すいれん

右川史也

文字の大きさ
20 / 29
第二節 暑くなってきたきせつ

第20話 夏から秋にかけて

しおりを挟む
 試験が終わり長い夏休みに入ると、二人は色々なところに出かけた。
 都心の美術館、千葉のテーマパーク、地元の盆踊り、花火大会、水族館。足を伸ばし箱根にも二泊三日で旅行をしたし、高尾山には二度も登った。
 行った先々で恋愛や学業にご利益があるとされる寺社仏閣も巡り、その都度祈願した。

 翌年には就職活動があるから――という建前で今を精一杯楽しんだ。だが、夏休みの終盤には建前も現実味が帯び、急く様に一層互いの時間を求め合った。

 そうしていく日々の中、慎太郎の中で明日香への愛が更に高まると、乖離したままの二つの愛に対する後ろめたさは「どちらも彼女なのだから」といった言葉では誤魔化せなくなってきていた。

 しかし、どうすべきなのか。どうしたら良いのか。
 慎太郎は未だわからないままだった。

        〇

 最近になり明日香はようやく、彼が何を考えているのかが分かるようになってきた。

 慎太郎は私の事を愛してくれている――。
 だけど、だぶん、私の『傷』も愛してくれている――。

 きっかけは何だったのだろうか。

『愛された花』や『愛の苗』の時の僅かな変化だろうか。
 それとも時折見かける、彼が池の睡蓮を見ている時の雰囲気だろうか。

 明日香の中で、自分の傷と蓮のイメージはすでに繋がっていた。
 ある時、そこに『愛された花』の主人公像を彼に当て嵌めてみた。すると、不思議とあまり違和感が無かったのだ。

 交際し始めの頃は、傷に対して忌避するでも腫れ物を扱うでもない様子は、彼なりの配慮だと思っていた。その証拠に、次第に傷の事を気に留めるでもなく、互いに当たり前の事になっていたはずだ。

 しかし、新たなイメージを踏まえ、傷に対する慎太郎の態度を気にしてみると、彼が傷に対して抱く感情についての推測は、確信に近いものになった。

 慎太郎が傷に触れる時の仕草は、特別に大切なものを恭しく愛でる時のそれに思えた。

 思い返すと、雨の中抱きしめられ告白される直前、彼は傷に触れていた。

 傷があったから――?
 そういえば、慎太郎が初めて声をかけてきた時も、直前まで傷を空気に晒していた――。
 それをもし何処かで見ていたとしたら――。

 考えれば考える程に、違和感が無い。
 むしろ、今まで触れる事のできなかった彼の部分に、やっと手が届いた気がした。

 私の傷が蓮のようだから――。

 ……そっか――。

 納得した瞬間、明日香は生まれて初めて、自分の傷を少し好きになれた。
 そう考えると、彼が時折見せていた悩ましげな態度の理由も何となく分かった気がした。

 たぶん、慎太郎は私の傷を愛する事を後ろめたく思っている――。
 でもきっと、その気持ちをどうしたら良いのか、慎太郎自身も分かっていないんだ――。

 これまでより慎太郎がわかると、一層、彼を愛する事ができた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

なほ
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模るな子。新入社員として入った会社でるなを待ち受ける運命とは....。

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...