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第八章 海の覇者
チェリシュはリューにいっぱーいご報告があるの!
しおりを挟むうんしょ、うんしょと言いながら私たちの間に入ってきたチェリシュは、ご満悦の様子でリュート様の顔を見上げます。
目がキラキラ輝き、何やら楽しいことを考えていることが伝わってきました。
今日のチェリシュは間違いなく、ご機嫌さんです。
朝の挨拶をしてから、さて本題だというようにチェリシュがにぱーっと笑うと、リュート様が明らかに引いたのがわかりました。
「なんか、すげー元気っていうか……朝からキラキラした笑顔は、俺の妹のせいか、予想外の悪いことでも起きそうで怖いんだが……」
リュート様の前世の妹さんは、こういうキラキラした笑顔のあと、何を言っていたのでしょう。
朝+キラキラ笑顔=逃げろ……という方程式で成り立っているのでしょうか。
見事なまでの条件反射です。
防衛本能が働いてしまっているリュート様を気にすること無く、満面の笑みを浮かべたチェリシュは両手の拳を握って元気よく声を上げました。
「リューに報告したいことがあるの!」
「お……おう。何だ?」
「チェリシュに、お友達ができたの!」
「……友達? 昨日までそんなこと言っていなかったのに……って……あー……夢……か?」
「そうなの! ベオにーにの夢で、お友達ができたのっ!」
「へー、そりゃ良い夢を見たな。お友達は、チェリシュを大好きだって?」
「あいっ! リューやルーがいつか……いなくなっても、チェリシュと一緒にいてくれるってお約束をしてきたの」
「チェリシュ……夢の中でも、そんなことを考えちまうんだな……もっと、楽しい夢を見れば良いのに……」
警戒していたリュート様は、チェリシュの言葉を聞いた途端、眉尻を下げて悲しげに目を伏せてしまいました。
えっと……うーん……こ、これは……アレですよね。
微妙に、話がかみ合っているようでかみ合っていませんよね。
急にしんみりしてしまったリュート様を不思議そうに見上げていたチェリシュは、何か失言があったのだろうかと慌てて私に視線を送ってきますが、不意に小首を傾げて唸りだしてしまいました。
「アレは……夢……なの? 夢だけど……もしかして、チェリシュの夢? う、うーん、うーん」
あ、これは私が補足説明をしないと駄目なヤツですね。
チェリシュ自身も、アレは自分が見た夢であったかもしれないという疑問を持ち始めたようでしたので、慌ててフォローに入ります。
「えっと、リュート様。そうではないのです」
「え?」
「実は、昨晩……ユグドラシルがチェリシュをベオルフ様の夢へ導いてくださったようなのです」
「えっと……つまり……ルナが毎晩ベオルフに会っているっていう夢へ、チェリシュが乱入したってこと?」
「乱入……ま、まあ、言い方はアレですけど、概ねそのような感じです」
リュート様は暫く考え込んだような様子を見せましたが、すぐさま「ズルイ」と呟き、チェリシュをぎゅーっと抱きしめて嘆きの声を上げました。
「ズルイぞチェリシュ! 俺もベオルフに会ってみたいっ!」
「きゃー! そういうと思ったのっ! すっごく優しくてあったかにーにだったの!」
「いいなーっ!」
頬ずりをしながらそんなやりとりをしている父娘……二人にとっての平常運転で、此方のライフポイントを削ってくるとは侮れません。
ソファーに座っていたことが幸いして気づかれていませんが、危うく膝から崩れ落ちるところでした。
本当に可愛いのですから、この父娘はっ!
「チェリシュ、ベオにーにのおかげで元気いっぱーいなのっ! それに、ナイショナイショも知ったの。ノエルともせーやく? したの!」
「待て。情報量が多い」
チェリシュの言葉にたくさんの情報が詰まっていたため、リュート様は一瞬頬を引きつらせたかと思うと、ハンドサインを伴いながらチェリシュを止めました。
そのハンドサインでピタリと動きすら止めてしまうチェリシュが可愛らしくて頬が緩んでしまったのですが、リュート様は助けを求めるように私を見て「補足説明を頼む」と言って頭を軽く下げます。
ふふっと笑ってしまうのは仕方が無いと見逃してくださいね。
娘に振り回されている父親のようで、とても可愛らしかったのですもの。
返答が無い私の様子を見ようと顔を上げたリュート様は、一瞬にして私が何を考えているのか察したようで、ジトリとした視線を向けてきました。
こ、これはいけません。
こほんと咳払いをしてから、補足説明と参りましょう。
「ベオにーにのおかげで元気いっぱいというのは、ベオルフ様に神力を回復させる能力があるからなのです」
「……は?」
そんな人間が存在するのかっ!? というリュート様の心の声が聞こえてきそうですが、事実そういう力をお持ちなのですから、仕方ありません。
「でも、独りではそれほどの力は出せないらしく、私がそばにいることにより発動しているようで、毎晩私が魔力譲渡を行っている時間や、お話をして情報交換をしている間は、余剰分が神力の回復へと回っていると考えております」
「独りでは出せない力……か」
「それは、私も同じのようで……私の方は浄化の力があるのだとか」
「……それは、エナガの姿で発現していたようだが?」
リュート様がおっしゃりたいことはわかりました。
そういえば、エナガの姿のときに、アイギスの穢れを浄化しましたものね。
あれ?
