶだろう。無様なスクラップの完成である。
そう、普通の拳なら。
高層ビルをも一撃で半壊させる魔の砲弾四つ。 ああ、確かにそれは凄まじい攻撃なのだろう。だが、対する少年の拳も尋常ではあり得ない。
何せ彼の拳は未だに健在だ。無論、迫る魔弾を全てその拳で撃ち落としたのに、である。
歯には歯を。
目には目を。
なればこその、“魔”には“魔”を。
先程の攻防は、明かしてしまえばそれだけのことだ。特段珍しい事でもないのである。 魔力で形成した砲弾を敵が撃ってきたように、彼もまた己の拳に魔力を鎧わせたという、それだけの出来事。
“彼”と“彼の敵”の“世界”における、極めて常識な魔法原則。
人は産まれ持って、魔法を使用する為の特殊な器官ーーー魔蔵を持つ。魔蔵の形、大きさ、脈動の速さなどの特徴は人によって個人差が別れ、当然ながら人によって扱える魔法の種類も異なる。
収束、放出、拡散、貫通、吸着、固定、拘束、切断………etc。
兎に角、それらの所謂“魔法特徴”と呼ばれるモノは人によって異なるのである。
彼が扱うは収束。
人体の一箇所に魔力を集め、ソレを鎧わせることによって盾に。もしくは鎧わせたソレを振るうことによって鈍器に。または爆散させることによってジェット機に、或いは範囲こそ狭いものの、相手に向かって爆散させることで火炎放射器のような使用も出来る。
極めて汎用性の高い魔法特徴と言えるだろう。 少なくとも、己の知己である“拡散”よりは使い道が多い筈だと彼は自負していた。
故にこそ、彼と相対する敵の魔法特徴が重要であるのだが………。
「…………………」
彼は無言で己の敵を睨んだ。
少年の前に、十分な距離を保って立つのは一人の少女だった。 凡そ、人と戦うには向かなそうな、華奢な幼い女である。
彼女は少年のソレと比べて異様に細い腕を無造作に振り上げている。
その腕が、少年には死刑囚を待つ無慈悲なギロチンにさえ思われた。
そもそも、少年は知っていたのだ。
己と相対する敵ーーー戦闘や喧嘩には凡そ向かなそうなこの少女と己に広がる、彼我の絶対的な実力差を。
少女がもしも本気ならば、今頃少年は塵一つ残ってはいまい。 なにせ彼女の魔法特徴は“放出”。 離れた者には当然、また近づいた者にさえも己の全身から魔力を一気に放出する事により、無差別な攻撃が可能。という超絶的な才能だ。
無論、相性の差もある。
遠距離を最も得意分野とする少女に対して、少年は殆ど遠距離の敵に対しての手段を持たず、また彼我の距離が遠い所から戦闘が始まってしまったという事実。 確かにそれもまた、少年を窮地に追い込んでいる要因だろう。
だが違う。
相性差云々以前にーーーそも、絶対的に地力となる魔力に差があり過ぎる。
例えればモンスターマシン級の車と軽自動車でエンジン比べをするようなモノだ。 なにせ彼女が本気を出せば先程の魔弾など千や万の量を一気に放つ事も可能なのである。
はっきり言って、少年に勝ちの目はない。
なのに、
少年の目は死んでいなかった。
それどころか、憎悪という炎を己の双眸にありありと浮かばせて、少年は少女を力一杯睨んでいる。
何者をも焼き尽くすような、この世の怒りをすべて乗せたが如き憤怒の眼窩。睨まれれば、蛙どころか常人さえも呼吸が止まってしまうことは確かだった。
だが、ソレに対する少女は、
「………………」
無。
どこまでも無だった。
まるで、常に此処ではない浮世を見ているかのように焦点の定まらない両の瞳。 真っ黒い眼窩は、何も映らない漆黒そのものである。
そんな様に少年は再び激昂する。
「………テメェ。俺を侮辱するのも大概にしやがれ」
地を這うような声で言う。
その声音は、沸点さえ軽く超越し、臨界点すら突破した少年の憤りそのものだった。
「そうかよ。俺の怒りなんてタカが知れてると、俺の憤りなんて関心も興味もないと……お前はそう言うのかよ」
怒る。怒る。怒る。
「………ああわかったぜ。 いいさ、もうそれなら。 分からせてやるよ。俺の怒りを! 俺の復讐を! お前の“チャチ”な魔力で!防げるもんなら防いでみろよォォォォォォ!!」
刹那、全身に魔力を迸らせて少年は駆けた。 それに呼応するかのように、少女の周囲一帯にも魔力の渦が出来上がる。
暴力、暴走、暴風。
少女を中心に渦巻く魔力は、正しく自然災害におけるタイフーンのそれだ。触れれば当然タダでは済まないし、巻き込まれれば最後命が失われることとなる。
