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第一章 増える黒柴犬
5話 増える黒柴犬
しおりを挟む水無月家の地下には、広大な空間が広がっている。
まあ大自然の中にあるぽつんと一軒家だからね。
両親ともに著名人でお金持ちだし、シェルターも地下には準備されている。他は車4台が入るガレージと大きな倉庫と小さな倉庫、シアタールーム、トレーニングルーム、父の資料室。総面積は地上部より広い。なお、来客用の駐車場は、丘の中ほどに別にある。
水無月家は丘の上の一軒家なので、地階も丘の上の方にある。
なので、ちょっとだけ頂上より低いところに、地階への搬入口が2箇所ある。
シャッター→ガレージ→シャッター→地下1階。
シャッター→緩いスロープで地下2階の大きな倉庫へ→シェルター。
みたいな構造。
もちろん階段とエレベーターで内部での行き来は可能。
家から800メートル離れた私道の入り口には警備員の詰め所がある。
通販で買った荷物はこの詰め所に届けられ、家には警備員が届けに来ることになっている。
私道には監視カメラとセンサーがあって、我が家でも詰め所でも見れるようになっている。
荷物を受け取った警備員は、まずメッセージアプリで報告を入れてくる。
しかし俺の生活は若干乱れているので、昼間起きてる確率は70%くらいしか無い。
だから顔見知りの警備員には、ガレージまで入れる鍵を渡してある。
基本的に荷物は俺の了解を待たずに、任意の時間にガレージに届くことになる。
ただ今回は起きていたし、黒柴犬に急かされるんで、すぐに持ってきてーと連絡を返した。
そんなわけで、今日届いた3台のブツが、顔見知りの警備員によって届けられた。
で、開封作業と使い方の確認を手伝ってもらっている。
「俺は風になるんだ」
「坊っちゃん。変な漫画読みました?」
「あと5台買ってるからよろしくな」
「また無駄遣いしてますね」
「真面目な話すると、これなら道路が寸断されても手で運んで越えられるだろ? 俺の移動手段、車しか無いし。ダンジョンなんて分けわからんものがあちこち出来てるし。万が一に備えて、1台か2台は車にも積んでおこうと思うんだよ。しっくり来るやつ選んでさ」
「そうっすか。良いんじゃないっすか。なら電動自転車の方をオススメします。こっちの折りたたみ式はタイヤ小っさいし荒れた地面はしんどいっすよ。完全電動はバッテリー切れたら動かないですし」
「確かに。バッテリー切れたら動けないのは怖いな。考えてなかったわ。まあせっかく買ったし全部試しながら慣れておくわ」
「そうしてください。こんなご時世ですし。自転車くらいはすいすい乗れるようになっていた方が良いかもですね」
最初は怪訝な顔してた警備員の兄ちゃんも、最後はちょっとだけ納得して笑顔で帰っていった。
電動三輪と、アシスト付き自転車を1台ずつ、ひーこら言いながらダンジョンの階段を降ろす。
階段を降りた先は、10メートル四方のフロアになっていて、此処には魔物は出ない。それは世界中のダンジョンで共通だ。
ダンジョンゼロ階層とかエントランスと呼ばれている。
エントランスの先に、映画館の入り口のような、両開きの大きな扉が有る。
エントランスと階段、不要じゃね? 直接扉で良くね? と思わなくはないが、あるんだから仕方ない。
「まあ待て。どっちが良いか、試させろ」
早く早く。と急かす黒柴犬たちを宥めて、ダンジョン通路で試乗する。
まず電動三輪。
タイヤが小さいので石畳の僅かな凸凹と継ぎ目の段差で跳ねる跳ねる。
しかし三輪だから二輪よりは安定していて、転けるようなことはない。
でも跳ねると尻が痛い。
短時間なら我慢できるが、女神像まで行って帰るのはきつそうだ。
フレームも細身ながら頑丈だけど、衝撃を吸収するような構造じゃないんだよな。
まっ平らなアスファルトを走るなら全然良い商品だと思う。
コンセプトはしっかりしている。
コンパクトで機能美もあり、正直気にいったが、今求める用途からは外れているか。
次に電動アシスト付きのマウンテンバイクに乗ってみる。
知ってた。
中学生まで乗ってたからね。
懐かしいなぁ。って感想。
サドルに尻を乗せていると少し衝撃があるが、電動三輪より全然マシ。
立ちコギすることでその衝撃も完全に抑え込める。
よし。今日はこのマウンテンバイクで行こう。
ぶっちゃけ警備員と話している間に、こっちで行こうと決めていた。
電動三輪はバッテリー切れや故障が怖い。
そもそも、初のダンジョン遠出だ。
初めて触る乗り物より、慣れた乗り物で行くべきだわな。
操作ミスって壁に激突とか洒落にならんし。
「よーし行こう。充電してからな」
黒柴犬が俺の足をガジガジ噛んでくるがやめろよ。
バッテリー残量少ないんだよ。
これ絶対途中で尽きちゃうから。
噛むな噛むな。
俺が怪我したら回復のためにお前らの経験値が減るんやぞ。
\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\
充電が終わって、俺は水と菓子パンを詰めたリックを背負い、ダンジョン内を安全運転する。
4匹が先行してゴブリンを狩りつつ、1匹の黒柴犬が護衛に侍り、1匹の黒柴犬は俺の少し後ろを巾着袋を引きずりながら付いてくる。
この巾着袋は、ドロップアイテムをお持ち帰りする用で、先日から導入している。
魔石は経験値の足しになるので黒柴犬が大半を食べちゃうけど、牙は全て集めてエントランスに保存している。
このゴブリンの牙は、魔石と一緒に鉄に混ぜると鉄の剛性を僅かに上げてくれる。
