黒柴犬召喚

長田弐円

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第一章 増える黒柴犬

32話 首輪のない契約

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 黒柴犬から緊急の以心伝心があった。

 場所は封印ダンジョン内。国家安全保障局の直下組織、特務課の課長を名乗る人が、白旗を振りながら黒柴犬の前に現れた。召喚主の俺と話がしたいと言っている。

 俺はその場で二重オーラを発動する。
 もしもすでに俺の存在まで突き止められていたら、暗殺者が近くに潜んでいる可能性だってある。まあ無いとは思うけどな。
 オーブを持ち帰る行動だけは、かなり慎重にやっている。
 マーキング的な能力も警戒して、リレー形式で運んでいるし、運搬役は【闇の衣】に特化した黒柴犬で、常にMP5で発動させ、山の中も突っ切らせている。
 移動中やダンジョン内の黒柴犬を発見できても、帰還する黒柴犬の追跡は容易くはない。俺までは届かないはずだ。
 俺が快適な生活を送りつつ、黒柴犬の成長を阻害しない範囲でやれることはやっている。それでも俺に刃が届いたなら、それが運命と潔く諦めるしかない。少なくとも俺は無いようなリスクのために不自由な生活する気はないんで、これ以上の警戒は今は無理だ。

 まあとりあえず何を言うか聞かせていただきましょうか。

 黒柴犬が犬座りで聞く体制を取る。
 役人は一言断ってから、アイテムボックスの中からあいうえおマットを取り出した。
 ああ。なるほど。
 これなら会話できるな。

 お役人さんがじっと黒柴犬の目を見つめ、ゆっくり言葉を選びながら話す内容は、シンプルにスカウトだった。
 僕と契約して特務捜査官になってよ。
 匿名を希望なら、黒柴犬で登録も可能。
 契約してくれたら封印ダンジョンにも、封印ダンジョンの安全を確認する任務扱いで出入り自由。

 他の任務内容は、国内の冒険者犯罪の捜査全般。
 芸能人の身辺警護。
 要人の身辺警護。
 密入国者のテロ対策。
 やりたくない任務は一切やる必要はない。
 基本給は月額100万円。
 従事した仕事と実績に応じて、追加の手当が払われる。

 率直に言って政府は俺との対立を避けたいし、避けれると判断したようだ。
 まあ、黒柴犬には一切スパイ行為をやらせてなかったからな。
 政府に存在がバレて、脅してきたら一気にやって逆に脅してやろうと思ってたんだけど。ぶっちゃけ楽しみにしてんだんだけど。こう来るのか。もっとお役所的だと思ってたけど意外と柔軟だな。

 役人が俺に求めてきた要求は、政府の許可無く、スパイ行為、犯罪行為を行わないこと。
 万が一にも何かと揉めた場合は、実力行使の前に相談すること。
 この2点。

 政府側は、俺の身元を詮索しない。追跡なども行わない。
 もしもそのような行動を取っている存在に気づいたら、たとえ同盟国であってもその事実を黒柴犬側に通告する。

 俺にとってかなり都合の良い条件だが、政府にとっても都合が良いそうだ。
 敵対せずその力を借りられる、匿名勢力の存在。

「リスクが高すぎて手が出せない、首輪をつけれないという状況も、利害が一致するなら、とても都合がいいのですよ。諸外国からの無体な要求を自然に断れますから」

 ああ、なるほど。
 日本は国際的には外交力の弱い国だ。
 外国勢力が国内で悪さしていてそれを掴んでも、強く出ることが出来ない。
 が、首輪の付いてない野良犬なら別だ。
 まあ俺が手を貸すかどうかは別だけどな。
 そういうモノが国内にいるだけで、他国への牽制になる。

 俺はあいうえおマットで返事をする。

 かくやくはできないがぜんしょする

 スパイ行為も報復も必要があると思えば勝手にする。だからやらない約束はしない。無意味にやる予定もないけど。

 交渉決裂かなって思ったけど、特務課の課長さんは渋ることなくその条件を了承した。

 うーーん、実質こちらは何も約束してないんだけど。
 ……罠じゃないよな?

 やりたい任務あります? って聞かれたので、まあ正直に答えた。
 女性のアイドル、俳優、声優、ユーチューバーやVチューバーの身辺警護だ。

 召喚者は男性か女性か聞かれたので素直に男性と答える。
 護衛対象には俺の性別を伝える必要があるそうだが、もちろん問題ない。
 嘘ついても後で絶対バレるからな。
 面倒事はゴメンなんでむしろ伝えてもらわないと困る。

 何匹派遣できるか聞かれたので、とりあえず100匹と答えておく。

 他にも悪質な犯罪の捜査なら協力しないでもない。
 他人の祝福やオーブスキルも知りたいからな。
 国の捜査に関与することで合法的に知れるなら悪くない。

 でもって任務の打ち合わせだが。
 俺の担当はここまでだな。後は任せた、と黒柴犬に丸投げする。
 え? まじで? と黒柴犬が驚いたが、個人情報は些細な会話の積み重ねで流出していくもんなんだよ。
 だから俺という存在を暴かれないためにもこれ以降の交渉やお付き合いは全部黒柴犬がやってくれ。
 それになんかこれってガチの労働じゃん。働かない誓を立てた俺が踏み入ってはいけない領域なんだよ。ゲーム内労働なら頑張るけどな。〔怠惰LR〕だよ俺? 働いて〔怠惰UR〕に下がったらお前らだって困るだろ?
 後は頼んだぜ。
 お前らぶっちゃけこういうの好きだろ?
 ルールを守って好きにして良いぞ。

 俺はミミズ育てて推しに喰われる仕事に戻るからよ。

\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\

 黒柴犬の飼い主と仮契約が成立して、柳生宗二九は胸をなでおろした。
 しかしこれから詳細を詰めるという大事なところで、黒柴犬の飼い主が、黒柴犬から居なくなった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 柳生宗二九は〔霊感R〕の祝福を授かっていた。
 この祝福は気配察知と魔力察知に近い効果を持ち、尚且つ魂的なものの感知が鋭かった。
 今まで眼の前の黒柴犬には、召喚者の意識が入り込んでいた。
 祝福に頼らずとも、機械的な黒柴犬の表情と、微動だにしない姿勢からそれは間違いない。
 しかし今さっき居なくなった。
 どういうつもりだ?
 気が変わったのか? それともなにか所用があるのか? ……交渉は時間稼ぎだった?

 冷や汗を流す宗二九に黒柴犬が表情豊かにあいうえおマットで要求する。

 みぶんしょうは ひゃっぴきぶん よういしろわん

「わ、わかりました」

 あいうえおマットもひゃっぴきぶんわん
 ほうしゅうはぺいぺいで
 スマホをさいてい10台よういするわん
 あいほんだわん

「よ、用意いたします」

 じょゆうのしんぺんけいごをやってやるわん あいどるもまもってやるわん さんかげつはむりょうさーびすわん はやくけいやくをとってこい

「わかりました」

 おとこはゆうりょう じきゅうごせんえんわん
 はんざいそうさもまかせろわん ほうしゅうはおうそうだん

「よ、よろしくお願いします」

 一匹だった黒柴犬がいつの間にか増えて、柳生宗二九を取り囲み、あいうえおマットを奪い合うようにして要求してくる。

 え? なに? 全部召喚獣に丸投げするのか? まじで?

 政府と黒柴犬の契約はなされた。
 特務調査官クロシバの活動が明日から始まる。
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