立ちはだかるは神の業。
自然災害さえも己の魔力のみで産み出せてしまう少女は、最早天災以外のナニモノでもあるまい。
突破? 不可能だ。神の業に人が挑んで勝てる道理など存在しない。
逃亡? それさえ不可能だ。 巻き起こってしまった災害は、最早此処ら一帯を食い散らかすまで止まりはしまい。ならば人の鈍重さで生き残るのは有り得ない。
なら、少年の選択はーーー
「だったら! 人のまま神を越えれば良いんだろ!」
傲慢なる突貫だった。
己の全身に八割の魔力を鎧わせ、残りの二割を足下で爆散させてただただ突貫する。
「ォォォォォォ! この程度の障壁で!この程度の魔力で! 俺が止まるかよォ!」
こうして、少年は無謀にも突撃を選んだ。
確かに、戦士の選択としては悪くないのかもしれない。 なにせ、少女と対する時点で少年は詰んでいる。 だったら、この選択に否を唱える者は居ないはずだ。
どころか、見る者が見れば金賞だと褒め称えるかもしれない。
しかし。
だけれど。
それでも。
「ーーーー退屈だなぁ」
何処からともなく、陽気な声が響いた。 同時、水風船が割れるような音と共に、幾つもの水滴が大地を汚した。
無論、その水は命の色をしていたが。
□
そこで、少女は目が覚めた。
目蓋を開けると、まず第一に窓から入る太陽の陽光。 そして白い飾り気のない天井ときて、殺風景な部屋へと視線が移る。
特段、少女はミニマリストというわけではない。わけではないが、その部屋は少々殺風景に過ぎて、嫌な夢の後だと少女を憂鬱な気分にさせてしまっていた。
まあそれも、少女が“この世界”の勝手を理解していないが故に、一般的な家具や娯楽具が分からなかった為なのだが……。
「………そろそろ買い物でもしようかなぁ………」
言葉とは裏腹に、その言葉は何処となく重く沈んでいた。
やる気が起きない。
無理もない。
此処は少女が産まれ、生きた世界とは全く違う世界ーーー所謂“異世界”というやつだ。 此処では今まで少女が培ってきたあらゆる思想、常識、基準が通用しない。 しかも、当然だがこの世界では少女の知己は一切存在しないのだ。これでストレスが溜まらないなら、ソイツは余程の非人間か自殺志願者だろう。と少女は思う。
取り敢えず洗面台に向かい、己の長い銀髪を櫛で梳きつつ、少女は鏡に向かって思考を纏めていた。 そもそも、何故己がこんな世界に来たのか。その全ての原因は、
「………やぁ。 準備は上々かいレディ?朗報を持ってきたよ」
いきなり今現れ、陽気な声で少女に接する幼い少年にあった。
艶のある黒髪の少年だった。見た目の年齢は十二歳くらいで、しかもその中でも小柄に位置する部類であろう。 女子と見紛うほどの綺麗な童顔に、黒曜石のような瞳を携えた少年はしかし、左側の瞳を銀色の眼帯で隠していた。 しかもどういうわけか、少年には両腕がない。 おかげでいつも床にスレそうな程の長い袖の黒衣を着て、袖だけを宙に踊らせている。胴体を何重にも重厚な鎖で縛られている様は、痛々しいはずなのに何処か道化のような滑稽さを思わせた。
自らを“審判役”と名乗るこの少年は、本人の弁が正しければこの異世界への招待者の役回りをしているのだという。
かくいう少女もまた、“少し他とは勝手が違う”ものの、この少年によって招待された客の一人だ。
「……………結構」
少女は唐突に現れた少年にも慣れた様子で、短く切って捨てた。
こんなにも素気無い反応は予想していなかったのか、それともわざとか、少年はそんな少女を見て思わずズッコケた。 生来のオーバーリアクションである。
「オイオイオイ! こんなにもいたいけな少年が朗報!朗報!って走って来たんだよぉ? 普通はなぁに?って聞いてあげるのが淑女魂ってモノじゃあないの!? ねぇ! ねぇってば!!」
長い袖をヒラヒラと少女の眼前で揺らす様は、正しく親の関心を引きたいとせがむ幼児そのものだ。
だが、対する少女の反応は実に冷たいものだった。 寧ろ、己の朝の手入れを邪魔する者を睥睨さえしていた。
「イヤ。 だって貴方の朗報って……ロクなモノだった試しがないよ? わかってる?」
ある時は戦闘狂の凶暴な女が来たと言い、その人の視界に入らないように逃げ回った。
ある時は玩具作りが趣味の変態が来たと言い、これもまた逃げ回った。
ある時はなんかよく分からないけどとんでもないギャップ野郎が来たと言い、これもまたやはり逃げ回った。
