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第七章 外から見た彼女と彼
繋がる絆(モア視点)
しおりを挟むリュートが眠る彼女から離れない状態が続き、彼女の容態を考えるなら距離をとったほうが良いということで、少しの時間しか様子を見に行くことが出来ない春の女神様から「女神様じゃないの、チェリシュなの」と可愛らしいおねだりをされ、我が家の全員が心を射止められてしまったのは次の日のことであった。
名前を呼ぶだけで嬉しそうにするチェリシュちゃんを見ていると、神々も人と同じように価値観や考え方は千差万別なのだろうと思える。
「チェリシュちゃん、ルナちゃんのところへ行きましょうか」
「あいっ!」
待っていましたとばかりに部屋から駆け出す姿を見ながら、これだけ可愛らしいチェリシュちゃんが懐いているリュートの召喚獣であるルナちゃんはどんな人なのだろうと考えた。
夫や息子たちが話してくれる内容だけでイメージすることは難しく、最終的にロンから「本人に会って話をしてみないとわからないよ。あの愛らしさは言葉で言い表せないから」と微笑まれてしまう。
リュートに甘いロンのことだから、弟の邪魔になる存在であればいくら召喚獣であっても完全排除されたはずだが、それをすることもなく「可愛い妹」として受け入れている。
これは、我が家の者からすると異例なことだ。
リュートは知らないが、ロンはあの子に言い寄る相手の中でも弟の手を煩わせそうな質の悪い相手を、容赦なく淡々と排除してきたのである。
どんな家であろうと、女性であろうと関係ない。
可愛い弟の為なら平気……どころか、喜んで鬼になる次兄がやりすぎないようにテオが見張っていたということを知っているのは、今のところ母親である私くらいだろう。
夫はこういうところが鈍い。
人の心の動きに鋭く広い視野を持っているのは、リュートであることに間違いない。
それこそ、ロンでさえ舌を巻くほどの敏さである。
だからこそ、独りになることを選ぶしか無かったと理解はしていても、あの子のそういう賢いところが時々悲しくなるのも事実。
もっと甘えてくれたら良かったのに───
ジュスト・イノユエのことなんて知らない関係ないと声を大にして叫び、家族全員を巻き込んでくれたら良かった……
しかし、独りで戦う道を選んだからこそ、十神や前竜帝陛下が気にかけてくれているのもまた事実であった。
リュートの葛藤や戦いの結果が、現在の人間関係や仲間たちだというのなら、あの子は苦労した甲斐があったのだろう。
第三者目線から見たら、リュートの行動は理解できる。
しかし、母親としては理解したくなかったというのが正直な感想であった。
それに、ロンもテオも夫でさえも会って話をしたことがあるというルナちゃんに出会うタイミングを逃していたという事実も、認めたくなかったのである。
思わず「貴方達だけズルイわっ!」と珍しく声を荒げた私を見た夫と息子たちが、慌ててご機嫌を取ってきたけど、納得行かない感情は彼女が起きるまで胸の内にくすぶっていた。
つまり、私にしては珍しく拗ねていたのである。
そんな私の心を慰めてくれたのは、眠るルナちゃんを気にかけている健気で可愛らしいチェリシュちゃんと、眠る彼女の傍らで自分に出来ることを必死に探して忙しそうにしているリュートだ。
あまり長居のできないチェリシュちゃんは、面会が許されている時間をフル活用してルナちゃんのそばにいて触れ、寂しさを埋めるように同じベッドへ横になってぎゅっとしがみつく。
その姿にメイドたちが涙を滲ませ「早くお目覚めになられると良いですね」と声をかける姿が幾度も目撃された。
セバスなどハンカチが絞れるのではないかというほど泣いており、リュートに「暑苦しい」と一刀両断にされていたのも今では笑い話である。
ルナちゃんの傍でメガネをかけたリュートが書類に目を通し、連絡を入れながら指示をしている姿を見ると、やはり経営者なのだと実感するけれども、数年前の私たち家族には考えられない姿であった。
