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第二章 外堀はこうして埋められる
とっても濃厚でトロリと甘いんです
しおりを挟むこの身を満たす幸福感から目を閉じ、感じる空気や音を忘れたくなくて身を預け耳を澄ましていると、くすりと笑う気配がする。
私のことを見ているのだと感じるだけで、穏やかだとは言えないほど心臓が騒ぎ出すというのに、それがとても嬉しいのだと心が訴えた。
彼から感じる体温や呼吸や鼓動は、私を包み込み癒やしてくれるようで心地良い。
ガゼボで感じた黒モヤの冷たさは、まだ心に残っていて、存在は消えたというのにしつこいものである。
冷えた心にじんわり伝わる熱……春の女神様とロン兄様のくださったぬくもりと、リュート様が絶え間なく与えてくださるあたたかさは、確かにここにあるのだと感じた。
「疲れたか?」
「いえ、幸せだなぁって……私は、こんなに光がいっぱいの場所にいて良いのでしょうか」
「当たり前だろ。いなくなったりしたら、何が何でも探し出すぞ」
「ふふっ、そんなことしません。ずーっとお傍にいるってお約束しましたもの」
力強く抱かれ、守られ、慈しんでもらえる喜びを知ってしまえば、離れるなんて不可能ですよ?
こんなに私をとらえて離さない人が、もしかしたら離れるのではないかと考えて心配する。
ありえないことなのに……
私は、リュート様ほど優しくてあたたかい上に、この心臓がもたないなんて思うほど素敵だと感じる人を知りません。
しかも、可愛いし格好良いし、ドキドキするんですよ?
優しく見下ろすその瞳も、その奥にある力強い輝きも……私の奥底にひっそりと隠してある孤独を癒やしていくんです。
「リュート様、ありがとうございます」
「んー?これくらいならいくらでも」
くるりとターンしておどけて見せるリュート様に、周囲の女性がまた黄色い悲鳴を上げてますね。
危なげない足取りと、余裕の体運びが魅力的なのでしょう。
そうですよね、女性なら誰でも夢見る光景かもしれません。
こんなに素敵な方に抱き上げられて、優しく微笑まれるなんて……
「さて、今度はどこへ行こうか。なんの花がいいかな」
ぱしゃりと水たまりを踏む音がして、彼の足元が汚れないか気になったけど、そういうところも抜かりないでしょう。
しかし……本当に、私を抱き上げて悠々と歩きますね。
周囲のイベント参加者らしき方々と鍛え方が違うというのは、本当のことかもしれません。
黒の騎士団の方々もそうですし、ところどころ、本当に少人数ですがいらっしゃる白の騎士団の方も体つきが違いますもの。
ただ、白の騎士団の方々は下半身の筋肉が発達しているように見えます。
黒の騎士団の方々は、バランスよく……という感じですね。
持ち場が違うと、鍛える目的も変わってくるのかもしれません。
もちろん、持っている武器も違うからでしょう。
黒騎士団の方々は剣、白騎士団の方々は槍を愛用しているようです。
下半身を鍛えなければ、あの大きな槍を振り回せないのでしょうか……先ほど無理な走り込みをしていたコンラッド少年は、まだまだ鍛えている途中でしたけど目指すべき人がいるのかもしれませんね。
眼の前の、この方のような……
チラリと視線を上げて見た彼の顔は余裕そのもので、人間を抱きかかえて歩いているとは到底思えないような表情である。
やっぱり、この安定感は普通ではないのですよ!
ロン兄様も程よく鍛えげられてしなやかな感じでしたけど、リュート様は群を抜いている気がします。
剣で例えるなら、リュート様は刀、ロン兄様はエスパダ・ロペラ、黒の騎士団の方々はロングソードというところでしょうか。
ロン兄様の例えがコア過ぎたかしら……スペインに実際に存在した武器で、レイピアの一種なんですけど、装飾がとても綺麗な片手剣なんですよね。
ファンタジーゲームをしている方でしたら、一度は聞いたことがある剣の名称だと思われます。
リュート様の刀というのも、一言で表していますが……もっとこう……鋭くて切れ味抜群というか、神秘的な輝きが素晴らしい感じが……ああ、リュート様の素晴らしさを一言で表すなんて無理だったんだわと思い知らされる。
そして、女性の方々でも賛否の分かれるところではあるでしょうが……敢えて私は言いたいです!
