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第八章 海の覇者
レシピギルドの新担当
しおりを挟む前回と同じく個室へ通された私たちは、出されたお茶を飲みながら、サラ様たちが来るのを待っていました。
「遅れて申し訳ありません。新しく担当をさせていただくことになりました、イグニス・フレイドと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
サラ様に連れられて入ってきた青年は、真っ赤な翼を持っており、まるで炎のような輝きを持っています。
「珍しいな、有翼人が神界から降りてくるなんて……」
「あ、イグちゃんなの」
どうやら、チェリシュは知り合いのようで、彼も柔和な笑みを浮かべながらぺこりと頭を下げました。
その間に、リュート様からコッソリと補足説明が入ります。
有翼人は神界に住む者たちで、地球で言うところの天使だと考えたら、一番近いかもしれないと言うことでした。
つまり、今目の前にいる方は天使様で、地上へお仕事のために来訪しているということでしょうか。
「今後、レシピギルドと神々でレシピの管理をしていくこととなり、我々が、その橋渡し役をすることになりました。勿論、今まで勤めていた方々とは連携を取っていきますので、ご安心ください」
これも、スキル改革の一端ということなのでしょう。
改めて見てみると、とても整った顔立ちをしている青年です。
光の加減によって赤く見える黒い髪と琥珀色の瞳、柔和な表情がよく似合う裏表のない好青年と言ったところでしょうか。
こういう方でしたら、相談もしやすいですよね。
「料理レシピに関しては、主に私が担当させていただきます。5人で1チームなのですが、窓口は私が担当しておりますので、次回からは指名してくだされば、すぐに駆けつけますね」
「よろしくお願いいたします」
和やかなムードで話が進んでいたのですが、いざ、レシピを登録しようと取り出した瞬間、場が凍り付きました。
「え、えっと……それが全て……レシピ……ですか?」
トントンと整えて差し出すと、本当に? と疑問を浮かべたまま一枚一枚確認していたのですが、すぐさま事態を理解したのか、真剣な面持ちで細部にわたりチェックをしております。
なんだか……とても仕事が出来るタイプって感じですね。
リュート様もそう感じたのか、黙って彼を見守っているようでした。
「今回は、レジェンド級レシピは持ってきていない。一応、王太子であるシグムントに報告して確認を取っているところだ。他は……無いよな?」
「は、はい、かろうじて」
「かろうじてって……予定があるのか?」
「……たぶん」
ソッと私がリュート様から視線をそらすと、チェリシュが口元を小さな手で覆い、コクコク頷きます。
ダメですよ、チェリシュっ!
それだけで、バレバレですっ!
「ほほう? 俺だけに内緒事か」
「あ、あの、今晩にはわかると思いますからっ!」
「今晩? それなら良いけど……」
最近、俺に秘密が多くねーか? と、リュート様は少し不満げです。
しかし、こ、こればかりは、もう暫くお待ちください。
みんなの協力を得て、ここまで来たのですから、あと少しだけーっ!
「まあ、楽しそうなことを企んでいるみたいだし、黙って待っておくか」
「そ、そうしていただけると助かります」
「どうせ、キュステも協力してんだろ。いや、時空神もか? アイツら、やけにルナの様子を気にかけていたからな」
「よ、よくご存じで……」
「言ったろ? 俺は、ルナのことを誰よりも見てるんだっての。それくらい気づくさ」
リュート様が嬉しい言葉をくださるのは嬉しいのですが、ニヤニヤ笑っているサラ様の表情が気になって、気恥ずかしくなります。
救いなのは、レシピに集中していて此方の会話に関心を示さない、イグニスさんですよね。
チェリシュが下から覗き込んでも、全く反応を示しません。
どういう集中力をしているのでしょう。
だからといって、見えていないのかどうか試すために面白い顔をしてはいけませんよ、チェリシュ。
「コラ、仕事の邪魔は感心しねーな。集中している間は、急ぎじゃ無い限り邪魔をしないのが良い仕事環境作りの鉄則だ」
社会人を経験してきた彼から出る言葉は、重みが違います。
リュート様が上司だったら、きっと良い……いえ、社畜な感じもするので、どうなのでしょう。
周囲には良い環境作りを心がけているのに対し、自分から厄介ごとを抱え込んでいるような感じもします。
「ごめんしゃぁい」
「謝ることが出来て偉いな。ほら、コレでも食ってろ」
「あいっ」
ベリリの色をした飴を頬張り、リュート様の膝上でご満悦のチェリシュが可愛らしくて、思わず笑みがこぼれました。
本当に、可愛らしい父娘の姿ですよね。
「あ……すみません。確認作業に時間がかかってしまって……」
「いえ、もう全部確認することができたのですか?」
「はい。ただ……お恥ずかしながら、全てのレシピ内容を理解できたわけではありません。先週提出されたレシピは、私も習得して作ってみました。全て……驚きが大きく、素晴らしい料理でした。とても美味しかったです」
実際にレシピを購入して使ってくださったなんて……
しかも、今まで全く知らなかった人が、それを作って食べた感想まで教えてくれた───
どうしてでしょう。
胸がいっぱいになるくらいの喜びを感じて、言葉になりません。
嬉しい……ただ、嬉しかったのです。
「あ、ありがとう……ございます」
かろうじて言葉にできたのは、これだけでした。
もっと言いたいことはあったのですが、言葉に出来ない感情が多くて……
「此方こそ、あれほど色鮮やかで珍しいだけではなく、深みのある味を感じられる料理を教えてくださって、ありがとうございます。だからこそ、伺いたいことがあります」
「な、なんでしょう……」