さらに混ぜた鉄で作った武器は、ゴブリンにダメージを与えやすくなる。
特攻と言えるほどの効果はないそうだけどね。
所詮は最弱魔物の素材だし。
とはいえ、人類が初めて出会う未知のダンジョン素材。
世界の国や科学者は、競うように魔石と牙の研究を進めている。
その成果の全てが発表されることはないだろうけど、些細なものは惜しみなく公表されていた。
まあゲームの裏技や攻略と一緒やね。わいが最初に見つけたんやと、マウントを取り合うのは。研究者も、企業も、国家も、ユーチューバーも。そのメンタルにそれほど違いはない。
ダンジョンが出来てまだ数日だけど、ダンジョン関連の情報は、順調に増えている。
アメリカの特殊チームなどは、すでに3階層に突入していて、幾つかの映像をアップしている。
なお、ラジコンやドローンでの探索は不可能らしい。
ダンジョンは灯りがなくとも一定範囲(俺や黒柴犬の場合は30メートル。祝福による個人差がある)を見通せるが、その先の闇は、光を当てても晴れることはない。ドローンを突入させると通信が途絶え、操作が出来なくなる。
それどころか、闇を間に挟むと一切の電波が届かなくなる為、通話も出来なかった。
有線は少しの間は通話できるが数分で不通となり、配線自体が闇の中で消失する現象が起こる。
ただ不思議なことに、闇の向こうに人間がいる事だけは、見えずとも、第六感的に感じることがあるそうだ。
それが知り合いだったり、魔物と戦っていたり、危険な状況だったりすると、感じれる距離が伸びていく。
アメリカのとある軍人は、数キロ離れた親友のピンチを第六感で知って駆けつけ、救い出したと、かなり盛ってそうな逸話を公開している。
それはそれとして。
ゴブリンの姿を見ること無く、女神像に到着した。
1時間20分くらい掛かって疲れたけど、たまのサイクリングも良いものだ。
でもタオル持ってくるの忘れた。
冷えた汗が気持ち悪いし風邪ひきそう。
はよレベル上げて帰らなきゃ。
女神像のある部屋は、エントランスと同じくらいの広さで円形になっている。
その中央に、なめらかな白い石で出来た女神像が立っている。
この形状はすべてのダンジョンで同じだ。もちろん発見済みに限定してなんで、深く潜ったら違う形の像があるかもしれないけど。
近づいて祈ると、傷の回復や、MPの回復、レベルアップが可能になる。ただし対価に経験値が必要。
この女神の間では、ゴブリンが出現しない。入ってくることもない。無理やり入れようとしても入らない。
女神の間への入り口は、ダンジョンによって違う。
東西南北に出入り口がある場合もあれば、1箇所にしかない場合もある。
俺んちのダンジョンは、北と南に出入り口があるタイプ。
扉とか無く直で通路に繋がっている。
「さて。祈るか」
経験値を払って、Lvを1つ上げる。
MPの上限が、40アップ。
あと、九死に一生って称号が貰えた。MPに+100のボーナス。
「おお。称号。やったラッキー」
称号は、女神像でLvを上げる時に、希に貰えることがあり、ちょっとした恩恵が発生する。
急死に一生は、すでに複数報告のある既出の称号だ。
たぶんダンジョン内で死にかけるだけで貰えるお手軽な、いやお手軽でもないか、まあそんな称号だ。
俺やっぱ死にかけてたんだなぁとしんみり怯えながら、ありがたく貰っておく。
しかし、MPに+100か。
同じ称号でも人によって発現する効果は違う。
Lvアップの効果も人によって違う。
ネット上の不確かな情報との比較だけど、俺のMP+40とか+100は、相当に大きな数字だと思う。
まあLRの祝福だしな。
あと、おそらくだけど俺の祝福は、MP特化なんだろう。
Lv1でゴブリンを撲殺する戦闘力の人だっている。
Lv1で火魔法でゴブリンを焼き払う人もいる。
しかしLv2になった今も、俺はゴブリンに素手で挑んで勝てる気がしない。百回やっても百回殺されるように思う。出刃包丁があっても、もうビビっちまって無理っすよ。
どれだけレベルが上がっても俺はそれほど強くならないじゃないだろうか。
これからも戦うべきじゃない。僕はこれからも陰ながら黒柴犬の活躍を応援しています。
まあ本気の籠もった冗談はさておき。
俺も黒柴犬も、レベルアップで1.2倍くらいは強くなったかな。
上昇幅としては、低いほうだろう。
Cの人と同じくらい。
RとかSRを自称する人は、明らかにもっと人間離れして強くなっている。
能力値の上昇が低い分、俺の場合はMPが大きく伸びて、数を喚べるようになるわけだな。
「もう1つ、レベルが上げれそうだな」
集団で狩るせいか、経験値が溜まってるなぁ。
今日の時点でLv3は、世界でもトップクラスじゃないかな。
Lv3に上がり。
これでMPの最大数が380になった。
黒柴犬の強さも、更に1.2倍だ。
MP最大まで黒柴犬を召喚。
黒柴犬は、12匹に。
圧倒的だな、我軍は。
と俺が悦に入っていたら。
うおおおお。行ってくるぜと駆け出す黒柴犬たち。
女神の間には、俺だけが残された。
「……。ちょっと待てやっ! 俺を地上に連れてけやっ! 置いてかないでっ! お願いっ!」
……。
……。
おい、俺をあんまりイジメるなよ?
二度とダンジョン入らなくなるぞ? ええんか? 二度とレベルアップできんくなるぞ? それでもええんか?
しゃあねえなと、3匹が戻ってきた。
コイツラほんま。
レベルアップを焦らしたプチ仕返しやめて。
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