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第六章 いつか絡み合う不穏な影たち
意外な人が意外なところを見ていたりします
しおりを挟むリュート様が愛の女神様と何やら内緒話をはじめてしまい、どうやら悪巧みの一種だと感じた私は、チェリシュを抱き上げてソースとケチャップの瓶詰めを再開しました。
チェリシュも頑張って沢山瓶詰めをしてくれているので、この分だったらすぐに終わりそうです。
カフェたちも大量のパンを焼きながら、ベーコンを焼いたり卵をスクランブルエッグにしたりと忙しそうに動き始めましたが……そ、そんなに沢山必要なのですか?
リュート様並にテオ兄様たちも食事をされるのでしょうか。
随分多いですよね……
「カカオ料理長さん、言われた通り作ってきたっすよー」
「遅い!」
「そう言わないで欲しいっす。俺たちは普段から料理をしないんでカカオ料理長さんみたいに慣れてないっす」
そう言ってひょっこり厨房に顔を見せたのは、リュート様の元クラスメイトである失言くんでした。
あれ?
どうして彼がこんなに朝早くから、ここに顔を出すのでしょう。
ロン兄様に呼ばれた……とか?
「あ、ルナ様も目を覚ましたっすね。今日は顔色が良いみたいで安心したっす」
「心配してくださってありがとうございます」
「いやー、ルナ様が元気じゃないと、リュート様の機嫌が悪くなるもんっすから」
この素直さを美徳と考えたらいいのか少し悩むところですし、今回のお仕事に支障がなければ良いなと心配になってしまいます。
しかし、意外とこの方はリュート様のことをよく見ているし、ここぞというときにガス抜きをしてくれているように感じますから、キュステさんとはまた別の意味で貴重な存在なのでしょう。
「お前、朝からパン作りか?」
「参謀が全員叩き起こして『練習にもなるから自分の食い扶持は自分で作ろうか。ルナちゃんは君たちが居ると知ったら変に頑張りそうだから、前もって君たちが頑張りなさい』とか言い出したっす」
「ナルホドな。ロン兄だったらそう言いそうだ」
愛の女神様との会話を中断して失言くんに声をかけたリュート様は、その状況がありありと想像できたのか肩をすくめてみせます。
いまだ状況を掴めていない私の様子を理解したのか、視線をこちらに向けた彼は柔らかな笑みを浮かべながら「驚いたか?」と問いかけました。
「もしかして皆様揃って……お泊りをされたのですか?」
カフェたち同様にお泊りしていたというのなら、この大量に作られている朝ごはんにも納得がいきます。
リュート様が食べる分と考えても多すぎますものね。
「朝イチで天馬の調整をして任務に出発することになったんだ。明日……日曜日の夕方頃には帰ってきて引き継ぎをしてから、翌日の遠征討伐訓練に備えるみたいだ」
「日頃遠征に行っている部隊に引き継ぎをするみたいっす。前日帰宅になるけど、俺達は前準備が必要ないっすからね」
そこが学生と騎士の違いだなと笑うリュート様に失言くんは「リュート様にとってはどっちでも同じっすよ」と言って珍しく苦笑を浮かべます。
いつもあっけらかんとしている印象なのですが、何かを含んだような言い方だったのが気になりました。
「俺たちはまだまだっすね……意識が甘いっす」
「そう思うのなら金は装備に使え。お前、どこぞの花屋の娘を気に入って、その親父さんに剣と盾を頼んだら、前回の討伐で剣はすぐ刃こぼれをおこし、盾は簡単に破損したって聞いたぞ」
「うげっ……だ、誰がそんな報告を……」
「俺が紹介する工房のどれかにしておけって言ったはずだが?腕が確かでリーズナブルなところを調べてやったのに……」
リュート様がお説教モードに入りそうだと感じたのか、失言くんは首をすくめて救いを求めるように私の方へチラチラ視線を送ってきますけど……さすがに命に関わる装備のお話ですから、しっかりお説教という名の説明を聞いて今後の役に立ててください。
