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少女
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審判役視点
ーーーもしもの話だ。
もしもこの世界が総て、須らく神様の掌の上だったらどうする?
ああ、言っておくけれど、コレは世にある生命総て神によって創り出されたからとか、神様はいと高き場所から民衆を見守っているからとか、そんな抽象的な話ではないよ。 いや、確かにソレもあるんだろうけど……まぁ、今回は一旦置いておこう。
言いたいのはもっと具体的な意味だ。
つまり、産まれた時から死ぬ時まで、総て神様によって管理されていたとすればどうする?
………難しい話じゃないよ。
ほら、君達も良くやっているでしょう?
漫画、小説、ドラマ、アニメ……まあなんでも良いけれど、よくある創作物のことだよ。 創られたストーリー。創られたキャラに、創られたエンド。
要はそれと同じさ。
君達の人生も、役回りも、結末も、総てが総て神様によって描かれた創作物だとすれば、ということだよ。
ーーーああそうだね。言いたいことは分かるよ。
そんなことを言ってしまえば、君達の人生にはあらゆる意味がなくなってしまう。
例えば超絶的な天才が居るとして、彼或るいは彼女が世で活躍できるのは神様が“そうなるようにした”からだ。
例えばそんな天才に負ける咬ませ犬が居るとして、彼或るいは彼女がそうなるようになってしまったのは、神様が“そうなるようにした”からだ。
例えば君達の中で音楽家を目指し、されど練習に身が入らずに人生を空費するのは神様の所為だ。
例えば君達の中で学生時代必死に努力し、己の大好きなスポーツでプロになれたとしても、それは神様の決めた筋道なんだ。
どうだい?
君達が世で成功し活躍しようと、君達が世で失敗し堕落しようと、総てが総て神様の描いた活字通りの結果なんだ。
ならば君達の生に意味はなく、死にさえも価値はない。
君達の人生は、産まれた時から既に終わっているも同然なんだ。
よって“もしも”という言葉は一切の意味を持たず、また運命という名の筋道を君達はただ走っている走者に過ぎない。
君達が道で転けるのも躓くのも、総ては神様の所為なんだ。
君達が道で速く走れるのも駆けられるのも、総ては神様のおかげなんだ。
良かったじゃないか。
これこそ、君達の求めていた“平等”ではないのかな? だってそうだろう。誰がどう活躍しようと、誰がどう堕落しようと、総ては神様の仕業なんだから。
喜べば良い。神は此処に居た!と、歓喜したって良いんだよ?
ーーーそうかい。
認められない。と言うのかい? 認知できない。と怒るのかい?
ならば良し。
異邦へようこそ。
“君”の道行きが、彼方へと通じていることを願っているよ。
□
神崎優也視点
目が覚めると、そこは公園だった。
一瞬消えかけたのは夢だったのかと思うが、どうにも違う。
俺が先程まで居た公園と違って、その場所はそこそこ広かった。 が、遊具は一切ない。
噴水広場があり、俺自身が今現在も寝転ぶベンチがあり、広場の周り四方八方に木々が屹立している。
変わった公園らしく、出入り口となるのは一方の道だけだ。少し目を凝らすと市街地にまで続いていたので間違いないだろう。 因みに寝返りをうって噴水の奥を眺めて見たものの、やはり行き止まりを告げるように木々が立っているだけである。
しばらく噴水を呆然と眺めていた。
別に黄昏てるってわけでもないが、噴き上がる水が妙に綺麗に思えて、また音も小気味良かったので見惚れてしまったのだ。
ーーーそれに思えば、こうやってゆっくり何かを眺めるのも久し振りだ。
思えば此処の所、ずっと疲れていた気がする。
わかってるんだ。
それは一種の強迫観念じみたもの。 誰にやられた訳でもなく、他ならぬ自分で自身を追い詰めていたのだ。
