232 / 558
第七章 外から見た彼女と彼
早朝の廊下で……(ランディオ視点)
しおりを挟む早朝に妻と息子の墓参りをして執務室へ向かうようになってから、もう何年になるだろう。
長男のヴォルフを喪ってからというもの、もともと体の弱かった妻は床に伏せるようになり、流行病にかかりあっという間にその生涯を終えた。
その喪失感は言葉に出来るようなものではなかったが、ここまで頑張ることができたのは残されたコンラッドが不憫でならなかったからだと言える。
現在は学園でヴォルフのような強い男になるのだと懸命に努力しているが、どうやら空回りばかりしてリュートの手を煩わせていると聞くが、大丈夫だろうか……それでなくても、ジュストの件でゴタつき、今回の召喚儀式で呼び出した召喚獣が規格外であったがために大騒ぎになっているのだ。
更に彼が笑顔を忘れるようなことにならなければ良いとは思う。
うちのヴォルフと一緒にまるで兄弟のように仲がよく、無邪気な笑みを浮かべていた頃に戻れたら良いのだがな……
「ランディオのおじさま、おはようございます」
早朝のひんやりした空気を感じつつも白の騎士団長執務室に続く廊下を歩いていたら背後から声をかけられ振り返ると、長くふんわりとした青銀の髪に大きなピンクがかった瞳が特徴的な少女が視野に入った。
聖女の称号を持つカーラー家の次女、マリアベル・カーラーである。
「おはよう、マリアベル。今日は一人かい?」
「はい。お姉さまはレオ様が朝から来てくださるので、今日はそのまま学園へ向かわれる予定になりました」
昨夜、聖女の称号を持つかカーラー家では一族全員が集まり、エルフの地にある精霊樹の浄化について話し合いが行われたようだが……前回の責任者であったイーダリアは随分と責任を感じているようで、ふさぎ込んでいると聞く。
レオはイーダリアを大切にしているから、彼女の苦しい状況を打破しようといち早く動いてくれたようだ。
いつもならリュートが動くのだろうが、彼は自らが召喚した召喚獣にかかりきりでそれどころではないだろう。
「元気になれば良いのだがな」
「姉さまは責任感が強すぎますからそう簡単ではないかもしれませんが、レオ様でしたら大丈夫だと思います」
ふわりと笑う彼女は心配な姉の様子を思い出したのか、瞳には憂いの色が宿る。
カーラーの家の当主としてどちらが相応しいか……
今回のエルフ族が主張する『浄化能力低下問題』を好機と考えた者が、イーダリアが次期当主に相応しくないと話題に上げたのかも知れない。
自他共厳しいイーダリアより、人当たりがよいマリアベルのほうが聖女に相応しい───そう主張する者は多い。
中でもしつこいくらいに口うるさく言う奴らの大半は後ろめたいことをしていると言われている。
そんな奴らは、イーダリアが当主となっては困るのだ。
自分の不正が明るみに出され断罪されるかも知れないと、彼女を恐れているにすぎない。
それをこの賢い娘は理解している。
そういう輩の弱みを握るべく、やんわりと接しながら相手の懐に入り込み、情報をそれとなく聞き出してくる手腕は見事だと言えよう。
全ては大切な姉を守るための行動であるというのだから、末恐ろしくも感じる。
「私は当主という地位に執着しておりませんのに……」
「ならずとも……良いと?」
「当主であろうとなかろうと、やることは一つですもの。私がするべきことに違いはありません。神々が与えてくださった回復力を使い、この先ずっと変わらずに傷ついた方々を癒やし守るだけです」
上位称号持ちだけしか通らない専用通路であるからか、彼女は隠していた本音を零す。
姉であるイーダリアでさえ勘違いしているのかもしれないが、このマリアベルに執着は無い。
もしかしたら、自らの命すら大切な誰かを守るために躊躇うこと無く捧げてしまうのではないだろうか。
自己犠牲の精神が強すぎるのは玉に瑕だが、大切な人を守るために儚い外見からは想像もつかないほどの強さを持つ人物である。
姉のイーダリアは自分に厳しく無意識にそれを他者に求めてしまう傾向があり、自覚が無いために厳しさだけが目立ち敵を作りやすい。
彼女自身が己の脆さを隠すために身に着けた鎧である厳しさは、悪意ある者にとって厄介でしか無いのだろう。
「お? 珍しい組み合わせで歩いているな」
そう声をかけてきたのは見慣れた漆黒の鎧の男、ハロルド・ラングレイであった。
精神的な脆さでいうのなら、この男も負けてはいない。
息子であるリュートが背負ったものが見えず、どうして良いのかわからず手をこまねいてみていることしか出来ず、また愚痴をこぼしに来たのだろうかと考えていたのだが、ヤツは真剣な表情で「ちょっと執務室へ来い」と私を呼ぶ。
珍しいな……何事だ?
