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第五章 意外な真実と助っ人
万が一の時は……
しおりを挟む『さて、ノエル。二人は魔力譲渡を行っている最中だ。僕たちは準備をしておこう。暫く離れるが、近くに居るから何かあったら呼びなさい。いいね?』
準備?
何の準備なのでしょう。
悪戯っぽい笑みを浮かべるオーディナル様を見て、やっぱりリュート様に似ているとしみじみ感じてしまいます。
その笑い方、そっくりですよ?
「じゃあ、ボクたちちょっと行ってくるね!準備準備ーっと」
ノエルもついていくようで、ぴょんぴょんと軽快な動きでオーディナル様のそばに寄ると、音もなく姿を消してしまいました。
何か用事があった……のでしょうか。
「全く……気まぐれな方だ」
ベオルフ様のおっしゃる通りですね。
でも、これで魔力譲渡に集中できます。
私はリュート様のようにまだ上手にできませんから、意識を別のことに向けると、それだけ効率が落ちてしまいますもの。
ベオルフ様だってそうだと思っていたのに、一定間隔で安定した感じの陽だまりのようなぬくもりが流れ込んできているのを感じ、基本的に不器用に分類される方ですが、こういうところだけは器用なのだと思いました。
「ベオルフ様は、オーディナル様やノエルと一緒に行動されているのですか?」
「そうだ。あの方はルナティエラ嬢に頼まれてからずっと張り付いている。私を隠れ蓑にして好き勝手やっているようだがな……」
「そ、そうですか。そういえば、あのあと海の中にいましたよね……どうしてです?」
聞かれたくなかったことなのか、珍しく彼の瞳に動揺の色が見られ、余程危ない目にあったのだと察します。
簡潔に、黒狼の主と対峙したあと乗っていた船を狙われて咄嗟に海に飛び込んだのだと説明されましたが、普通飛び込みませんよねっ!?
泳ぎは得意だと言われても、それで納得できるようなものではございません。
「太陽神様が助けてくださったから無事だったのですよ?あまり無理なさらないでください……心配です。とても、心配なのです」
「大丈夫だ。無理はしていない。それに、コレが使えるようになれば、もっと楽になるはずだ」
そう言って左手を見せてくれたのですが、そこにはどこかで見たようなデザインの指輪が中指に装着されておりました。
テオ兄様が装着していたアイギスに似ていますが、雷獣をモチーフにしてあったあの指輪とは違い、深みのある美しい青の文字のような模様が刻まれておりました。
「主神オーディナルからいただいた物だ。この指輪が篭手となり盾を呼び出す」
つまり、アイギスの第一形態そのものですよね。
話を聞けば、オーディナル様がいきなり短槍と盾に細工という名の加護を与えてくれて、かなり便利な武器と盾を得ることが出来たようです。
ただ、1つ誤解があるとするなら、それは盾だけではなく最終的には鎧になるという点でしょうか。
ベオルフ様にアイギスの説明をして4段階も変形するのだと伝えると、驚いたように目を丸くして「そうなのか?」と呟いてから深くため息をつきます。
「まだまだということか」
「すぐに慣れるはずです。戦闘に関することは器用なようですから」
そうか?と首をかしげる彼に頷いて見せた私は、本来はセルフィス殿下が受けるはずの加護をベオルフ様が受けてしまった事実に、内心では驚いていました。
ミュリア様にしてみれば、これも『バグ』なのでしょう。
しかし、そんな言葉では片付けられない物が沢山あることに、彼女は気づかないのでしょうか。
「それで……先程は何故暗い顔をしていたのだ」
「え……えっと?」
「私が気づいていないとでも思ったのか」
こちらを見ていなかったから気づいていないと思っておりました……と、伝えるたら「人型に戻れ」と強い口調で言われ、仕方なく変身を解きます。
