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昼食デート1
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フレイアは浮かれていた。
なんと言っても今日は可愛らしい友人とのお出かけの日なのだ。
昼食を一緒に食べる約束をして数日がたった。今日がその日だ。浮かれない理由がない。
だがしかし、彼女はクローゼットの前で立ち尽くしていた。
「……なんの服を着ていこうか」
さすがの彼女でも騎士団の制服を着ていくものではないとわかってはいる。分かってはいるが、彼女の部屋に外出用の服などほとんどないと言っていい。
結局は唯一といっていい普段着のトラウザーズと詰襟のシャツになるのだった。
一度自分の服装を見て、フレイアは苦笑を漏らす。
彼女とてオシャレに興味が無い訳では無い。かつてはひらひらのドレスを着ていたし、その頃は髪も腰まであった。身長も今より低かったし肩幅もこんなに広くはなかったのだ。まあ、全ては成長期の前の話なので結局はこうなっていたのだろうが。今の自分は髪も短く、身長も男たちに負けないくらい大きくなった。こんな体ではドレスもスカートも、そういった女の子らしい格好は似合わないだろう。
ドレスを着ていた時期は何色がいいのか、どんなデザインがいいのか、そういったことをよく母と話し合っていた。父はそんな私たちを優しく見守ってくれたものだ。
今はもうない、過去の記憶だ。
少しだけ感傷に浸っていたつもりが、存外時間が経っていたらしい。時計を見ると家を出る予定時刻の5分前だ。一応準備は終わっているが、早めに部屋を出ておきたいという気持ちはあった。
もう一度姿見の前に立って自分の格好を確認してから部屋を出る。
心は浮き足立っていた。
フレイアがオリビアの家の近くまで来ると、見計らったかのようにオリビアが扉を開けて出てきた。フレイアを見つけた彼女は顔を輝かせてフレイアに手を振っている。フレイアもオリビアに手を振り返して、彼女に近づいていた。
「こんにちは、オリビア」
「こんにちは!フレイア様!」
今日のオリビアは元気いっぱいだ。先日の件などなかったかのように明るさに溢れており、フレイアは心の中でそっと安堵の息を吐いた。
実はこの昼食の約束を取り付けるために何度か短いながらも文通をしていた。手紙ではオリビアも気丈に振舞っているが、実際のところは会ってみないとわからない。先日の一件がオリビアに影を落としていなければいいと思ってはいたが、想像以上に元気そうで安心した。
今日のオリビアは薄緑のワンピースに頭には深い緑のリボンを付けている。
やはり可愛い子にはワンピースが似合うものだとどこか納得しながらオリビアを見つめる。
見つめられたオリビアと言えば、予想外に近いフレイアの顔に困惑しながら頬を僅かに染めている。
「うん、今日もオリビアは可愛いね」
「えっ、あっ、ありがとうございます……」
オリビアを存分に鑑賞したフレイアは唐突にオリビアを褒めた。急な褒め言葉にオリビアはしどろもどろになりながらも感謝の意を示す。
「あっ、あのっ!」
「ん?どうした?」
「フレイア様は、今日もかっこいいです!!!」
お返しと言わんばかりのオリビアの言葉に、そんなことを言われると微塵も思っていなかったフレイアは破顔する。
かっこいいか。騎士である自分には最高の褒め言葉かもしれない。
「ありがとう、オリビア。嬉しいよ」
フレイアは心からの言葉を述べ、オリビアの頭を髪型を崩さないようにぽんと軽く撫でた。
熱に浮かされたような顔で自分の頭に手を遣るオリビアには気づかない様子で、フレイアは歩き出す。はっと我に返ったオリビアもその後に続いて歩き出した。
「一緒に昼食を、といったが、今どきのお嬢さんはどこがいいのか全く分からなくて、お茶友達に相談したんだ」
「お茶友達?」
