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第二章 外堀はこうして埋められる
2-25 それはとても懐かしく……
しおりを挟む小高い丘を目指し歩いていた私達の横を様々な花が彩り、警備の為に人が多そうな場所に立っている不釣り合いな黒い鎧の騎士たちが、リュート様を見て頭を下げる様子に緊張してしまう。
けれど、隣のリュート様はというと、あまり目立たないように手をスッと上げて軽く挨拶をしているようですし、これが日常ということなら……リュート様の召喚獣として慣れなければ!
でも、騎士の皆様は、何故そんなにほっこりとした顔をされているのでしょう。
こちらを見て和んでいるのでしょうか……
つまり、リュート様は騎士団のアイドル的存在っ!?
もしかしたら、皆様にとって弟みたいな立ち位置に……いえ、やっぱりここは憧れの……?
「どうした?」
「え、いえ! 黒の騎士団の方と親しいのだなぁと……」
「ああ、さっきのアイツとかは去年まで学園で一緒だったからな。今日は今年配属になったばかりの新人騎士という立場の奴らが多いようだ」
そういえば、鎧もマントも真新しい感じがしましたね。
なるほど、新人さんで元学友ばかりでしたら、軽く挨拶くらいするでしょう。
「でも、リュート様って……召喚術師科の前は魔法科だったのでは?」
「俺はほら、知っての通りエイリークと不仲だろ? 魔法科にあまり長居しなくて良いように学園側も配慮してくれたんだ。つまり、魔法科に転科届を出して魔法を学んでいるけれども、あくまでも騎士科預かりであり、魔法は専門の授業だけで良いと学園長が、変な問題を起こされるよりは……と、特例を認めたらしい」
さすがに教員が表立って生徒を貶める姿を見られるのは、学園側としても困ったものだったのでしょうね。
アレでも優秀なんだ───と言うリュート様の言葉に頭痛を覚えてしまいます。
謂れ無い言葉で傷つけられ、随分苦労されたでしょうに……人が好すぎますよ?
でも、まあ……そういうリュート様ですから好ましいと思いますし、お傍にいたいのですけれどね?
大丈夫です、あんなへんてこりん教師、絶対に近づけませんから!
必ずや、あのお馬鹿さんからリュート様をお守りいたします!
「ルナ、難しい顔してないで、花を楽しもう。こんなに綺麗な風景が目の前にあるのに、勿体無いぞ」
「それもそうですね」
通路の両脇に咲く花々も、日本で見たことがある花ばかりで、なんだか懐かしくなります。
グレンドルグ王国にも花はあったはずなのに、これほど綺麗な色彩として思い出せないなんて……勿体無いことをしました。
思えば、あちらでは……私は何を見てきたのでしょうね。
全てがモノクロであったかのように、色彩が感じられません。
でも、リュート様といると沢山の色を感じているような気がします。
とてもたくさん……溢れかえってしまいそうな、言葉に出来ないこの感覚をなんと言えば良いのでしょうか。
伝えたくても伝えられない、そんなもどかしさを感じてしまいます。
リュート様が隣にいるから、これだけ綺麗に感じられるのでしたら、色彩豊かな花だって1人で見ると味気ないものなのかもしれませんね。
「さて、この階段を上った向こう……眼下に広がる一面の花たちは、とんでもなく綺麗だぞ」
私に早く見せたいのだと少年のように目を輝かせて言うリュート様に、胸がぎゅっとします。
これほどの思いを私に傾けてくれる相手がいる……なんて、幸せなことなのでしょう。
手を引かれ階段を上り、頂上にたどり着いたのは良いのですが、普段の運動不足が祟ったのか、少し息が上がってしまいました。
息を整える為に下を向いてふーっと息をついていた私を、リュート様が「ほら、前」と言って顔を上げるよう促し、1つ大きな呼吸をしてから前を見たその瞬間、目に飛び込んできた光景に息を呑む。
リュート様が私に見せたがっていたものは……あまりにも美しく、そして……どことなく懐かしかった。
青い空と海をバックに、眼下に可憐に咲き誇るルナフィルラの色は……
「桜色……」
この世界でなんて言えば良いのかわからない色合い……薄紅色? それとも、薄ピンク?