わかっているだけに、滔々と湧き上がる水から目が離せない。 ソレがまるで、俺自身の憂鬱を洗い流してくれそうな気がして………。
「やあやあ。 まだ年端もいかない若者がこんな所で油売ってるなんて………私はちょっと感心しないよ?」
すると不意に身体に影がさして、同時に声が聞こえた。
鈴のように高いのに、不思議と穏やかに残る優しい声音だ。 俺は内心の驚愕を表情に出さないように努めつつ、ゆっくりと視線だけをそちらに向けた。
驚いた。
今度こそ目を見開く。
恐らく此処に一人でも俺の顔を見る者が居れば、そいつは俺を蛙だと笑うだろう。それほどまでに俺の瞳は大きく見開かれていた。
そして何より、
「あはははは!何その表情!蛙の物真似?」
何より目の前のコイツが俺のことを蛙だと爆笑していた。ちくしょう。
だが仕方ないのだ。
何せ本人を前にして蛙だ蛙だと爆笑する少女ーーー先程の声の主は、相当なほどの超絶美少女だ。
腰まで伸びる銀髪の髪に、妖しい魅力に長けた薄暗い灰色の双眸。 スラリと細い身体は本当に人間なのかと疑うほどに細く、肌は信じられないくらいに白い。慣れた様子で着崩されたセーラー服だけが、俺と同じ人間なのだと感じさせていた。
しかしこの年頃の女子大多数に言えることだが、どうしてコイツらは人を指差して笑えるのだろうか? この習性だけ差して言えば、余程近頃の男などよりも肝が大きいと思うのだ。取り敢えずベンチから立ち上がり、口を開く。
「……実際、ヒキガエルみたいなもんだろ。 平日の真昼間から公園のベンチで蹲ってる男子高生なんだぜ? 字面だけでもうヤベーだろうよ」
開き直り、軽い調子で言ってみる。すると意外と言うべきか、少女はすぐさま爆笑をやめて答えてくれた。
「字面の話をするなら私にまで飛び火しない? そんな男の子に声をかける女子高生だよ?」
「アンタはほら……制服着てるだろ。それでアレだよ、始業式とか終業式終わりの学生に見せられないこともない。だろ?」
「成る程。 策士だね君は。……でも残念! “この世界に学校はない”よ」
なんだって?
「君もこの世界じゃない世界から来たんでしょ? 私と同じで」
いきなり少女から発せられた言葉に、やはり整理が追いつかなくて思考が停止した。
少女は今も此方を見つめている。
その灰色の双眸に見つめられると、どうにも吸い込まれそうになった。 そのまま光に寄せられる蛾のように、彼女の話題に食いつきそうになったが、寸前で己を抑止する。
危険だ。
俺を一目でこの世界とは違う世界の人間だと言い放つ少女。はっきり言って怪し過ぎる。 そも、確かに目が覚める前と後が不可解な体験だったが、それだけで“世界が変わった”なんて言われても、信じられない。
「………わからない」
短く、端的に言う。
そうやって、何とか冷静になるまでの時間を稼ごうという魂胆だ。
「この世界に来る前、なんかすっごく目の前が光らなかった? 次いで意識が突然落ちたよね? ならそれは、“この世界に飛ばされた”ってことなんだよ」
その通りだった。
俺の返事も聞かず、彼女は俺の表情を見てウンウンと頷いている。 どうやらかなり図星を突かれた顔をしていたらしい。
「………仮に」
だがどうにせよ、此処で眠る前の経緯まで話されては取り敢えず信じるしかあるまい。それに何か、目が覚めた時から異常な感覚がしていたのも事実。故に、此処はなんとか目の前の少女から情報を聞き出さねばならない。
「仮にアンタの言う通り、此処が俺の元いた世界と違うとして……それなら俺は異世界人ってことになるんだろ?どうしてアンタはわかった?」
実はこの答えは尋ねる前からわかっている。
ーーーこの世界に学校はない。
目の前の少女の弁を信じるならば、俺はまんまとカマをかけられたということになる。 しかもさっきの会話で自然に学校に関するキーワードを、いとも簡単に引き出されたということだ。まあ半分以上自業自得な気もしないでもないが、問題なのはそこではない。