「レシピを登録することは義務ではありません。店を運営されている方は、レシピを秘匿される方が多い。それでも、これだけの数のレシピを登録されるのですか?」
イグニスさんの真剣な言葉の中に、気遣う声色が混じっていることに気づきます。
レシピを登録し、公開することによる不利益はないのか、本当に大丈夫なのか、私の意思であるのかどうかという再確認なのでしょう。
もしかしたら、この世界に疎いから、義務だと考えてはいないかという配慮もあるのかもしれません。
「レシピを公開すれば、このレシピを買った沢山の人に料理を作っていただけますよね?」
「勿論、そうなるでしょう」
「リュート様には申し訳ないことをしているのかもしれませんが、私は店の利益よりも、沢山の人に『美味しい料理』を味わっていただきたいのです」
「……沢山の人に?」
「だって、お店だけで料理を提供していたら、他の地域や国の方々は食べられないですよね。沢山の人たちに知って欲しい、作って欲しい、そして……いつかは当たり前に『美味しい料理』が家にあって、家族で食卓を囲んで団らんするような……そんな世界にしたいのです」
私の言葉を聞いた彼は、目を見開き呆然と此方を眺めていますが、すぐに柔らかな微笑みを浮かべます。
「このレシピには、とんでもない価値があるのですよ? これだけの数です。秘匿すれば、莫大な資金を得ることも可能でしょう。それこそ、一人で店を持つこともできるはずです」
「なあ、それって俺に喧嘩売ってんの?」
「これは重要なことだと思います。選択肢は沢山あるのに、見えずに縛られているのでは、後々困りますから」
リュート様を前にしてもキッパリと言い放ったイグニスさんは、此方を真剣な瞳で見つめてきました。
「弱りました……どうお答えすれば良いのでしょう」
「本心をお答えください。私はそれを確認したいのです。これだけの資質を持つのであれば、レシピギルドだけではなく国からも支援を受けられるでしょう。店を持つことは容易いはずです。生活が困窮することは、まずありません」
一人でお店をするという選択肢もある、国やギルドからの支援も受けられる。
だから、大丈夫だと目の前の彼は言う。
しかし、根本的に違うのです。
「あの……私は、このレシピで儲けたいわけでも、自分の城を築きたいわけでもありません」
「では、何をお望みですか?」
「私のこのレシピたちは、リュート様のためのレシピなのです」
「リュート様のためのレシピ?」
「はいっ! だって、私が料理を作るのは、リュート様のためですもの。リュート様が美味しいっておっしゃってくださる料理を作る。リュート様の【最高の笑顔】を見ることが、私の原動力なのです」
基本的なところは、そこですよね。
リュート様が美味しいって笑って食べてくれている姿を見るのが好きなのです。
チェリシュと一緒に料理をして、二人が美味しいと頬張ってくれる姿が何よりも好きで……最近では、ベオルフ様と一緒に料理をするのも好きですよ?
とても、幸せな気持ちになりますもの。
そこに、兄も加われば、もっと賑やかで楽しいですし、沢山覚えることもできます。
私にとっての料理は、幸せの原点かもしれませんね。
「あ、でも、そう考えると、リュート様だけのことを考えて作ったレシピをギルドに登録して、広めて貰おうだなんて……いけないことでしょうか。万人受けするように研究してからの方が……」
「いいえ、リュート様が美味しいとおっしゃる料理レシピだと言えば、料理に携わる者であれば欲しがります。何せ、美食の魔王様ですからね」
「オイ。誰が魔王だ、誰が。しかもさっきから聞いてりゃ、俺がルナをがんじがらめに縛り付けているみたいな言い方しやがって……ルナが店を持ちたいっていうなら、俺が出資する。むしろ、国やギルドの援助も必要ない。それくらいの資金は、俺にもある」
かなり迫力のあるリュート様の睨みに怯むこともなく、イグニスさんは真っ向からリュート様を見つめて頷きます。
穏やかな見た目に反して、とても強い方ですね……
「勿論、承知しております。リュート様の術式が刻まれたアイテムは、他の誰にも真似ができません。レシピ化もできない、術式を理解している者にしか扱えない。ですから、魔石オーブンなどのアイテムだって、他の商会では未だに作ることが出来ないのです」
「外側が出来ても、中身がねぇ……アレは理解出来るヤツが恐ろしいよ」
今まで黙っていたサラ様も、ここは同意すると言わんばかりの様子で頷きます。
その茶色の瞳は、楽しそうに揺れ、リュート様とイグニスさんの両者を見ていたのですが、そろそろ良いかというように口を開きました。
「まあ、ルナはお前が危惧しているようなことになっていないってことさ。基本的に、ルナはリュートが一番で、レシピギルドや周囲の者は、そのおこぼれに与るようなもんだよ」
「おこぼれという規模ではありませんが……」
「ルナ、アンタはリュートがレシピギルドに登録するなって言ったらどうする?」
「仕方ありませんが、諦めます」
「リュートはそんなことを言うのかい?」
「ルナの夢を潰すようなことは、絶対にしねーよ。レジェンド級レシピの調味料も、そのうち誰でも手に入れられるように、準備を整えているところだ」
「と、いうことさ」
イグニスさんは苦笑を浮かべたあと「そうですか」と、安堵したような笑みを浮かべて大きく頷いてくれました。
彼自身が不安に感じていたというより、複数人で話し合った結果……という感じでしょうか。
イグニスさん自身は、リュート様を信じている様子でしたもの。
「チームリーダーってのは、大変だね。リュートも、イグニスを恨まないでやっておくれよ」
「わかっている。そういうヤツとは目が違うからな」
リュート様の気配が和らぎ、イグニスさんも温和な笑みを浮かべていて、一瞬ギスギスした空気になりましたが、すぐに元に戻りました。
良かった……
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