鍛え上げられた体は、とんでもなく魅力的であると!
けっこうゴツゴツするのですが、この抜群の安定感と包容力はハンパないのです。
ものすごくドキドキするんですよっ!?
「んー?どうした、急に硬くなって」
「ど、どきどき……してる……だけです……」
「そうか、それは良いことだ」
良くないですよっ!?
どこがですかっ!という意味をこめて視線を上げて……あ……と、後悔しても後の祭りです。
柔らかく笑っているのに、その瞳は熱を持っていて……心臓が動きを止めたのではないかと思ってしまうくらい時が静止したのを感じた。
「やっぱり、俺はこういうの向かねーな、何て言えばいいかわかんねーくらい、ルナが可愛いとしか思えない」
十分です!それ以上は私のライフが確実に削られて、意識を失うことになりかねません!
だ、だって……そんな甘い声と瞳で……囁くように言われたら……む、無理です、平常心なんて絶対に無理です。
真っ赤になった顔を沢山の人達に見られたくなくて、リュート様の首筋に埋める。
無理、もう、本当に勘弁してください……優勝しないといけないのはわかっているんですけど、心臓がドキドキして体温が上がりすぎて熱い。
「何か飲み物でも買うか」
私の状況を読んだようにそう進言してくれるところに、さり気ない気遣いを感じます。
それほど照れていると知られているのが恥ずかしくて、声もなくコクリと小さく頷けば、彼は軽やかに笑って「了解」というと、シッカリとした足取りで歩き出した。
チラリとリュート様の肩越しに周囲を見れば、何故かついてきています……な、何故?
イベントの票を入れるかどうか見極めるためかしら。
でしたら、他の候補者の方々は来なくてもいいのではないでしょうか。
不思議な事もあるものです。
「ほら、ルナ。ここは色んな果実を絞ったフレッシュジュースが美味しいんだ」
「フレッシュジュース……ですか?」
「いらっしゃいませだにゃ!だんにゃさん!」
「よう」
よく見てみるとキャットシー族の方ですね。
カフェとラテとは違い、キジトラ模様です。
可愛い!
「珍しいことしてますにゃ」
「まーな。ちょっと事情があって、どうしてもな……」
「優勝するつもりですにゃ?」
「やるからには?」
「だったら、これがオススメですにゃ!」
これ?
何でしょうとそちらに視線を向けると、椰子の実みたいな器にフルーツジュースだけではなく、カッティングした果実も入っているようで、2つのストローと1つのスプーン……狙いすぎです!
これはダメですよっ!
ダメダメ無理です!とふるふる首を振っているのに、リュート様は満面の笑み……
いやああぁぁっ!絶対にやる気ですーっ!