「うん。いつも私と共にお茶をしてくれる、優しい少年だ」
フレイアの目が優しく笑う。声も心做しか普段より暖かい。
「彼の入れるお茶は絶品で、時折差し入れてくれるお菓子もハズレがないんだ。だから、彼に聞けば君も気に入りそうな食事処が見つかると思った」
「そうなんですね、とても嬉しいです」
「うん」
フレイアがアーサーにおすすめの食事処を聞いた理由を図らずもオリビアは知ることになった。フレイアはオリビアのことを思っていて、そしてアーサーのことを信頼している。それがオリビアには心地よかった。
「それで、今日は空色食堂に行ってから緑の丘にあるカフェに行かないか?」
「はい、喜んで!」
フレイアの提案に、オリビアは諸手を挙げて賛成した。
しばらく歩くと『空色食堂』とでかでかと看板が掲げられた建物が見えた。ここは騎士団の詰所からまあまあ近いので多くの騎士たちが頻繁に利用している。フレイアもその一人だった。
フレイアはいつも通りに中に入りこの食堂を切り盛りしている女将に人数を伝えると近くのテーブル席を陣取った。お昼時ではあるがまださほど混んでいる時間ではないようで、ある程度カウンター席もテーブル席も空いていた。
椅子に座るとすぐに水が運ばれてくる。
「注文は決まったかい?」
女将は常連のフレイアではなく、オリビアに尋ねたが、今席についたばかりでメニューも見ていないのに決まるわけがない。オリビアが困って「え、あ、えっと……」と声を漏らしていると、フレイアが助け舟を出してくれた。
「この子は初めてだから。決まったらまた呼ぶよ。ありがとう」
「はいよ」
女将は心得たように他のところに注文を取りに行く。他の席の人は常連だったのか、いつもの、とだけ言えば女将は去っていく。
「びっくりしただろう?」
「え、ええ、まあ……」
「私も最初に来た時は来るのが早すぎて困惑したものだ」
その時を思い出したようで、フレイアはクッと笑い声を漏らす。
「その時はフレイア様はどうされたんですか?」
「勢いで一緒にいたやつと同じものを頼んだよ」
「そうなんですね……ちなみに、フレイア様はどなたに教えていただいたのですか?」
「ん?ああ、ドルフ兄……じゃなくて、騎士団長だよ」
「騎士団長様と……」
「あの時団長は一番量の多いメニューの一番大きいサイズを頼んでね。私も彼と同じものを頼んだものだから食べ終わりは腹がはち切れそうになったよ」
当時のことを語りながらフレイアはカラカラと笑う。オリビアはそんなことがあったなんて微塵も知らず、騎士団長に嫉妬した。しばらくむくれながらメニューを見ていると、フレイアがこちらを見ていることに気付いた。机に片肘をつけ、手の上に顎を乗せている。そんなゆったりとしたフレイアをオリビアは見たことがなかった。
執務室のフレイアはピシッとしていて優雅で、今のフレイアは気を抜いたような柔らかさがあった。どちらのフレイヤも思い浮かべて、どちらもとても良いとオリビアの中で結論づける。
そんなことを考えていて結局なかなかメニューを選べず、フレイアにおすすめを聞いてそれを頼むことにした。
注文した料理は長い間待つことも無く届いた。速さと量を重視して盛り付けにはあまり拘っていないようだった。
オリビアは子牛のソテーを、フレイアは鶏肉の香草焼きを選んだ。
オリビアが一口大の肉を口の中へ運ぶ。肉が口の中に消えていく様子を見ながらフレイアは既視感を覚えたが、どこで見たのかは思い出せない。口の中に肉を含んだオリビアは今まで見た事がないような幸せな顔をして微笑んだ。どうやらお気に召したようだ。お行儀よく口内のものを飲み干してから口を開いた。
「とっても美味しいです」
「それは良かった」
正直な感想にフレイアは内心安堵して顔は鷹揚に微笑む。ここはフレイアが一番お気に入りの食堂なのだ。それをオリビアにも気に入って貰えて嬉しい。
オリビアがもう一口肉を含んだのを見て、フレイアも自身の鶏肉を口に運ぶ。口に入れた途端中で広がる香草の香りを堪能しながら、二人はそれぞれの料理を平らげた。
