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第一章 増える黒柴犬
30話 小笠原桜子
しおりを挟む報告を受けた対策部部長はゆっくり天井を見上げてから、ゆっくり顔を下ろした。
【数匹】の犬が【闇魔法】の壁抜けでダンジョン内に侵入していた。
【体術】らしき能力でゴブリンを瞬殺。個体が最低でもSRクラスの戦闘能力あり。
【アイテムボックス】にドロップアイテムを収納しているのも確認。
召喚されたその犬は、間違いなく多くのオーブで強化されていた。それもべらぼうに。
行動から見てスパイの可能性は少なくなった。
世界の何処のダンジョンでも同じオーブしか落ちないことは判明している。
召喚なのか使役なのか分からないが、闇魔法と秀でた戦闘能力を持つこの犬の情報は、どの国家でも秘匿したいはずだ。露見のリスクを覚悟に江島大橋ダンジョンなぞに派遣する意味がない。
が、ゼロにはならない。日本の知らない何かを、この黒柴犬の飼い主が知っている可能性もあるからだ。他国のダンジョンを攻略する、今は無意味と思われている行動に、何らかの価値がある可能性。
もしも犬の飼い主が日本人の在野の冒険者だった場合。
最初の祝福で闇魔法を獲得。その後ダンジョン内で体術と召喚能力を得た。
この順序くらいだろう。
無いとは言えない。
魔法が付属する祝福は数多く存在している。
あとは外国人の可能性もあるな。
特にアメリカ人は祝福所持率が高い。それでいて冒険者協定に参加していないので、日本政府は来日する彼らの能力を把握しきれずに居る。
ビジネスか観光で滞在する合間に、封印ダンジョンを利用している可能性は十分にありそうだ。
治安の悪い国から流れてきた不法入国者の線もあり得るか。
どうにかしてその人物を見つけ出したいが。
しかし犬の跡をつけて召喚者まで辿り着くのは難しいだろう。
犬を追跡できる人物には複数心当たりがある。
相手に気づかれないよう姿を隠せる捜査員もそこそこ居る。
【闇の衣】を見破れる捜査員もだ。
しかし全部を同時に併せ持つ人間は、警察組織どころか日本全体でも居ないだろう。
途中で見失うだけなら問題ないが、追跡に気づかれたら最悪だ。国家が存在に気づいたことを、気づかれてしまう。相手が何者かわからないのだから、どのような反撃を受けるか分からない。だから尾行に乗り出すのはまだ早い。
とにかく、もう少し情報を集めよう。
なぜ、召喚者は犬の育成場所に、江島大橋ダンジョンを選んだのか。
対策部部長は、一つの可能性を頭の中によぎらせ、いやまさかなと否定した。しかし、否定しきれない。それしか考えられない。
江島大橋ダンジョンを選んだんじゃない。
江島大橋ダンジョンも、選んだんじゃないか。
対策部部長は、闇魔法を使える3人の部下に緊急で命じた。また、政府にも連絡。闇魔法を使える冒険者の派遣を大至急要請した。
日本各地の封印ダンジョンに忍び込み、犬を探せと。
彼らは102箇所もの封印ダンジョンで黒柴犬を発見した。
その情報は、日本政府に激震を走らせた。
\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\
小笠原桜子は、政治家を父に持つ生粋のお嬢様だった。
戦前まで遡っても名門の家柄で、祖父も曽祖父も政治家をやっていた。
歴史ある広大な屋敷に住み、親戚にも各界の著名人が大勢いて。
そんな環境で蝶よ花よと育てられ、エスカレーター式の名門女子大に幼稚園の頃から在籍し続けている、まさに彼女は箱入り娘であった。
しかし父の薦めで祝福を獲得して、彼女の人生は20歳にしてひっくり返った。
世界を綺麗な色眼鏡でしか見てこなかった罪だろうか、彼女は〔巫女UR〕を授かって、【神眼】を得てしまったのだ。
神眼は、ゴブリンや他者のステータスを視ることが出来た。MP5を注ぎ込んだ【闇の衣】ですらノーコストであばくことが出来た。
父は大変に喜んでくれた。桜子も嬉しかった。その父の祝福を見てしまって、驚くその時までは。〔清廉SR〕と言っていた父の祝福が〔汚職R〕だったのである。
どうした? と尋ねる父に、桜子は申し訳無さそうにそれを告げた。父は憂いを帯びた顔で言った。そうか。本当に見えるんだね。これが政治というものだよ。と。
すまない桜子。
一転父は桜子を抱きしめ泣いて謝った。
君に見せたくなかった汚いものをこれから沢山見せることになると。
それから桜子は大学を休学して、国のために働く事になった。
表向きは大臣に内定した父の秘書官だが、本当の仕事は指定された人物の祝福を視ることだ。尊敬していた大人たちの多くが、腐敗や傲慢、色欲など、碌でもなさそうな祝福を授かっていた。
桜子が〔巫女UR〕を授かったことは特級の秘匿事項で、親友にも親戚にも告げることは許されない。
その秘匿事項を何人が知っているのかは、桜子にも告げられていない。総理と官房長官と桜子に付けられた護衛たちが知っているのは間違いないが。
ちなみに総理の祝福は〔腐敗LR〕だった。もうやだこの国。
桜子はレベルを上げるため、オーブを獲得するために、頻繁にダンジョンへと通いゴブリンを倒した。
【神眼】という破格の能力は、しかし戦闘面では役に立たない能力なわけで。
半泣きになりながら銃の扱いを学んで、ダンジョンでギャン泣きしながらゴブリンを殺し続け、うなされながらもこの国の国民のためにと桜子は頑張った。
10月11日。
ダンジョン発生から6ヶ月。
彼女が祝福を授かってから4ヶ月が経った。
今では【護身術】【銃術】【闇魔法】【アイテムボックス】【祝福強化】【生存強化】を複数取得して、眉を動かさずにゴブリンを射殺できる程度には成長した彼女は、父の秘書以外にも複数の肩書を持つようになった。
特務捜査官、コードネーム、ブロッサムにその任務が与えられた。
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