だいたい、装備は命と直結する物だから、日頃から手入れを怠ってはいけないとベオルフ様に聞いていた私には考えられないことです。
しかも、女性が理由というのはいかがなものでしょう。
「お前たちはアイギスが無いんだから、できるだけ丈夫で上質なものを着用していないと本当に命を失いかねないんだからさ。頼むから、そこでケチってくれるなよ」
「りょ、了解っす」
「特に、お前は前を張ることが多い。みんなのために盾になる奴がそれじゃ困るし、お前が大怪我なんてしたら、みんながつらくなる」
「……はい。ちゃんと装備を考え直します」
心から反省したようにそういった彼がちゃんと理解したとわかったのか、肩をぽんっと叩いて愛の女神様の方へ戻っていったリュート様の背中を見送り、私と失言くんは歌を歌いながらケチャップを瓶詰めをしているチェリシュに視線を向けました。
「装備は命に関わるものだから普段から手入れを怠るべからず。私の兄のような方がよくおっしゃっておりました。盾となるなら尚更です。貴方が怪我をすれば、一番悲しむのはリュート様ですから、ご自身を大事にしてください」
「そうっすね……リュート様の悲しそうな顔は見たくねーっす。ちゃんと頑張るっす」
出費が痛いなぁとしょげている彼には苦笑しか浮かびませんが、命を喪ってしまったらそんなことも言えないのですもの。
きっとお優しいリュート様は、嘆き悲しむことでしょう。
できることなら、そんな不幸な事故が起こらないように、事前準備はしっかりしていただきたいです。
「しかし、ルナ様は優秀なんっすね。料理だけじゃなく、色々知っているところがリュート様にソックリっす」
「そ、そうですか?私のそばには1を言えば20くらいを理解してしまう優秀な方がいたので、自分が優秀だとは思えないのですが……」
「なんっすか、その超人は!」
「えっと……私の兄のような方ですね」
ベオルフ様の理解力と判断力と状況把握能力は、今まで知り合った方々と比べても群を抜いていると思います。
多分、ベオルフ様のそういうところを理解した国王陛下であったからこそ、彼を名指しで特別任務につけたのだと思いますもの。
下手な貴族にベオルフ様が持つ権限をソックリそのまま渡せば、国が傾くような大変なことになりかねません。
「その人もすげーっすけど、ルナ様もすげーっすよ。何よりすげーのは、リュート様を笑顔にできる天才だってところっすね」
リュート様を笑顔に……?
キョトンとして失言くんどういう意味だろうと考えていると、彼はどこか遠くを見ながら私の知らない過去の話をしてくださいました。
「俺たちはもう学生じゃないっすから、学園でリュート様に何かあっても守れない。だから、とっても心配だったっす。俺たちがそばにいてもどんどん笑顔が失われていくだけではなく、あと少しで卒業って頃に召喚術の適正が覚醒したときのリュート様は、見ているのもつらいくらい途方に暮れていたから……」
召喚術───
ジュストの再来と言われていたリュート様にとって、周囲が悪し様にいうには良い材料になってしまった力……
私はその力に助けられましたが、果たして……本当にリュート様のためになったのでしょうか。
「卒業しても連絡は取るようにしていたけど、人型召喚獣の召喚に成功したと聞いて、正直に言うと面倒くさいことになったって思ったっす」
そうでしょうね。
私も彼の立場であったら、そう考えることでしょう。
リュート様にとって、それが良いことか悪いことなのかわからないけれども、リュート様が更に窮地に立たされるのではないかと危惧したに違い有りません。
「でも、実際にルナ様に会って心から良かったなって思えたっす。だって、リュート様が声を出して笑って冗談を言ったり気が抜けたボケを披露したりしていたっすから」
リュート様って変なところで抜けているっすよねと笑いかけられ、心当たりがいくつかあったので微笑み返すと「やっぱりわかってる!」と嬉しそうに声を上げて笑ってくれました。
