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騎士アーサー
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アーサーには好きな人がいる。
騎士団所属、第三部隊隊長のフレイア・フローレンスだ。彼女のどこに惚れたのかといえば、あの強さとかっこよさだろう。男の多い騎士という仕事の中で、彼女は力強く今の地位に立ち続けている。その地位に就くまで女だからと侮られたことも馬鹿にされたことも沢山あったはずだ。それをものともせずに彼女はここまでのし上がった。その強さが好きだと思った。
彼女が騎士団に保護される前からアーサーは彼女のことを知っていた。あの頃は朗らかに笑う、元気いっぱいの何も知らないただの令嬢だと思っていた。
その数年後、あの事件が起きて、彼女は多大なる心の傷を負った。にも関わらず、すぐに立ち上がり当時は第一部隊隊長だった今の騎士団長に教えを請い、2年後には騎士団の入団試験に合格し、いつの間にか騎士になっていた。
彼女が騎士団に入ってすぐの頃はやれ女だから出来ないだのコネ入団だのと色々な者に言われていた。実際彼女はコネなどなく入団したので、直接文句を言ってきた奴には勝負で見事打ち負かしていた。そうして過ごしていくうちに彼女の強さを疑うものは騎士団の中には誰もいなくなった。貴族の中では、女で、かつ短期間のうちに第三部隊隊長という重役に就いた彼女のことを悪し様に言う輩は未だ存在するが、彼女はそれに気づいているのかいないのか、気にする事はない。
気づいているにしろいないにしろ、彼女が全く相手にしていないので、アーサーは滑稽だと思っていた。
しかし、そんなどうでもいい噂の中にも信憑性の高いものは存在した。それは、騎士団長とフレイアがいい関係なのでは、というものだ。確かに、フレイアは騎士団長と仲が良く、プライベートな場では騎士団長のことをドルフ兄さんと呼んでいる。団長も団長でフレイアのことは親しげに名前を呼び捨てにする。二人の物理的な距離も近く、笑いながら肩を小突きあっている姿をアーサー自身も見かけたことがあった。
あの時は衝撃的すぎて1週間悩みに悩んで結局熱を出してしまったのだが。今となっては忘れてしまいたい過去だ。
「騎士団長のこと、好きなのね」
そう聞くことが出来たのは、本来の自分の姿ではなかったからだろう。
そうでなければそんなことを尋ねる機会など一生訪れなかったはずだ。
「ああ。そうだな」
その質問にフレイアは即答した。団長の事が好きなのだと。
やはり、彼女は団長のことを思っているのだと悲しくなった。
団長には今も思い続ける人がいるんだと声を大にしてフレイアに伝えたかった。けれど、こんなにキラキラした目で団長への思いを語る彼女を傷つけるような発言などアーサーに出来るわけがなかった。
アーサーは公には騎士団長の補佐官とされているが、その実、隠密部隊に籍を置いていた。それも隊長だ。彼は変装、特に女性に化けるのが得意で、女性を標的とした事件を探るためによく女装をしては街をほっつき歩いて情報を集めたり、時には自ら危ないことに首を突っ込んだりもしていた。
その日もアーサーは女装して街に繰り出し、自ら悪い男たちの目に付くように人目の少ない道を選んで歩いていた。すると、それに引っかかった男たちが薄暗い路地から手を伸ばしてアーサーの腕を引っ張った。
こういったことには慣れたもので、アーサーは悲鳴をあげ、怖がっている演技をする。男たちはそれを信じ、下卑た笑みを浮かべながらアーサーを路地の奥へと連れ込もうとしていた。
あともう少し、というところだった。
「そこで何をしている」
聞きなれた声がした。しかし、いつもより声の高さは低い。
声のした方に目を向けると、明るい陽射しを背に一人の騎士が立っていた。逆光でよく見えないが、アーサーはすぐにそれがフレイアだと分かった。
フレイアは襲いかかってきた男の拳を軽く受け流し気絶させた後、ほかの二人の男も直ぐに制圧した。
フレイアに女装姿で会ったことはないし、バレたくもない。必死でバレないようにか弱い少女を装った。
フレイアは疑念も抱かずにアーサーを少女だと信じ込み、優しく接してくれた。立ち上がり少しよろけた時など、オリビアを優しく抱きとめ支えてくれた。その力強さにアーサーは惚れ直した。もともとベタ惚れだったが。
肩にフレイアの制服の上着をかけられた時には、制服から香るフレイアの香りで興奮して鼻血が出そうだったことはアーサーだけの秘密だ。上着を脱いだフレイアは白い詰襟のシャツを着ていて、色んな意味で眩しかった。上着を脱いだらこんなにも大きかったなんて聞いてない。眩しすぎて思わず目を瞑ってしまった。