この場における問題は、目の前のコイツが“俺を異世界から来た人とあたりをつけて話しかけた”、という事実だ。
何しろある程度怪しいと思わねば、カマを掛けたりなんてしないだろう。であるならば、いったいなんで怪しいとあたりをつけたのか?それが俺の疑問だった。
「ああ。それは……耳だよ」
「耳?」
一考さえしていなかった事実に鼻白む。 先程まで考えていた俺の推理が、音を立てて砕け散っていた。
そんな俺の自信喪失などお構いなしに、少女は己の耳に指を差して微笑んだ。
「うん。この世界の住人はね、皆耳が三角形に尖ってるの。……エルフ耳。とでも言えば良い?」
「待て……ちょっと待って。お願いだから」
事の種をあっさりと割る少女に対して、俺は力一杯手を突き出してストップを要求した。
「なら、何か? この世界は公園も市街地もほぼ俺の元居た世界と同じ」
「うん」
「なのに、学校はなくて住んでる奴はみんなエルフ耳だって?」
「うん」
信じられない。といった響きを多分に多く含ませた俺の質問に対して、しかし少女は即答するのみだった。 しかも果てしなく良い笑顔で。
逡巡する。
思考する。
熟考する。
そして長い自問自答の末、ようやく答えが出た。
ーーーうん、ないわ。
やはり異世界とか、ましてや異世界召喚とか、俺には縁がなかったらしい。酷いガセネタを掴まされた気分である。さて帰ろう帰ろう。
「待って」
踵を返して去ろうとする俺を、すぐさま少女が袖を摘んで止めた。
「信じてくれないの?」
そう言って上目遣いに、さらには悲しそうに見上げてくる少女。ちょっぴり……いや、果てしなく胸が痛む。
が、騙されてはいけない!
「いや、ねーよ。流石にねーよ。魔法とか宇宙人とか宇宙管理機関とか魔道生物とかいっぱい見てきたけど、流石にエルフ耳とか幽霊とかはナイワー。
まあ流石に幽霊よりかはあると思うけど……でもやっぱりねーわ。うんうん、エルフ耳はない」
俺の意志は固かった。
「そこまで見てるんだったら信じようよ………」
俺の断固とした決意に、彼女は何処か呆れているようだった。しかし俺はそんなことなど知らない!とばかりに持論を展開する。
「そもそもよぉ。 エルフってアレ、創作上のモンだろ? なんだっけ?指輪物語とかそこらが原典だよな?確か」
「博学だね。……でも、エルフの起源はゲルマン神話とか北欧神話だよ。 基本的には妖精なんだけど、北欧神話では彼らを『小さな神族』として扱うこともあるみたい。
まぁでも、良く親しまれるのは確かに指輪物語のエルフだから、指輪物語が原典って言っても間違いはないだろうね」
つらつらと述べる少女。
俺のことを博学と褒めつつ、俺より博学な所を披露する。そんな高度な嫌味を聞きつつ、わざとらしい咳払いをして場を切り替えた。 彼女が再び此方に視線を合わせるのを待って、言う。
「………だったら、やっぱりエルフ耳なんてありえないだろ?神話であれ何であれ、創作物には変わりないだろ?」
ならば話はこれでおしまいの筈だ。まさか彼女が神話とは神が紡いだ物語。決して創作物ではない。なんて言いださないだろうし。
「………それがあり得るんだよ」
「なに?」
だがそんな俺の思惑は、すぐさま砕けちることになった。
「何しろ此処はそういう世界。 人の理想、思想、想像が渦を成して形成された世界。
曰く、元の世界を嫌悪した者が集う最後の場所。
曰く、己の理想郷へと至れる唯一の道。
曰く、人々の夢が行き着く、数多の世界とは一線を画す世界。
この世界を『異邦』と呼ぶ。……らしいよ?」
コテン、と小首を傾げ、少女は無表情に呟いた。 対する俺は、言われた言葉の意味がイマイチ理解出来ず、立ち竦んでいる状態だ。そんな俺を見かねたのか、少女が苦笑して助け舟を出してくれる。
「そういえば自己紹介してなかったね。私の名前はミラ。 気軽に呼んでくれて良いよ」
「……神崎優也、だ。よろしく?」
「なんで疑問系なの?……まあ良いや。神崎優也だから……うん。優也くんだね」
ん?