それって……
「つまり、ベオルフ様もエナガの姿になれば良いということですねっ」
「え、あ、うーん……そうなるのか?」
なるほど!
今度、ベオルフ様にご報告してみましょう。
ベオルフ様のエナガ姿……可愛らしいでしょうね。
エナガの姿でも、無表情なのでしょうか。
でも、いつものちょっぴり厳つい姿ではなく、愛らしい姿とのギャップで目が釘付けになりそうです。
ぎゅーってしてから頬ずりをして、小さいから逃げ出せないベオルフ様の愛らしさを堪能しましょうっ!
怒るでしょうか……いいえ、きっと呆れられるくらいですよね?
「えーっと、ルナ。そろそろ戻ってきてくれー」
「あ……す、すみません。そ、それでですね。ベオルフ様の回復の力が、今は弱っているオーディナル様やあちらの世界の神々を支えているようなのです」
「アレで弱っている……だと」
マジかよとリュート様は天を仰ぎましたが、すぐさま真剣な表情で「アーゼンラーナには教えられねー情報だな」と呟きました。
確かに、オーディナル様のことが大好きで、いつも心配をしているアーゼンラーナ様に、この情報は辛いものがあるでしょう。
時空神様だって、とても辛そうにしておりましたもの。
とても美しくも可愛らしい笑顔が曇ることは避けたいです。
「実質、ベオルフがあちらの世界を支えているってことか……それに、ルナも……」
「私は何もしておりませんよ?」
「何を言っているんだ。そのベオルフの力だって、ルナがいなければ発動しないんだろ? 二人の力があちらの世界を支えていると言っても過言では無い」
そ、そうなのですか?
でも、ベオルフ様の特性がそうさせているのであって、私はただそばにいるだけですよ?
「やっぱり、ルナを此方へ引っ張ってきたのは不味かったのだろうか……いや、それでも……離れるという選択肢は無いわけで……」
リュート様は真剣な表情でブツブツ呟いておりますが、そこまで深刻な問題でも無いように感じます。
「大丈夫です。私が現状であちらにいたら足手まといでしかありませんし、この状況でもベオルフ様との接点はありますし、力が滞ることはございません」
「ならいいんだが……」
うーむと悩んでいるリュート様の言葉を真剣な様子で聞いていたチェリシュは、にぱっと笑って勢いよく抱きつきました。
さすがの勢いにリュート様バランスを崩しそうになりましたけれど、ちゃんと支えているところがさすがです。
「ルーとベオにーには大丈夫なの。いつもつながっていて、途切れていないの。世界が離れても、二人は離れたりしないのっ」
そうなの? と、リュート様が視線だけで問いかけてきますが、さすがに断言はできません。
世界を隔てていることに対して、何の支障も出ていないとは考えづらいのですが……
とても自信満々に言うチェリシュの様子から、もしかしたらユグドラシルかオーディナル様から何か教えられたのかもしれないと考えられますが、憶測の域です。
「最後のノエルとの聖約は、神族と神獣が行うものだとオーディナル様から教えていただきました。チェリシュの神獣はノエルということになるようです」
「は? い、いや、他の世界の神獣と聖約って……いいのか?」
「力をなじませるのに時間はかかるそうですが、何の問題も無いとのことでした」
「さすがはオーディナルと言ったところか……」
その辺りもちゃんとした説明をしてくださっていたことに感心した様子のリュート様は、ふと顔を上げて此方を見つめます。
そ、そんなに見つめられると照れますが……ど、どうしたのでしょう。
「ナイショナイショってのは?」
「それについては、私もわかりません。何を知ったのでしょう」
「……ちぇーりーしゅー?」
「はっ!」
チェリシュはリュート様の声色を聞いて慌てて自分の口を、小さな両手で塞ぎコクコク頷きます。
その可愛らしい仕草にリュート様はほっこり和んだ様子でしたが、どうやらチェリシュが話せないと言っていることに気づき、ヤレヤレと溜め息をつきました。
「神族だけのお話か」
「そうなの。話せないの。これは、じーじ以外、誰にもナイショナイショなの」
「オーディナルからの口止めなら、仕方ねーな。あと、他にはなかったか?」
こればかりは仕方ないと諦めた様子でした。
さすがに、神族だけの話だと言われてしまうと踏み込んではいけません。
それよりも、チェリシュが可愛らしい仕草をしてくれるので、そちらに意識が向いてしまいます。
二人でチェリシュの『ナイショナイショのポーズ』を堪能していると、次のことに意識が向いたらしいチェリシュは「他にも報告があったの!」と、嬉しそうにリュート様を見上げました。
「ルーのわんこパンをみんなに宝物だーって自慢してきたの! ゼルにーにが、時間を止めて宝物にしてくれたのっ!」
「そっか、良かったな。それだと、一生大事にできるな」
「あいっ! あとは、ルーとベオにーにが作ったリンゴパンをノエルと一緒に食べたの! うまうまだったのっ」
「……リンゴパン? ルナとベオルフが一緒に作った?」
あ、なんだか……すごく……マズイです。
リュート様がジトリと此方を見てきて……イケメンの視線が突き刺さって辛いですよっ!?
