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第八章 海の覇者
職人通りは色鮮やかに
しおりを挟む「もう少しで、レシピギルドに到着だが……チェリシュ、お前まで来なくても良かったんだぞ?」
「チェリシュも、ルーのレシピが登録されるところを見たいのっ」
「まあ、それなら仕方ねーか」
肩車をしたチェリシュに話しかけるリュート様は、どこからどう見てもお父さんという様子。
でも、レシピギルドへ行く時に使う職人通りで、この二人は有名なのか「おや、春の女神様じゃ」「もうそんな時期か……」なんていう言葉が聞こえてきます。
リュート様がチェリシュを肩車して歩くのは、わりと頻繁に行われることだったのですか?
「ルー、チェリシュが一緒だから、大丈夫なのっ」
「そうですね、とても助かります」
微笑み返すだけで、にぱーっと可愛らしい笑みを浮かべてくれるチェリシュは上機嫌です。
はしゃぐチェリシュを落ちないように支え、私の方も気にかけてくれるリュート様の微笑みに、職人通りの女性たちが頬を染めてしまうのですが……
わかります。
その気持ち、とてもよくわかりますっ!
リュート様の柔らかな微笑みって、芸術品みたいですよねっ!?
そんな笑顔を間近で見ることが出来る幸せを噛みしめていると、リュート様が「どうした?」と気遣ってくださいました。
こうして気遣いが出来る優しさが、胸にじんっと響くのです。
何となくリュート様の右手に目が行きました。
う、うーん……チェリシュがはしゃいでいて動くので、片手でフォローするだけでは大変でしょう。
そんな状態で手を握って歩いたら危ないでしょうから、リュート様の袖をつまんで歩いていると、チラリと視線を走らせた彼は、満足そうに目を細めました。
「ルー……ベリリなの?」
「え? ま、まだですよっ!?」
「まだだったの」
「まだっていう表現もおかしいだろうに……」
リュート様のツッコミが入り、私とチェリシュは顔を見合わせて笑い合います。
こういうテンポの良い会話が心地良く、どこにでもあるような平凡な日常が、嬉しくて仕方ありません。
そんな様子を、少し離れたところから見ている、豊かな黄金の髪をなびかせたサラ様。
あ、あの……どうしてそんなに離れて歩いているのでしょう。
問いかけようにも、大きな声を出さなければならないくらいの距離があります。
生憎とテオ兄様はお忙しいようで、サラ様に同行しておりません。
軽く言葉を交わし、リュート様と私をサラ様に託した後、ランディオ様と共に城へ向かわれました。
どうやら、海中探索のために必要な準備を整えるため、お父様と話を詰める必要があったようです。
時空神様たちの息子である海神アス・シュトルム様が、この作戦に協力することを表明しただけではなく、すぐに帰ると思われていた時空神様が「ルナちゃんが心配ダシ、今日は此方にいた方が良いって父上が言うカラ」なんて言い出したのが原因でしょう。
勿論、普段は簡単に会えない夫と息子がいるのですから、アーゼンラーナ様は「一緒にいるっ! 絶対に帰らぬっ!」と、涙目で訴えかけ……
まあ、そんな奥様に時空神様が勝てるはずもありませんよね。
普段は家族サービスなんて出来ない方ですから、滞在許可が下りている今日くらい、出来ることをしておきたかったのでしょう。
今は、夫婦揃って恋の女神様の様子を見に行っているようです。
キュステさんはアレン様と一旦お店に戻り、開店準備をしながら打ち合わせをしてくるとのことでした。
どうやら、神族専用エリアに建てる離れの打ち合わせを頼んでいる知人が、本日は下見に来ることになっていたみたいです。
古い知人で、お母様の力でも影響を受けない建物を作ることが出来た数少ない建築士で、キュステさんが一時期住み着いていた孤島に建てている家も、この方が手がけたのだとか……
この世界で、神族に快適な空間を提供できる匠だとリュート様がおっしゃっていたので、とても凄い建築士なのでしょう。
建てるのも早いのだとリュート様とキュステさんが顔を見合わせて笑い合い教えてくださったのですが、何故か意味深にお母様も笑っていらっしゃったので、何かあるのでしょうか。
もしかして、ラングレイのお屋敷も、その方が……?