「チェリシュもわかってるの」
「さすがっす!」
「えっへんなのっ」
胸を張っているチェリシュがバランスを崩しそうになったので慌てて支えていると、お母さんっすよねと指摘され、そう見えているなら嬉しいと正直に言ったら力強い言葉で「ちゃーんと母娘に見えるっすよ」と言われ、心にたくさんの力と勇気をもらってような心持ちになります。
リュート様や愛の女神様は縁が深いと感じられる方々ですから贔屓目があるかも……と考えてしまいますが、あまり接点のない失言くんからもそう見えるのなら、チェリシュと良い関係性を築けていると傍目からでもわかるくらいになっているのだと安堵しました。
虐待されて生まれ育った者は、同じことを自らの子にするという一文を、どこかで見たと記憶しております。
自分も、もしかしたら……
そんな不安が胸にあったので、本当の娘ではないのですが等しいくらい愛しく感じているチェリシュに無体なことをしていないか気になっておりました。
彼の力強い言葉で、その不安が薄らいだのを感じて自然と笑みがこぼれ落ちます。
支えているチェリシュがこちらを見上げ、一緒になって笑ってくれたことが更に心をあたたかくしました。
「料理ができて、博識で、リュート様の願いを次々に叶えていく。本当にすげーっすよね。ルナ様が来てくれてよかったっす」
「褒めてくださってありがとうございます。でも、本当はもっとリュート様のためになれるよう、戦闘力もあったほうが……」
「あー、それはダメっす」
キッパリ言い切られて、その理由がわからずに首を傾げていると、彼は頭が良いのになぜわからないのだろうと呟いたあと説明してくださいます。
「だって、リュート様は『守ること』に自分の存在意義を見出しているじゃないっすか。だから、守られていないとダメっす。ルナ様のほうが強くて守られちゃったら、リュート様の立場がなくなるっすよ」
「そう……でしょうか」
「そうっすよ。特にルナ様はダメっす。これは、リュート様だけではなく男なら誰でもそうかもしれないっすね」
そういうものなのですか?
彼の言葉は私にとって、第三者視線からどう見えているのかわかり、とても新鮮に思えて自然と耳を傾けてしまいます。
チェリシュも興味津々といった様子で話を聞きながら、彼が持ってきた成形されたパンを変形させ……って、えっ!?
「チェリシュ、ダメですよ勝手にいじっちゃ」
「うさぎさんにするの」
「いいっすね、うさぎさん!コレをうさぎさんにして欲しいっす」
「わかったのっ」
どうやら彼が作ったらしい成形済みのパンを手渡したのでしょう。
それを切っ掛けに、チェリシュは「うっさぎさん~、うっさぎさん~なのっ」と歌いながらこねこねし始めました。
失言くんは子供に優しいですね。
やはり、リュート様の元クラスメイトの方々は良い方ばかりです。
クッキングシートのような厚手の紙に溶かしたチョコを入れて先っぽを小さくカットし、これで線が書けますよと渡したら、チェリシュは大喜びをしてテンションが上ったのか、満面の笑みで「ありがとうなの!」と言ってくれました。
うふふ、本当にチェリシュは可愛らしいですね。
チェリシュが作ろうとしている物を見て「目は赤い木の実が良いでしょうかにゃぁ」とミルクが真っ赤なクランベリーのような実のシロップ漬けを持ってきてくれたので、それを使って可愛らしく仕上げていきます。
「ルーも、なの」
「では、私も頑張りましょうっ」
チェリシュに負けじと完成したうさぎさんを見て、二人が首をかしげました。
どうしたのでしょう?
「わんこ……なの?」
「犬っすね」
「うさぎですよっ!?」
私がうさぎと主張したパンを、二人は最後まで犬だと言って認めてくれないばかりか「誰にでも得手不得手って本当にあるんすね……」としみじみ呟かれてしまい、拗ねたくなってしまいました。
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