なんと言っても今日は可愛らしい友人とのお出かけの日なのだ。
昼食を一緒に食べる約束をして数日がたった。今日がその日だ。浮かれない理由がない。
だがしかし、彼女はクローゼットの前で立ち尽くしていた。
「……なんの服を着ていこうか」
さすがの彼女でも騎士団の制服を着ていくものではないとわかってはいる。分かってはいるが、彼女の部屋に外出用の服などほとんどないと言っていい。
結局は唯一といっていい普段着のトラウザーズと詰襟のシャツになるのだった。
一度自分の服装を見て、フレイアは苦笑を漏らす。
彼女とてオシャレに興味が無い訳では無い。かつてはひらひらのドレスを着ていたし、その頃は髪も腰まであった。身長も今より低かったし肩幅もこんなに広くはなかったのだ。まあ、全ては成長期の前の話なので結局はこうなっていたのだろうが。今の自分は髪も短く、身長も男たちに負けないくらい大きくなった。こんな体ではドレスもスカートも、そういった女の子らしい格好は似合わないだろう。
ドレスを着ていた時期は何色がいいのか、どんなデザインがいいのか、そういったことをよく母と話し合っていた。父はそんな私たちを優しく見守ってくれたものだ。
今はもうない、過去の記憶だ。
少しだけ感傷に浸っていたつもりが、存外時間が経っていたらしい。時計を見ると家を出る予定時刻の5分前だ。一応準備は終わっているが、早めに部屋を出ておきたいという気持ちはあった。
もう一度姿見の前に立って自分の格好を確認してから部屋を出る。
心は浮き足立っていた。
フレイアがオリビアの家の近くまで来ると、見計らったかのようにオリビアが扉を開けて出てきた。フレイアを見つけた彼女は顔を輝かせてフレイアに手を振っている。フレイアもオリビアに手を振り返して、彼女に近づいていた。
「こんにちは、オリビア」
「こんにちは!フレイア様!」
今日のオリビアは元気いっぱいだ。先日の件などなかったかのように明るさに溢れており、フレイアは心の中でそっと安堵の息を吐いた。
実はこの昼食の約束を取り付けるために何度か短いながらも文通をしていた。手紙ではオリビアも気丈に振舞っているが、実際のところは会ってみないとわからない。先日の一件がオリビアに影を落としていなければいいと思ってはいたが、想像以上に元気そうで安心した。
今日のオリビアは薄緑のワンピースに頭には深い緑のリボンを付けている。
やはり可愛い子にはワンピースが似合うものだとどこか納得しながらオリビアを見つめる。
見つめられたオリビアと言えば、予想外に近いフレイアの顔に困惑しながら頬を僅かに染めている。
「うん、今日もオリビアは可愛いね」
「えっ、あっ、ありがとうございます……」
オリビアを存分に鑑賞したフレイアは唐突にオリビアを褒めた。急な褒め言葉にオリビアはしどろもどろになりながらも感謝の意を示す。
「あっ、あのっ!」
「ん?どうした?」
「フレイア様は、今日もかっこいいです!!!」
お返しと言わんばかりのオリビアの言葉に、そんなことを言われると微塵も思っていなかったフレイアは破顔する。
かっこいいか。騎士である自分には最高の褒め言葉かもしれない。
「ありがとう、オリビア。嬉しいよ」
フレイアは心からの言葉を述べ、オリビアの頭を髪型を崩さないようにぽんと軽く撫でた。
熱に浮かされたような顔で自分の頭に手を遣るオリビアには気づかない様子で、フレイアは歩き出す。はっと我に返ったオリビアもその後に続いて歩き出した。
「一緒に昼食を、といったが、今どきのお嬢さんはどこがいいのか全く分からなくて、お茶友達に相談したんだ」
「お茶友達?」
「うん。いつも私と共にお茶をしてくれる、優しい少年だ」
フレイアの目が優しく笑う。声も心做しか普段より暖かい。
「彼の入れるお茶は絶品で、時折差し入れてくれるお菓子もハズレがないんだ。だから、彼に聞けば君も気に入りそうな食事処が見つかると思った」