商会を作りたいと言い出したリュートに一番反対したのは夫だ。
心配するのも当然である。
しかし、あの子は家に迷惑をかけないことと、借金などはしないことを約束して、さっさと商会を立ち上げてしまったのだ。
急いでいた理由を後から知ることになったが、まさかキュステが関わっていたなんて思っても見なかった。
意外にもキュステとは夫よりも長い付き合いである。
ある時、フォルディア王国の海域にとんでもない魔力を探知したから調査に向かってくれと依頼された当時のウォーロック家の当主は、船を出して目的地である無人島へとやってきたのだが、ある一定の距離を保ち張り巡らされた結界を破ろうと試みて失敗してしまう。
相手の魔力量が多すぎて太刀打ちできないのだと国に報告をした当主は「その結界が何であるかわかるまで調査を続行せよ」という王命に逆らうことが出来ず、長年に渡りウォーロック家では何よりも優先して調査を続けていたのである。
それから時は流れ、ウォーロック家の歴代最高魔力保有者とまで言われた私が出向くことになり、到着した無人島に張り巡らされた結界を見た瞬間、その芸術にも近い緻密さに驚き、この術式を使用している者にどうしても会いたくなった。
入ることが許されている結界のない場所は浜辺のみ。
定期的に送られてくる物資を無駄にすること無く節約し、流されないように術式で浜辺に縫い付けた船を家代わりにして寝泊まりをしながら結界の解除作業に没頭し、やっと人が一人屈んで通れるくらいの小さな穴を開けることに成功した私は中へ入り更に驚くことになる。
洞窟の奥、淡い光をたたえる水晶に囲まれ、見上げるほど大きな竜が眠っていた。
煌めく水晶と似た鱗は滑らかでつるつるしているし、額の宝石のような宝珠は青紫色に輝いていて美しい。
大きさもさることながら、その圧倒的な美しさに言葉を失い見上げていると、小さく震えたまぶたを持ち上げてこちらを見つめる澄んだ瞳に魅了された。
この世にこれほど美しいものが存在するのだろうかと感動すら覚えていた私を見つめていた瑠璃色の瞳が驚いたように見開かれ、警戒するようにゆっくりと距離を取る。
『人間? 結界を張り巡らせておいたはずだけど……どうやって入ってきたの?』
竜人族の言葉?
言葉はかろうじて聞き取れたけれども、なんと返事したら良いかわからなくて固まっていると、大きな竜が淡く輝き姿を変えていく。
「えーと、この言葉やったらわかる? 竜の体やと人の言葉を発音しづらいから、この姿で失礼するわ。質問してもええかな。なんでこないなところに人間がおるん? 僕はなんもせーへんけど、変な連中が来るかもしれんから、はよぅ出ていったほうがええよ」
違う意味で驚いた。
人間族でも一部の地域でしか使わない言葉を知っている彼にもそうだが、柔和な対応だけではなく人外の美しさにも驚かされたのである。
長い青銀の髪がサラサラと風になびく姿は神族だと言われても納得するほど完璧で、少しタレ目なのが人懐っこいイメージを抱かせた。
「私はここに調査をしにきたの。ここはフォルディア王国の海域だから、急に大きな魔力が出現して驚いたのよ」
「あー……そっか、ごめんねぇ。ここが一番追っ手をまく条件がそろっとったから……でも、迷惑かけてしもうたんやね」
「追っ手?」
「僕は国に帰りたくあらへんの。ここでおとなしゅう寝ているだけやから、なんもせぇへんし、危害も加えへんいうて報告してくれへん? 君もここおったら巻き込まれるかもしれへんし、はよぅ帰りぃ」
ほらほら、危険やからと追い返されてしまった私は、国王陛下に報告したまでは良かったが、彼の言葉を信じられなかった国から監視役として再度派遣され、長い時間をともに過ごすことになったのである。
無人島でたった二人……に付け加え派遣されたキャットシー族1名との生活は、意外と快適であった。
一人だけなら洞窟住まいでも気にしないけど……と言った彼は、私のために家を建ててくれたのである。
「僕の知り合いで建築ができる人がおるから大丈夫」