気の所為か、優也くん。と呟いた彼女が、本当にーーー本当に何処か、哀しそうな顔をしていた気がする。
まあ一瞬だったので、気の所為としておくのが妥当だろう。
「じゃあ取り敢えず、座って話そうか?長い話になりそうだしね」
そう言ってさっさとベンチに腰掛けてしまう彼女。 俺も聞きたい事が多かったので、取り敢えずそれに従おう
「……あ、ちょっと待って」
したのだが、待ったがかかった。
「……なんだ?」
「君はさっき自分のことをヒキガエルって言ったけど、確かにヒキガエルは一見地味で嫌われてるけど……凄く怖い毒を持ってるんだ。 神経系で、間違っても口にしたが最後……幻覚や嘔吐、しまいには死んじゃうこともあるんだよ?」
「つまり?」
嫌な予感がしつつも、俺はその先を聞いた。
「少なくとも、平日の真昼間から公園のベンチで蹲ってる男子高生よりかは凄いと思うな!」
目の前の美少女ーーーミラは、本当に惚れ惚れするような笑みでビックリするほどの毒を吐いた。聞き及ぶだけのヒキガエルの猛毒よりかは、此方の毒舌の方が余程強力である。
神崎優也十八歳。
暗にヒキガエルよりも価値がないと言われた瞬間であった。
ーーーもしもの話だ。
もしもこの世界が総て、須らく神様の掌の上だったらどうする?
ああ、言っておくけれど、コレは世にある生命総て神によって創り出されたからとか、神様はいと高き場所から民衆を見守っているからとか、そんな抽象的な話ではないよ。 いや、確かにソレもあるんだろうけど……まぁ、今回は一旦置いておこう。
言いたいのはもっと具体的な意味だ。
つまり、産まれた時から死ぬ時まで、総て神様によって管理されていたとすればどうする?
………難しい話じゃないよ。
ほら、君達も良くやっているでしょう?
漫画、小説、ドラマ、アニメ……まあなんでも良いけれど、よくある創作物のことだよ。 創られたストーリー。創られたキャラに、創られたエンド。
要はそれと同じさ。
君達の人生も、役回りも、結末も、総てが総て神様によって描かれた創作物だとすれば、ということだよ。
ーーーああそうだね。言いたいことは分かるよ。
そんなことを言ってしまえば、君達の人生にはあらゆる意味がなくなってしまう。
例えば超絶的な天才が居るとして、彼或るいは彼女が世で活躍できるのは神様が“そうなるようにした”からだ。
例えばそんな天才に負ける咬ませ犬が居るとして、彼或るいは彼女がそうなるようになってしまったのは、神様が“そうなるようにした”からだ。
例えば君達の中で音楽家を目指し、されど練習に身が入らずに人生を空費するのは神様の所為だ。
例えば君達の中で学生時代必死に努力し、己の大好きなスポーツでプロになれたとしても、それは神様の決めた筋道なんだ。
どうだい?
