93 / 558
第二章 外堀はこうして埋められる
お店に到着っ!
しおりを挟む「リュー、町なの!」
「あー、ここまで来ると、ティエラ・ナタールも見えるな」
「ティエラ・ナタール?」
リュート様の言葉の中に聞き慣れない単語があったのでたずね返すと、ある一角を指し示されました。
「聖都から南門の街道を出てすぐにある大地母神を祀る神殿と町で、信仰が厚い場所だって聞く。まあ、俺は行かねーけど」
「どうしてですか?」
「あそこの神官長があまり好きじゃねーし……イノユエ縁の地だからな」
チラリと視線を後方へ向けると、苦虫を噛み潰したような顔をするリュート様が見えます。
なるほど、リュート様にとっては2つの意味で行きたくない場所なのですね。
神官長のこともあるのでしょうが、一番の理由は……ジュスト関連。
あの地へ行くということは、ジュストと関係があると勘ぐられることになる可能性があるからなのでしょう。
「大地母神が何も言わないのをいいことに、好き勝手やってんだよ、あの神官長。そのうち痛い目を見りゃ良いのにな」
あ、嫌いというよりは大嫌いな部類なんですね。
こういうこと言うリュート様は、とても珍しいです。
神殿内部ということもあり、他の方々が手を出すことは難しいようで、神殿のような閉鎖的な場所ほど面倒な人間は残るのだとリュート様がおっしゃいました。
神聖な場所というイメージの神殿なのに……
仕える人間がダメダメとか、本当に困りますよね。
チェリシュのいる神殿でも、そんなことがあったのかもしれません。
大丈夫ですよ、チェリシュは私達が守りますからね?
よしよしと頭を撫でると、チェリシュが驚いて私を見ます。
そして、ふにゃりと表情が崩して嬉しそうに「もっと撫でてなのっ」と可愛いおねだりをしてきたので、抱きしめたい衝動にかられました。
「どうしてこの子はこんなに可愛いのでしょう!ぎゅーってしたいですっ」
「今はやめとけ、店についたらな?」
「おみせで、ぎゅーなの?リューも?」
「よーし、まとめてぎゅーしてやろう」
「わーいなのっ!」
え、まとめてって、私もですか?
と、戸惑っていたらリュート様が耳元に甘く囁きます。
「ま、今はルナだけな」
ぎゅっと抱きしめられてしまった私は、瞬時に真っ赤になってしまいました。
チェリシュはそれを見てにぱーと笑ってから、「チェリシュはグーちゃんとーぎゅーなの!」と、グレンタールにぺたりと抱きついています。
グレンタールは大喜びで天高く駆け上がり、リュート様とチェリシュが笑っているのに対し、私は悲鳴をあげて抱きしめてくれている腕にしがみつきました。
グングン高度が上がっていくので、耳鳴りがしそうです。
グレンタール、嬉しいのはわかりますが、もう少し手加減してください!
ビックリしますから……ね?
抗議の視線をグレンタールに投げかけていた私は、視界の隅にチラリと見えたティエラ・ナタールが妙に気になって改めて視線を向ける。
すると、今まで何もなかったのに光の加減なのか、町を覆い尽くそうとする黒いモヤが見えたような気がして、リュート様にしがみついている腕に思わず力を込めてしまいました。
「どうした?」
「見間違い……かもしれませんが、黒いモヤが……」
「ティエラ・ナタールに?」
「は……はい」
リュート様は鋭い視線をティエラ・ナタールに向けて暫く思案していたようですが、多分不安を感じて情けない表情をしていたのでしょう……私を気遣い「大丈夫だよ」と優しく囁いてくださいます。
「大地母神がいる土地だから、大丈夫だとは思うが……念のために調べさせるか」
そういったリュート様は鋭い視線をティエラ・ナタールに向けていました。
何かが起こる前触れでなければ良いのですが───
今はもう見えない黒いモヤは、不安を駆り立てるように脳裏に強く焼き付いていた。
それから後は何事もなく、空が綺麗な夕焼けに染まったころ、私達は無事にお店に到着です。
リュート様に降ろしていただいてグレンタールにお礼を言って撫でていると、鼻先を寄せて私と抱っこしているチェリシュに挨拶をした後、リュート様の方を一度見てから、再び空高く舞い上がってしまいました。
「グレンタールはどこへ行くのでしょう」
「多分、この時間だったら仲間のところへ行くんだろう。今日あったことを報告───いや、自慢したいんだろうな」
自慢……そういうところもあるのですね。
何だかとても可愛らしいです。
「グレンタールは良い子ですね」
「そうだな」
「グーちゃんお家帰っちゃったの?」
ちょっぴり寂しげなチェリシュの頭を、リュート様の大きな手が撫でる。
包み込むように、優しく……
「またすぐ会える」
「あいっ」
元気よく返事をしたチェリシュに、私達も笑顔になってしまいます。
チェリシュが笑うだけで、何だか心がじんわりあたたかくなるのですから、不思議ですね。
リュート様の先導で裏の従業員専用通路から店の敷地内に入ると、キュステさんが慌てて飛び出してきて、リュート様の体をベタベタ触りだしました。
キュステさん?何しているのですか?
