黒柴犬召喚

長田弐円

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第一章 増える黒柴犬

44話 終幕

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 東京国際空港で、ロサンゼルス行きの航空機が離陸前にハイジャックされた。

 ハイジャック犯の要求は、金品とダンジョン産のドロップアイテム。
 更に人質を開放する条件として、彼らは尾道小町を人質として差し出すように要求してきた。
 政府は長い会議の末にこれを受けた。
 国際線の乗客の中には海外の要人の祖父が居て、持病を患っていた。
 安全を保証できるタイムリミットが迫っていた。

 尾道小町はゆっくりとハイジャックされた旅客機へ向かう。
 ハイジャック犯は約束通り、乗客から5名を選んですでに解放していた。
 小町が姿を見せた後は、更に10名を解放して、小町が人質となった後は、全ての人質を開放する。この約束を小町も含めて誰も信じていない。

 今、10名の人質が解放された。
 ハイジャック犯が、小町に来るよう指示している。
 ゆっくりと震える足で小町は前を睨みつけたまま、進む。
 スポットライトがそんな小町を煌々と照らし、世界中で生放送されていく。
 旅客機の周辺、旅客機に近づくものを明るく照らす行為も、生放送するのも犯人からの要求だった。

 ハイジャック犯は【首塚】の構成員だ。
 探知能力に長けたものが集められていて、黒柴犬ですら近づけない。
 光魔法の看破はレベルが低くとも、高レベルの【闇の衣】を暴くことがある。数十匹の黒柴犬が接近すれば、1匹か2匹は暴かれてしまうので、不用意に近づけない。特にこれだけ強烈に照らされてしまえば闇魔法は不安定になる。

 小町はタロップの前で立ち止まる。
 女性のハイジャック犯に身体検査を受ける。
 身体を弄られ屈辱に震える小町を、ハイジャック犯は窓から見てニヤけていた。
 彼らは某国の権力者から小町の誘拐を依頼されていた。
 他の仲間は散々のようだが、何とか俺たちは上手くやれた。そう思い込もうとしていた。心の奥には常に不安が渦巻いていて、今も決して油断はしていなかった。

 その時すでにはるか上空では、黒柴犬50匹が投下されていた。
 黒柴犬は【闇の衣】をまとって、【闇の手】でパラシュートを使い降下していた。

 小町がタロップを登る。
 上空300メートルで、黒柴犬パラシュート隊に司令が届く。
 行動の開始だ。
 パラシュート隊は、パラシュートを消して、自由落下に身を委ねる。

 自由落下する黒柴犬は、機内に突入する直前でハイジャック犯に気づかれた。
 が、秒速で30メートルを超える。
 感知したハイジャック犯が口を開いた時に、機内に爆音が鳴り響いた。
 また、遠距離の精密な射撃が、数名のハイジャック犯を撃ち殺していた。
 黒柴犬が壁抜けで機内に侵入して制圧する。
 黒柴犬以外にも何かが侵入して乗客の安全を確保していた。

 ハイジャック犯が落下してくる黒柴犬に気づいてから、わずか3秒間の出来事だった。

 \/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\

 テレビは今日一日、テロ一色だった。
 たぶんしばらくはそうだろうな。
 ゆっくりと俺は高級オフィスチェアに身を預けて背を伸ばす。

 いやあ、頑張ったし見てて楽しかったわ。

 黒柴犬を便利に使われたが許容範囲だ。
 政府や治安部隊に貸しを作るのは悪くないし、舐められない為に力を見せるのも悪くない。
 そもそも完全にバレている力だしな。今更隠してもしようがない。
 こーいう時に出し惜しむと全方位からヘイトが殺到する。
 本当は一切目立ちたくないけど、封印ダンジョンを好き勝手使うための必要経費としては安いほうだろう。
 命を救ってやる以上に仲良くなる手段なんてないし、このテロはオレたちにとっては美味しかったと思おう。

 時たま黒柴犬にはわざとらしく姿を出させたり、存在のアピールもさせた。
 何もさせずに無力化出来る相手に、わざと銃を撃たせて、身を挺して盾になったりもさせた。
 普段からテロ対応に当たる特殊部隊には通じない手だが、今回は大動員されてたからな。若い警察官も多く駆り出されていた。良い感じに好感度稼げてる自信はある。

 治安組織にはきっちりアピールしたが、殆どの場面で黒柴犬は【闇の衣】で姿を隠さしていたから、映像にはほぼ写っていない。
 一般大衆から過剰な英雄扱いも避けられるだろう。政府ともそういう約束で手を貸したしな。民衆は英雄には無償の奉仕を期待するからな。そういうのに黒柴犬はしたくない。

 これ以上便利に使われると舐められるので、復興は手伝わない。
 黒柴犬は引き上げさせた。

 いやあ、良い一日だった。

 首都高でのパレードだけは目立ち過ぎで頭痛いが、黒柴犬の趣味なら止められない。
 趣味は生きる意味そのもので、小賢しい損得よりも大切なものだからそこは譲れないよな。
 明日のニュース見るのが怖いけど、まあ何とかなるだろう。
 対応は明日以降の俺と黒柴犬で考えよう。
 今日は存分に楽しんで来い。

 それにしても、今日はいくつか学ぶことが出来た。
 特に大きく感じたのは、巨大組織の底力と、察知系の必要性だな。

 今日のテロ鎮圧は、桜子さんや察知系の隊員が居なければ、相当の被害が出ていただろう。黒柴犬にはどいつが危ないかの判断はつかないし、隠れてるやつを見つけ出す手段がない。
 桜子さんの神眼と大勢の探知系能力者によって敵を完全に丸裸にしたから、一方的に有利な奇襲を重ねて狩り続けることが出来た。