だけれど、私は知っている。
これは桜色だって───
一陣の風がルナフィルラの花を撫で、さらわれるように天高く舞い上がった花弁が、ひらひらと落ちてくる。
まるで、散る桜の花びらのように、優雅に舞い散る様は日本に帰ってきたかのような錯覚さえ抱かせた。
「すごく……綺麗ですね……綺麗なんて言葉だけで表現したくないのに、言葉が見つかりません」
「ああ。その気持ち……よくわかるよ」
思い出が胸を過ぎ去り、懐かしさに胸が痛くなったけれど、それよりも大きいのは感動と呼べるもので……笑顔で泣きたくなりました。
こんなに綺麗な景色がある。
それを、リュート様と見ることが出来て、本当に嬉しいのだと握られた手に力を込めた。
「この色のルナフィルラは、『おとずれる幸運』『変わらない想い』という意味を持つ。創世神ルミナスラの夫は遠く離れた場所にいて、あまり会えないんだってさ。その夫に愛しい思いを伝える為に、今のように花びらを散らせ想いを乗せて届けるんだそうだ」
「素敵なお話ですね」
「まあ、そんな逸話があるもんだから、この花は薔薇と同じくらい、プロポーズや告白の時に花束として贈られることが多いんだ」
なるほど……だからカップルが多かったというわけですか。
今の時期でしたら、花束を贈るのも良いですが、一緒に見に来たほうがムードもありますし盛り上がることでしょう。
だからといって、先程のように芝居がかったものは……遠慮したいですが……
少し休憩しようと、手を引かれて人が多い場所から移動し、小高い丘の上の広場に設置されている、少し離れた場所のベンチに座る。
眼下に広がる桜色のルナフィルラがよく見えますね。
いつまでも眺めていられそうな……そんな素敵な風景です。
「気に入ったか?」
「はい、とっても! リュート様、連れてきてくださってありがとうございます。私、すごく嬉しいです」
「そっか……そりゃ良かった」
ホッとしたように笑ったリュート様を見て、不意に思い出した「ルナそのもの」という言葉は、どういう意味だったのでしょう。
あんなに可憐で美しい花弁を纏う花というには……ちょっと……いえ、かなり……勇気がいりますよ?
「あの……リュート様、あんなにきれいな花が私だっていう理由はなんでしょうか。容姿ではないのは確かですが」
「その容姿も大きいと思うのは俺の気の所為ではないはずなんだがな……まあ、何ていうかな。そうだな……こうすればわかりやすいか」
そう言ったかと思うと耳元に唇を寄せて、魅惑の甘い声で名を呼ばれた。
ただそれだけ……たったそれだけなのに、顔が真っ赤になってしまい、慌てて耳を押さえてリュート様から距離を取る。
わ、私のライフは、先程の攻撃で0に近いのですよっ!?
いま下手なことをすれば、余裕で倒れてしまいます!
「そうやって頬を染めている色が、ソックリ」
「リュート様!」
あはははっ! と声を上げて笑うリュート様に、涙目で睨みつけるけれど効果は無さそうだ。
もう! すぐ、そうやってからかうのですから!
意地悪です! と、鍛えられた腕をぺちぺち叩くけれど、彼はなんとか笑いをこらえようと必死になっているだけで、痛みすら感じていない。
「そう怒るな。本当にソックリな色なんだって」
「あんな綺麗な色に染まりません! もっと真っ赤です!」
「そうか……もっと真っ赤だと思ってるのか」
「はい! 桜色なんかでとどまりませんもの、絶対に……真っ赤になってますものっ」
両手で頬を隠してジトリと見るけれど、何故か今度はリュート様がほんのりと頬を染めて視線を逸らす。
「あー……まあ、その……桜色に頬を染めて微笑んでくれる。その姿はまさしく、桜色のルナフィルラだって思う」
先程みたいに冗談めかして言ってくださったら違ったのに……どんどん上がってくる体温を誤魔化すことが出来ず、彼の言うルナフィルラの桜色に染まっているのでしょうか。
恥ずかしい……けれど、ちょっぴり嬉しいのです。
「それにさ、桜色のルナフィルラの花言葉、『おとずれる幸福』が……ルナだよなって思ったんだよ。俺にとってルナは……幸福そのものだから。俺のところに来てくれて、本当にありがとう」
ふわりと甘く微笑むリュート様の笑みに、私の胸が喜びに溢れる。
だって、この花を見せたいと願ってくれたことも、こうして一緒にいられることも、私がリュート様にとっての「幸福」だということも……言葉に出来ない何もかもが嬉しくて、感極まって泣いてしまいそうです。
涙目になっていることに気づいたのか、リュート様は優しく私を抱き寄せてよしよしと頭を撫でてくださいますが、それって……余計に泣きそうになりますよ?
