黒柴犬召喚

長田弐円

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第一章 増える黒柴犬

35話 尾道小町

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 尾道小町は、小さな町の、小さな剣道場の一人娘で、剣道が好きで、青春の全てを剣道に注ぎ込んできた。
 小さな大会では何度も優勝して、大きな大会でも何度も上位に入賞したが、大きな大会の優勝経験はない。

 令和の乙女三剣士。
 なんて剣道雑誌でよく取り上げられたけれど、実力でははっきり三剣士最弱だ。
 三剣士に数えられないライバルにも、小町より戦績の良い人が2人もいるくらいだ。
 小町にとって、分不相応に持ち上げられるのは不愉快で、実力不足はコンプレックスだった。大きな声で言ったことはないけれど。言えばとんでもなく叩かれるのは理解できたので、じっと彼女は我慢してこの悔しさも燃料に実力をつけてやると発奮していた。それでも優勝できなかったけど。

 ダンジョン災害の最中。
 大学でお世話になった先輩の後を追うように警察学校に入学。
 警察組織は小町を大歓迎。ただし彼らが小町に求めているのは、広報という名のアイドルだった。
 しかし小町は剣士になりたかった。
 ダンジョン災害後の世界、国民を守るために剣を振るいたかった。
 剣道の世界では一番になれなかったけれど、一度しか二番にもなれなかったけれど。
 何番だって良い。主役でなくていい。私は剣客になりたいんです。

 剣道に青春を注ぎ込んだ尾道小町は、剣客ものの時代劇が大好物な女の子だった。魔物はびこる世界で剣を振るう。心震わさないわけがなかった。
 もしも顔に傷が付いたら? 想像して、やだカッコイイ。と頬を染める程度には心が剣客だった。

 意志の硬い彼女に、警察組織は1つの条件をつけた。
 祝福獲得の儀で、SR以上の戦闘に向いた祝福を獲得したら、君の選択を全面的に応援する。でもそうじゃなかったら広報に回って欲しい。
 尾道小町は自信がなかったので、その条件を最初は渋った。なんせSRは2000人に1人なのだ。ずるい条件と言わざるを得なかった。
 先輩に相談した。
 先輩は〔剣鬼UR〕という羨ましい祝福を授かっている。

「良かったじゃん。警察組織は上意下達の世界だぜ。わがまま通せるチャンスなんてそうは与えられねーよ。向こうの気が変わる前に了承しちまえよ。録音を忘れんなよ。もしSRじゃなかったらって? つまらない仕事に回されるなら警官辞めるって言ってやれ。それで譲歩がないなら本当に辞めてやれ。無責任? ばっかやろうが。剣士の責任は剣を手放さないことだ。約束なんて二の次。信用なんて二の次。五輪書読め。違うか?」

「違うと思います」
「ひゃっはっはっっはっ」
「まあでもそうですね。私は剣を振るっていたい。たとえ無責任でも」

 尾道小町は覚悟を決めた。
 人でなしになってでも剣の道を諦めないと。
 そして小町は〔武士道SR〕を掴み取った。
 つい先日のことで、まだレベルは1でしか無いが。

\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\

 警察の武道場。
 正座する小町の前には一匹の黒柴犬が犬座りしている。
 教導官らしい。すごく強いのは先輩からも聞いている。
 一匹だけでも先輩とガチでやりあえるらしい。やりあったらしい。つまりはとんでもない実力者だ。
 小町と黒柴犬の間には、あいうえおマットが敷かれている。
 ふみふみと黒柴犬が可愛くマットを踏んでいく。

 つよくなりたいか

「なりたいです」

 ならでしにしてやろう

 え? 弟子に?
 この犬の召喚者、匿名の男の人だよね?

「遠慮いたします」

 小町は深々と頭を下げた。
 下心を向けられて生きてきた小町だ。匿名男性への警戒感は人一倍強かった。

 黒柴犬が項垂れた。
 ふみ、ふみっとマットを踏んで。

 なんで?

「いやだって。あなた男の人ですよね? 知らない男の人に弟子入するのはちょっと」

 くろしばいぬのしごとに なかのひとはかんよしない くろしばいぬは でしをそだてたい

「そう言われても信用できません。そもそもあなた、剣を握れませんよね?」

 けんはにぎれない

「弟子になって何を学べと? 私は剣士ですよ?」

 黒柴犬は首を傾げ、答えた。

 とにかくつよくする

「私は剣の道で強くなりたいんです。とにかくでは強くなりたくありません」

 がんこものだ

「む。そもそもなぜ私なんですか? 別のやる気のある男性では駄目なんですか?」

 キっと小町ちゃん、犬を睨む。男性ってところの発言をやや大きくして。

 だめではない

 黒柴犬は言い負かされたと言うか、普通に納得した。
 信玄も横で聞いてて納得した。確かに黒柴犬が剣士に何を教えるねんって話だし、筋の通った身持ちの固い美少女は大好きだ。
 残念だけど仕方ないな。

 こうして黒柴犬と尾道小町は10日間の育成契約だけ結んだ。
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