君達が世で成功し活躍しようと、君達が世で失敗し堕落しようと、総てが総て神様の描いた活字通りの結果なんだ。
ならば君達の生に意味はなく、死にさえも価値はない。
君達の人生は、産まれた時から既に終わっているも同然なんだ。
よって“もしも”という言葉は一切の意味を持たず、また運命という名の筋道を君達はただ走っている走者に過ぎない。
君達が道で転けるのも躓くのも、総ては神様の所為なんだ。
君達が道で速く走れるのも駆けられるのも、総ては神様のおかげなんだ。
良かったじゃないか。
これこそ、君達の求めていた“平等”ではないのかな? だってそうだろう。誰がどう活躍しようと、誰がどう堕落しようと、総ては神様の仕業なんだから。
喜べば良い。神は此処に居た!と、歓喜したって良いんだよ?
ーーーそうかい。
認められない。と言うのかい? 認知できない。と怒るのかい?
ならば良し。
異邦へようこそ。
“君”の道行きが、彼方へと通じていることを願っているよ。
□
神崎優也視点
目が覚めると、そこは公園だった。
一瞬消えかけたのは夢だったのかと思うが、どうにも違う。
俺が先程まで居た公園と違って、その場所はそこそこ広かった。 が、遊具は一切ない。
噴水広場があり、俺自身が今現在も寝転ぶベンチがあり、広場の周り四方八方に木々が屹立している。
変わった公園らしく、出入り口となるのは一方の道だけだ。少し目を凝らすと市街地にまで続いていたので間違いないだろう。 因みに寝返りをうって噴水の奥を眺めて見たものの、やはり行き止まりを告げるように木々が立っているだけである。
しばらく噴水を呆然と眺めていた。
別に黄昏てるってわけでもないが、噴き上がる水が妙に綺麗に思えて、また音も小気味良かったので見惚れてしまったのだ。
ーーーそれに思えば、こうやってゆっくり何かを眺めるのも久し振りだ。
思えば此処の所、ずっと疲れていた気がする。
わかってるんだ。
それは一種の強迫観念じみたもの。 誰にやられた訳でもなく、他ならぬ自分で自身を追い詰めていたのだ。
わかっているだけに、滔々と湧き上がる水から目が離せない。 ソレがまるで、俺自身の憂鬱を洗い流してくれそうな気がして………。
「やあやあ。 まだ年端もいかない若者がこんな所で油売ってるなんて………私はちょっと感心しないよ?」
すると不意に身体に影がさして、同時に声が聞こえた。
鈴のように高いのに、不思議と穏やかに残る優しい声音だ。 俺は内心の驚愕を表情に出さないように努めつつ、ゆっくりと視線だけをそちらに向けた。
驚いた。
今度こそ目を見開く。
恐らく此処に一人でも俺の顔を見る者が居れば、そいつは俺を蛙だと笑うだろう。それほどまでに俺の瞳は大きく見開かれていた。
そして何より、
「あはははは!何その表情!蛙の物真似?」
何より目の前のコイツが俺のことを蛙だと爆笑していた。ちくしょう。
だが仕方ないのだ。
何せ本人を前にして蛙だ蛙だと爆笑する少女ーーー先程の声の主は、相当なほどの超絶美少女だ。
腰まで伸びる銀髪の髪に、妖しい魅力に長けた薄暗い灰色の双眸。 スラリと細い身体は本当に人間なのかと疑うほどに細く、肌は信じられないくらいに白い。慣れた様子で着崩されたセーラー服だけが、俺と同じ人間なのだと感じさせていた。
しかしこの年頃の女子大多数に言えることだが、どうしてコイツらは人を指差して笑えるのだろうか? この習性だけ差して言えば、余程近頃の男などよりも肝が大きいと思うのだ。取り敢えずベンチから立ち上がり、口を開く。
「……実際、ヒキガエルみたいなもんだろ。 平日の真昼間から公園のベンチで蹲ってる男子高生なんだぜ? 字面だけでもうヤベーだろうよ」
開き直り、軽い調子で言ってみる。すると意外と言うべきか、少女はすぐさま爆笑をやめて答えてくれた。
「字面の話をするなら私にまで飛び火しない? そんな男の子に声をかける女子高生だよ?」
「アンタはほら……制服着てるだろ。それでアレだよ、始業式とか終業式終わりの学生に見せられないこともない。だろ?」
「成る程。 策士だね君は。……でも残念! “この世界に学校はない”よ」
なんだって?