どうやって連絡をとったのか、その言葉の通り家は瞬く間に完成して船上生活から開放されたし、彼は色々残念なところはあるが基本的に器用で、家庭的なことが得意である。
それに比べて家事が壊滅的な私は、衣食住を保証してくれる代わりに黙々と追っ手を撃退し、新たに覚えた術式魔法の実験と称して様々なことをしていた。
キュステから教わる術式や知識はフォルディア王国で学べないことばかりであり、彼の教養の高さから追われている理由が何となくわかったのである。
立ち振る舞いからにじみ出る育ちの良さは、我が国の王族に似ていた。
しかし、踏み込めばややこしいことになるだろうし、デリケートな問題だ。
それでも信用してくれた彼がぽつりぽつりと話をしてくれたのは嬉しかったと、今でも覚えている。
気がつけば5年の歳月が流れ、家族とまではいかなくても親友のような強い信頼関係がお互いにあった。
それは間違いない。
これから先も、ずっとこういう日々が続くのだろうかと考えていた頃、聖都から一通の手紙が届いたのである。
私に求婚している相手がいるから戻ってくるようにという当主である父からの報せを受け、急ぎ帰らなくてはならなくなった際も「何か困ったことがあったらいつでも来るんやで」と優しい笑顔と共に送り出してくれた。
ウォーロックの家を継ぎ当主になることが確定していた私に求婚するなんて、どこの物好きなのかしらと考えつつも求婚相手を知ったときの衝撃は言葉に言い表せないものであったし、困惑した私はすぐさま助けを求めるようにキュステへ手紙を出したのである。
混乱している中でまともな文章が書けたとは思えないが、すぐさま返ってきた手紙には『家や称号にとらわれず、自分の目で相手をちゃんと見るんやで』と丁寧な文字で書かれていた。
その手紙を読んだら、今まで大混乱であった頭がゆっくりと落ち着きを取り戻し、夫に無様な姿を見せること無く対応できたことは今でも感謝しているくらいだ。
それからも、時々ではあるが連絡を取り合い、時間があれば会いに行く。
それは、結婚をして子供が出来てからも続いたのだが、さすがに男の子を3人育てていると時間も取れずに疎遠になっていた。
しかし、まさか……あのキュステに奥さんが出来て、一番下の息子が雇用主として彼を世話するようになるとは予想外で───
「僕たちって、ほんまに奇妙な縁で結ばれとるねぇ」
リュートに頼まれた用事とルナちゃんのお見舞いの為に屋敷へ訪れたキュステは、あの時と変わらない笑顔を浮かべて少しだけ懐かしそうに目を細めた。
共に過ごした無人島の家は封じてあるという。
いつかまた、あの家に戻るときが来るかもしれないけど、それはまだまだ先になりそうだと彼は嬉しそうに語ってくれた。
「モアちゃんと同じく、だんさんも僕の親友なん。そして、この世で僕のお祖父様と同じくらい尊敬できる人なんよ」
そう言ってもらえる息子の成長が嬉しくもあり、ちょっぴり寂しくもある。
だけど、こうしてキュステに「親友」と言ってもらえる絆や縁がずっと続くことを願わずにはいられない。
「多分、これからその中に奥様も入るんやろうけどね」
キュステの意外な言葉に驚きながらも、リュートだけではなく夫や息子や親友、そして、可愛らしいチェリシュちゃんからも見守られて眠るルナちゃんと早く話したくなった。
私の大切な人たちが貴女の帰りを待っているわ。
だから、出来るだけ早く帰ってきてちょうだいね。
眠る彼女の手を握り、私は心の中でそうささやく。
穏やかな表情で眠っている彼女が、今後リュートをどのように変えていくのか……楽しみだけど少しだけ怖くもある。
でも、リュートやチェリシュちゃんやキュステの様子を見ていたら、文献に記されているような悲劇は起こること無く、きっと良い方向へ向かうはずだと考え、彼女が目を覚ましても届く距離に居続けようとするリュートの変化を喜ばずには居られなかった。
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