詰所での事情聴取もオリビアが震えれば手を包み込み落ち着かせてくれたし、頭を撫でてもくれた。同性ならではの接触にアーサーはオリビアを妬ましく思う。どちらも自分なのに不思議なものだ。
帰りも家に送ってくれると言って、フレイアはオリビアについてきてくれた。アーサーがオリビアになる際の拠点としていたアパートがバレてしまったが、フレイアに送って貰えたのだからそんなことはどうでもいい。本当はアーサーがフレイアを送ってあげたいという気持ちもあるにはあったが、今はオリビアであるためそんなことは無理だとわかっている。いつか絶対自分がフレイアを家まで送るんだと強い決意をした。まあ、フレイアは寮住みで送る機会などないのだが。
別れ際、もういつもの団長補佐官と第三部隊隊長としての立場に戻ってしまうのかと考えたら悲しくなってしまった。
今日フレイアに手を触れられた感触も頭を撫でられた感触も覚えている。
まだ手離したくない。
「あの、あの、わがまま、言って、いいですか?」
「なんだ?」
緊張で途切れ途切れに紡ぎ出した言葉をフレイアはきちんと聞き取ってくれた。
そうして聞き返してくれる。
そんなフレイアに勇気を貰ってオリビアは勢いをつけて思いを打ち明けた。
「あの、その、これからもお時間あれば、是非フレイア様と会いたいです!!!」
最後の方は勢いに任せて言ってしまったため、恥ずかしさが増してオリビアは両手で真っ赤になった顔を隠す。指の隙間からちらりとフレイアを見ると、フレイアは微笑みを深めていた。フレイアの手がオリビアの方に伸びる。そして、なんとフレイアはオリビアが顔に当てていた手を引き寄せ、自分の口元へと近付けた。
「仰せのままに、お姫様」
そしてそのまま、オリビアの手に口付けた。
チュッというかすかなリップ音とともにフレイアの顔が手から離れていく。
そのフレイアの行動にオリビアの頭の中は爆発した。顔が熱い。絶対に今顔中真っ赤だ。いや、全身真っ赤かもしれない。恥ずかしい。嬉しい。いやでもやっぱり恥ずかしぃぃぃぃ!!!!
「今度の週末、一緒に昼食を食べようか。誘いに来るよ」
「はわ、はわわわわ……はぃぃぃ」
「それじゃあ、またね。部屋にお入り。君が入るまでここで見守っているから」
「はぃぃぃ……」
もうオリビアからは情けない声しか出ない。
目の前の光景が信じられなくてもう頭の中はショート寸前どころか最中だ。何も働かない。辛うじて週末昼食を一緒に摂ることになったということは入ってきた。辛うじて。
フラフラと家の扉に向かっていく。何とかたどり着いた扉を開けて部屋の明かりをともす。
住むために用意した訳では無い生活感のない部屋の中でアーサーは困惑の嵐に呑まれるのだった。
騎士団所属、第三部隊隊長のフレイア・フローレンスだ。彼女のどこに惚れたのかといえば、あの強さとかっこよさだろう。男の多い騎士という仕事の中で、彼女は力強く今の地位に立ち続けている。その地位に就くまで女だからと侮られたことも馬鹿にされたことも沢山あったはずだ。それをものともせずに彼女はここまでのし上がった。その強さが好きだと思った。
彼女が騎士団に保護される前からアーサーは彼女のことを知っていた。あの頃は朗らかに笑う、元気いっぱいの何も知らないただの令嬢だと思っていた。
その数年後、あの事件が起きて、彼女は多大なる心の傷を負った。にも関わらず、すぐに立ち上がり当時は第一部隊隊長だった今の騎士団長に教えを請い、2年後には騎士団の入団試験に合格し、いつの間にか騎士になっていた。
彼女が騎士団に入ってすぐの頃はやれ女だから出来ないだのコネ入団だのと色々な者に言われていた。実際彼女はコネなどなく入団したので、直接文句を言ってきた奴には勝負で見事打ち負かしていた。そうして過ごしていくうちに彼女の強さを疑うものは騎士団の中には誰もいなくなった。貴族の中では、女で、かつ短期間のうちに第三部隊隊長という重役に就いた彼女のことを悪し様に言う輩は未だ存在するが、彼女はそれに気づいているのかいないのか、気にする事はない。
気づいているにしろいないにしろ、彼女が全く相手にしていないので、アーサーは滑稽だと思っていた。
しかし、そんなどうでもいい噂の中にも信憑性の高いものは存在した。それは、騎士団長とフレイアがいい関係なのでは、というものだ。確かに、フレイアは騎士団長と仲が良く、プライベートな場では騎士団長のことをドルフ兄さんと呼んでいる。団長も団長でフレイアのことは親しげに名前を呼び捨てにする。二人の物理的な距離も近く、笑いながら肩を小突きあっている姿をアーサー自身も見かけたことがあった。
あの時は衝撃的すぎて1週間悩みに悩んで結局熱を出してしまったのだが。今となっては忘れてしまいたい過去だ。
「騎士団長のこと、好きなのね」
そう聞くことが出来たのは、本来の自分の姿ではなかったからだろう。
そうでなければそんなことを尋ねる機会など一生訪れなかったはずだ。
「ああ。そうだな」