先程の騒ぎで黒に染められていた空間は真っ白の何もない空間へと変わっていたのですが、いつの間にかベオルフ様のお部屋へと変化していて、この前もお話を聞くために座らされたソファーへと導かれます。
遠慮がちに座った私の隣に、当たり前のように座った彼を見上げました。
表情は動いていませんが、なんだか……は、迫力が……お、お説教でも食らうのでしょうか。
ビクビクしている私の耳に、静かなベオルフ様の声が響きます。
「何を思い悩んでいた」
「え、えっと……話さなくては……なりませんか?」
「1人で解決できそうにないと感じたからな」
うぅ……な、何故この方はそういうところに敏いのでしょう。
思い出すのも……つらい事実ですけど、話したほうが良い気がしますし、それで何か見えてくることがあるかもしれません。
重くなっている口をなんとか動かして、私は先ほど感じたつらい心情を語ります。
リュート様が抱える孤独は望郷の念であり、私と同じ転生者であるミュリア様にも癒やすことが可能で、物語の主人公でありヒロインである彼女が本来は召喚されるはずだったのではないか、今いる場所が彼女のものではないか、リュート様の幸せを邪魔しているのではないか……など、次から次へとこぼれ落ちる言葉を、ベオルフ様は静かに聞いてくださいました。
全てを聞き終えたベオルフ様は、暫く沈黙を保ち、それからゆっくりと口を開きます。
「まずは、私の顔を見て話をするべきだな。今の貴女は、下を向いてばかりだ」
そう言って彼は、私の顔に手を伸ばして下がっていた顎を掴み、強引に自分の方へと向けました。
自然と下る視線を私自身も意識して、何とかベオルフ様の顔を見つめ返します。
泣きそうになっている顔など見られたくないのですが、今更感もあってなんとも情けないですね。
「私は実際にそのリュートと呼ばれる青年に会っていないから、擁護する術を持ち合わせていない。そんな私が彼を語っても、それは薄っぺらく聞こえるだろう」
そう前置きをしてから、「それでも、私が感じて思うべきことは語ろう」と言った彼は、静かに問いかけてきました。
「貴女から聞く限り、リュートと呼ばれる彼は、そのようなことをしないと思うが?」
「まだ……リュート様はミュリア様に会っていないから……綺麗な方ですもの。心惹かれるかもしれません」
「セルフィス殿下のようにか?」
問われて頷くと、ベオルフ様は不思議そうに首を傾げます。
「ふむ……アレが綺麗に見えるのか」
「見えないのですか?」
ベオルフ様の言葉に心底驚きましたが、彼は心からそう感じているようで、迷いがまったくない様子で頷きました。
「一見すれば儚げに見えるだろうが、薄っぺらい仮面で取り繕っている感が否めない、性格の悪さがにじみ出ている顔をしているし、学園内で彼女が得ていた評価も、本人のものであったか疑わしい」
「どういう……意味ですか?」
「ミュリア・セルシア男爵令嬢が評価されるほどの能力を持った人物ではないということだ。特にマナーや一般常識に関しての評価が最高位だと言われるのに、現実がアレではな……」
ベオルフ様が先程のことを指して言っているのだと理解しましたが、ほ、ほら、外面は良いということもありますよ?
セルフィス殿下もそうだったではありませんか……そう告げると、彼はそれに対しても懐疑的でした。
「あの二人の評価は、誰かの評価とすり替えられている可能性があるのではないかと考えたほうが自然だ。セルフィス殿下の勉学は現在家庭教師がつけられるほどに酷い有様だし、ミュリア・セルシア男爵令嬢はマナーが壊滅的で、こちらも家庭教師がつけられるのではないか?」
「え?えっと……あれ?」
セルフィス殿下はよくサボっていましたが、そんなに酷いものなのですか?