「そうなんですね、とても嬉しいです」
「うん」
フレイアがアーサーにおすすめの食事処を聞いた理由を図らずもオリビアは知ることになった。フレイアはオリビアのことを思っていて、そしてアーサーのことを信頼している。それがオリビアには心地よかった。
「それで、今日は空色食堂に行ってから緑の丘にあるカフェに行かないか?」
「はい、喜んで!」
フレイアの提案に、オリビアは諸手を挙げて賛成した。
しばらく歩くと『空色食堂』とでかでかと看板が掲げられた建物が見えた。ここは騎士団の詰所からまあまあ近いので多くの騎士たちが頻繁に利用している。フレイアもその一人だった。
フレイアはいつも通りに中に入りこの食堂を切り盛りしている女将に人数を伝えると近くのテーブル席を陣取った。お昼時ではあるがまださほど混んでいる時間ではないようで、ある程度カウンター席もテーブル席も空いていた。
椅子に座るとすぐに水が運ばれてくる。
「注文は決まったかい?」
女将は常連のフレイアではなく、オリビアに尋ねたが、今席についたばかりでメニューも見ていないのに決まるわけがない。オリビアが困って「え、あ、えっと……」と声を漏らしていると、フレイアが助け舟を出してくれた。
「この子は初めてだから。決まったらまた呼ぶよ。ありがとう」
「はいよ」
女将は心得たように他のところに注文を取りに行く。他の席の人は常連だったのか、いつもの、とだけ言えば女将は去っていく。
「びっくりしただろう?」
「え、ええ、まあ……」
「私も最初に来た時は来るのが早すぎて困惑したものだ」
その時を思い出したようで、フレイアはクッと笑い声を漏らす。
「その時はフレイア様はどうされたんですか?」
「勢いで一緒にいたやつと同じものを頼んだよ」
「そうなんですね……ちなみに、フレイア様はどなたに教えていただいたのですか?」
「ん?ああ、ドルフ兄……じゃなくて、騎士団長だよ」
「騎士団長様と……」
「あの時団長は一番量の多いメニューの一番大きいサイズを頼んでね。私も彼と同じものを頼んだものだから食べ終わりは腹がはち切れそうになったよ」
当時のことを語りながらフレイアはカラカラと笑う。オリビアはそんなことがあったなんて微塵も知らず、騎士団長に嫉妬した。しばらくむくれながらメニューを見ていると、フレイアがこちらを見ていることに気付いた。机に片肘をつけ、手の上に顎を乗せている。そんなゆったりとしたフレイアをオリビアは見たことがなかった。
執務室のフレイアはピシッとしていて優雅で、今のフレイアは気を抜いたような柔らかさがあった。どちらのフレイヤも思い浮かべて、どちらもとても良いとオリビアの中で結論づける。
そんなことを考えていて結局なかなかメニューを選べず、フレイアにおすすめを聞いてそれを頼むことにした。
注文した料理は長い間待つことも無く届いた。速さと量を重視して盛り付けにはあまり拘っていないようだった。
オリビアは子牛のソテーを、フレイアは鶏肉の香草焼きを選んだ。
オリビアが一口大の肉を口の中へ運ぶ。肉が口の中に消えていく様子を見ながらフレイアは既視感を覚えたが、どこで見たのかは思い出せない。口の中に肉を含んだオリビアは今まで見た事がないような幸せな顔をして微笑んだ。どうやらお気に召したようだ。お行儀よく口内のものを飲み干してから口を開いた。
「とっても美味しいです」
「それは良かった」
正直な感想にフレイアは内心安堵して顔は鷹揚に微笑む。ここはフレイアが一番お気に入りの食堂なのだ。それをオリビアにも気に入って貰えて嬉しい。
オリビアがもう一口肉を含んだのを見て、フレイアも自身の鶏肉を口に運ぶ。口に入れた途端中で広がる香草の香りを堪能しながら、二人はそれぞれの料理を平らげた。
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