そんな逃げ回るばかりの己の人生を振り返って、少女は非難するように少年を見つめた。 此処に来てかれこれ一週間近く。 この少年の持ってくる“朗報”は少女にとって厄災の報らせなのであった。
「ちぇ、なにさなにさ。良いもん良いもん。ノリの悪い女の子はモテないんだぞ! ただでさえ胸がないのに、君はノリの良さ以外でどうやって男をGET!するつもりなのさ!?」
「一つ良いことを教えてあげよう。童顔少年」
完全に拗ねた様子の少年に、少女は我が意を得たりと指を一本立てた。当然、やたらと発音の良いGET!は無視である。
「世の中一番男性にモテるのはCだと判明した。 つまりこれは私の時代なの。私こそが需要なの。 私は最早世の中の女性の理想像となってしまったのよ!」
「な、なんだってーーー!?」
両手、正確には両袖を大きく広げて驚愕を露にする少年。 彼は今の言葉に酷く胸を撃たれたようで、目に見えて憔悴の色を瞳に映していた。
対して少女の方は何処か誇らしげ。 先程立てた人差し指に中指も加え、勝利のVサインである。
「そ、そんな馬鹿な……漢は何時だって巨砲主義だって……ロマンに生きる生物だって……信じてたのに!」
「そういう貴方はドッチ派?」
「……え? ボク? ……ああ、ボクは超絶貧乳派だよ? だって実際、アレって脂肪なわけでしょ? ……ちょっとボクは受け付けられないかなぁ……」
そう堂々と胸を張って言う美少年は、どうやら自分が自らの口で墓穴を掘っているとは露とも知らないらしい。
そんな彼を目の前に、優しい優しい少女はガッツポーズを作っていってあげる。無慈悲な勝利台詞を。
「なら、私の勝ちね」
何処となく勝ち誇り、微笑さえも浮かべて言って見せた。 対して少年は己で掘った墓穴に気づいたらしく、しまった!?と頭を抱え、終いには逃走した。
「うえーん! お前なんて、お前なんて!女性がみんな巨乳の世界に送ってやるからなぁ! 幼稚園児も小学生も例外なくみんな爆乳なんだぞ!! 覚えてろぉぉぉぉぉぉ!!!!」
そう絶叫し、開いたままのドアから逃走する様は、正しく負け犬の遠吠えというに相応しいのであった。
女性は洗面台で一人笑みを濃くし、安堵の溜息を吐こうと
「………で、茶番はこの位で良い?」
して、諦めのモノに変わった。
幾らこんなナリをしていても、この美少年は年相応の人間ではない。いや、そも人間かどうかも怪しい魔人である。
そんな人に対して、“常人である”少女が太刀打ちできるわけもなく、ならば当然今までの舌戦は少女が勝ったのではない。 少年が勝たせてくれたのだ。それならばさっさと用件だけ話すことも出来たであろうにーーー存外、少年はこういう悪ふざけが好きなのだから始末に負えない。
「はぁ、聞けば良いんでしょ?」
少女が溜息と共に肩を竦めると、少年はそうこなくっちゃ!と笑ってみせた。本当にあどけない笑みだ。
「では朗報を伝えよう。 喜べ少女。とうとう君が“シンデレラ”になる時が来た!」
そうオーバーな仕草で言い放つと、両手がないためだろうが、彼は口でパチパチパチ!と拍手の真似をした。ついで終いには恭しく一礼までしてみせる。
しかしソレを受ける少女の表情もまた、先程までとは打って変わっていた。
さっきまでが何処か飾った笑みや口調だったのに対し、今度は純粋に喜色の色を強くしている。
「……へぇ。でもまあ“魔法だけ掛けてもらって、待ち惚け状態”だったもんねえ?」
少女が強く詰問すると、少年が滅多に見せない苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……それは本当に、真剣に此方の落ち度だよ。 ボクの目測違いだ。まさかこんなにも“堕ちるのが遅い”とは思わなかった」
そうどこか本当に、本当に苦々しげに言うと、少年はついですぐさま頭を振った。
「まあ、そんなことはどうでも良い。問題は今だ。 良いかいレディ? 時間は有限だ。当然だけど、“時間がくればシンデレラは帰らないといけない”。
だからこそ、さっさと行きなさい。それとも、素っぴんのまま“王子”の下へ行くのは恥ずかしいかい? ならば僭越ながら、このボクがやってあげるけど?」
不敵に笑って言う少年に対して、少女の方もやはり不敵に応じた。
「そんな両腕で化粧が出来るなら、貴方には審判役よりも曲芸師が似合いだよ」