「それでは私はこの辺りで失礼させていただきます」
込み入った話があるのだろうと察したマリアベルが頭を下げて私達から離れようとしたのだが、ハロルドは彼女を呼び止めた。
「いや、マリアベルも食べていきなさい」
「食べる?」
私とマリアベルは顔を見合わせて首を傾げたのだが、ハロルドは上機嫌な様子で黒の騎士団長執務室の扉を開く。
中ではいつもどおり引き継ぎを待っていたらしいテオドールがこちらを見たのだが、我々の組み合わせが意外すぎたのか目をわずかに見開いた。
「何か変わったことはあったか?」
「いえ、いつも通り……ですが……何事ですか」
「うちの愛娘が作った物を、コイツに食わしてやろうと思ったのだ」
「ああ……アレですか」
納得がいったというように頷いたテオドールは席を立ち、私達を応接室へと導く。
そして、慣れた様子でお茶をいれているのだが……ラングレイの家の三兄弟は本当になんでも一人でこなしてしまうのだな。
奥方であるモア殿の教育が行き届いているのか、それともリュートの影響なのか……
「愛娘……ですか? ハロルドのおじさまに娘さんはいなかったはずですが……」
「それができたのだ、可愛らしい愛娘が! 可愛らしすぎて出来ることなら抱きしめて頬ずりしたいのだが、リュートが怖くてな……」
「そんなことをしたら、リュートじゃなくても怒ります」
「テオ……お前まで……」
ションボリとした素の姿を晒すハロルドは、鬼気迫る勢いでどんな魔物でも討伐してしまう凄腕の黒騎士団長だとは思えない。
とはいえ、息子たちが入団すればそれも一転だろう。
頑強な長兄
頭脳派の次兄
規格外の末弟
この3人がいれば討伐できない魔物などもはや存在しないといっても過言ではない。
特に末弟であるリュートの強さは、竜人族とも肩を並べる……いや、ある意味凌駕するほどである。
ハロルドの武勇も、三兄弟が揃うまでのお話だ。
「リュートが召喚したというルナティエラ嬢のことか」
「その通り! とっても可愛らしくてずっと膝の上に乗せてワガママをきいてやりたい気持ちになる」
「気持ち悪いのでやめてください」
先程から寡黙な長兄から繰り出されるツッコミが鋭すぎて、そのうちハロルドが涙目になるのではないかと心配していたが、アイツの精神は変なところで強さを発揮するようだ。
全くツッコミが聞こえていないのか、満面の笑みを浮かべたまま荷物を取り出した。
「うちの娘が作った物だが、お前にはぜひとも食べて欲しい」
「ほう? 異世界の料理だったな」
どういうものか興味はあった。
黒の騎士団の友人から聞いた白の騎士団に広まる噂話によると、なんでも「とんでもない美少女が作る、この世のものとは思えないほど美味で味にうるさいリュート様が大絶賛の料理」だそうだからな。
いつも難しい顔をして食事を取っていたアイツが大絶賛というのだから、興味を覚えないほうがおかしいだろう。
「私はお前を敵に回したくないからな」
何?
私が何故お前の敵になるのだと問いかける視線を向けても、奴はそれを無視して箱を開いた。
中に入っていたのは、甘い香りがふわりと漂う丸いなにかだ。
焼き菓子……というわけでもないようだが……
「これはパンだ」
「……は?」
私の知識にある形状とかけ離れているソレは、とてもパンには見えない。
だが、これはリュートや新米である黒の騎士団が作った物であるという。
つまり、レシピを持たずキャットシー族でなくても作ることが出来る……人に許された唯一の料理───
「本当にパンなのだな」
「だからこそ、大地母神の加護を持つ守護騎士のお前には話を通して置かなければならんし、全く縁のないマリアベルには率直な意見が聞きたかったのだ」
仕事の時に見せるキリッとした表情を浮かべるハロルドと、横に並び座るテオドールはこちらがどういう行動に出るのか見守っている様子である。
目の前の物がパンであるなら、リュートの召喚獣はとんでもないことをしてくれたものだ。
しかし、これが大地母神マーテル様の望む物であったら、かの女神が姿を見せなくなった理由がわかるのではないかと思えた。
452
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~
水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」
夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。
王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。
「左様でございますか」
彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。