ことと次第によっては─────
「だんさん!大丈夫やったっ!?常連さんから聞いたんよ。海浜公園で女神様の大暴走抑えるためにえらい怪我しとったって!うちの奥さんたちが姉妹揃ってポーション調合してるから、ちょっと待ったって!ああ、立ってたらしんどいんちゃうっ?僕が運ぼうかっ?それとも、イス持ってくる?おんぶのほうがええ?この際、うちの奥さん専用やけど、お姫様抱っこやってやるよっ!?」
どうしよう、僕が海浜公園なんて言うたばっかりに……と、顔を青ざめさせて無事を確認しているキュステさんは、半分泣きそうなんじゃないでしょうか。
意外です……ものすごく取り乱した様子に驚きが隠せません。
私が知らないだけで、こういう一面もあるのかと苦笑が浮かんでしまいました。
ロールケーキお預けの刑……取りやめてあげましょう。
話を聞いてすぐさま飛び出そうとしたけれども、行き違いにならないように店で待機していたとしたら、とても不安だったでしょうし心配もしたでしょうから。
「落ち着け、怪我は治ってる」
「せやけど、出血はそうもいかんやろっ!僕の目なめたらいかんよ、えらい肌白なって血の気悪すぎるやん!奥様も大丈夫やった?怪我してへん?疲れとるんちゃう?だんさんおんぶで、奥様お姫様抱っこでも運べるから!」
今度は覗き込み一気にまくしたてたキュステさん……す、すごいですね、それが出来るなんて、どれほど力持ちなのでしょう。
竜族は強靭と聞きますが、身体能力が違いすぎますね。
本当に大丈夫?と私の様子を伺っていたキュステさんは、腕に抱っこされているチェリシュに視線を落として「うん?」と首を傾げた。
「デートしてこい言うたけど、子供作ってこいとは言うてへんような……まあ、跡継ぎ出来て万々歳やけど……」
「アホ。ちゃんと見ろ」
「黄色いクッションで顔見えへんもん」
「チェリシュ、もうクッション出したのか?」
「あいっ!」
振り返り見たリュート様は、もーちゃんに顔を埋めているチェリシュを見て呆れたような声を出したけど、口元が笑っています。
可愛いなぁって思っているのでしょう?
私もそう思います!
「もーちゃん、もちもちなの!」
「その黄色いの……ひよこやのに、もーちゃん……牛て……」
「いや、もちもちの感触が気に入って、もーちゃんらしいぞ」
「もちもち……?」
リュート様の説明にキュステさんが首を傾げていると、後ろからカフェとラテが転がるように飛び出してきました。
シロとクロとマロも手にたくさんの液体薬を持ち、続いて飛び出してきます。
どうやら、皆に随分と心配をかけてしまったみたいですね。
「オーニャー!大丈夫かにゃ!」
「奥様、無事かにゃ!」
「お薬できてますです!」
「痛いところないですぅ?」
「痛くない?痛くないー?」
もう、5人共泣きそうになってます!
涙目でうるうるしているのを見て、チェリシュもビックリしたのか、もーちゃんをぎゅーっと抱きしめていたのに大きな目をぱちくりさせたあと、にぱっと笑って高らかに声をあげました。
「お花いっぱーいなのっ!」
その言葉と同時に、色とりどりの花が天から降り注ぎます。
見たこともない花もありますから、これがこの世界の春の花なのでしょう。
きっと、チェリシュが頑張って育てた物なのですね。
優しい色合いのものが多く、チェリシュの人柄が現れているようです。
空から降り注ぐ花……ルナフィルラの花びらが舞っていたのと同じように綺麗な光景ですね。
とっても綺麗です!
全員が花に意識を持っていかれ、泣きそうになっていた5人も意表を突かれたのか、降り注ぐ花を手にとり驚いていました。
「チェリシュ、ありがとう」
「あいっ!」
チェリシュの気遣いに感謝して頬ずりをすると、きゃーっと喜びの声をあげるので、更に力を入れて抱きしめていたら……
「さっきの約束がまだだった!」
と、言ったリュート様が参戦して、私とチェリシュごと抱きしめてしまいました。
りゅ、リュート様っ!
皆の前ですよっ!?
あわわわと真っ赤になって狼狽える私と、嬉しそうに笑うリュート様とチェリシュを眺めながら、キュステさんが小さく呟きます。
「春の女神様引き取って子持ち若夫婦とか……やること早いわー」
キュステさん、私はリュート様の妻ではなく……つ、妻では……無いのですよ?
しょ、召喚獣なのです!
そ、そう、つ、妻では……ないんですからっ!
「ルーがベリリなの!」
「言わないでください……」
「ま、何を照れたのかわかったけどな」
察しが良すぎますよ、リュート様!
チェリシュは、見なかったことにしてくださいね。
と、とりあえず……みんな落ち着きましたか?
花はリュート様が集め、とにかく店の中に入るぞと号令をかけて歩き出し、皆それに習います。
奥様無事で良かったにゃ!痛いところにゃいにゃ?と、心配そうにウロウロする姿を見て心がほんわかしますね。
今はこうして心配してくださる方々がいるということが、素直に嬉しく感じました。
458
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
【完結】留学先から戻って来た婚約者に存在を忘れられていました
山葵
恋愛
国王陛下の命により帝国に留学していた王太子に付いて行っていた婚約者のレイモンド様が帰国された。
王家主催で王太子達の帰国パーティーが執り行われる事が決まる。
レイモンド様の婚約者の私も勿論、従兄にエスコートされ出席させて頂きますわ。
3年ぶりに見るレイモンド様は、幼さもすっかり消え、美丈夫になっておりました。
将来の宰相の座も約束されており、婚約者の私も鼻高々ですわ!
「レイモンド様、お帰りなさいませ。留学中は、1度もお戻りにならず、便りも来ずで心配しておりましたのよ。元気そうで何よりで御座います」
ん?誰だっけ?みたいな顔をレイモンド様がされている?
婚約し顔を合わせでしか会っていませんけれど、まさか私を忘れているとかでは無いですよね!?
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。