その言葉を最後に、少女は踊るような歩調の軽さで飛び出していく。 まるでスキップする童子のような愛らしさで。
その背中を見つめ、少年はボソリと呟いた。
「“靴くらいは残してきなよ?”シンデレラ□□□□。ーーーいや、今はミラだったね。
まあとにかく、君に武運があることを祈るよ!!」
両手のない少年の胡散臭い祈りは、幸か不幸か少女ミラには聞こえなかった。
□
神崎優也視点
初めは順調だったんだ。
“魔法”ってもんがあるこの世界で、俺は偶然にも凄まじい才能を持った少女に出会った。 しかも偶然は重なるもので、彼女は俺と同じ地球人でしかも同年代だ。
地球人に魔力を生成する器官ーーー即ち魔蔵が宿るのは珍しいらしく、しかも同年代ともなれば奇跡に等しい。
それに少女にはえも言えぬ魅力があった。 超絶的な才能を持ちながらも慈愛のような優しさを持ち、星のような輝きを常に身に纏う少女。 どこか吸い寄せられるような光を放ち、故に誰からも好かれる天稟を預かった彼女。
そして、引き寄せられるのは俺も例外じゃなかった。
ああ認めよう。 恥ずかしいが、俺こと神崎優也は彼女を好いている。
だから助けたいと思った。
少しでも彼女が楽になればと、日々邁進した。その願いが叶ったのか、はたまた彼女の気まぐれだったのか、初めはずっと隣だったんだ。
ーーー相棒、と呼んでも良かったと思う。
あの時は順調だった。
「栄光魔法少女」とか「星光の破滅者」とか「覇王」とか謳われる彼女の隣に並び立てるのは、嬉しかったし、誇りでもあった。……いや、違うな。誇りとか、嬉しいとかじゃなくて、今考えると俺は彼女が好きだったんだ。好いていたから一緒に居たかったんだ。
俺は才能が凄まじくて優しい魔法少女だから好いたんじゃない。
俺は彼女が柑菜絢だったからこそ、好きになったんだ。
ああけれど、何時しか俺の隣には彼女が立っていなかった。 彼女の隣に立ったのは新しく出来た“トモダチ”。
気づけば彼女“達”は一切邪魔の入れぬ、非の打ち所がないコンビへと成長していて、周りの目も“彼女を見る目”から“彼女達を見る目”に変わっていた。
そうなると、当然俺はお払い箱だった。 大した才能もなく、戦闘センスも言うほど。当然、次第に周りは俺を忘れていった。
初めは彼女達。
ついで同僚の仕事仲間。
最後には上司や部下といった浅い関係の人達に至るまで、
「……どうしてこうなった」
俺を“ないもの”として認識した。
彼ら彼女らは俺をまるで透明人間かのように扱い、俺を無視するようになった。 そうすると俺は孤独だ。何しろ俺はずっと天涯孤独だったから。
一人の公園で項垂れる。
もうダメだった。
理屈は分からないが、足下から消えていく感覚が確かにあった。
「…………消えたくない」
消えたくない消えたくない消えたくない。
死ぬのはまだ良い。 死ぬのは生命がそこで終わると言うだけのこと。少なくとも周りの知己や友人から一時でも悲しんでもらえるから。
でも消えるのはイヤだ。
だってこのまま消えてしまえば、俺はこの世界から忘却されてしまう気がしたから。
冷や汗が滝のように流れ出す。はげし 呼吸を整えようとすれば、急に転んだ。それも不可解に。
不思議に思って足下を見やると、
「………下半身が………ない!?」
驚愕する。
今まで当たり前にあった人体の部位が消えていた。 まるで初めからそんなモノなどなかったように、綺麗サッパリなくなっている。勿論血もない。
なんで?
どうして?
どうなった!?
色々な疑問が俺の頭を錯綜し、しかしその何れも必要ないと切って捨てた。
思う事はただ一つ。
消えたくない。
「こんな所で訳も分からず消えるなんて、真っ平だ!」
力一杯握りしめた拳を地面に叩きつけ、ただ叫ぶ。
イヤだった。
誰にも知られず、誰にも認められず、己の命が亡くなっていくなんて。 訳も分からずこのまま消えていくなんて。
そんな孤独、耐えられない。
そんな喪失、耐えられない。
だから言おう。何度でも。
「俺は………こんな所で、消えたくない!」
そうして、力一杯叫んだ声は、
「ーーーー承知したよ」
誰かに、確かに届いたように思えた。
「“異邦”へようこそ。さぁ、“彼方”へと至る為、精々頑張っておくれよ」
耳朶を打つのは、胡散臭くも妙に高い少年の声。
瞬間、俺の視界一杯を光が差した。
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