「君もこの世界じゃない世界から来たんでしょ? 私と同じで」
いきなり少女から発せられた言葉に、やはり整理が追いつかなくて思考が停止した。
少女は今も此方を見つめている。
その灰色の双眸に見つめられると、どうにも吸い込まれそうになった。 そのまま光に寄せられる蛾のように、彼女の話題に食いつきそうになったが、寸前で己を抑止する。
危険だ。
俺を一目でこの世界とは違う世界の人間だと言い放つ少女。はっきり言って怪し過ぎる。 そも、確かに目が覚める前と後が不可解な体験だったが、それだけで“世界が変わった”なんて言われても、信じられない。
「………わからない」
短く、端的に言う。
そうやって、何とか冷静になるまでの時間を稼ごうという魂胆だ。
「この世界に来る前、なんかすっごく目の前が光らなかった? 次いで意識が突然落ちたよね? ならそれは、“この世界に飛ばされた”ってことなんだよ」
その通りだった。
俺の返事も聞かず、彼女は俺の表情を見てウンウンと頷いている。 どうやらかなり図星を突かれた顔をしていたらしい。
「………仮に」
だがどうにせよ、此処で眠る前の経緯まで話されては取り敢えず信じるしかあるまい。それに何か、目が覚めた時から異常な感覚がしていたのも事実。故に、此処はなんとか目の前の少女から情報を聞き出さねばならない。
「仮にアンタの言う通り、此処が俺の元いた世界と違うとして……それなら俺は異世界人ってことになるんだろ?どうしてアンタはわかった?」
実はこの答えは尋ねる前からわかっている。
ーーーこの世界に学校はない。
目の前の少女の弁を信じるならば、俺はまんまとカマをかけられたということになる。 しかもさっきの会話で自然に学校に関するキーワードを、いとも簡単に引き出されたということだ。まあ半分以上自業自得な気もしないでもないが、問題なのはそこではない。
この場における問題は、目の前のコイツが“俺を異世界から来た人とあたりをつけて話しかけた”、という事実だ。
何しろある程度怪しいと思わねば、カマを掛けたりなんてしないだろう。であるならば、いったいなんで怪しいとあたりをつけたのか?それが俺の疑問だった。
「ああ。それは……耳だよ」
「耳?」
一考さえしていなかった事実に鼻白む。 先程まで考えていた俺の推理が、音を立てて砕け散っていた。
そんな俺の自信喪失などお構いなしに、少女は己の耳に指を差して微笑んだ。
「うん。この世界の住人はね、皆耳が三角形に尖ってるの。……エルフ耳。とでも言えば良い?」
「待て……ちょっと待って。お願いだから」
事の種をあっさりと割る少女に対して、俺は力一杯手を突き出してストップを要求した。
「なら、何か? この世界は公園も市街地もほぼ俺の元居た世界と同じ」
「うん」
「なのに、学校はなくて住んでる奴はみんなエルフ耳だって?」
「うん」
信じられない。といった響きを多分に多く含ませた俺の質問に対して、しかし少女は即答するのみだった。 しかも果てしなく良い笑顔で。
逡巡する。
思考する。
熟考する。
そして長い自問自答の末、ようやく答えが出た。
ーーーうん、ないわ。
やはり異世界とか、ましてや異世界召喚とか、俺には縁がなかったらしい。酷いガセネタを掴まされた気分である。さて帰ろう帰ろう。
「待って」
踵を返して去ろうとする俺を、すぐさま少女が袖を摘んで止めた。
「信じてくれないの?」
そう言って上目遣いに、さらには悲しそうに見上げてくる少女。ちょっぴり……いや、果てしなく胸が痛む。
が、騙されてはいけない!