嬉しくて仕方なくなり、胸に擦り寄ると優しく抱きしめられて幸福感に包まれる。
幸せすぎると、人ってこんなにも胸が苦しくなるのですね。
「私も……リュート様のところに来れて良かったって、何度も思ってます。そして、その度に幸福感で胸がいっぱいになってしまうんです」
「そっか……これからも、そう思ってもらえるよう、俺も頑張らないとな」
「リュート様は少し休んでいてください。無理しすぎですもの」
「そうか?」
「そうなのです」
笑い合い共にそばにある喜びを噛み締め、日々を過ごせるなら……これほど幸福なことはないと思うから、きっとこれはルナフィルラの花の加護なのだろうと、降り注ぐように舞い散る花に感謝した。
「えーと、お取り込み中のところ、大変申し訳ありませんが……少々確認したいことがありまして、お時間よろしいでしょうか」
誰だろうと、もそもそ動いてリュート様の肩越しに声の主を見る。
柔らかそうな薄藤色の前髪が少し長めなのか、風にあおられ邪魔だというようにかきあげた柔和な表情の男性は、初めて見る顔であった。
先程から遭遇している黒の騎士団の方なのだろうということは、多少デザインが異なっても場違いな黒い鎧を見ればわかる。
一見して今まで見てきた新人の彼らと違うと感じたのは、そのマントの意匠であった。
彼らは紺色に近い青一色であったのに、彼がまとっているマントは全くの別物と言えるほど美しいデザインである。
まるでルナフィルラを思わせるような白と天色のマント……と、言えばいいのだろうか、表が白く内側が雲ひとつ無い晴天を思わせるような空色をしており、縁には見事な金糸の刺繍が施されていて優美であった。
パチリと目があった彼は、空色の瞳を細めて人懐っこい笑みを浮かべる。
「邪魔しちゃってごめんね。ちょっとだけ確認していいかなって……」
「なんの確認だよ」
ん? リュート様の声が……妙に低い?
その声を聞いて、騎士団の青年も目を丸くしてからパチパチと数回瞬きしたかと思うと、恐る恐る口を開く。
「え……その声……えっ? まさか、リュートなのぉ?」
「こんなところで何やってんだよ、ロン兄」
「それはこっちのセリフでしょ……まさか、リュートが飛び入り参加なの?」
「は? 何だそりゃ」
え、えっと……ロン兄? って……え? お兄様なのですか?
まさかの、リュート様のご家族とご対面ですかっ!?
「やっぱり知らなかった……そりゃそうだよね。リュートが知ってたら、ここに来るはずないもんね……どうするかなぁ、結構票も入っちゃってるしなぁ」
「票?」
「どこから説明したもんかねぇ……とりあえず、そちらのお嬢さんに自己紹介が先だね。俺はロンバウド・ラングレイ。聖騎士ラングレイ家の次男になるんだけど、リュートの兄だから、そんなに緊張しなくていいよ」
私が緊張していると見抜いたリュート様のお兄様は、私に優しく微笑みかけてくださるのですが、なんだか余計に緊張します!
初対面の印象って大事ですもの、失敗はできません。
慌ててリュート様の腕から抜け出して立ち上がり、どんなに緊張していても、長年培った動作というものは勝手に出てくるもので、いつもよりは若干ゆっくりな動作でカーテシーをしてから口を開く。
「グレンドルグ王国クロイツェル侯爵の娘、ルナティエりゃ……っ!」
か、噛みました。
大失態ですよっ!?
しかも、ありえません……自分の名前で噛みました!