 ハイジャック鎮圧の時の狙撃とか、突然の爆音とか。
 当たり前だが日本政府は練度の高い異能特殊部隊を保有しているわけだ。
 俺には感知系の能力がないので、誰が何をやったのか分からないままだったが。
 黒柴犬では手の出ない地中に逃げたテロリストが何人も居たんだけど、それも問題なく鎮圧したようだ。地中専用の特殊部隊があるのかもな。

 まあそうだよな。
 空も海も科学の力で対抗できる。
 しかし地中を進んでくる犯罪者の対応は、科学のみでは難しいだろう。
 土魔法を取得した特殊部隊を用意するのは当然の判断だな。

 怖いなぁ。

 日本政府とはウィンウィンの関係だから今更対立する心配はほぼ不要だけど、他国や魔王を要する犯罪組織なら、何百人を超す高レアリティの祝福集団を率いていてもおかしくはない。想像できないような、特殊な能力を持つものも居るだろう。
 同盟国がそいつらと戦争になったら日本だって巻き込まれる。
 特務捜査官として活躍する黒柴犬の飼い主の俺は、日本の敵からは、当然のように敵認定されるだろう。
 日本にちょっかい掛ける前にまず殺しとこ、なんて考えられたら最悪だ。

 敵の接近に気づける能力が絶対に必要だ。
 ないとマズイ。
 ダンジョン探索での優先度は低かったが、対人では必須中の必須だ。
 なんとかして取得する必要がある。
 取得できるまではマジで身バレに気をつけなきゃな。

 海賊は海の藻屑となった。
 黒柴犬の弟子の海の人も頑張っていたが、どちらかと言えば近代兵器無双だった。

 日本は甘いからそういう攻撃はないと舐めていたみたいだが、流石にこの規模で戦争しかけられて死人が二桁出てたら覚悟だって決まるわな。
 ミサイルぶっ放して相手を船ごと殺した責任をメディアががなり立てるだろうが、支持率で言ったら撃たずに自国民の被害を増やす方が絶対に下る。

 まあ今日は疲れた。
 寝よ。
 おう。行け行け。ピリオドの向こうまで好きなだけ疾走ってこい。

\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\

 【首塚】に影の薄い男がいた。
 どれくらい影が薄いかと言うと、気配察知を持つ者の隣を歩いても、気づかれないくらいに薄かった。
 小笠原桜子の神眼なら、顔を把握できる距離で目視したなら気づけたかもしれないが、上空から双眼鏡越しでは、彼の姿を認識する事は出来なかった。

 誰にも気づかれないまま、その男、ブギーマンは深夜に首相官邸へと侵入した。

 ブギーマンの目的は総理大臣の誘拐だった。

 ブギーマンの持つ〔幽霊UR〕は、【幽体化】【幽界】【生命吸収】の3つの異能を彼に与えてくれていた。

 【幽体化】は認識を薄める強力な能力。
 【幽界】は人も含めた生物を閉じ込めれるアイテムボックス。
 【生命吸収】は触れた相手の生命力を奪う能力。

 生命吸収は、Rリアリティと同じ程度の性能でしかなかったが、【幽体化】と【幽界】はURに相応しい破格の性能を持っていた。

 悠々と首相官邸を歩き、壁を透過して、彼は辿り着いた。

 仲間の全てが敗れ去ったが、むしろ好都合だ。
 自分の凄さがより強調されるだろう。

 総理が一人になるのを待って、ブギーマンは後ろから手を伸ばした。

 襟首を掴んで、放り込もうとして、ブギーマンは自らの手がぬるりと溶け落ちたことを理解した。

「え? なんで?」

 呆然とするブギーマンは、逆に総理に顔を掴まれ。
 その後彼の意識は消失した。

\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\

 総理、極楽院善志郎は慌てて秘書官を呼んだ。
 眼の前にはどろどろに腐った元テロリストだった腐肉がある。

 善志郎は〔腐敗LR〕という破格の力を授かっているが、能力を鍛える暇がなかった。
 現職の総理大臣だ。ダンジョン一層には何度か足を運んでいたが、深く潜る時間などない。

 生存強化や安全を高める能力が欲しいと思っているが、なかなかその機会が作れずに居た。ダンジョン発生からの混沌とした政情で、長期間休めるはずもないし、無責任に休むつもりもなかった。
 三代続いて総理の家系だ。息子も総理にするつもりでいる。
 善志郎は政治家であることに誇りを持っていた。祝福などという超常現象よりも、政治を優先する男だった。

 〔腐敗LR〕という桁違いにヤバい能力を授かっているが、善志郎を殺す手段は幾つもある。黒柴犬なら英雄殺しを殺した手段で善志郎も殺せるだろうし、長距離の狙撃でも、善志郎を殺せるだろう。

 警備責任者は、ドロドロに腐った死体を前に顔を青ざめさせた。
 官邸の総理私室まで、テロリストの侵入を許した。とんでもない落ち度だ。

 政府及び警視庁は、高い察知能力を持つ人材の必要を痛感した。

 この日、テロリストが官邸の総理私室まで侵入した事実は公表されなかった。
 ただし、高い能力を持つ警察官、自衛官が要人の身辺警護に大量に引き抜かれた。
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