まあ……マナーやダンスの成績は少し問題でしたけど、卒業できるくらいには習得していたはず……
「学園のような狭い空間で偽ることは可能だろう。しかし、一旦外へ出れば様々な人々の目がある。偽ることなどできはしないだろう。それに、ミュリア・セルシア男爵令嬢が持っていた首飾りに色々仕掛けがあったようだしな」
「首飾り?」
パーティーで着用していた首飾りに、奇妙な気配を感じて取り上げた途端、彼女の評価が目に見えて下がってきたのだとベオルフ様からの説明を受け、魅了関連の呪いでもかけられたアイテムだったのかもしれないと考えましたが、それが事実なら……
「ミュリア・セルシア男爵令嬢は、先程の黒い結晶から考えても、黒狼の主と接点を持っていることになる」
「そう……なりますよね」
「貴女を絶望させ死へ追いやりたい奴が考える最適な方法は何か……考えるまでもないだろう」
私から、今ある場所……リュート様や大切な仲間たちを奪うこと───
そうか……だから、まずはリュート様をどうにかする必要があるのですね。
私のせいで、リュート様が狙われる……どうすればいいの?彼のことを考えて離れる?でも、そうなれば相手の思うつぼなのかしら。
わからない、何が最善なのかわからない。
混乱する私の顎にあった手がスッと滑り、色をなくした両頬を優しく包み込みました。
「なるほどな……それが貴女の思考を邪魔しているのか……」
「それ?」
「貴女から流れ込んでくる物の奥に、冷たく嫌な気配を放つものがある。それが活性化して、貴女を惑わせているのだろう。今までは感じなかったが、わかったとしても何もできないとは……腹立たしいものだな」
私に刻まれている呪いのことでしょうか。
ベオルフ様にはハッキリと見えるのか、目をそらさずにこちらを見つめています。
その視線から何故か逃れようと顔を下に向けようとするのに、グッと力を入れて上を向くように促され、視線を合わせるしかありません。
「今いる場所から離れたいのか?」
「……離れたく……ありません」
「リュートは、貴女を裏切るか?」
「わかりません。私に……それだけの価値があるのかわかりません。ミュリア様は……物語の主人公で、私は……死ぬ運命の人間ですもの」
「それは物語の中の話だろう。貴女はここにいる。死ぬ未来などない。私がさせない」
強い瞳で語られる言葉が胸の奥に響き、強く揺さぶられるのを感じました。
「まあ、先程も言ったように、私は彼を弁護できるほど知らん。だが……そうだな。万が一にも彼がミュリア・セルシア男爵令嬢を選んだとしよう」
その言葉だけでもつらく、唇を強く噛み締めている私を見つていた彼は、珍しく表情を崩して優しく微笑みます。
「そんな馬鹿な男は見切りをつけ、見捨てて帰ってこい」
「……え?」
「そんな見る目のない男に、大切な妹を任せるほど酔狂ではない。こちらへ戻って来ると良い。主神オーディナルに言えば、どうとでもなるだろう」
何を……と、震える唇で辛うじて言葉を紡げば、「おかしな話ではないだろう」と彼は笑う。
「出戻りのようなものだな」
「私は……神の花嫁と言われております。もし、帰れば国が大混乱に……」
「ならんな」
「はい?」
「ならんのだ」
どうしてですっ!?
何故?
理解が出来ずに疑問の言葉を繰り返す私を宥めるように頬を撫でた彼は、少しおどけた口調で今現在、巷で有名な噂話を聞かせてくれました。
その噂は、私が予想だにしなかったもので、言葉が出てきません。
内容は、こういうものでした。
神の花嫁は、黎明の守護騎士である彼と相思相愛であったにも関わらず、第二王子殿下が横恋慕し、権力を使って婚約を無理矢理に決定してしまい、二人は引き裂かれてしまう。
心優しい娘と青年を哀れに思ったオーディナル様が、一時的に娘を花嫁だということにして天へ召し上げ、愛しい彼女のために奔走する黎明の守護騎士である彼の元へいずれ帰すタイミングを見計らっているのだ。
という噂だそうで……え、えっと……その黎明の守護騎士って……どちら様のことでしょう。
「どうやら私のことらしい」
「はいぃっ!?」
「つまり、私のところへいずれは帰ってくるという噂が巷では流れている。だから、貴女が帰ってきたところで問題にならん」
「で、でも……それって違う意味で色々と問題ではありませんか?ベオルフ様は私のせいで結婚できませんよっ!?」
「結婚するつもりがないので助かる」
「そういう問題ではありません!」
「それに、貴女1人養うくらいの甲斐性はある」
「ですから!」
「だから、一緒にリュートを待ってやれる」
何を……この方は言っているのです?