うーっと、口元を押さえて、先ほどとは違う意味で涙目です。
「ぷっ……あははっ! 緊張しすぎだろっ」
リュート様がお腹を抱えて笑いだしたので、恨めしくなって「もうっ!」と怒ってみせるけれど、本気で怒っていないとわかっているのでしょう、笑いを止める気配すらありません。
目尻に涙を浮かべてお腹が痛いと言って笑う姿が恨めしく思うと同時に、なんだか私も笑えてしまって口元を指で隠して堪えるのに必死です。
「だって、緊張したんですものっ、初のリュート様のご家族ですよ? 緊張しないほうがおかしいのですっ」
「相手はロン兄だぞ? うちの家で一番人当たりがいいのにな」
くくくっとまだ笑いがおさまらない様子で、私の頭を撫でたあと、舌を噛んでいないか? 痛くないか? と気遣ってくださるのは有り難いのですが恥ずかしいですね。
「リュートの馬鹿笑いなんて……初めて見た……へぇ……リュートも笑えるんだねぇ、お兄ちゃん、すっごく安心したし感動した!」
目をキラキラさせてリュート様をぎゅーっと抱きしめたロンバウド様は、良かった良かったと、本当に嬉しそうで……リュート様も心配をかけていたとわかっていたのでしょうか、兄の背中に手をやりポンポンっと叩いていた。
麗しい兄弟愛ですっ!
「え、えっと……すみません、あの……ルナティエラ・クロイツェルと申します」
「丁寧な挨拶をしてくれて有り難う。俺のことはロンでいいよ」
「は、はい! ロン兄様」
「……なんか、ものすごく可愛い妹が出来たよ、リュート!」
あ、リュート様の美的感覚は個人的なものではなく、血筋的なものなのですね。
私にしてみたら、とても嬉しいことですが……リュート様のご家族の美的感覚がズレていると世間に広めてしまうのは心苦しいです。
いえ、まだリュート様とロン兄様だけかもしれません。
大丈夫です、まだ大丈夫!
「妹を欲しがってたもんな。ロン兄は節度を知ってるからいいが……今晩、あのアホ親父が来るんだ……」
「あ、あー……頑張れぇ」
「ロン兄……」
「そんな捨てられた仔犬みたいな顔しないで! リュートにそんな顔をされたら、お兄ちゃん徹夜明けなのに頑張っちゃうでしょっ!?」
「徹夜明けか……それはちょっと辛いよな。ちゃんと家で休んでくれ」
「うーん……でも、なんか心配だなぁ……やっぱり、お兄ちゃんも同伴しようか? あのバカ親父を止めるのは、俺の役目でもあるしねぇ」
……えっと、お二人にバカだのアホだの言われるお父様って、どんな方なのでしょう。
すごく……心配になってきましたよ?
「でも、そうなると夜、家に母さん1人になるだろ?」
「いや、今日はお友達のところに遊びに行ってるんだよ。ほら、トリスちゃんところのお母さんと一緒に夜更かしするんだって、お泊まりセット持参で行ったから帰ってこないよ」
そうなのか……と、リュート様は思案顔である。
トリス様のところのお母様とリュート様のお母様は仲が良いのですね。
しかも、『お泊まりセット』って、なんだか可愛らしいです。
リュート様のお母様は可愛らしい方なのだと覚えました!
「でも、今晩って……あれ? あのバカ親父、リュートの召喚獣の確認に行くって話だったでしょ? そういえば、召喚獣はどうしたの? 彼女が怖がるから見えなくしてるとかそういうこと?」
「あー……ロン兄は知らなかったのか。俺の召喚獣はルナだ」
「ん?」
「ルナが俺の召喚獣なの」
「はあぁっ!?」
大きな声で叫んだロン兄様は、私とリュート様を交互に見て信じられないという顔をした後、決意をこめてこう宣言する。
「今晩同伴決定」
「頼りになる兄で助かるよ、ロン兄」
「リュートに頼られるなんて、お兄ちゃん嬉しい!」
ひしっ! と、まとめて抱きしめられ、なんだか……家族の一員になった気分を味わえて嬉しくなる。
私をぎゅぅっと抱きしめているリュート様の上から、私達二人を守るよというように微笑み抱きしめてくれるロン兄様に、何だかんだ言いながら守ってくれた前世の兄を思い出して、少しだけ……会いたくなった。
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