「やるならとことんだろ」
「とことんしすぎですーっ!」
「妥協はできねーな」
「少しは考慮してください!」
「こういうのは、ノリでやらねーと、真面目にやったら恥ずかしすぎるだろ?」
「恥ずかしいと思うなら、手加減を……」
優勝するって約束したしなぁ……と、小さく呟かれ、ロン兄様と春の女神様の笑顔を思い出してしまい、うぐぅ……と呻いた私は、受け入れるしか無く……
なんと言うことでしょう、水分補給すら試練です。
近くのベンチにおろされて大人しく座っていると、リュート様の熱から解放されてホッとしたような寂しいような、奇妙な気持ちになってしまう。
こちら側は随分と海に近いのか、潮風が心地良いですね。
通路近くの白いベンチの後ろは綺麗に手入れされている芝生が広がっていて、心地よさそう……入って良いのかしら。
体を捻って後ろの様子を伺うと、親子が駆けている姿が見えた。
ということは、入ってもいいのですね。
あとは、時間まであの辺りでゆっくりしていてもいいかしら。
景色もいいし、花も沢山見ることが出来ますし、海風も気持ちいです。
ここ一帯の花は、塩分を含む風にも強いのですね。
「お待たせ」
「う、うわぁ……大きい!」
「だな。ジュースより果物のほうが多そうだ」
「春の女神様がいたら、とっても喜んだでしょうに……」
「そうだな。でもお腹いっぱいになって転がるぞ」
「オナカイタタにならなければいいのです」
容易にその光景が思い描けて、思わず笑みがこぼれます。
バレーボールくらいの大きさもある椰子の実のような果実の器を片手に持ったリュート様は、ストンっと横に腰をおろして、ストローを差し出してくる。
「ほら、好きに飲めばいい」
「は……はい……で、でも……」
周囲の方々の視線がっ!
皆さんどうしてそんなに凝視されているのですかっ!?
「ルナ?」
「は、はい……覚悟を決めます」
「そうこなくっちゃな。アレはどうしても必要だから、妥協しねーぞ」
「わ、わかりました。もう、こうなったら楽しんじゃいます!」
それがいいと笑うリュート様の長い指に添えられたストローに口をつける。
ニッと笑って同じく、もう一本のストローをくわえるリュート様の色気ったら……!
顔が近くて赤くなってしまいますが、このまま固まってたら、いつまで経ってもお見合い状態ですね。
気持ちを切り替え、ちゅーっと吸うと甘酸っぱいジュースの味わいに頬が緩んでしまいます。
うわぁ……これは柑橘系がメインで、甘い果実と濃厚なとろみのある果実が一緒になっているのですね。
しかも、お砂糖の甘味でない自然な甘さが優しくて、ものすごく癒やされます。
美味しいですねぇと、笑っていたらリュート様はあることを思いついたようにスプーンを手にとり、中身をかき分けて何かを探している様子ですね。
「ルナ。これ食ってみ」
お目当ての物が見つかったらしく、差し出されたスプーンの上にある物を見る。
葡萄よりも少し大きめで、桃色から乳白色へのグラデーションも綺麗なまんまるの果実。
白桃の色合いを思い出しますが……
誘われるようにぱくりと食べてみれば、このジュースのトロリとした甘味になっているのがこの果実なのだとわかった。
濃厚でねっとりとした甘さ。
マンゴーの甘味とバナナのねっとり感の中にたっぷりの果汁を感じる……といったらいいのでしょうか、表現がとても難しいのですが、とっても美味しいです!
「それが、ルナフィルラの果実なんだ」
「え?……あのルナフィルラが、こんな濃厚な果実を実らせるのですか?」
「花と同じくらい大きな実が初夏の頃に実るんだ。これは、氷漬けにして保存したものだろう」
「こんなにまんまるの大きな実を実らせたら、あの細い茎でしたら折れちゃいそうですね」
「あの茎は見た目とは違い、強くて逞しいぞ。少しのことではビクともしないくらい、とてもしなやかで強靭なんだ。そうそう折れたりしない」
まるでリュート様のようなんですねぇ……と呟くと、彼がピタリと動きを止めて視線を外して小さく咳払いをする。
うん?どうかしましたか?
「ルナはこう……色々と不意打ちだよな」
「そうですか?」
全く……と、口元を押さえて視線を彷徨わせている姿は可愛らしい。
さっきまで翻弄してくださっていた方が、何をおっしゃいますか。
スプーンを受け取り、ころりとしたルナフィルラの果実を見つけてすくい上げてじっくり見てみると、やっぱり愛らしいですね。
これって、とっても見栄えが良いですからケーキなどの彩りにも良いかもしれません。
「リュート様、これって本当に綺麗で宝石みたいですね。可愛くまんまるで……これでケーキを作ったら美味しい物ができるのではないでしょうか」
「あー、生クリームに合うだろうな。すげー旨そう」
「いま咲いているルナフィルラが実をつけたら、お店にも沢山並びますよね?」
「そうだな。その時まで楽しみにしておくか」
「はい!」
とても綺麗なケーキが出来上がりそうで、ウキウキしちゃいます。
まだ見たこともない果実もいっぱいあるでしょうね。
お買い物は、そういう意味でも楽しみです!