何故ここまでしてくださるのですか。
私は何一つ、貴方に返せるものがないというのに……
「まあ、ミュリア・セルシア男爵令嬢を選ぶならば待つ必要もないが……何かあって一時的に戻ってきたのなら、迎えに来る彼を待つ必要がある。その間、私と共に居たほうが何かと都合も良いだろう」
「迎えに……来なかったら?」
「そうだな。もし、ルナティエラ嬢が愛想尽かされたというのなら、兄妹水入らずで静かに暮らすか」
静かに暮らせる土地に心当たりがあるし、共に旅へ出るのも良いかもしれない。
ジャンポーネに興味があるなら一緒に行ってみるかと、笑って語る彼の言葉に鼻の奥がツンッとして涙腺が緩みます。
「しかし、そうなれば主神オーディナルとノエルが来るような気もする。意外と賑やかかもしれんな」
こういう時に……いつも表情が動かない人が微笑んだりするのはズルイですよ。
早々見ることができない笑顔を見ていたいけど、なんだかぼやけて見えづらいですね。
「……貴女を泣かせてばかりだな」
困ったような声がぼやけた視界の先から聞こえてきます。
「まあ、だから……貴女は自分の意志であちらにいるのだ。こちらに居場所がないからいるわけではない。彼のそばにいたいのならそれで良いではないか。それが貴女の望むことなのだから」
「私の……ワガママが……世界を壊すかも……しれないのですよ?」
「そんなもので壊れるなら、何があっても壊れるだろう。主神オーディナルも貴女がいま居る世界の神も馬鹿ではない。もし本当にそうなのだとしたら、オーディナルは貴女をこちらへ連れ戻すだろう」
「でも……」
「歪められた意識で考えても、まともな答えなど出るはずもない。だが、これだけはわかるはずだ。貴女は彼のそばにいたいのか、いたくないのか、どちらだ」
とてもシンプルな質問でした。
だからでしょうか、するりと本心が言葉となってこぼれ落ちます。
「そばに……いたいです」
「ならば、迷う必要など無い。少しばかり我を通してみろ。それでも無理であれば帰ってこい。私に遠慮はいらん」
「……何も……私はベオルフ様に何も返せないのに」
「妹の身を案じる兄に、守る理由が必要か?」
血は繋がっていないが、血よりも濃い物で繋がっているような気がするしな───そういって優しく包み込むように抱きしめてくれた彼から流れ込んでくる陽だまりのようなぬくもりは、何よりもあたたかく、優しさに満ちていた。
そのぬくもりが隅々まで届き、冷たくなり強張っていた心を癒やしていくのを感じます。
そっか、私は……リュート様のそばにいたいからいる。
たったそれだけの、シンプルな答えで良いのですね。
「貴女は変なところで難しく考えすぎる上に、自己評価が低すぎる。奇妙な力で捻じ曲げられている部分は大きいが……少しくらい、自分を信じてやれ。ミュリア・セルシア男爵令嬢など比較にならんくらい愛らしいのだから」
「……それは、身内贔屓というのです」
「私くらい贔屓しても良いだろう」
ぽんぽんとあやすように背中を叩きながら言ってくれる言葉に、どれだけ救われているのか改めて感じました。
私はベオルフ様に出会えて本当に良かった……本当に最高の兄様です。
背中を叩くリズムに懐かしさを覚え、以前にもこういうことがあったのだろうと漠然と感じながら、優しい兄の気遣いに心から感謝しました。
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