できることなら、リュート様にも食べていただきたかったのですが……さすがに、そのパンをここで取り出すことはできませんよ?
「枝もついてたの! すごく可愛いリンゴさんだったのっ」
「そっか、良かったなチェリシュ。俺も……食べたかった!」
本気で悔しがり項垂れているリュート様の頭を、チェリシュがなでなでして、可愛らしい父娘のやりとりを眺めながらも、言葉は慎重に選んでいきます。
下手に刺激してはいけませんものね。
「えっと……今回はベオルフ様に、あちらの世界にあるロナ・ポウンという実を使ってパン生地を作っていただいたのです」
「……実? 天然酵母を作ったのか?」
「そうではなくて、ロナ・ポウンは現在、『パンの実』と呼ばれる物になっていて、元々はオーディナル様が大地母神様にお願いされて作った……中途半端な代物だったようなのです」
「へ? あの完璧主義者みてーなオーディナルが、中途半端な物を作ったのか?」
意外だ……と、呟くリュート様の中にいるオーディナル様がどんなイメージであるか、わかったような気がします。
リュート様にとってのオーディナル様は、誰よりも理想の神なのでしょう。
何でもできて、完璧な神───
それは、憧れにも似た感情を抱いているようでもありました。
つまり……
リュート様は、オーディナル様のことが苦手なのではなく大好きなのですね。
そういったら必死に否定されそうですが、オーディナル様も似たようなところがあるので、互いに認めているからこそ当たりが強くなってしまうということなのでしょう。
不器用な二人ですよね。
「本来は、木の実を割れば、焼きたてのパンが出てくるようにしようとしたみたいです」
「えーと……それはそれで、どうなんだよ」
リュート様の考えもわかります。
確かに便利かもしれませんが、一種類のパンしか楽しめませんもの。
「中途半端ってことは……割ったら何が出てくるんだ?」
「現在、天然酵母で中種を作っているのはご存じですよね」
「ああ。ルナが作っていた強力粉を加えて発酵させるやつだろ?」
「ああいう状態です」
「うわぁ……」
割ったらデローンとした状態で出てくる上に発酵臭がするのですから、人間はもちろんのこと、獣も食べませんし、グレンドルグ王国では『役に立たない実』という意味を持つ古代語で『ロナ・ポウン』と呼ばれておりました。
「でも、兄が中種として使えると教えてくれたようで、その生地作りの方法をベオルフ様に教えていただいたのです」
「夢の中の料理教室……しかも、ルナの前世の兄と現世の兄とのコラボ……俺も参加してーなぁ」
「リューは参加しても、食べる専門なのっ」
「バレたか」
きゃっきゃ笑うチェリシュの頭を撫でながら、リュート様は残念そうに溜め息をつきました。
まあ……こればかりはどうしようもありません。
チェリシュでさえ、一週間に一度という制限が設けられるくらい、夢の中への移動は大変なのですもの。
「兄に教えてもらったことがたくさんありますし、今回はベオルフ様に教えてもらったこともありますから、3人のお料理会はとても楽しみなのです」
「そっか……良かったな」
私の頭も優しく撫でるリュート様は、兄妹で楽しそうにしていることが嬉しいのか、口元に柔らかな笑みを浮かべていらっしゃいました。
「今度は、チェリシュも参戦なの! だから、4人なのっ」
「おおー、チェリシュもか! うー……余計に参加したくなった……」
ガックリ肩を落とすリュート様の様子を見ていた私たちは、顔を見合わせて苦笑を浮かべますが、そのときに学んだことをしっかり覚えてきて、リュート様にも食べていただこうと決意を固めました。
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