スプーンに乗せたままの果実をリュート様の口元に運んで「はいどうぞ」と言うと、うぐっと詰まったように顔を一回引いたのだけど、恐る恐る口に運びうつむき加減に「やっぱ旨いな」と呟くので、そうですねと同意した。
ふふふ、やられてばかりではないのですよ?
リュート様ったら、私の反応で楽しんでいたようですから、ここは反撃を……
そう考えていた私の耳に、ギターのような音の旋律が届く。
この世界の音楽でしょうか。
歌声も届きますが、あちらの世界と変わらず、あまり抑揚のない歌声ですね。
歌といえば、もっと楽しく高らかに歌うもの……というのは、日本人の感覚なのでしょうか。
そういえば、綾音ちゃんとカラオケに行った時、当時流行っていたラブソングを彼氏が歌ってくれたらキュンキュンするよね?という話をしたことがありましたね。
まあ……お互いに、その彼氏という立場の方がいなかったわけですが……
こちらにも、好きな相手に贈る恋の歌があるのですね。
「この世界の歌も、あちらと変わりませんね。あまり抑揚がないというか……」
「ん?……ああ、さっきから歌ってる奴か……まあ、そう……かな?」
何でしょうこの微妙な返しは……あ、もしかして、あの方の歌……イマイチなんですか?
チラリと周囲を見渡しても、微妙な反応です。
近くの黒騎士さんを見ると、首をフルフル左右に小さく振っていらっしゃいました。
あっ……察し……です。
理解しました。
やっぱり、あちらの音楽は、こちらでは古い、もしくはあまり上手でないということなのですね。
「アレはド下手だにゃ」
これサービスにゃと、ドリンク店のキャットシー族のキジトラさんが私にルナフィルラの果実の盛り合わせをくださいました。
うわぁ……美味しそうです!
お礼を言って器を受け取った私の隣のリュート様が動き、添えられていた猫のシルエットの形をしたフードピックを使って一粒刺し、「あーん」と言いながら差し出してくる。
も、もう!
すぐに形勢逆転ですが、それもなんだか嬉しくて……唇に押し当てられたルナフィルラの果実を口に含むと濃厚な甘みが広かった。
これ、ドリンクに入っている物より美味しいです!
「んーっ!甘くてトロッとして美味しいっ!」
ふにゃんっと頬が緩むのが止められません。
とたんに、ドリンク店にお客様が殺到しますが……皆さん、やっぱり美味しそうだから食べたかったのですね。
リュート様にも美味しいですよと、お返しに「あーん」をしてあげると、嬉しそうに微笑みながらパクリと食べ、頬を緩ませる。
美味しいものを食べているときのリュート様は、本当に可愛らしいくてきゅんっとしちゃいます!
もう一粒どうですか?と首を傾げてたずねる、そんなリュート様との和やかな時間を打ち壊すかのように、場違いともいえる怒声が辺りに響き渡った。
「お前か!さっきからドヘタだとか言ってる失礼な奴は!」
え?
声の主を見れば、見慣れない真っ白な弦楽器を持った見るからに優男風の男性が、リュート様に怒りのためかプルプル震える指を突きつけています。
いえ、リュート様は、貴方の歌に対して「下手だ」とは一言も口にしておりません。
「そんなに言うなら、お前が演奏してみせろ!俺より上手に歌えるならば見逃してやるが、そうでなければ土下座して謝れ!」
「は……?」
どうしてそうなった?
周囲の方々と心が1つになった瞬間でもありました。
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