「いや、ねーよ。流石にねーよ。魔法とか宇宙人とか宇宙管理機関とか魔道生物とかいっぱい見てきたけど、流石にエルフ耳とか幽霊とかはナイワー。
まあ流石に幽霊よりかはあると思うけど……でもやっぱりねーわ。うんうん、エルフ耳はない」
俺の意志は固かった。
「そこまで見てるんだったら信じようよ………」
俺の断固とした決意に、彼女は何処か呆れているようだった。しかし俺はそんなことなど知らない!とばかりに持論を展開する。
「そもそもよぉ。 エルフってアレ、創作上のモンだろ? なんだっけ?指輪物語とかそこらが原典だよな?確か」
「博学だね。……でも、エルフの起源はゲルマン神話とか北欧神話だよ。 基本的には妖精なんだけど、北欧神話では彼らを『小さな神族』として扱うこともあるみたい。
まぁでも、良く親しまれるのは確かに指輪物語のエルフだから、指輪物語が原典って言っても間違いはないだろうね」
つらつらと述べる少女。
俺のことを博学と褒めつつ、俺より博学な所を披露する。そんな高度な嫌味を聞きつつ、わざとらしい咳払いをして場を切り替えた。 彼女が再び此方に視線を合わせるのを待って、言う。
「………だったら、やっぱりエルフ耳なんてありえないだろ?神話であれ何であれ、創作物には変わりないだろ?」
ならば話はこれでおしまいの筈だ。まさか彼女が神話とは神が紡いだ物語。決して創作物ではない。なんて言いださないだろうし。
「………それがあり得るんだよ」
「なに?」
だがそんな俺の思惑は、すぐさま砕けちることになった。
「何しろ此処はそういう世界。 人の理想、思想、想像が渦を成して形成された世界。
曰く、元の世界を嫌悪した者が集う最後の場所。
曰く、己の理想郷へと至れる唯一の道。
曰く、人々の夢が行き着く、数多の世界とは一線を画す世界。
この世界を『異邦』と呼ぶ。……らしいよ?」
コテン、と小首を傾げ、少女は無表情に呟いた。 対する俺は、言われた言葉の意味がイマイチ理解出来ず、立ち竦んでいる状態だ。そんな俺を見かねたのか、少女が苦笑して助け舟を出してくれる。
「そういえば自己紹介してなかったね。私の名前はミラ。 気軽に呼んでくれて良いよ」
「……神崎優也、だ。よろしく?」
「なんで疑問系なの?……まあ良いや。神崎優也だから……うん。優也くんだね」
ん?
気の所為か、優也くん。と呟いた彼女が、本当にーーー本当に何処か、哀しそうな顔をしていた気がする。
まあ一瞬だったので、気の所為としておくのが妥当だろう。
「じゃあ取り敢えず、座って話そうか?長い話になりそうだしね」
そう言ってさっさとベンチに腰掛けてしまう彼女。 俺も聞きたい事が多かったので、取り敢えずそれに従おう
「……あ、ちょっと待って」
したのだが、待ったがかかった。
「……なんだ?」
「君はさっき自分のことをヒキガエルって言ったけど、確かにヒキガエルは一見地味で嫌われてるけど……凄く怖い毒を持ってるんだ。 神経系で、間違っても口にしたが最後……幻覚や嘔吐、しまいには死んじゃうこともあるんだよ?」
「つまり?」
嫌な予感がしつつも、俺はその先を聞いた。
「少なくとも、平日の真昼間から公園のベンチで蹲ってる男子高生よりかは凄いと思うな!」
目の前の美少女ーーーミラは、本当に惚れ惚れするような笑みでビックリするほどの毒を吐いた。聞き及ぶだけのヒキガエルの猛毒よりかは、此方の毒舌の方が余程強力である。
神崎優也十八歳。
暗にヒキガエルよりも価値がないと言われた瞬間であった。
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