リュート様のご実家は本当に広くて驚かされますが、何より目を引いたのは、大人数を想定した訓練場です。
黒の騎士団が全員集まって訓練したとしても、余りあるという話ですから、凄いですよね。
「そういうことになってるけど、単に、モアちゃんのストレス発散の場所を作っただけやで……アレは、そんなたいそうなもんちゃう」
なんて、キュステさんがコッソリと裏話を教えてくれたのですが、それに気づいたお母様に脇腹を拳で殴られておりました。
もしかして、親子揃ってキュステさんには、そういう対応なのですか?
キュステさんも全く痛くないのか笑って「事実やん?」なんて言っていて……本当にタフだと改めて感じました。
マリアベルは、テオ兄様たちと一緒に城にいるはずのお祖母様へお話をしに行ったようです。
その際、マリアベルに似せて作ったチェリシュのベリリジャムがいっぱい詰まったナンを持って行っておりましたから、手土産にでもするつもりなのでしょうか。
むしろ、何か作った方が良かったのでは……
「ルナ。前を見て歩かないと躓くぞ」
「あ、はいっ」
考え事をしながら歩いている私に気づいたリュート様が、声をかけてくださったので、慌てて下がっていた視線を前へ向けます。
そして、周囲を見渡し、先週来たときよりも気づくことが多いように感じました。
それは、ちょっとしたことです。
あのお店の隣は、雑貨屋かしら……とか、あのお店にはガラス細工が沢山ならんでいるのね……というような小さな事ばかり。
だけど、とても色鮮やかに感じる風景は、この前より心にゆとりがあるからかもしれません。
リュート様の袖が伸びないように注意してつまみながらキョロキョロ辺りを見渡していると、どこかで見た覚えのある人物がおりました。
あ、あの人……確か、リュート様に氷漬けにされた人では?
「ひぃぃっ」
あちらも気づいたようで、悲鳴を上げて逃げていきます。
凍傷にかかっている様子もありませんし、良かった……
しかし、周囲の方々から「情けないねぇ」「馬鹿なことをするからだ」などと言われておりました。
リュート様も冷ややかに見つめるだけで、今回は何もしておりません。
基本的に、自分からは手を出さないタイプですよね。
「リューがおこなの?」
「ちょっとな」
「ルーがらみなの」
「正解」
「あたったの!」
正解者には飴をやろうと、どこからともなく小さな飴を取り出して、チェリシュの口元へ運びます。
見えていないはずなのに、的確な場所へ持って行くリュート様は、本当になれておりますよね。
「さて、そろそろレシピギルドだね。私は先に行くよ。アンタたちは今のペースでゆっくりとおいで」
サラ様が横をスルリと通り抜け、レシピギルドの建物へ入っていきます。
その後ろ姿を見送り、駆け足で追いかけなくても良いようだと判断し、周囲の風景を楽しみながら三人で散策をしました。
チェリシュが終始嬉しそうにニコニコしている様子を見ることが出来て、此方まで嬉しくなってきます。
「チェリシュ、そろそろ抱っこにしようか」
「あいっ」
するする降りてきたチェリシュを左腕で抱き、空いた右手を私に差し出してきます。
「ほら、ルナ。手をつないで歩こう」
「は……はいっ」
リュート様は、こういうところが本当に優しいですよね。
度重なる訓練で硬くなってしまった右手のゴツゴツとした感覚は力強くて、頼もしくなってしまいます。
私にとって、慣れた感覚であるから……という理由もあるのでしょうが───
「ん? どうした?」
「リュート様もベオルフ様も、武人の手をしているのだなぁと思いまして」
「兄貴たちのほうがすげーけど、ベオルフも訓練を頑張っているんだろうな」
「基礎訓練は大事だって、日々精進しているようです」
「本当にソレな。基礎体力ねーと、マジでなんもできねーから」
「チェリシュも、リューみたいに腕立て伏せするのっ」
「わ、私もっ!」
「頼むから、マジでやめてくれ」
えーっと声を上げる私たちに「ダメだ」と言いながら、リュート様は表情を引き締めてレシピギルドの建物へ入っていくのでした。
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