その質問にフレイアは即答した。団長の事が好きなのだと。
やはり、彼女は団長のことを思っているのだと悲しくなった。
団長には今も思い続ける人がいるんだと声を大にしてフレイアに伝えたかった。けれど、こんなにキラキラした目で団長への思いを語る彼女を傷つけるような発言などアーサーに出来るわけがなかった。
アーサーは公には騎士団長の補佐官とされているが、その実、隠密部隊に籍を置いていた。それも隊長だ。彼は変装、特に女性に化けるのが得意で、女性を標的とした事件を探るためによく女装をしては街をほっつき歩いて情報を集めたり、時には自ら危ないことに首を突っ込んだりもしていた。
その日もアーサーは女装して街に繰り出し、自ら悪い男たちの目に付くように人目の少ない道を選んで歩いていた。すると、それに引っかかった男たちが薄暗い路地から手を伸ばしてアーサーの腕を引っ張った。
こういったことには慣れたもので、アーサーは悲鳴をあげ、怖がっている演技をする。男たちはそれを信じ、下卑た笑みを浮かべながらアーサーを路地の奥へと連れ込もうとしていた。
あともう少し、というところだった。
「そこで何をしている」
聞きなれた声がした。しかし、いつもより声の高さは低い。
声のした方に目を向けると、明るい陽射しを背に一人の騎士が立っていた。逆光でよく見えないが、アーサーはすぐにそれがフレイアだと分かった。
フレイアは襲いかかってきた男の拳を軽く受け流し気絶させた後、ほかの二人の男も直ぐに制圧した。
フレイアに女装姿で会ったことはないし、バレたくもない。必死でバレないようにか弱い少女を装った。
フレイアは疑念も抱かずにアーサーを少女だと信じ込み、優しく接してくれた。立ち上がり少しよろけた時など、オリビアを優しく抱きとめ支えてくれた。その力強さにアーサーは惚れ直した。もともとベタ惚れだったが。
肩にフレイアの制服の上着をかけられた時には、制服から香るフレイアの香りで興奮して鼻血が出そうだったことはアーサーだけの秘密だ。上着を脱いだフレイアは白い詰襟のシャツを着ていて、色んな意味で眩しかった。上着を脱いだらこんなにも大きかったなんて聞いてない。眩しすぎて思わず目を瞑ってしまった。
詰所での事情聴取もオリビアが震えれば手を包み込み落ち着かせてくれたし、頭を撫でてもくれた。同性ならではの接触にアーサーはオリビアを妬ましく思う。どちらも自分なのに不思議なものだ。
帰りも家に送ってくれると言って、フレイアはオリビアについてきてくれた。アーサーがオリビアになる際の拠点としていたアパートがバレてしまったが、フレイアに送って貰えたのだからそんなことはどうでもいい。本当はアーサーがフレイアを送ってあげたいという気持ちもあるにはあったが、今はオリビアであるためそんなことは無理だとわかっている。いつか絶対自分がフレイアを家まで送るんだと強い決意をした。まあ、フレイアは寮住みで送る機会などないのだが。
別れ際、もういつもの団長補佐官と第三部隊隊長としての立場に戻ってしまうのかと考えたら悲しくなってしまった。
今日フレイアに手を触れられた感触も頭を撫でられた感触も覚えている。
まだ手離したくない。
「あの、あの、わがまま、言って、いいですか?」
「なんだ?」
緊張で途切れ途切れに紡ぎ出した言葉をフレイアはきちんと聞き取ってくれた。
そうして聞き返してくれる。
そんなフレイアに勇気を貰ってオリビアは勢いをつけて思いを打ち明けた。
「あの、その、これからもお時間あれば、是非フレイア様と会いたいです!!!」
最後の方は勢いに任せて言ってしまったため、恥ずかしさが増してオリビアは両手で真っ赤になった顔を隠す。指の隙間からちらりとフレイアを見ると、フレイアは微笑みを深めていた。フレイアの手がオリビアの方に伸びる。そして、なんとフレイアはオリビアが顔に当てていた手を引き寄せ、自分の口元へと近付けた。
「仰せのままに、お姫様」
そしてそのまま、オリビアの手に口付けた。
チュッというかすかなリップ音とともにフレイアの顔が手から離れていく。
そのフレイアの行動にオリビアの頭の中は爆発した。顔が熱い。絶対に今顔中真っ赤だ。いや、全身真っ赤かもしれない。恥ずかしい。嬉しい。いやでもやっぱり恥ずかしぃぃぃぃ!!!!
「今度の週末、一緒に昼食を食べようか。誘いに来るよ」
「はわ、はわわわわ……はぃぃぃ」
「それじゃあ、またね。部屋にお入り。君が入るまでここで見守っているから」
「はぃぃぃ……」
もうオリビアからは情けない声しか出ない。
目の前の光景が信じられなくてもう頭の中はショート寸前どころか最中だ。何も働かない。辛うじて週末昼食を一緒に摂ることになったということは入ってきた。辛うじて。
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